ザ・ワースト・ヒューマン
アダムに連れられ、集合地点の魔術協会本部前に到着した。重役らしき男の指揮のもと、総勢19名の精鋭らしき人間が整列していた。重役の男が言う。
「敬礼!!」
その言葉に合わせ、全員がアダムに敬礼した。
アダムは手振りでリラックスするように指示する。
「さて、『件の男』は?」
「はい、現在イブラハ様が相手をしております」
アダムは少し頷くと、陽介を見る。
「どうだ、先に会ってみるかね?」
手足を拘束されたうえ、首に爆弾を仕掛けられた状態で独房に入れられている男。そしてそんな男と正面から話をする髭をたくわえた男。どちらも狂っている。
「君はなぜ戦いを選んだのかね?」
「それしか知らなかったから」
「嘘をつくな。君の父親は一方的な殺しを生業としていたはず」
「俺は上手くなかった。殺しあいをするしかなかった」
髭の男は言う。
「私は君の肉体に興味がある。魂と肉体を分離して動かしているのか?」
「そう。魂を隔離し、肉体の損傷とは無関係にしている。たとえ肉体が壊れようとも、魂のほうからフィードバックし復活する」
それをきき、髭の男は紙になにかをつらつらと書き、拘束された男にみせる。
「どうして『これ』は動き出した?なぜ君の制御を外れてから動きだした?」
「役目を終えたからだろう。はやくそいつを壊せ。とりかえしがつかなくなるまえに」
扉が開いた。陽介だ。
「お久しぶりです、イブラハさん」
「おぉ!久しいな!!調子はどうだ?」
「最悪です。『これ』のせいでね」
いつの間にかカルロスは壁に張りついていた。拘束も外れていた。だが誰かが外した痕跡はない。つまり、一度死亡してから自力で外したのだ。
カルロスはガラスに手をつけ陽介を見て歪んだ笑みを浮かべる。
「聞いたぜ、お前の彼女死んだんだってな」
「……」
「可哀想に、俺なら生かすことが出来た」
「悔いはない」
「本当に?俺にはお前の顔に迷いがあるように見えるぜ?」
陽介は冷徹に返す。
「それはお前のほうじゃないのか?カルロス」
カルロスは急に真顔になった。
「ほら、図星だ。あんたは結局何一つ願いを叶えられぬままここに至ってしまった」
カルロスは踵をかえし、どかっと椅子に座る。そして、そのまま陽介に尋ねる。
「つまらない男になってしまったな、サエキ。答えを得た人生は楽しいか?」
「当然。答えは新しい問いを産むんだ。問題はたくさん解いたほうが楽しい」
アダムがやってきた。
「失礼。カルロス、時間だ」
「承知しております。私がこれまでしてきたことを全てなかったことにする、その代わりに私はあなた方の奴隷となる」
「『人類の』奴隷だ、間違えるなよ」
いつになく厳しい口調でアダムはそう言った。
両手に手錠を付けられた状態で廊下を歩く4人。
「イブラハ、わかっているはずだ。これが無意味だと」
「それに本来の機能は求めていない。君が手にいれんとするものを『縛る』という意味でつけている」
カルロスは目を見開いた。イブラハにはどうやら見抜かれていたようだ、『裏切り』を。
カルロスは鼻で笑う。
「あなたは誰よりも狂っていると言われているが……違う。誰よりも自由なんだ」
「然り。君も自由になりたいのだろう?わかるさ、君は私だ」
「イブラハ、カルロス、おしゃべりはそこまでだ」
数年ぶりに日の光を浴びたカルロス。思わず半目になり、空を見上げる。
「……変わらないな。相変わらず汚い」
「それでも、前よりは綺麗さ」
陽介の晴れやかな顔をみて、カルロスは不機嫌になった。
アダムがカルロスを先程の精鋭達と会わせようとするが、カルロスは動かない。
「何故だ?仲間の顔くらい覚えておけ」
「俺の仲間はサエキに一人残らず殺された。後にも先にも、俺の仲間はあいつらだけだ」
アダムは目を閉じる。
「これは失礼。では協力者の顔を」
「必要ない。そうだろ?サエキ」
その言葉につられて陽介を見る。陽介は深く頷いてからカルロスを見ながら言う。
「こいつは最低最悪の人間です。全ての人間は自分の『身代わり』としか思っていない。そんなこいつのためにあの人達を殺されるわけにはいきません」
陽介は『あのとき』を思い出しながら言葉を付け足す。
「……もっとも、カルロスは部隊長としての指揮能力がずば抜けていますが」
カルロスはニヤリと笑い、アダムに言う。
「俺はサエキと単独行動する。だが指揮は俺が執ろう。指揮官とだけ会わせてくれ。なんならあんたらも一緒にいるか?」
アダムとイブラハはカルロスの要求を飲み、指揮官とカルロスは今後の方針を話し合った。最初は納得いかない様子の指揮官であったが、最終的にはカルロスの能力を認めざるをえない状況になっていた。
個室から出てきた指揮官がアダムに耳打ちする。
「なんなんです、あの男。まるで歩く軍事教本だ」
「あまり不用意に詮索はしないほうがいい。彼に全面的に従えとは言わない、だが彼の指揮のもと、君には動いてもらいたい」
指揮官はその言葉の真意を理解し、深く頷いた。
そこからアフリカまでの道のりは非常にスムーズだった。結局陽介は帝国から誰も連れてこなかったため、海路で行く予定がなくなり、アダムとイブラハの『座標交換魔術』を使い、魔術協会アフリカ支部まで一瞬で移動した。
カルロス達はそこで今後の作戦を練るらしく、陽介は暇になった。そこで自身が持つアフリカに対する知識を整理することにした。
アフリカの場所や国についてはこの際どうでもいい。重要なのは地理的関係と地質情報だ。アフリカは平均標高が高めで、特に赤道付近の山は海面からの距離が他の高山に比べて離れて計算される。
アフリカは別名『暗黒大陸』と呼称されるように、長きに渡ってその全貌が明らかにならなかった。もしかしたら、陽介が死んだあの時でさえ、解明されていなかったのかもしれない。
病原体に関してはこの際目をつむる。感染したとしても、すぐに『高速学習』をして原子分解し、必要な材料をそろえるからだ。つくづく人類の進歩を嘲笑うかのような力だと思う。それと同時に、そんな力に頼らざるをえない自分もあまり好きにはなれなかった。
今回サハラ砂漠には用がないので割愛。しかしこうして考えれば考えるほど、不足しているものが明確化される。
「……キリマンジャロって、どんな山なんだろう」
陽介は友人に山岳部がいた。その人から時折山に関しての情報は仕入れているため、心掛けや装備に関する注意は聞いている。また、開拓者としてのキャリアの中である程度そういった『危険地帯』にも行くためなんとなく予想はつく。
だが経験はない。初挑戦の山としては、かなり難易度が高い山だ。
「なんにせよ、準備するに越したことはないな!」
陽介とカルロスは二人で、残りがチームで動くことになった。人知れず始まった登山。目標は二つ。一つは遭難者の発見と救助。もう一つは山頂にあると思われる漆黒立方体の破壊。とりあえず陽介とカルロスは破壊を優先することにした。
ルートは多くの登山家が使うものと大差ない。食料などに関しても、最悪の場合は霞からもステーキを産み出せる陽介頼みになるから問題ない。
どちらかというと空気の薄さと高山病だ。この二つはどうしようもない。たとえ酸素濃度を高めても、すぐ空気中に散らばる。高山病も予防は出来てもかかるときはかかる。
不安だけが積もっていくなか、カルロスが肩を揺らす。
「そろそろ領域内に入る」
ふと前に目をやると、やや薄紫色の半透明な壁のようなものがあった。その奥の景色は、他と変わらない。
「この中に入ると、俺の『体内』だ」
「汚い」
「うるせぇ」
互いに軽い罵倒をしあいながら侵入した。何も変わらない。
「そうそう、言い忘れてたが入ったら基本的に出られないからな。外部とは隔絶されてるし、生態系も別物と考えてもらって構わない」
殴りかかりそうになったが、必死に理性を取り戻して首をはねた。
カルロスは首を繋ぎ合わせてコキコキならしてから言う。
「いや、悪いとは思っている」
「思ってるだけだろ」
「当然。それよりも……」
カルロスが視線を頂上の方に向けた。四足獣……だが見たこともない、やや大きめの生物。カルロスは懐かしそうにうなずく。
「これは俺が死ぬ4年前に任務で殺した科学者の『ペット』だな」
「なんでここにいる?」
「簡単な話だろ、その記憶を頼りに生成された」
陽介は剣を仕舞い、荷物をその場においてから瞬間移動。腰に差していたナイフを抜き、獣の頭部に突き刺す。獣の動きが即座に停止したことを確認してから捻り抜く。
丁寧に血を拭き取り、しまい直す。
「放置でいいのか?」
カルロスはその問いに対し、首を縦に振った。
「正直、この程度は序の口と思ってくれ。もしかしたら、『知り合い』が出てくるかもしれないからな」
「その心は?」
「お前の腕を使ったから」
何も言わずに陽介は歩きだした。カルロスは呆れたようなため息をつき、後を追う。歩きながら陽介が尋ねる。
「本隊と合流はするのか?」
「しない。生死に関わらずな」
しばらく進んだ所でカルロスが申し訳なさそうに言う。
「その……実はな、他にも隠してたことがある」
その下手に出る態度が余計に陽介を不安にさせ、イラつかせたが聞き続ける。
「魔術協会から派遣された奴らな……残らず俺のストックとして死に絶えるか、任務中に『不幸な事故』で死ぬ」
その者の名はカルロス・ロレンツィーニ。人類史上最悪の男である。




