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再審の男  作者: 藤澤トオル
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レッツ・ゴー・トゥー・ザ・ビギニング

 担架に乗せられ、医務室に運ばれていく陽介。そんな彼とは対照的に、ゆっくりと歩いてリングを出ていく騎士長。皇帝は水を飲みながら呟く。

「……やはり、届かないか。それもまた一興かな?」

騎士長の代わりに護衛を任されていた傍付きの二人に言う。

「ご苦労だった、彼の元へと戻るがいい。私が『満足そうにしていた』と言っておけ」

「「承知しました」」


 傍付きの二人は去っていった。皇帝は視線をリングから観客席の一角に移す。

「はてさて、この結果が吉とでるか、凶とでるか……楽しみだ」

視線の先にいた国外からの観客は、冷や汗をかきながらそそくさと出ていった。



 医務室。ベッドに寝かされた陽介の容態を確認するため、ジネットがやって来た。頬を軽く叩く。

「おーい起きろ敗北者」

返事なし。

「私がアリスもらっちゃうぞー?」

返事なし。


 呆れるジネットの肩を掴み、アリシアが交代する。アリシアはベッドを叩きながら、わざとらしく演技をする。

「あーやばい!!つわりが来た!!やっべ吐きそう!!ヨースケー!あんたの顔面に吐いていい?」

反応なし。

「あーこりゃ駄目だ!吐きます!」


 アリシアがベッドを叩くのをやめた瞬間、陽介は突如横に転がりながら起き上がる。

「吐くな!」

「冗談よ」

陽介は手を下げ、ため息をつく。

「そうか」


 アリシアは陽介の頭をぐりぐりなやりながら言う。

「そうか、じゃないでしょうが敗北者。良く寝た?感想を述べよ」

アリシアの手をどけながら答える。

「そりゃ悔しいよ。でもそれ以上に清々しい。目指すべき人が決まったからな」


 アリシアはニヤニヤしながら頭を撫で回した。



 椅子にどかっと座り、仰向けになる。

「あー疲れた」

「水です、どうぞ」

「助かる」

騎士長は出された水を飲みながら汗を拭う。そんなに出ていないが。


 騎士長は装備を外しながら愚痴をこぼす。

「しかし参ったぜ、アイツ俺の『奥の手』を引きずり出させやがった。あそこまで追い詰められたのは久し振りだ」

傍付きの女性が言う。

「ですが、そんなに疲れているようには見えないのですが……」


 騎士長が答える。

「そりゃあれだ、『俺の勝利は前提として』追い詰められた」

「なるほど」

「いや、本当に大変だった。あれ防がれたら俺の計画が台無しだった」


 傍付きは苦笑いを浮かべながら言う。

「そっちですか……」

「当たり前だろ。俺が負けたら誰がこの国を守るんだ」

「うむ。貴殿の働きは私も評価しているしな」


 その場にいた、騎士長を除くすべての人がひざまずく。皇帝陛下だ。騎士長は略式で敬礼をし、再び天を仰ぐ。

「騎士長殿、いくらあらゆる特権があったとしてもゆるされるものではありません」

「よい。彼は疲れている……はずだ。それよりも、私と彼を二人きりにしてくれないか?」

「御意」



 二人きりになったあと、皇帝は適当な椅子を引っ張りだし、やや前屈みになりながら呟く。

「……グスタフ、いやオリヴァーよ。お前はどっちだ?」

騎士長は鼻で笑いながら答える。

「どちらも私です。強いてあげるならば……オリヴァー・ヴィトンは称号ですね」

「ならよい。まさか私に隠れて『誰かに何かを報告している』と勘ぐってしまってな、杞憂で済むならそれでよい」


 騎士長は目を鋭くし、皇帝を睨み付けながら尋ねる。

「もし、それが『本当』だとしたら?」

皇帝はまさに戦いが繰り広げられ、熱気が伝わってくる会場を見ながら答える。

「君と私が戦うに相応しい決闘の場を設けよう」


 騎士長は眉ひとつ動かさずに皇帝に何かを仕掛ける。が、皇帝には何もなかった。

「それで全力か?興ざめにも程があるぞ『観測者』」

騎士長はすぐにもとの表情に戻り笑いだす。

「ハハハハハハ!!!やはりあなたには一生勝てそうにない!!」

「勝つ必要はないのだぞ?私を納得させるだけの材料を見せるだけでいい」


 皇帝は立ち上がり、騎士長を背にして言う。

「観測だけでなく、引き続き監視を続けろ。何なら彼女を現場復帰させてもいい」

「……御意」

皇帝は静かにその場をあとにした。



 それからも大会は続き、決勝戦が始まった。組み合わせは南の一位とウェスト家の子息。ちなみにロゼとシンは3位決定戦で再び当たり、今回もロゼが勝利した。


 そして決勝戦であるが、互いの意地と意地がぶつかりあい、装備は壊れて魔力もほとんどなくなり、最終的に殴りあいとなった。陽介と騎士長が繰り広げた高度すぎる命のやり取りではなく、決勝に相応しい『自分が一番強い』ことを証明する戦いとなった。


 結果としては南の一位通過者が勝利を収めた。貧しい家だった彼には騎士としての資格と爵位が与えられ、共に武を競いあったウェスト家子息専属の近衛騎士となった。


 3位となったロゼは賞金を使って休職、旅に出た。シンは己の傲慢さを恥じ、改めて学院の生徒としてより深く学んでいくことを決意した。



「……と、いうのが私の予想ですが。どうでしょう?」

「後半はともかく、前半は確定だな

「これじゃ賭けになんないっすよ係長」

三人はこれからの流れを予想していた。


 しかも、それを賭けの対象にしていた。賭けられたのは大会後に行われるパーティーの配置。一人は出席、一人は護衛、一人は待機の3つだ。サレンダーが愚痴をこぼす。

「なんでニンジャは入んないんですかね?」

「一応エキシビション出てからな。出さない訳にもいくまい」


 サレンダーはまだ愚痴をこぼしつづける。

「じゃあなんでシュタインベルクも一緒なんすか?」

「皇帝陛下のご指名よ」

サレンダーは青ざめ、背筋を伸ばす。不用意な発言をしたと自覚したのだろう。


 係長が言う。

「そろそろ開始時刻だ。よし、持ち場につけ」

「「了解」」




 大会は、結局三人の予想通りの結末となった。持ち場はどうなったかと言うと、フェイが出席、サレンダーが護衛、係長が待機になった。正式なじゃんけんで決めたため、不正は一切なかった。


 王宮の一角に数々の貴族達が集い、豪華絢爛な宴が開かれた。ある者は単純にこのパーティーを楽しみ、ある者はこの場を利用してのしあがろうとする。またある者は、出逢いの場としてしていたり……。


 佐伯陽介はそのどれでもなく、慣れない礼服に身を包んで端の方でグラスを片手にたまにやってくる人と酒を交わすだけの作業をしていた。酌み交わしたなかで、おそらくあのエキシビションで正確に陽介を認識出来ていた者はほとんどいない。とりあえず『この場にいるから』交わした者が大半だろう。


 その証拠に、適当なお世辞を言ってすぐに去っていく人間ばかりだった。耳をすましていると、そういう人は他の『出ていそうな人』にたいしても同じような事を言っていたし、貴族仲間の前ではやたらと饒舌になっていた。



 フェイがやってきた。彼女もドレスを来ている。

「お疲れ様」

「そちらこそ」

グラスをコツンとあて、酒を飲む。


 フェイは大会の話題そっちのけで尋ねる。

「あなたのフィアンセはどこに?私、彼女とあんまり話したことなかったのよね」

陽介は呆れた様子である方向に手を差し出す。


 なぜか『男装』をしているアリスがいた。しかも人だかりが出来ている。フェイが尋ねる。

「……どういう状況?」

「ああ見えてもアイツは東部大陸有数の『お嬢様』です。礼儀に関しては最上級だし、血筋もほぼ完璧。それに美しさとかわいさが共存している。モテないわけがないじゃないですか」


 フェイが尋ねる。

「自慢?」

「違います。客観的にみた彼女の評価です」

「なぜ男装を?」



 人だかりから出てきたアリスが答える。

「姉へのあてつけです。もっとも、ここにはいなかったようですが」

アリスは手を差し出す。

「申し遅れました、アリス・シュタインベルクです」

フェイは手を握り返す。

「登録No.2、コードネームフェイよ。よろしくね」


 近くにいた給仕からスパークリングワインを受け取り、コツンとあてる。一口飲んだ後、フェイが陽介に耳打ちする。

「あそこにいる子、多分フランシスカちゃんよね。会ってきなさい、私はアリスと話してるから」

陽介は頭をかきながら呟く。

「めんどくせぇ……了解しました」

陽介はその場を離れ、フランシスカに近づいていった。


 フェイはアリスに向き直る。

「ここではなんですから、一曲どうです?」

意外にも先に提案してきたのはアリス。フェイは軽く鼻で笑いながら差し出された手を握り返す。



 ワルツ。ベーシックな足形を踏みながら二人だけの世界に入る。フェイが先に尋ねる。

「で、こんな状況を作り出してどうしたかったの?」

「ここなら誰も手出しできない、違いませんね?」

フェイは睨み付けながら躍り続ける。


 今度はアリス。

「で、何が聞きたいんです?」

「あなたのその腹に宿る、新たな生命体についてよ」

「どうして?」

「……私の過去に関わるけど、私の専門分野なの」

アリスはフェイの表情が微妙に変化したことに気がついた。


 今思えば、彼女は一体何歳なのだろう?二十歳以上であるのは間違いない。が、正確な年齢はわからない。掃除係に来たのもいつだろう。No.2ということは2番目に古い人物。……なんとなく掴めてきた。


 アリスはニヤリと笑い言う。

「『完全な』人間です」

「……そう、ならいいわ」

フェイの表情が元に戻った。


 アリスがすかさず言う。

「私も質問よろしいですか?」

「どうぞ」

アリスはフェイの深緑の瞳の奥……果てしない闇を見据えながら尋ねる。

「『喰った』な?」


 二人の足が止まった。




 キョロキョロしながら他の人たちに紛れているフランシスカ。クラスの友人も何人か見かけたが、彼らは彼らで別な人と話をしていたりする。話相手がいないとこんなにも暇なのだろうか。

「突然失礼。お嬢さん、もしや王立魔術学院の生徒でしょうか?」

「あ、はい!」

後ろから声をかけられ、あわてて振り向くよりも先に答えてしまった。


 すぐに振り向いて頭を下げる。

「す、すみません!!」

「いえいえ、こちらこそ失礼しました」

?どこかで聞いたことのあるような声だ。誰だったろうか?


 頭をあげる。フランシスカは呆気にとられた。

「久しぶり、フランシスカ」

モーゼスだった。




 スローフォックストロット。アレンジした足形を踏む。

「えぇ、料理は確かに食べましたが?」

「違うな、これは……もっと『昔』。例えばそうだな……あなたの過去、と、か?」

フェイはわざと足を引っ掛けるも回避される。


 アリスは目を閉じ、曲の流れに身を任せながら言う。

「……そうそう、この感じ。一昔前の私とアリシアみたいな感じ、嫌いじゃない」

「何が言いたい?」


 目を見開き、半分だけ『アリシア』になり、答える。

「『お前、自分を喰っただろ』」

「……は?」



 アリスは続ける。

「とぼけるなよ、別にとがめる気なんてこれっぽっちもないの。ただ『あ、こういう道を選んだのか』って思ってね」

フェイは深呼吸しながら言う。

「じゃあ、あなたはどうしたって言うのよ」

「『解け合った』」


 フェイは漆黒がにじみ出ているのを意にも介さない。

「そう、私は元『二つの魂』を持つ者。片方を喰らい尽くし、一つへと成った者」

アリシアが言う。

「何か変わった?」


フェイはニヤリと笑う。

「人を越えた。まぁ、係長に負けたけど」

「うわぁ……話を戻すわ。後悔はない?」

「ない。彼女が作った子を喰らったことも後悔はない」

曇りのない漆黒だった。自らが悪であることを十分理解している上で、正義へと一切傾かず、悪を全うし、正義と悪の表裏一体さを知る眼だ。


 曲終了。ホールドを解き、握手をする。

「フェイ。私あなた大好き」

「彼とあなたの命、大切にね」




 外の空気を吸うついでにパーティー会場に隣接されているテラスに出る。陽介は少し気まずくなっていたが、都合良く先にフランシスカが口を開いた。

「……今日の試合、見てました。モーゼスって名前じゃないんですね」

「あぁ。教師ってのも、別な場所の学院を卒業したってのも嘘。本名ヨースケ・サエキ。かなり訳ありな、帝国からかなり離れた土地出身の、怪しい人だ」


「どうしてそんな人が中央の騎士に?」

「騎士長とちょっとした契約を交わした。……ちゃんと守ってくれたよ。俺の目的は半分達成されなかったけど」

フランシスカは恐る恐る尋ねる。

「……その契約とは?」


「俺の恋人の捜索」

聞きたくなかった言葉だった。


 それでもフランシスカは尋ねる。

「どうして半分なんですか?」

「恋人は確かに発見された、だが遺体だった。あぁ、後悔はしてないぞ?俺の協力者のおかげで、別れの挨拶をさせてもらえたからな」


 何も言うことが出来ない。はじめから住む世界が違いすぎた。何を言っても薄っぺらい言葉になってしまう。だが言わずにはいられないのがフランシスカという女なのだ。

「……本当に愛されていたのですね」

「あぁ。唯一無二の存在だ」



 その言葉を聞き、ほんの少し胸に残っていたわだかまりが完全に消えた。今ならはっきりわかる。この男性が好き『だった』。でも彼は想像以上に強く、支えきれない。そして、そんな彼を支えた人はもうこの世にはいない。しかし彼は折れることなく、歩き続けている。きっと私がそこにいても足手まといなだけだ。


 なら、私は彼に思いを伝えず応援し続けよう。それが、彼のためになると信じているから。

「……あなたはいつまでも私の先生です。だからあえて、先生と呼ばせていただきます」


「……いつかまた、私に新しいことを教えてください。待っています、先生」


フランシスカの差し出した手を握り返す。

「あぁ、約束だ。大事な生徒よ」



 こうして、少女は少し大人になった。




 約束の日の朝。陽介は自身の持てる全てを出せるように備え、王宮をあとにする。事前に皇帝陛下と騎士長、係長には事情を伝えてある。運良く協力も得られた。もう行くだけだ。


 そう思っていたのに、王宮を出たところであの女と出会った。

「おはようヨースケ。気分はどう?」

「最高に最悪だ」

「じゃあ私がいるから最高最善の朝ね」


 アリシアは陽介の顔をまじまじと見つめたあと、納得したように頷いた。

「いってらっしゃい!!」


「いってきます!!!」




 人が産まれた地への挑戦が始まった。

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