第四話・雉が鳴いたら、そりゃ撃つわ
「部隊への褒賞金を己のみで使い込むとは、本当に腐ってる」
とダグラス騎士様が唸っているがお構いなしな自称父親。
「己のみではないぞ、愛するエリザベスのために使ったのだ」
野太い怒号や罵声にも屈せず、ホント清々しい。そんな自己陶酔しているであろう自称を見て、転がされている一応母親はウットリしている。
猿ぐつわされて、手足縛られて転がされてるのに……
「…お好きですね?」と性癖を確認されたいのか…一応身内の性癖の暴露など聞きたくもない。
「愛するエリザベス、そしてその他の者への過分な援助は、部隊の皆に与える褒賞金から支払われている。部隊の活躍に褒章なしでは申し訳がたたん。よってウィリアム、貴様には褒賞金の全額返済を言い渡す。返済された褒賞金は部隊の者たちに支給する事とする」
少女が口調を引き締めて自称に言い渡した。割れんばかりの歓声が響き、泣いている人までいる…途中コメディアスだったが、騎士伯様がお亡くなりになって喪明けの日なのだ。闖入客はとっとと沙汰を聞いて下がらねば。
「すべての支払い義務は貴様にあるが、領の資金を貸し付ける事も実家を頼る事も不可能だと肝に銘じよ!」
ここで大人しく「はいそうですか」とはいかず、メンタル鋼の男はひるまなかった
「先ほどから親に対してのその振る舞い!おかしいであろう!!父上もなぜ孫のステイシアーノにこの様な事をさせるのですか!?それに、何故屋敷で働く者や騎士団の者までここにそろっている!?皆、仕事はどうした!さっさと持ち場に戻れ!!」顔を赤くして正面の少女と壮年男性、周囲も見回して怒鳴っているが、誰も従う素振りは無い。
少女は大きなため息を一つつき、あきれた様に自称に告げる。
「仕事や持ち場に向かう事なく、妾の家に行っていた貴様の言う事なぞ、皆も聞く訳あるまい」
「!?なっ!?」
「最初に言った事すら忘れたか?貴様の籍は剥奪されている。騎士伯の籍も実家である辺境伯の籍もな。だから貴様はもう貴族ではないし、今後の処遇は新しい騎士伯が言い渡す。使い込んだ褒賞金を返さねば、貴様はただの罪人だ。罪を償いもしていない罪人の言葉など、聞き入れてもらえると思うてか?」
壮年の男性も話を続け「総額にして毎月の援助が3960ベルダ、家の購入で6000ベルダ、ドレスや宝飾品の支払いで…」物騒な金額を計算している…ややこしいが自称父親の父親。私の祖父に当たる人物だろうが、きっと私の事など孫とは数えていないはずだ。自称の実家が辺境伯であった事には驚いたが、今後関わり合いを持つこともないだろう。辺境伯一族なんて恐れ多い。
「貴族籍の剥奪など認めんぞ!法務に!…国に申し立てる!!不当な理由での剥奪は認められん!!」
赤い顔のまま青筋たてて怒鳴り散らしているようだが、仕事サボって公金横領してで十分籍の剥奪に値するだろう。反逆罪と言ったヤバい罪もあるようで、それは籍を剥奪だけでなく命すら奪われかねない。
壮年男性がゆるりと首を横に振りながら離れた従者に合図を送る。従者が巻き物を壮年男性に渡すが、あれは魔道具の巻き物ではないだろうか。壮年男性が渡された巻き物をほどくと、朗々とした男性の声が周囲に響き渡る。
『2代前の騎士伯と現辺境伯が渋っておった結婚を無理に通したのが悪かったかもしれんな。除籍もその後の処遇も騎士伯領の者達が決めればよい、その後の事もな。シクロホスが厄介な事をしおって…死んでもなお迷惑ばかりかけるとは本当に情けない。シクロホス共も騎士伯領の好きにすれば良い』
「国王もこう申しておる故、申し立ては不要!お前の除籍は認められ、そこの女も娘も騎士伯領で処分を決定せよとのことだ」壮年男性が自称を睨みながら言った。
怒鳴り散らしていた時とは違い、一気に身体から力が抜けた様に力ない声で自称が問う。
「国王陛下が!何故!?」
周囲からもざわざわと声が響く。私も国王から直々の通達など聞いた事がないので正直驚いている。
「そんな!?父上!あまりにも酷いではありませんか!除籍など、許さるはずが…」
腰が抜けたようにその場にへたり込む自称に向け、淡々と言って聞かす様に少女が告げた。
「それ以上言うと、国王の決定に異議があると認められるがそれでもいいのだな?国王への異議は斬首ぞ。貴様の言う愛するエリザベスや娘であるヴィクトリアも連座で斬首となるが、それでも貴様は己の貴族籍を全うしたいのだな?貴族籍を騎士伯領での籍は復活はさせぬ。辺境伯での復活を願って貴様の首と、女と娘の首を差し出すが良い。慈悲深い辺境伯殿は貴様の籍は復活させてくれるやも知れんぞ。その場合多額の返済金は辺境伯に持ってもらうがな」そう言って隣の壮年男性を見るが、壮年男性は首を振る。
「とんでもない!その首3つで多額の金額なぞ。しかも、その見返りが除籍した愚息の籍の復活などと…全くわりにあわん!愚息にかける慈悲などとうに捨てておる。お前が無駄に命を捨てるくらいなら、討伐の壁とでもなって少しは騎士伯領の役に立て。間違っても、我が辺境伯領に嘆願など送るでないぞ」呆れた声を出しながら少女と自称を見比べる。
「褒賞を返せと言われても無理だ…それにほとんど私自身が使ったものではない!…それなのに返せなどと…」自分には使っていないのだから返さないなどと…そんな詭弁が通るとは思えないが、本当にどう返済するつもりだろう。
青くなり周囲を見回す自称、何かを見て「あ!?」と声を上げた。
「セバス…そうだ…セバス!!あやつは何処にいる!?おかしいではないか!買ったはずの家に家賃など!!あやつが何か細工をしたに違いない!」
そう、それな。ただ、セバスは家だろう。…まだ家にいればの話だが。
さっきの話から考えると、セバスが私と自称のそれぞれから金をだまし取っていたんだろう。
今のこの状況をセバスは見越してはいないと思うが、私と自称が互いの話をすり合わせていける状況になると分かれば、自分がやってきた事がバレるだろうから何処かに逃げていきそうだ。
壮年男性もため息をつきながら首を振る
「シクロホスの家令の事は知らん、騙されたお前が悪いのだ。探して締め上げるなりすれば良かろう、そんな余裕があるならな」
「父上!?」
「くどい。何度言わすのだ、もう除籍されたお前には儂を父と呼ぶ権利などない。発言を許された訳ではないのだ、黙っておれ。二度と口の利けぬ様になりたいか…」
「っ!?」
黙った自称とは逆に一応がモガモガと動きだした、辺境伯である男性が周囲にいる騎士達に合図を送る。
手足を縛られたままではあるが、猿ぐつわを外してもらえた一応は発言の許可も得ずに話を始める。
「一方的にそんな事を言われても困るわ!私は何も知らなかったんだから!!こんな風に女性を扱うのが騎士伯領のやり方なの!?とんだ騎士様達ね!!」流石にその言葉は周囲の騎士達にも響いた様だ、気まずそうな表情をし始めた。
「…くっくっく」
少女が楽しそうに笑うが、その様子が一応の癇に障った様だ。
「こんな状態の人を笑うなんてどういうつもり!?周りのしつけが行き届いてないんじゃないの!子供の癖に大人を敬う気持ちがないなんて常識が無いにも程があるわ!!それにさっきから偉そうな物言いばかり…」
少女の冷え冷えとした口調が一応の話を途中で遮断する。
「敬える相手には敬意を示すが、無駄に年をとっただけの無礼者に敬意を払う常識は持ち合わせてはおらん。お前は敬ってもらえる行いをしてきたと言うのか?既婚者に手を出し子供を産んで、他人の褒賞金でぬくぬくと生活をして。そんな相手を敬えと?それに、私は偉そうなのではない、偉いのだ。」
「!?既婚者だなんて聞いてなかったのよ!そ、それにお金なんてもらってないわ!!」
「ああ、そうであったな。そこにいる娘が働いて稼いだ金で生活をしておったのだったな。で、お前は何をしていたのだ?娘が働いている間何の仕事をしておったのだ?」
「…、…、…家に…」さっきまでの勢いは無くなり俯きながら話す言葉はほとんど聞こえない。
いらいらとした様子の辺境伯が続きを促す
「はっきり喋らんか!」
キッと正面を睨みつけ、一応が話を続ける。
「家にいたわよ。女主は働くものではないでしょう。私があの家の女主ですもの、今後然るべき時が来たら増える侍従達に采配をするのが私の仕事ですもの!そうよ!お母様もそうおっしゃっていたわ」
フンっと鼻息を隠すこともせず辺境伯が呆れた声をあげる。
「では、自身では働いた事がないのだな」
「そうよ、働く必要なんてないってセバスもマイヤーも言っていたわ。この子が働くのは裏の食堂の食事をこの子が食べたいから仕方なく雇わせてるって。勝手に働いてたのよ、この子が。でも子供が大金を持っていても騙されて取られるかもしれないからってセバスが保管してるって言ってたわ。嘘をついてるのよ、この子が。自分だけ悲劇のヒロインのふりをして助かろうとしるのよ!本当、浅ましい子ね」
聞いてて腹が立ってきた。私が働いた金でのうのうと生活してきたくせに!!
しかも私が騙されてお金を取られた相手は、セバスじゃないか!
発言の許可を得ようと正面を見据えた時に、自称が言葉をこぼす。
「…発言の許可を得たいのですが。」
「申せ」少女が面倒そうに許可をする。
「…今後、私の…私達の処遇はどのようなものになるのですか?」後ろから見ているので表情は分からないが、口調に悔しさがにじんでいる。
「ちょっと、ウィリアム様!何をおっしゃっているの!?爵位をお継ぎになるのでしょう!?先の騎士伯様がお亡くなりになったから、次の騎士伯は自分だとおっしゃったではありませんか!そうよ!!次の騎士伯様はウィリアム様、旦那様なのよ!これで晴れて夫婦になれるっておっしゃてたわ!だから前の奥様とは離縁なされたのよね?」
ここで一応がいらん口を挟んだ、ヤバい!!これはヤバい!!蹴ってでも口を塞がねば!!
周囲の空気がどんどん悪い方向へ変わっていくのを読まず、一応が燃料を投下し続ける。
「誰か!この縄をほどきなさい!!騎士伯領の領主夫人となる私がこの様な仕打ちを受けているのはおかしいでしょう!」
蹴りに行こうとする私をダグラス騎士様が静止するが、その表情が鬼の様だ。
その時、辺境伯が右手で剣を触りながら叫んだ
「黙れこの下郎がっ!!もう!我慢ならん!その口二度と開かぬようにしてくれるわ!!」
「…待て」少女が左手の挙手のみでその動きを阻止する。
「中々楽しい話を聞かせてくれた礼に、こちらも楽しい話を教えてやろう。」
アカンこれ、絶対に楽しくない話や。
少女の口調が全く楽しそうにない。
「騎士伯は元々一代限りの爵位。この騎士伯領が領地として成り立つのは、その一代限りの騎士伯であった者が代々続いたからだ、初代、二代目、三代目とな。三代も続けば次代から継続がされる約束となっていたのだ、そこで三代目は領地と爵位の継続を国王陛下へ願った。しかし、そこには問題があってな…」
話をしながら挙手した左手を隣の辺境伯に差し出すと、辺境伯がエスコートの姿勢を取る。
「三代目も騎士伯を名乗るに相応しい技量を持っておった。問題と言うのは”血筋”だ。代々好いた相手の家格なぞ気にせずに婚姻を結んでおり、爵位として認めるにはその”血筋”で周囲の領主達が納得せん。騎士伯に自身の領地内での討伐なんぞを依頼しながらな。周囲からは領地としてうまみのある騎士伯領を廃領地として取り込みたかったのだろう」
かなりの身長差はあるが、優雅に移動を始める少女と辺境伯…こちらに向かって来ている。
「そこで三代目は”血筋”に問題のない家格から伴侶を得た、これでこの騎士伯は爵位として認められ騎士伯領も周囲から簒奪される事なく安寧になった…はずだった。”血筋”は問題なかったのだがな~”血筋は”…」
ゆっくりとこちらに歩いてくる少女、まとめ上げられた髪は黒の帽子で隠れていたが見事な銀髪だ。大きな瞳は濃い紫、その瞳の奥は一切笑っていない。
「三代目に子が産まれた辺りから、おかしな動きをする者達が現れ始めた。四代目となるその子供を害そうとしたのか、三代目を直接狙ったのかは分からんが、騎士伯が表立って動けん時期に色々と画策しおったとな。なめられたものよ…いや、なめておらぬから表に立たん時期を狙ったのか…」
少し離れた場所に凛と立つ少女は幼さを残し顔付きではあるが、非常に美しい。美少女とはこういう少女の事を言うのだろう。
美少女は辺境伯の持つ剣をエスコートされていない右手で一気に引き抜くと、一応に剣を向けた。
「っひぃっ…!?」地面に転がされたままの自分に向けられた剣を見て、一応が声にならない悲鳴を上げる。
身体に見合わぬ大剣を一気に引き抜き、ぶれる事なく片手で制御出来るなど。有り得ない事なのに、それを平然とやっとのける美少女、周囲の騎士達も驚いた様子はない。慌てているのは自称・一応、そして私くらいだ。
「まぁ、それだけ狙われる可能性の高い騎士伯とその家族の座ではあるが、お前はその騎士伯の”夫人”になれると思っているのだな?」
一歩、また一歩と一応のいる場所に進む美少女から距離をとろうと、結ばれた縄で思うように動けない一応を自称が何とか動かそうとする。健闘も虚しく2人してしりもちをついた様な体勢にしかならなかった。
ザン!ザン!と二度鈍く何かが切られた音がして、少女は後ろを向き元の場所に戻る。
「ひぁぁ~!!」と一応が悲鳴を上げたが、…単に縛られていた縄を切られただけだったようだ。
自称はそんな一応を見て、慌てふためいている。
「!?か弱き女性に剣を向け斬るなどと!何を考えている!!」
その発言に対してピクリと少女の肩が動き、元の場所に戻ったはずの少女が一気に自称の前まで距離を詰めた。
「何も考えずに騎士伯になれると思っていた貴様に、思考云々を詰められるとはな。私もまだまだのようだ」剣を首筋に当てられた自称の喉が大きく動く。
「ま、待て、待て!」
慌てる自称の背後から近づき、髪を掴み頭を後ろにぐっと反らした。剣を当てられた首筋がこれでもかと露わになる。首を大変切断しやすい姿勢だ。
「…不敬ではないのか?発言の許可も得ず、さっきから再三に渡って。それに騎士伯領では女性たちも立派な兵士だぞ。囲った女の土地に居過ぎて忘れたか、か弱いのは貴様の頭の中だ」ダグラス騎士様が冷えた声をかける。
反らされた首を動かすと剣が擦れてスパンと落ちてしまいそうだ。それほどに剣はよく手入れをされている様に見える。
「だ、ダグラス!?何を!?」
苦し気に問う自称に対し、
「斬首の手伝いだ。やられてみてわからんか?」
冷えた声は変わらずに、言葉を続けていく。
「うるさい鳥は黙らせるに限る。下らぬ戯言を貴様と女と垂れ流しおって!」
この世界でも雉は鳴いたら撃たれるようです。
あれだけいらん事を鳴いてたら、撃たれるわな。