第45話 オリビアとカイム
私の記憶では、ダージリンは緑茶に近い味であり、ゴールデンルールの例外としてやや低温がベストだったはずです。
もし間違っていましたら、遠慮なくご指摘ください。
それから数日が経過し、金曜日になった。
「よっ。おひさ」
同行するメンバーの中に、実がいた。
いったいどういう事なのだろうか?
今回の授業は、ネットダイバーの家で行われることになっている。
守先生と、運転の永瀬先生、そして佐藤実が僕たちと一緒に行くメンバーらしい。
「先生はともかく、実先輩はどうしてですか?」
漣が守先生に質問をする。
「ああ……彼女は人見知りでシャイな性格をしているからな。そんな彼女の数少ない友人である実がいるからこそ、この実習を行えるというわけなんだ」
守先生が答える。
「そういうわけで、実は一緒についていくものの、授業には参加しない。一応みんながネットワークにいる間は、自習することになっている」
「そういうわけ。よろしく!」
僕たちは永瀬先生の運転するバスで、郊外の住宅地に向かう。
そのネットダイバーは一軒家に住んでいるらしく、全員で向かっても大丈夫とのことであった。
「あと、彼女の家には同居人がいる……見た目が少し変わっているので驚くかもしれないが、嫌悪感を抱かないでやってほしい」
守先生が付け足す。
いったいどんな人なんだろう……少し、緊張してきた。
バスが止まったのは、そこそこの広さのある一軒家の前であった。
庭の部分に駐車スペースがあり、そこで僕たちは車から降りる。
「あ、いらっしゃいませ! お待ちしておりました」
庭を箒で掃除していた、メイド服を着た女性が僕たちに声をかける。
わりと長身なのだが、頭につけてあるイヌ耳のカチューシャが少しユーモラスで、温和な雰囲気を醸し出している。
「チカ様は……おそらくまた、ネットに潜っていると思われます。カイムに声をかけてきますね」
そう言ってメイドさんが、家の中に入っていく。
しばらくすると、今度は猫耳のカチューシャをつけた少年がやってきた。
「お前たちが今回の授業を受ける生徒か……ひとつ言っておく。チカを見て、哀れんだりしたら承知しないぞ」
ちょっとだけ、攻撃的な口調だ。
どうやらその、チカという名前の人物がネットダイバーらしい。
「お邪魔します」
僕たちは家の中に入る。
玄関にはスロープが設けられており、また廊下などには手すりがつけられていた。
「チカは……一応声はかけておいたから、大丈夫だと思う。もし潜っていたら、LANケーブルぶっこ抜きで無理やりこちら側に戻すぞ」
結構このカイムという少年は、物騒な性格をしているようである。
「先にリビングへどうぞ。お茶の準備ができておりますので」
メイドさんが、僕達に声をかけた。
リビングに行くと……紅茶のポットが二つとカップが人数分、そしてスコーンが乗ったお皿が人数分用意されていた。
カイムの方はともかく、メイドさんの方は僕たちを歓迎する意思があるらしい。
「自己紹介がまだでしたね。わたくしはオリビアと申します」
「俺の名前はカイムだ。一応よろしくしておく」
二人が名乗ったため、僕達もそれに答えて名乗った。
「そろそろ紅茶がいい感じになっていますね。ダージリンとウバがありますが、どちらになさいますか?」
二つのポットで、違う紅茶を入れていたようだ。
「僕はダージリンをもらうことにするよ」
「では私はウバで」
「俺は……正直分からん。残ったほうでいいや」
「わたくしは、ダージリンにします」
「にゅ。ウバをミルク入りで」
ウバというのはあまり聞いたことがなかったため、聞いたことのあるダージリンにしたけれども、いったいどんな味なのだろう……?
「実は白湯でいいよな」
「おいカイム! それはないだろう!」
「慌てなくても、実さんの分もありますよ。ウバを多めに入れたので、ミルクティーでどうぞ」
三人の様子を見る限り、気兼ねなく冗談を言い合う間柄のようだ。
カップに注がれた、ダージリンを口にする。
どことなく緑茶に近いような、ふんわりとした風味が口の中に広がり、ホッとさせられる。
「この紅茶、とっても美味しいです!」
思わず声が出てしまった。
「ダージリンは、沸騰してから少しお湯の温度を下げて入れるのが、コツなんですよ」
オリビアさんが僕に、秘訣を教えてくれた。
「このスコーン……もしかして、ビジーベーグル&エスプレッソのものでは?」
久朗が目ざとくチェックする。
以前奏さんが食べていたものと同じ形状であったため、気が付いたようだ。
「その通りです。自分で作ってもいいのですが、せっかく美味しいお店が芙士にあるので、そちらを利用させていただきました」
オリビアさんが、ジャムの瓶を差し出しながら答える。
「シンプルな塩バニラのスコーンなので、こちらのジャムをつけて食べてみてください」
勧めに従って、ジャムをつけて食べると……しっとりとしたスコーンに、ジャムの甘さが加わり、更に美味しさが増す。
「あ~……歓談中悪いが、それを食べ終わったら授業だからな。それだけは忘れるなよ」
守先生が少し諦めたような口調で、僕達の本来の目的を思い出させた。
そういえばそれが主な目的だったし、まだチカさんという人には会っていない。
いったいどんな人なのだろうか……?
シンプルなスコーンには、ジャムがとてもよく合います。
この組み合わせはぜひ、やってみてください。