第10話 驚異の胃袋
(逆)飯テロ注意?
僕たちは「Honny Bee」に向かった。
芙士高からは、徒歩一分という近さのお店だ。
「にゃんにゃん、何を食べようかな~」
みかんがご機嫌そうに、鼻歌交じりで歩いていく。
食べるのが趣味だといっていたのは、どうやら本当のようだ。
ドアを開けて、店の中に入る。
カランカラン、とドアについているベルが鳴った。
「いらっしゃいませ!」
店員が、声をかけてきた。
ここのお店は、ハンバーガーとピザを取り扱っている。
チェーン店とは異なる独自の商品が売りで、主力の商品以外にも芙士宮やきそばなど、幅広いメニューが自慢のお店だ。
カウンターに向かって、僕たちは進む。
「この、フジヤマバーバーというのがよさそうだな。いやまて、ステーキバーガーというのも捨てがたい……」
久朗が珍しそうなものを前に、目を輝かせる。
こういう珍品や新商品は、彼の心をくすぐって仕方がないようだ。
「僕は……ハニーバーガーのセットにするよ」
少し高めではあるものの、美味しいものへの対価と考えれば、十分納得できる値段だと思う。
ギリギリ千円以内だし。
「俺はこの、王様ピザのMとコーラだ!」
晶が注文する。
体つきを見ると、結構筋肉質で……ヒーローは体育会系のところがあるので、しっかりと食べるのだろう。
「私は、アボカドチーズバーガーのセットにします」
漣は野菜もとれる、アボカドのハンバーガーを選択した。
「よし決めた! 私はフジヤマバーガーのセットにする!」
どうやら久朗は、初志貫徹にしたようだ。
「にゃむ。フジヤマバーガーのセットと、厚切りベーコンエッグバーガー、そしてミックスのS」
!?
「ちょっと待って、それって一人分の量なの!」
びっくりして、僕は思わず声を出してしまった。
「あはは……彼女と最初に食事をする人は、みんな驚くのよね」
漣が苦笑いをしているところからして、これがみかんの通常運転のようである。
「普通に考えたら、どう考えてもカロリー的にまずいはずなのだが……」
久朗ですら、驚きを隠しきれない。
「にゃ。なぜか胸にだけつく、それがみかんマジック」
「こいつのこの、無駄に大きな胸はそのためなんだろうな。俺にも少し分けてくれないか?」
晶が笑いながら、そう付け加えた。
テーブルに向かい、できるのを待つ。
「ここのお店は、よく利用するの?」
僕が質問すると、「常連だよ~」と店員の答えが返ってきた。
「さてと、まずは何から話そうか?」
晶がこちらに問いかけた。
「まずはそうだな……三人は昔からの知り合いなのか?」
久朗が比較的、まともな質問をする。
「その通りです。私たち三人は、幼馴染です」
漣がそれに答える。
「にゃ。そっちはそっちで、幼馴染?」
「いや、義理の兄弟だ」
「あれ? 名字が違うんじゃないか?」
晶が、少し不思議そうにする。
「僕は、神崎家に引き取られたんだよ」
それに対して、僕が説明を加えた。
「そういえば、先ほどから気になっていたのですが……神崎家というと、あの神崎広大、神崎文さまの家の事なのでしょうか?」
漣がこちらに聞いてきた。
「様を付けるかどうかはともかく、その二人は私の両親だな」
久朗が答える。
「にゃん! その二人、ヒーローの中では知らなければもぐりと言われるレベル!」
みかんが慌てたように、声を放った。
ほかの二人も、うなづいている。
僕の両親って、そんなに有名人だったんだ。
「それにしてもみかん、その口癖は……?」
ずっと気になっていたことを、久朗が聞いた。
「単なる口癖で、前世が猫とかそういう事はないから心配無用」
どうやら、口癖を付けずに話すこともできるらしい。
「お待たせしました。ご注文の商品です」
店員が持ってきた木製のトレーを見て、思わず目を疑ってしまった。
トレーの上にあったのは……パティの厚さがバンズの厚さの、3倍を優に超える化け物。
それが二つ。
ほかのバーガーがお子様サイズに見えるくらい、圧倒的な存在感だ。
加えてピザは、Sサイズでも一人前~二人前くらいの大きさで、Mサイズに至っては明らかに二人前と思われる大きさ。
王様ピザは、明太子ソースにたこやイカなどが乗った、シーフード風味のものらしく……もう一方のミックスは、オニオンにピーマン、ベーコンにウインナー、サラミにマッシュルームと豪華な構成で、ボリューム満点。
「これって、何人前だったっけ……?」
「今からフードファイトが始まるのか!?」
僕たちは、あまりもの衝撃にたじろいでしまった。
「久朗、それ食べきれる? 分けて食べたほうがいいかな?」
「食べきれるとは思うが……フジヤマの名前は、伊達ではなかったようだな」
見た目によらず大食漢の久朗をしてなお、驚きをもって迎えるような商品である。
それに加えて、もう一つのバーガーとピザ……。
「にゃん! しあわせなの~!」
みかんがとろけたような表情を見せる。
学校で見せていた眠そうな表情は、吹き飛んでしまったようだ。
「じゃあ、冷めないうちに食べようぜ!」
晶の声にみんな、同意して食べ始めた。
「うむ……食べ応えがあるのはともかく、ここまで山になっていると食べにくいな」
「選んだのは久朗だからね」
名前のインパクトだけで選ぶから、こういう事になる。
「むぐむぐ、しあわせ~!」
みかんが口いっぱいに入ったハンバーガーを飲み込んだ後に、笑顔を見せる。
幸せそうなのは確かだけれども……この食べっぷりを見たら、百年の恋も冷めるのでは……?
「二人とも、男の人の前だというのに素の顔を見せすぎですよ」
漣がたしなめるが、晶もみかんもどこ吹く風という感じだ。
カランカラン!
どうやら、他のお客さんが来たようだ。
この大量の食べ物を見たら、びっくりするだろうな……。
「ここにいたのね……って、このテーブルの上の状態は一体……?」
来たのは、舞先生だ。
「にゃむ? 何かあったのかな?」
食べ物を口に運ぶのをやめて、みかんが首をかしげる。
「ごめんなさい。これを渡すのを忘れていて、怒られちゃったの」
そういって舞は、手に持っていたものをそれぞれに示した。
「これは……ヒーローとしての身分証明書だな」
「これと引き換えに、準ヒーローの証であるカードは回収することになっているの」
ちなみにこの身分証明書は、六種類存在する。
準ヒーローが属するアイアン、高校生のカッパー、一人前のブロンズ、それより上のシルバー、ゴールド、プラチナとなっている。
今回手渡されたのは、カッパーランクのものだ。
「久朗、アイアンのカードは忘れていないよね?」
「さすがにこれだけは、肌身離さず持ち歩いているぞ」
舞の持っていたカードと、新しいカードを交換する。
「ところでみかんちゃん、それ食べきれるの?」
「余裕。デザートは別腹」
……どうやら、とんでもない化け物がここにいたらしい。