アウト・サイド・パートナー
アリシアはジネットの研究室で紙に分析結果を書きながら水を飲む。
「なぁ弟子の内在人よ」
「なんでしょう?」
「仕事休んでもいいんだぞ?」
ジネットの提案に対し、アリシアは鼻で笑う。
「私達の任務はまだ終わっていません。来るべき刻……私達の存在が忘れ去られたあとに訪れるかもしれない、その時に備えねばなりません」
「でもなぁ、その『未来』に影響があっちゃまずいんじゃないのか?」
ジネットはアリシアの下腹部を指さしながらそう言った。アリスが答える。
「問題ありません。常にバックグラウンドで『緊急停止』出来るように働きかけていますので」
ジネットはため息をついた。お手上げ、といったところだ。
「折角気を使って休ませてやろうと思ったのに」
「お構い無く。アイツが無事に帰ってこれるよう、私は『いつも通り』に過ごす。それが一番良いんです」
アリシアの目に迷いは無かった。ジネットもそんな彼女を信じ、働かせることにした。
夜。火の中に薪を入れながらカルロスが尋ねる。
「シュタインベルク家の末の子……アリス様はどうなった?」
陽介は鉄の組成を持つ『敵』から作りだしたコップのコーヒーを飲んでから答える。
「アリシアと和解して……俺の嫁だ」
カルロスは陽介を驚いた表情で見つめる。
「なんだよその顔」
「いや、お前達そんな関係だったのかと思ってさ」
「正確にはアリスじゃなく、アリシアと俺だがな」
カルロスは天に輝く星々を手癖で結んでいく。
「嫁かぁ……俺に嫁はいなかったが、嫁のいた奴を殺した数なら覚えてる」
「言わなくていいからな」
「504だ。そのうち復讐にたどり着いた奥さんは2人。ちなみにアリスとの戦闘中に復帰に使った魂もそれだ」
相変わらず反吐が出る話だった。人類の屑というには足りない、まさに『人の皮を被った悪魔』というのが似合う男だ。
カルロスは続ける。
「そうそう、ちょうどこんな感じに星が輝いてて……」
すぐに火を消した。強制的に夜目にする。カルロスも再スタートを夜に固定し、索敵。陽介が尋ねる。
「生物か?」
「いや、霊だな。この臭さは生き物にはだせない」
暗闇から典型的な幽霊が数体出てきた。
「……俺の記憶にはないな」
「じゃあ多分俺の『イメージ』だ。俺の中にいるはずの『悪霊』のイメージ」
カルロスは指をパチンと鳴らし、幽霊の姿を揺らめかせる。
「姿だけは一丁前な雑魚だ」
カルロスはさらに手をパンパンと叩くと、辺りに閃光と音波が広がった。戦闘終了。
「さて、ちょっと寝ようじゃないか。寝なきゃ体力は戻らん」
二人は深い眠りについた。
圧倒的な戦闘力と殲滅力、卓越した判断力と知識量、そしてそれらを活かしきる天賦の才と相性により、陽介とカルロスの進行速度は魔術協会から派遣された精鋭を遥かに上回っていた。
精鋭達がゴードンとシャルル等、調査隊の生存者達を救助した時、陽介達はすでに森林限界を突破していた。しかしその情報が互いに伝わることはなく、ただ漠然と双方の行方に意識を傾けたまま時が過ぎ去っていった。
陽介達が現在いる地点に出現する魔獣等は記憶にあった姿とは違い、環境に適合したせいか外見や内部構造が微妙に変わっていた。なまじ知識のある二人は当初こそ苦戦したものの、すぐにその特性を把握。さらには自らも低酸素下での効率的な呼吸法を取得するに至った。
そんな移動中、珍しく陽介が先に口を開く。
「……なぁカルロス。人生の先輩として少し聞きたい」
「急にどうした。慣れない環境のせいで頭でもおかしくなったか」
「黙って答えてくれ。……なんで俺は『こうなった』?」
カルロスは迷いなく答える。
「知らねぇよ」
予想通りの、望まぬ答え。そう答えるしかあるまいとは、思っていた。
だがカルロスは付け足す。
「と、言いたいところだが俺にはわかる」
「……マジ?教えてくれ」
「我を通さなかったから」
陽介は疑問に思いながらカルロスの話を聞き続ける。
「簡単な話だろ。仮に全部自分で選んだ道なら、疑問はそもそも『ない』。こうすればよかった、とは思うかもしれないが、『なぜ』とは思わない。……お前は他人の幸福を望みすぎてるんだ。自己犠牲で救える範囲には限りがあるぜ?」
陽介は眼を見開く。悪魔から出た言葉は、意外にも真っ当かつ客観的な人物評。人によっては救い足り得る言葉になるかもしれない。しかもそこに他者の機嫌を伺うような感性は微塵もなく、むしろ彼の本心をぶつけられた様な気になった。
それが気に食わない。そういうところが、陽介がカルロスを嫌うところだった。
最低最悪、およそ人間とは思えない数々の所業をしてきた男の言葉が、こんなにも心に響くのがなんとも『気持ち悪い』。複数の人格があって裏を隠しているわけでもなく、己の心に従って生きていただけの男の言葉が最も心を抉るのがなんとも『おぞましい』。
理性で共感し、心で拒否を証明する自分もまた、陽介は嫌いになりそうだった。陽介はイラついた様子で言う。
「……くだらない答えだ。聞いた俺が馬鹿だったよ」
カルロスはニヤニヤしながら言う。
「馬鹿じゃなきゃこんなとこまで来れなかったろ?先は長いんだ、急ぐぞ『相棒』」
「その言い方、次にしたら俺は戦略を帰る」
「おぉこわいこわい」
リカルド・ファルキ。人類の到達点であるこの男は、現在『原初の人』に挑んでいる。原初の人は、例外的にカルロスの記憶から産み出されたものではない。彼が殺害してきた人間の共通項目を練り上げていった結果、偶然誕生した生命体である。
当然ながら単純な戦闘力は魔力、知識量から言えばリカルドの敵ではない。だが原初の人であるがゆえに、その矛盾を孕んだ思考をリカルドは読むことが出来なかった。自然の摂理に従う、論理的かつ効率的、合理的な思考をする獣ではなく、感情に流される言動は気味が悪い。
人の右腕が千切れたところでリカルドが言う。
「どうして俺達を襲う?」
「憎い!より優れた力を持つお前達が憎い!敵わないからこそ、憎い!妬ましい!」
人の顔は憎悪に歪んでいた。ポーカーフェイスの欠片もない、感情丸出しの顔。当たり障りのない中性的な顔を見ると吐き気を催しそうだった。
リカルドは刃こぼれしたナイフを復活させつつ再び構える。
「お前の持つそれ……その鋭い痛みを与えるやつ。それも嫌いだ。そんな便利な力を持つお前達が嫌いだ」
人はそう言うと姿勢を低くして突進。
遅い。リカルドは的確に首を打って地面に叩きつける。人は一瞬気絶したあとすぐに跳ね起きて距離を取る。
「でも進化したというのは好きだ。止まらなかったのはとても……良い」
人は『構え』ていた。受け流しに重点を置いた構え。人もまた、この数日間で人類史をかけ上がっているのだ。
リカルドは魔術で人の頭を吹き飛ばす。
「そう、そういう殺しも好きだ。俺を食らうためとか、そんなこと少しも考えてない殺し。……『楽しい』」
リカルドは冷や汗を拭う。人が段々と進化している。追いつかれるのは時間の問題かもしれない。そう考えると頭の回転は止まることを知らなかった。
人はそんなリカルドを嘲笑うように修復途中の首をポキポキと鳴らす。
「『怖い』か?そうかそうか。なんとなく『わかってきた』ぞ。人である俺がどういった存在なのか、わかってきた。お前という人のお陰でわかってきたぞ。これが『歓喜』だな?」
あえてリカルドは何も言わずに人の片足を切り落とす。ひとしきり悶え苦しんだあと、人は地面から義足を生み出す。
「……こういうことだろ?俺達は脆い。だから失ったものは補う。頭のいいやり方だ」
人はゆっくりとリカルドへと歩みより、呟く。
「俺はお前が嫌いだ。お前も俺が嫌いだろう。それでいい。俺はお前を理解したくないし、しようともしない。だから、死んでくれ」
「それに対する答えもわかってるだろ?誰かに言われて止まるような奴なら、ここには立てない」
「じゃあ止まってくれ。邪魔だ」
人の腕を切り落としながらリカルドは返答する。
「邪魔なのはお前だ」
数日後、山頂。厳重に保管されているはずの黒い立方体は打ち捨てられるようにして置かれ、二人の男は特にこれといった損傷もなくそれの前に立った。
「案外あっけない終わりだな」
そういうカルロスに対し、陽介は静かに答える。
「そんな簡単に終わるなら、俺はここにいないさ」
カルロスは肩をすくめ、黒い立方体に触れる。立方体は光を放ちながら形を大きく変え、最終的にはかなりスケールダウンされた球体へと変わった。カルロスはそれを手に取り、陽介に渡す。
「俺にどうしろと?」
「今こいつの命のストックを1にした。そう、『俺』だけだ。まぁまだ完全には還元されてないからしばらくこの空間は維持されるだろうが……なんにせよ事件解決だ」
受け取ろとした陽介の手を避け、カルロスは球体を天高く掲げる。
「まさか一族の残り香がこんなことになるとはな。結局世界の終わりとはなんのことやら」
「世界は終わらない……ってことだろ?」
カルロスは陽介を見つめる。陽介は続けた。
「観測出来なかった。ジヤヴォールを使っても見れなかった。要するに、世界は廻り続ける。たとえ人が滅びようともこの星が消えようとも、空が落ちてこようとも……よかったじゃねぇか。お前の一族の願いは『叶わない』ことが『正解』だったんだからさ。お前らは最初から正解にいたんだ」
カルロスはそれを聞き、ニヤリと笑ったあと球体を自らの心臓部に押し当て、一体化させる。
「気が変わった。『この世界』は終わらないかもしれんが、『俺らだけの世界』は、ここらで終いにしようや」
カルロスはそう言いながらゆっくり剣を抜いた。
陽介もそれに答えるようにして剣を抜く。
「今わかった。俺はお前が嫌いなんじゃない、大好きだったんだ。自由に生きるお前みたいになりたいと願った。誰の為でもなく、己の意思で一族の願いを叶えようもがくおまえが、好きだったんだ」
「へっ、今更かよ」
雲上の2人だけの世界で、カルロスはそっと言う。
「はじめようか。正真正銘、『最後の戦い』ってやつを」




