第53話 楽屋裏での一コマ
13時になり、体育館でのミーシャのコンサートが始まった。
最初は穏やかな曲からスタートし、会場の盛り上がりに合わせて「ディストピア・ロックヒーロー」というアップテンポの曲につなげていく。
会場の雰囲気を完全に読み切って、歌を選択しているようだ。
「やっぱり上手いな……これと勝負しようとした自分が、少し恥ずかしいかも」
「だな。下手な芸能人なんかでは、太刀打ちできないだろう」
みんな歌に集中している。
そんな中、ふと気になってライティングの方を見てみると……そこにいたのは、奏さんであった。
「ねえ、久朗。奏さんがあそこにいるよ」
僕は小声で、久朗に話しかける。
「本当だ……彼女の歌ならば、十分に張り合うことができると思うのだがな」
久朗も小声で、それに返した。
一時間のステージが終わり、観客が体育館から出ていく。
僕たちはミーシャと話をしたいこともあり、逆にステージの裏手の方に向かうことにした。
「めあは、ここでお別れなの」
いい音楽を聴くことができて、めあちゃんもご機嫌のようだ。
保護者がいないのは気になるものの、しっかりしためあちゃんならば一人で帰ることができると判断し、僕達はここで別れることにした。
「お疲れ~! スポーツドリンクを用意しておいたわよ」
そこにはミーシャと舞先生がいて、ちょうどミーシャに飲み物を手渡しているところであった。
「あ! 結城と久朗だ! ボクの歌、聞いてくれた?」
ミーシャが僕たちに笑いかける。
「本当にすごかった……アイドルとしてやっていっても、十分にやっていけるのではないか?」
久朗が感想を述べる。
僕も全く同意見だ。
「まあ、ミーシャは私よりも『ローレライ』としての才能は上だからね」
舞先生が説明を加える。
舞先生のローレライとしての能力も、半端ではなかったのに……それを上回るというのだから、並大抵のことではない。
「既にブロンズの身分証明書になっているし、将来を期待されているわよ」
ヒーロークラスでは、卒業までにブロンズの身分証明書の取得が推奨されている。
無くても卒業できないというわけではないものの、三年でブロンズをとれず、焦るヒーローは一定数存在するのだ。
逆に二年でブロンズの身分証明書を取得しているとなると、ヒーロー大学への推薦も期待できる。
「お疲れさま。わが校の生徒として、立派にステージを盛り上げたこと、感謝する」
そこに、校長の芹沢大河がやってきた。
って、ほかの学校の文化祭に、校長!?
「なんだ、気づかなかったのか……開催に際し、祝電ではなく直に挨拶を述べたかったので、文化祭開始の時の挨拶の時には既にここにいたぞ」
舞先生は知っていたようだが……僕たちはその時、まだ芙士美高に向けて歩いていた最中である。
気が付かなくても、これは仕方がないだろう。
「そういえば舞、あの言い訳はさすがにどうかと思ったのだが……」
校長が舞に、何か苦言を有しているようだ。
「ネットダイブの一件で、教頭がこのようなことをするとは考えておらず、それが明るみになった引き金であるヒーロークラスの面々には特に精神の集中的なケアが必要であると判断し、集団で話し合う機会を作るため外出させていただきます……確かに形式は整った文章だが、行った先が麦の宮公園で、ピクニックだったようではないか?」
そんな文章を出していたのか!
確かに建前上は、問題ない文章ではあるが……行った場所が特定されているのは一体?
「舞も守も、スマートフォンのGPS機能をオンにしたままだったからな。どこにいたのかはすぐに分かったぞ」
それを聞いた舞が、口笛を吹くふりをする。
「まあ、建前とはいえ無断で行ったわけではないし、今回については不問とする。次からは小細工することなく、堂々と休んでくれたほうが私としてはありがたいがな」
どうやら校長も本気で叱るつもりはなかったようだ。
「そういえば、あのバカはどうなったの?」
舞先生が校長に問いかける。
「すんでのところで、荷物をまとめて逃げ出されてしまった。帰ってくる気配はないから、このまま無断欠勤による懲戒免職処分ということになるであろう」
警察に逮捕されたわけではないとはいえ、まさに人生終了のお知らせといったところである。
教頭として不適切な人間だったので、消えてしまってほっとしている。
そのまま僕たちは、少し歓談してステージを後にすることにした。
その時、もっとしっかり猿渡のことについて、考えるべきだったのだ。
僕たちは後にそのことを、死ぬほど公開することになる――。