第5話 神崎家の夜
飯テロ注意
試験は、あっさりと終了した。
ギリギリ時間に間に合ったためペナルティがなかったことと、舞さんが一生懸命に僕たちを援護してくれたので、実技試験が免除されたことが大きい。
回復魔法で傷そのものは癒されたものの、筋肉痛やだるさがあったため、正直ありがたかった。
「今日は疲れた~!」
普段激しい訓練をしたり弱めのバグを撃退したりしているものの、あれほどの強敵と渡り合ったのは初めてだったため、想像以上に疲弊してしまった。
「だな。早く家に帰りたい」
久朗もさすがに疲れたようだ。
顔に出ないものの、命を落とす寸前だったという緊張感は、さすがの彼からもごっそりと体力を奪ってしまったようだ。
「結城はまだ、カツサンドを食べていたからいいが……私はスープだけだったからな」
「それは自業自得だろ?」
軽口をたたきながら、家に向かって……あ。
「えいや!」
さやに入ったままの刀を、久朗の頭に叩き込む。
「なにをするんだ、結城!」
「さっき女の子と間違われた時に、うんうんとうなづいていただろう!」
「事実を事実だと認めて、何が悪い」
「こいつ、開き直りやがった!」
――本当に、もう!
家に帰ると……おいしそうな匂いがする。
「「ただいま~~」」
「おかえりなさい。二人とも、疲れたような顔をして、何かあったの?」
若々しい女の人が、僕たちを迎えてくれる。
彼女の名前は、「文」、「神崎文」だ。
久朗の母親で、僕の義理の母ということになる。
「おう! お前たち、戻ったのか!」
今度は覇気のある、男の声。
こちらは「広大」。
義理の父親であり、当然久朗の父親でもある。
「ヒーローになる前に、危うく死ぬところだったよ~」
「さすがの私も、三途の川が見えかけた……」
あの戦いは、本当にきつかった。
何より、『アプレンティス』で戦ったというのが大きい。
あれはあくまでも練習用の機体で、個人用の最適化、通称『パーソナライズ』がされていないのだから。
「とりあえず、ご飯を食べて元気を出すのだな!」
広大が豪快に笑いながら、それに応える。
「今日の夕食は、何?」
僕が訪ねる。
「今日は……静丘おでんよ」
文が、笑顔で答えてくれた。
静丘おでんとは、牛すじ、黒はんぺん(通常の白いはんぺんとは異なり、イワシのすり身を使った半月状のものを指す)などが入った、静丘独特のおでんである。
真っ黒なスープが特徴的で、それに青のりや鰹節粉などをかけて食べるのが特徴だ。
しぞーかおでんと呼ばれることもある、郷土料理の一つである。
ちなみに神崎家の静丘おでんは、更に鶏の手羽元や豚肉のブロック、大量の練り物が入った豪華な逸品で、ボリューム満点。
寸胴に近い鍋で大量に作られたそれは、一日では当然食べきれないのだが……逆に汁の味が具にしみこんで、どんどん美味しくなっていくのがポイントだ。
僕も久朗も大好物で、テンションが上がる!
手を洗って荷物を部屋に放り込み、急いで食卓に向かっていざ!
「「いただきます!」」
まずは一番の大好物、豆腐っぽいものをふわふわに揚げた練り物を口にする。
ジューシーな味が口の中に広がり、至福のひと時。
久朗の方は牛すじ、豚肉、鶏肉……って、肉ばっかり!
「久朗、お行儀が悪いよ」
「体が肉を欲しているのだ」
悪びれた様子もなく、更に卵にまで手を出した。
「肉も悪くないが、野菜を食わないと、持久力が下がるぞ!」
広大が久朗の皿に、大根を追加する。
「練り物も食べてね。いつも残ってしまうのだから」
文の皿の上には、練り物がやや多めに盛られている。
ごぼう巻きにいか巻き、そしておでん用のちくわ……そちらもまた、美味しそうだ。
「「ごちそうさまでした!」」
食べ終わる合図も、かぶってしまった。
思わず久朗と、顔を見合わせてしまう。
「それで、何があったの?」
文が、こちらに問いかけてきた。
「金色の、巨大なバグと交戦したんだ!」
「トラックほどの大きさがあったな。父さんたちでも、アプレンティスではきついんじゃないか?」
そう、広大もまたヒーローなのだ。
更に文もまた、『魔法少女』と呼ばれるカテゴリーのヒーローである。
魔法少女とは、後方支援や遠距離攻撃を得意とする女性のヒーローを指す単語で、男性の場合は「陰陽師」になったりする「職種」の一つだ。
しかしなぜか「魔法少女」は、「ヒーロー」の職種の中で独立しているような感覚があり、広く一般に広まってしまっている。
「そうか、大変だったな!」
アプレンティスで戦う自分の姿を想像したのか、広大が苦笑いしてそれに応える。
「確かにあれで強敵と戦うとなると、ぞっとしないな」
「私も自分の機体があってこそ、ですからね」
文もそれに同調する。
「まあ、そのおかげで実技試験が免除されたのだから、合格は間違いないだろう」
久朗の見立ては、おそらく正しいと思う。
というか、これで合格でなかったら、舞は何をやっていたのかという話になるし。
「それにしても、あの少女……綺麗だったな」
なんとなく、僕の口から言葉が漏れた。
「あの少女?」
文が結城に問いかける。
「なんだ結城、いよいよ春が来たのか?」
広大も加わってきた。
「ふむ、結城はああいう女性がタイプ……っと」
久朗が手にメモを取るような仕草を見せる。
「違うって! ただ、綺麗だというのは久朗も認めるだろう!」
恥ずかしくなってきたので、慌ててごまかす。
その後、詳細に状況を語ることになった。
試験に遅れそうになったことについては、両親は全く叱らず、むしろ褒めてくれた。
ただ、久朗は練習用の弾を詰めていたということで、こっぴどく広大に叱られたけれど……これで少しは反省してくれるのだろうか?
お風呂に入ってから部屋に戻り、天井を見上げる。
あの少女……可愛かったのは事実だけれども、表情が硬くてもったいなかったな……。
もし彼女が笑顔を見せてくれたら、きっと素晴らしいものになるのではないかと感じながら、僕は目をつむった。
作者はソイ〇ョイを食べて、空腹をしのぎました。