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第11話:後輩

 私には幼馴染がいる。


 ひとつ年上で、幼い頃から一緒にいた男の子。


 彼は泣き虫で、弱虫で、負けず嫌いで、————とても優しかった。


 私と彼の家は昔から付き合いがあり、幼い頃から頻繁に顔を合わせる機会があった。両家は互いの専門は異なれど、近しいモノを対象にしていたため、協力関係にあった。


 それも、今は昔の話。


 『出来損ない』『史上最弱の失敗作』。


 彼がそう呼ばれるようになってから、両家の関係も次第に冷ややかになっていった。


 代々、当主が各家を引っ張っていた古式ゆかしい両家にとって、当主となる長男の能力は最重要とされた。


 そんなある日。彼の実家に訪れた時、彼は当時の当主から暴力を受けていた。(しつけ)を超えた単純な暴力。彼の年齢は6歳程だっただろうか。6歳の少年と大人の力は比べるまでもなく、どうしようもない差があった。


 廊下に叩き出された彼。周囲の目を確認して、私は彼に駆け寄った。


「だ、大丈夫……?」

「大丈夫。父さんもいつか…………僕を認めてくれるはずだからっ」


 『出来損ない』『史上最弱の失敗作』と蔑まれ、実の父親から殴られた彼。きっと彼自身も、自分が一族に求められている水準まで成長することはないと薄々感じていた。


 だけど———彼は笑った。


 私を心配させまいと、自分を絶望させまいと、彼は太陽のように笑った。


 それからだろうか。私が———彼を守ろうと誓ったのは。


 どれだけ彼が弱くても、どれだけ彼が馬鹿にされても、私だけは彼のそばに居る。彼を守り続けると心に決めた。


 周りの目や環境が厳しくても、私さえ強くなって、私が誰にも負けないようになれば、きっと彼への目線も変わるはずだから。


 それから私の生活は変わった。


 強くなるために、誰にも負けないように、彼を守るために。


 毎日『槍』を振るった。毎日『魔法』の修練を積んだ。そして———毎日『彼』を思った。


 それから10年。気がつくと私は『最高傑作』『歴代最強』の名を冠していた。『歴代最弱』の彼を守るために、槍を振るっていたら『歴代最強』になっていたなんて、皮肉なものだ。


 だけど、私はそれが嬉しくて———。これで、ようやく彼を守れる。彼のそばにいてあげれる。思わず屋敷を飛び出し、彼のもとへと走った。


 屋敷に行くと彼の姿はなかった。妹さんに話を聞くと、どうやら近くの公園にいるらしい。


 季節は春先の三月。私よりも一歩先に中学校を卒業した彼。すでに魔法高校への進学が決まっていた私と異なり普通科の高校に通うことになっていた。


 同じ学校には行けないけれど、「一緒にいたい」「私が守る」と伝えたくて、彼の元へと駆けた。


 少し早めに咲いた桜が妙に印象的だったことを覚えている。


 私と彼がよく遊んだ近くの公園。到着すると彼の姿は見えない。キョロキョロと周囲を見渡していると、突然、風が舞い上がった。


 早咲きの桜吹雪が舞い、一瞬視界が花びらによって埋め尽くされる。


 その時————彼は異世界から帰ってきた(・・・・・)


 近づかなくても分かってしまった。


 昨日まで一緒にいたはずなのに。生まれてからずっと彼を見ていたはずなのに。昨日の彼とは———『旅人くん』とは違っていた。


 冷たい瞳。

 しなやかな筋肉。

 人を寄せ付けない雰囲気。


 私の好きだった彼が、一瞬で。たった一瞬で書き変わってしまった。


 だけど、先輩(かれ)は私の知っている表情で———。


「久しぶりだな。————皆月」


 その顔は幼い頃に見た笑顔そっくりだった。


 --------------------


「また………奴らが現れたのですか」


「そうみたいだね。これで被害者は100人を超えて、大台突破だ。本当に何がどうなっているんだ?」


 男は額にシワを寄せ、頭をガシガシと掻く。


「やめてください。フケが飛びます」


「ナタリーは相変わらず酷いなぁ。こいつらのせいで、家には帰れないし風呂にも入れないし。急速に年老いているのが分かるよ……」


 局長室。異能管理局における最大の権力者が居座るその部屋の中央に、ボサボサ頭の男が大きな机と椅子に腰掛け、その横には眼鏡の女性が控えていた。


 二人の向こう側。扉側には魔法高校の制服に身を包んだ、黒髪の少女が立っていた。


「もっと捜索人数を増やすと言っても、異能管理局の特捜部に配置できる人材なんて限りがあるわけで。———ほんと、皆月ちゃんには感謝感謝ってわけよ」


「その呼び方やめてください。なんだか腹が立ちます」


「あっれーー!? なんだか皆月ちゃん、ナタリーに似てきてない!? 無垢な少女が変な影響受けちゃうのおじさん悲しいよぉ?」


 泣くふりをしながら、男は胸ポケットからタバコを取り出す。それを見て、彼の秘書であるナタリー・ポートマンが眉(ひそ)める。


「加納局長。執務室での喫煙はおやめくださいと———」


「ウルセェ!異世界にいるはずの魔族になりかけの人間が現れてるってのに、ニコチン入れずに対処できるかってんだ。アルコールを入れないだけマシだと思え!」


「そ、そんなメチャクチャな……」


(やっこ)さんだって無茶苦茶やってんだ。こっちだってメチャクチャやらねーと気がすまねぇ」


「…………」


 目の前で鎮座するダメな大人の代名詞を見ながら、雪那は今日のことを思い出していた。


 ————先輩の前で変なことしてなかったかな。


 校長に命じられ学校の客人を迎えてに行った昼下がり。校門の向こう側に初老の男性と男子学生が見えた。おそらく校長の客人だろうと思い近づくと、見知った旅人(せんぱい)の姿があった。


 ————なんであの時間に登校しているんですか。あの人は。


 風紀医院でもある雪那にとっては見過ごせない事柄ではあったが、呆れながらも僅かに笑みが溢れてしまう。


 ————やっぱりあの言い方はキツかったかな……?


『こんな時間に登校ですか。無能者って言われているんですから、1分でも早く教室に行って授業に参加するべきじゃないんですか?』


 ————で、でも。先輩のためにはああ言うのが一番だと思うし……。


 一般的に見れば、相当きつい言い方なのだが、彼女がこの言い方以外知らないのも無理はない。


 彼女自身、幼少期から異能の鍛錬に没頭しており、一般的な人間関係というものが希薄であった。今でこそ落ち着いて対応すれば、物腰柔らかい少女であるのだが………。旅人のことになると、どうも緊張してしまって上手く言葉を選ぶことができない。


「さて———本題に入ろうか」


 加納の言葉で思考の海から帰ってくる。


 どうやら執務室での喫煙はナタリーの手によって阻止されたらしく、胸ポケットのタバコも、卓上の灰皿も全て没収されていた。


「はい。———都内。特に私の学校周辺に出没している『半魔』と呼ばれる生物について、ですね」


「異世界………については説明はいらないね? 特に君にとっては馴染み深いモノだ」


 加納は、彼女の幼馴染である朝永旅人の担当官でもあった。当時は一般的な局員であったが、異例の大抜擢によって局長のポストに座ることとなった。


「はい。地球と次元の壁を隔てて存在するもう一つの世界。異星でも、もう一つの地球でもない。背中合わせの存在が異世界と言われるモノです」


「コングラチュレーション。大正解だ」


「局長。この場合でその英語は間違っています」


「…………。話の腰を折らないでくれ、ナタリー。それに僕は感覚で話す派なんだ」


「そうですか。さすがです局長」


「皆月ちゃんは、どうかこんな細いことに気にしない大人になるんだぞ。こんな性格だから三十路にもなって彼氏の一人もできな————イダっ!? も、もしかして僕のこと殴った!? 僕って君の上司だよね!?」


 洗練されたナタリーの手刀。しかし、今の言葉は殴られて当然だと思う雪那であった。


「次言ったら、セクハラで訴えます。そのポストも一瞬で無くなりますから、お気をつけください」


「い、嫌だ! ここの局長は僕だぞ! せっかくここまで出世したんだ。このポストを譲ってたまるか!」


 局長室の机にしがみつき半べそをかく加納に、ナタリーと雪那は冷ややかな視線を送る。


「こ、これ以上茶番を続けると本当に怒られそうなので、真剣に話します。はい。」


 何かを反省したのか、加納は居住まいを正し、真剣な表情を浮かべる。


「現在、皆月ちゃんには、魔族と呼ばれる人外の種族と人間の中間的存在である『半魔』を追ってもらっている。現在の僕たち管理局の討伐数は————」


「一昨日でちょうど50です」


「さすがだね。しかし管理局で把握している数は昨日で100になった。奴らは体内から(おびただ)しい魔力を発しているから、出現すればすぐに感知できる。だけど、感知して駆け付けてもすでに狩られた後なことも多い」


「管理局以外の何者かが、『半魔』の討伐に動いていることは間違いありません」


 ナタリーは手元の端末を操作すると、執務室の壁際にホログラムが出現する。そこには複数のグラフが表示されている。見たところ、都内で出現する半魔の魔力波長と半魔を狩っている何者かの波長を示しているようだ。


「特に昨晩の大規模な魔力の発生を検知しました。この規模の魔力を行使できるとなると『魔女』か、それに類する存在の可能性が高いでしょう」


「『魔女』ですか………。国内の魔女は全て管理されているはず。となると、海外の『魔女』が入り込んでいるってことですか?」


「そうは言えないのが難しいところなのよ皆月ちゃん。管理局にも色々あってねぇ……。詳しくは言えないんだけど、どうも一ノ瀬家がきな臭いんだよね」


「———一ノ瀬ですか」


 僅かに雪那の表情に緊張が走る。その名前の人間を最近耳にしたからだ。


「どうやら思い当たったみたいだね。君をここに呼んだ理由はそれさ。最近、君の学校に一ノ瀬の娘。一ノ瀬有朱が入学したはずだよ」


「———えぇ。よく知っています」


「あれ、確か君の一つ上の学年のはずだけど?」


「学内では騒ぎになりましたから」


 そっけなく返す。確かにアリスの入学は学内で騒ぎになった。あの一ノ瀬の娘が入学してきたのだ。話題にならない方がおかしい。


 しかし、雪那にとってすれば、そんなことはどうでもよかった。


 問題は、その噂についている尾ひれだ。


『無能者と昼食を取っていた』

『無能者に言い寄られている』

『無能者に弱みを握られている』


 無能者。すなわち旅人と、その一ノ瀬何某は何かしらの関係にある噂が頻繁に耳に入ってくる。


 一般的に考えれば、あの一ノ瀬と無能者である旅人が関わりを持つなんてありえないため、学内では良からぬ噂が流れているが、雪那はその噂を信じていなかった。


 しかし、無視もしていない。確実に一ノ瀬有朱と朝永旅人は何かしらの関係性がある。そのことだけは、一人の女として勘づいていた。


「そこでだ。君にはその一ノ瀬有朱の監視をお願いしたい。学内だけでなく、彼女の日常生活も追って欲しい」


「………一ノ瀬家が黙っていないのでは?」


「これが不思議な話で、一ノ瀬家は彼女には不干渉を決め込んでいてね。多少私生活を探るくらいは問題ないさ」


「そう、ですか……。彼女を探られることは、一ノ瀬家にとっても問題があるのではないですか? それをなぜ———」


 加納が詳しく言えないと言った今回の件と一ノ瀬家の関係。しかしアリスを探ることで、その関係が明るみになった際は、もちろん一ノ瀬家にも言及がいくはずだ。


「さぁね。僕にもわからないよ。いざとなれば十大家系(オリジナル)お得意のトカゲの尻尾だろうね。君は気にせずに公務に当たってくれ」


「承知しました。仮に対象が黒だった場合はどうすれば?」


「君の本来の仕事を全うしてくれ。————『剪定者』のね」


 そう言って雪那は執務室を後にした。彼女が執務室から完全に遠ざかったことを確認すると、加納はため息をつく。


「———ほんと、数奇な運命ってやつだね」


「それは雪那(かのじょ)のことですか?」


 秘書のナタリーは不思議そうな表情を浮かべる。


 加納は首元のネクタイを緩め、椅子に浅く腰掛け天井を見上げた。


「いや、その渦中にある少年のことさ」

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