第七話・金の切り目で”スパっ!”と落とす
1ベル=1円、1ベルダ=1万円、1ベラ=1億円とご換算下さい。
本当に今後、一体どうなってしまうのか…一思いに殺せ!的状況にもなる可能性もあるよな~と遠い目なったその時に、跪いていた自称父親が発言の許可を取り付けた。
「…不公平ではありませんか」許可取ったまでは良かったが、何その発言?
しかも許可なく急に立ち上がるもんだから、周囲の騎士達が肩やら頭やらを抑えつけて跪かしている。
「私自身に使った訳ではない褒賞金の全額返済の責が私にあるなどと!」
いや、有り寄りの有りじゃ!ってか有りのみじゃ!!
皆の気持ちが一つになった気がする…
「は!?何を言っておる!!このたわけ!!貴様が横領した金の返済の責など、貴様にしかないわ!!」
皆の気持ちを代弁する赤鬼再びだ。
「しかし!使い道を考慮して下さい!!私個人が使ったのでは無く、エリザベスとその家族に使ったのです!」
いや、騙されて使い込まれたんだろうが、祖母とかセバスとかセバスとか…後はセバスとか?
そんな使い道云々は置いといて…
と思った矢先に
「だから!エリザベスとヴィクトリアにこそ!返済の責はあると思うのでしゅっ!!」
あ、噛んだ。
いやいや、そこじゃねーわ。
はぁっ!?何言うたん、この屑!!屑や屑やと思てたけど、この…
「…ド屑が」
心の声がまた漏れ出たのかと思ったら、隣にいるダグラス騎士様の声だった。
こちらは黒鬼になっている。
「それに、セバスにも事情聴取を!セバスからも返済を!!
この騎士伯領で生活するなら、今の家は売却して!!その金も返済に充てて…」
必死か!?
体動も激しいので、抑えつけてる騎士達も必死だ。
「…総額がベルダの上の額、ベラになるが、その金額をその2人で?
1ベラ強を?
貴様は討伐の壁なり、囮なり危険手当が付くかもしれんが。女と娘は屋敷で働くのだぞ?
返しきれると思っておるのか?」
冷えっ冷えだ、新騎士伯様の声が氷点下。
「屋敷での給金など私は知りません。しかし、使ったのはエリザベスとヴィクトリア達で…」
「んぬぅ~~!?うぅ~~~!!」
大きく首を横に振り、一応母親が呻いている。
「エリザベス!分かってくれたんだね!?」
絶対に違う。
そして、1ベラ強の返済で済むとは思えない。
だって、毎月のお手当?とボラれた家の金額しか言ってない。
送ってたと言ってたドレスがいかほどか…今日のドレスに宝飾品も加算される訳で
買い取ってもらえないだろうか?きっと今後お貴族様なこの喪服は着る事もないだろうし。
「そんな!?あんまりです!旦那様!!」
一応の猿ぐつわがいつの間にか外されているし、拘束も解かれている。
「私に働けとおっしゃるなんて!無理ですわ!働いたことなどございませんもの!!私はあの家で旦那様が完済されるのを待っております!ですから家を売るなどと…私に働くなどと…」
必殺技の上目遣いでうるうるだ。ただし、跪いてる自称にした所で意味はない。
それに、この騎士伯領の屋敷で働かされるってのに、自分だけ帰宅する気満々だ。
「エリザベス!分かっておくれ!こうする事が一番早いのだよ!!私と暮らしたいと…共に生きたいと、言ってくれたではないか。
褒賞金さえ返済すれば暮らせる……の…、だよな?」
周囲に確認するのが締まらない、そもそも返済をこっちに振ってくる時点でグズっグズだ。
「1ベラ強でも、2人で分ければ1人8000ベルダ。家を6000ベルダで売却すれば更に減る。
セバスから金を取り戻せば、1人の負担など微々たるものだ。
だから…」
「いやです!…働きたくありません!!ですから、私に負担などとおっしゃらないで下さい!」
自称よ、『皮算用』が過ぎる。
この齢11歳に対して返済せぇて!?おかしいやろ!!
ボラれて6000ベルダで買うた家が、まんま6000ベルダで売れるんか!?…売れんわ!!
セバスかて家におるかも分からんのに……
全部が全部『皮算用』じゃ!!
何より、”意地でも働きたくない”がそこでゴネとる…
アカン、平行線や。
ここでグズグズしてたら、更に酷い事になりえる。今この1ベラ強と言ってるうちに離脱だ!
「発言の許可をお願い致します!」
腹の底から絞り出した声は、茶番を止めるのにも役立った様で、自称・一応が私を見る。
悪い笑顔も素敵な新騎士伯、小悪魔の魅力が満載だ。辺境伯をニヤニヤ見つめながら許可を出す
「許す」
おっっしゃぁ~!
「知らなかったとは言え、騎士様達に支払われるはずの褒賞金を使っての生活を私も送っていた様です。騎士様達が討伐や巡回をしてくださったお陰で、安全な生活を送れていたのですから、そのお金を返済しないのは私も心苦しく思います」
毅然とした態度で、でも感謝の気持ちを伝える時は騎士達に顔を向けて…
「1ベラ強…11歳の私には…裏の食堂の手伝いで月に6ベルタをもらっていた私には…、とても返済できる金額ではない様に思います…思いますが精一杯働きますので、その1ベラ強の返済は”家族3人で”分割して…独立採算制にしてはいただけないでしょうか?」
両手をぎゅっと胸の前でつなぎ、震える声で嘆願する。
…何とか、怯えた少女に見えないモンだろうか?一応の真似でも何でも、使えるモンは使ぅちゃる。
「独立採算制…か。つまり、”家族3人で”合計して総額を返済するのではないのだな。総額を”家族3人で”割り、その割った金額の責を各自が負い返済するということか?」
新騎士伯の笑みが、小悪魔から悪女に進化した。
ここからが正念場だ!言質を取らねば!!
「はい。家を売却した利益も分割で均等に減らして下さるようお願いします。1ベラ強とすると、私個人の返済額は6000ベルダになるかと思います。私は”今請求に上がっているその6000ベルタに関しては”返済の責を負います。」
そう、今この状況の6000ベルダは悔しいが仕方ないので働いて返す。これ以上積まれて詰んでしまう前に6000ベルダで手を打とう。…返せるかどうかは分からんが。
日本円にして6000万円……余りの巨額にクラクラしてきた、身体が自然とふらついてしまう。
「そして、もし、万が一セバスが捕まった場合は、私がセバスに…だま、だまし取られていたっ…7歳から月6ベルタのお金も私の返済金に充てて下さい…っひっく」
ついでに、嘘泣きも混ぜてやれ。どうせ、ゴシゴシと目をこすったふりをしても欺けるのは周囲の人達くらいだろう。騎士達にも通用すまい。
「セバスにだまし取られていた分は”セバスが捕まれば”其の方の返済金に充ててやろう。”其の方に課せられた、6000ベルダ”の返済金がどれ程減ったかが分かった方がやる気も出るであろうから、月末の折には侍従長に残額がいかほどか聞くが良い」
ニヤリと笑ったのは小悪魔でも、悪女でもなく、悪魔の笑みだ。どうやら私の思惑はお見通しらしい。
「ありがとう存じます!!」
思わず最敬礼だ、90度だ!言質は取った、私個人へのノルマは6000ベルダだ!!
…ろくせんまんえん…、じゅういっさいでろくせんまんえん。
額が額だけに、馬鹿っぽい『ひらがな表記』に脳内変換されている。
ふらりと身体が傾いでそのまま倒れる。
そう言えば…、朝食も摂らずに2の鐘前に拉致られて、4の鐘は鳴ったのか?
朝昼抜いて、この群衆の前でのあれやこれや…さすがに倒れるし、脳味噌も上手く働かん。
痛い思いする前に失神でもしたいな~と吞気に思っていたら、ダグラス騎士様が支えてくれて芝生の上に座らせてくれた。自身のマントを私の下敷きにして。
おねいさん方の「っいやぁ~!?ダグラス様!?」なんて声が聞こえる。
イケメンの優しさは時として凶器になる…ここでダグラス騎士様のファンに恨みを買うのは得策では無い。
「ありがとう存じます。ですが、騎士様のマントをお借りするのは心苦しいので、私の鞄を取ってまいります。そこにローブが入って…」
「ヴィクトリア!何を”家族で返済”などと、勝手な事を!!」
「そうよ!お父様が支払って下さるわ!!どうしても働きたいと言うのなら、お前だけ残ればいいのよ!!」
ろくせんまんえん、もとい、6000ベルダで手が打てた事にホッとする暇すらくれないのか…元はと言えば自称・一応に巻き込まれただけなのに。それでも、使い込まれた騎士達からすれば私も同罪だろう。
「お父様、お母様…。使い込んだのは事実です。ですから、お金は返さなければなりません。その事は理解なさってますね?」
「だから、2人で働いて…」
「お父様が働いて…」
互いに仲良く擦り付け合っていて、っんっとに似たモン夫婦やとしみじみ思う。
座ったままだと示しがつかないと、立ち上がろうとするがふらついて上手くいかない。
「情けないとは思わないのですか?これだけ大勢の方たちにご迷惑をおかけして、良心が痛まないのですか?誰が使ったではなく、使った事は事実です!働いて返済する機会を与えていただいたのですから、真面目に働いて返済をいたしましょう。その働く姿を皆様が見て下さる事で反省をしていると認めていただけるのだと私は思っております」
「っなっ!?」
「ん、まぁ!!」
「娘の方がよっぽどわきまえておるではないか!先ほど騎士伯が言った様に、ここで働く事は決定事項だ!!無駄口を叩かずに働くがいい!!」
ダグラス騎士様がいつの間にか私の鞄を取ってきてくれていて、私に鞄を手渡す時、自称・一応に引導を渡してくれていた。
「ダグラス!貴様…!!」
「これからは討伐隊の隊長と呼べ!貴様は討伐隊の下男となって、しっかりと働いてもらう!!」
「なんだと!?冗談ではない!そんな端仕事など!なぜこの私が!?」
「隊の褒賞を使い込んだのだ、討伐隊に奉仕して働くのが筋であろう」
イケメンの悪い笑顔は、自分に向けられてないと楽しいものだと思う。
「いいぞ!その通りだ!!」「反省してる姿、たっぷりと見せてくれよな!」「とびっきりの好魔香、準備しとくぜ!」「自分で作らせりゃいいんじゃないか?」「作れるくらいの知識と技量があったら作らせるが、無理だろう」「”お荷物様”だもんな」「ガハハハッ!お貴族様なのに、討伐隊のお荷物だったからな」「名前はあだ名の”お荷物様”でいいんじゃないか?」「ブッ!ハハハ~~~!!」
すげ~パワーワードだ”お荷物様”。
育ちの良さと仕事の出来なさっぷりを馬鹿にしてる感もあって、自称にぴったりの名前だと思う。
まさか、自分がそんな風に呼ばれていたとは知らなかったのか、自称が分かりやすく顔を赤くして震えている。笑いをこらえている、私も震えている。
「騎士伯、この男は職場が決定しましたのでそちらに連行してもよろしいでしょうか?」
「…そうだな。返済義務であるドレスや宝飾品についての分は、追って知らせるとしよう。娘への金額は決定したから、今後増えてくる金額は男と女に加算するとしよう」
「…は?」
「…え!?」
自称・一応の口から、間の抜けた声がする。きっとポカン口を開け間抜けな顔をしている事だろう。
「そんなっ!?おかしいでしょう!!旦那様が贈って下さったのよ!
今日のこのドレスだって!!好きな物を選べと、プレゼントだとおっしゃったわ!!初めての旦那様からの贈り物なのよ!!そのお金をどうして私が支払わないといけないの!?」
さすが一応。服飾にかける情熱で、自称を抜いて発言している。許可も得ず。もうそれがデフォなのか?
「初めてではないぞ!今までも贈っていたのだ!!エリザベスに似合う可憐な小花の刺繍の入った、黄色い普段着もだ!気にって着ていたではないか!?」
「あれは、そろそろ春めいてきたから新しい服が欲しいと言ったらセバスが手配したのよ!旦那様からの贈り物だなんて、聞いてないわ!!」
互いに墓穴掘っている自覚は無いのだろう、出るわ出るわ…
贈ったのに着ていない服、着けていない宝飾も多数あるようで、それらはどこに行ったのだろうか?
「まぁ良い、自己申告として受け止めておく。服飾の配分は後で検討だ。連れて行け」
ザっと騎士達が自称を連行していく。縋ろうとする一応は止められている。傍で見ていると引き裂かれる美男美女でとても絵になる…絵にはなるが、内容がアレなので興ざめだ。
よよよ、と泣き崩れている一応…どこの『三文』劇団だろうか?
泣き崩れている一応を一瞥し、私はやっと気持ちが落ち着いてきていた。
早い段階で、『損切り』出来て良かった。
本当ならこんな事になる前に…もっと早い段階で切りたかったが、子供だとそれも難しい。
もう十分だ。この『毒親』も切ってしまおう。
親子関係もスパっ!と『損切り』!