コンプリート・ディフィート
外が騒がしい。それもそのはず、観客の入場は既に始まっているのだから。こんな気分で戦うのは、もしかしたら初めてかもしれない。高校の部活の試合前ぶりに音楽を聴きながら集中力を高める。曲目はジャズ。ゆったりしたのではなく、テンポがはやいジャズ。音楽に詳しいわけではないが、曲のノリの良さは気にする。
一曲終わる頃、アリシアが肩を叩いてくる。陽介は目を開け、剣を腰に差す。
「いっつも思うんだけどさ、背負わないの?」
「抜けない」
「バカが教師やってたのか……」
「うるさいぞ情緒不安定」
軽い罵りあいのジャブが交差したあと、陽介は歩き出す。
「いつもの感じが?」
「いい感じ、だろ?」
「今回だけでいい、楽しめ!!」
アリシアの言葉を背に、陽介は右手を掲げてガッツポーズ。そのまま会場へと向かった。
傍付きの二人はやたらと心配そうにしている。いつもと違う姿を見て、困惑しているともとれる。表情をいつも通りに戻す。
「なんでそんな顔する。殺しあいとはいえ、見せ物だ。どうせ向こうも本気でやらんさ」
「しかし……」
「それとも負けると思ってるのか?」
「そういうわけでは」
男性の傍付きは言葉に詰まった。騎士長は鼻で笑い、その頭をくしやくしゃと撫で回す。
「まだまだひよっ子だな!」
「お止めください。年齢的にはもう充分大人です!」
「お、そうか。たしかに」
騎士長が撫でるのをやめ、男性が髪を直している間に女性の傍付きが話しかける。
「ですが本当にこんな軽装で挑むのですか?」
改めて装備を確認する。通常、騎士がこういう時に纏うのはプレートメイルだ。しかしそれでは陽介の速度に追いつけない。さらに防御も紙程度。
とはいえ、騎士長が今着ているのは衣服より頑丈程度の機能しかない胴当てとプロテクター、そして籠手とレッグアーマーくらいだ。はっきりいって、超軽装と言わざるを得ない。
騎士長は笑いながら返す。
「いいんだよ、それよりも大事なのはこっちだ」
騎士長は自身の横に置いてある装備をポンポンと叩く。
「どうせアイツには基本スペックで負けてんだ。まともにやり合う奴が悪い」
そう言っても傍付きの二人は不安そうだった。
騎士長は立ち上がりながら言う。
「……皇帝陛下の護衛、頼んだぞ」
その言葉を聞いて傍付きの二人は背筋を正し、会場へと向かう騎士長の背に敬礼した。
ほぼ同時に入場した二人。騎士長は肩回りのストレッチをしながら入ってきた。少しずつ開始地点へと歩いていく。
「よぉニンジャくん!昨日はよく眠れたかい?」
「そんなわけないでしょう」
「敬語はよしてくれ。俺とお前の仲じゃないか。今この場において、上司と部下なんてないんだからよ」
「それなら良かった、『接待試合』にならずに済みそうだ」
二人の入場で会場のボルテージが一気に高まった。そんな中で冷静に見つめているものがいる。
「どっちが勝つと思う?」
「騎士長」
「右に同じ」
「だよなぁ……」
掃除係の面々だ。悲しくも、全員が陽介の敗北を確信している。サレンダーが言う。
「見ろよ騎士長の装備、ありゃ本気だな」
「えぇ。完全にニンジャに対してのカウンターよね」
「果たしてニンジャはカウンターをカウンター出来るのか……楽しみだな」
審判が二人の間に入る。が、騎士長がすぐに下がらせる。
「いらねぇよ、俺もアイツもわかってる。これがただのエキシビションじゃないってことくらいな」
「しかしそれでは皇帝陛下に……」
「そう陛下だ。この試合の開始合図は……皇帝陛下だ」
その言葉を聞き、審判と陽介が皇帝の座す特等席に目をやる。ひじ掛けで頬杖をつき、ニヤリと笑いながらこちらを見ていた。審判は察し、一礼してからその場を去った。
その光景を見て、会場は騒然とした。
「どうした?」
「ん?なんで審判帰った?」
「問題発生?」
「はやくはじめろよ!」
「静まれ!!」
皇帝陛下の一言で、会場に静寂が訪れた。皇帝陛下は立ち上がり、深呼吸する。久しぶりにあの男の全力が見られるのだ。昂らないはずがない。
一迅の風が会場を抜けた。皇帝が叫ぶ。
「……はじめ!!!!」
騎士長が投擲した短剣が弾かれた。金属音とともに、会場の感覚がスローモーションになる。観客が二人の方を振り返ると、すでに陽介が騎士長の懐に入り込んでいた。
騎士長が陽介の剣を弾くと同時にスローモーションが終わる。観客は呆気にとられていた。そんな中、二人は間合いをとりながら会話する。
「驚いたぞヨースケ。初撃を『弾いた』のはお前が初めてだ」
「そっちこそ。まさか投擲と同時に『瞬間移動』させるなんて初めて見た」
互いを称賛しあうような会話の裏には、高度な読みあいが勃発していた。会話をすることによって、集中『しすぎない』ようにしている。相手に意識を傾けはするが、傾けすぎるとすぐに『呑まれる』。会話をすることにより、意識を散らし続ける。出来れば会話の中に引きずりこんで主導権を握る。さらに微妙な動作の変化を見極め、相手の癖を見抜く。
陽介が話しかける。
「そういやオッサン、結婚してんのか?」
「一応、親の決めた相手がいる。これでも『サザンイースト』の端くれだからな、俺の血を欲しがる奴は山ほどいる」
「かわいそうに、自由な恋愛が出来なかったのか」
その言葉を聞いた直後、騎士長が短剣を再び投擲。
「そうでもないぜ?俺は俺で自由な恋愛をしてる」
いなしながら陽介は急接近。掌に真空を作って抉ろうとするも騎士長は極小極短時間の魔力防御を発動してガード。
「こんな風に、最後の一線だけは越さないようにしてな」
唾を吐き捨てながら陽介は剣を振るう。再び魔力防御。
「教えてやろうか、女との遊び方」
「いらねぇよ変態」
陽介は前蹴りをして騎士長を吹き飛ばそうとするも、バックステップをした騎士長にはダメージがなかった。
騎士長は頭をポリポリかきながら言う。
「まぁ確かにミズ・シュタインベルクは本当に美しい女性だ。俺が保証しよう。だがな……少しは他の女の味も知っておくといいぞ?」
陽介は指パッチンを応用して氷の弾丸を飛ばす。
「俺はアイツで満足だ。いや、それ以上かもな」
騎士長は飄々と避けながら冷やかす。
「お前ら本当に仲良いな。聞いてるこっちが恥ずかしいわ!」
騎士長は陽介と同じようにして炎の弾丸を飛ばす。
「今の俺の気持ち、これくらいの熱さだ」
陽介も完全回避。
「すまん。あんまりにも遅くて当たらなかったからわからん」
「面白くないなぁ……もっと楽しもうぜ!?」
それを聞き、陽介は突きを放つ。が、騎士長は腕を掴んで回避。さらにそこから膝蹴りを食らわせる。陽介は手で抑えてガード。
間合いを取ろうとした騎士長の胸ぐらを掴み、無理矢理引き寄せる陽介。しかし騎士長はそれを利用してカウンターパンチを顔面に入れる。咄嗟に身体を捻って勢いを少し殺し、直撃だけは避ける。陽介はそこから蹴りを放つも、再び魔力防御。
「そうそう、そういうのだ!」
「……オッサン、ひとつ聞きたいことがある」
「何かね?」
陽介は斬撃と同時に尋ねる。
「性格違わないか?」
騎士長はいなしながら言う。
「そりゃ、お前の事を信頼してるからな!」
さらに短剣で反撃を繰り出すも、陽介は紙一重で回避。
そのまま短剣を投げつけ、陽介の頬に傷をつける。
「だから言ったじゃないか、『俺とお前の仲』って」
陽介は頬から流れる血を拭いながら呟く。
「……やっぱり俺、あんたのこと好きになれそうにないわ」
「言ってくれるじゃないか。俺もお前のこと、好きになれそうにないぜ」
拳と拳がぶつかりあった。
会場はその壮絶な戦いに息をのみ、目の前の光景に目を奪われていた。そんな中でも係長が呟く。
「二人とも、もう一段階残しているな」
「……俺としては、騎士長の『実力』が知れてちょっと驚いていますよ」
フェイが騎士長の動きを見ながら言う。
「ずっと気になっていたんですが、ロゼさんの指導教官ってもしかして騎士長だったんですか?」
「なぜそう思う?」
フェイが騎士長の足さばきを指さす。
「重心のかけ方と切り替えがほぼ一緒です」
「……そうだ。ついでに前騎士長を養成所送りにしたのもあの人だ」
それを聞き、フェイは軽蔑した目線を騎士長に送った。
サレンダーが手を挙げて発言する。
「ってことは、騎士長の戦いも試合前から始まってるってことすか?」
係長が陽介を見ながら答える。
「そこが騎士長を騎士長たらしめている要因だ。逆に聞こう、今の二人に『仕込み』は見えるか?」
サレンダーとフェイは首を横に振った。
「そういうことだ。騎士長には、準備が必要ない。この世界全てのリズムが彼のリズムなんだ」
陽介はやや焦りを覚えていた。実は、先程から瞬間移動を多用している。恐らくほとんどの観客には陽介達の動きがすでに追えるものではなくなっているはず。ならいつも瞬間移動をしているようなものだ。少しくらい使ってもバレはしまい。
ところが、この騎士長は的確に魔力防御を決めてくる。それも完璧に。思考が読まれているような印象はないのに、何故か防がれる。そのトリックを明かさねば、陽介に勝利はない。
「どうしたどうした!もう疲れたのか?得意の大道芸を俺に見せてくれよ!」
陽介はトリガーを引きながら斬り払い。
「……読まれた!?」
騎士長は短剣二本にそれぞれ異なる属性を付与し、斬撃を防いでいた。騎士長は属性を失った剣越しに蹴りを放つ。陽介は吹っ飛ばされ、転がりながら起き上がりつつ、左腕を空撃ちして急速再接近。
密接打撃戦に持ち込む。陽介の初撃を受け流しながらハイキック。ガードしつつ、勢いを利用して裏拳。蹴りをしたほうの足を軸にして回転して回避。さらにそのまま首に巻き付いてプロレスめいた固め技に持ち込む。が、陽介は左腕を使って騎士長の攻撃をパリィ。すかさずパンチを出すも掌で受け止められる。
騎士長は腕を引っ張り陽介の姿勢を崩し、顔面に拳を叩き込む。陽介は首を捻って間一髪回避。そのまま空いているほうの手で騎士長にチョップ突き。騎士長の胸に刺さった。が、騎士長は逆に手首の内側からアイスピックの様なものを取り出して陽介の首裏に突き刺す。
双方致命傷。陽介はすぐに瞬間移動して全身を再構成。騎士長もその隙に肉体を回復させる。
陽介が首をポキポキ鳴らしながら言う。
「……ちょっとだけだ。ちょっとだけ、昔に『戻る』」
それを聞いた騎士長は顔を歪め、猟奇的な笑みになった。
「ならこっちもそれ相応にならねば失礼だな」
陽介は左目を抑え、白みがかった瞳孔の光を止める。代わりに、右目から蒼黒い閃光が飛び散り出した。さらに、左腕の装備が黒い霧に包まれ、不定形の姿へと変わった。
「俺は準備完了だ。あくまでも姿形を戻しただけだが……心は確実に昔だ」
騎士長は髪をかきあげ、コートの袖をまくり、籠手とレッグアーマーを外す。さらに胴当ても外し、腰に差していた剣を抜き、籠手と合体させる。軽くそれを振るったあと、背中に背負う。
「……私も準備完了だ。帝国騎士団が騎士長『グスタフ・サザンイースト』。観測者『147代目オリヴァー・ヴィトン』」
「佐伯家当主、佐伯雄大が次男、佐伯陽介」
「「参る!!!」」
真の戦いが幕を開けた。
陽介の袈裟斬り。パリィ。すかさず回転斬り。センチ単位の瞬間移動で回避しつつ鍵爪状になった左腕で下から抉りとる。身を反らして回避しつつサマーソルトキック。左肘関節に直撃。逆方向に曲がった腕を再構成し、人体としてはあり得ない方向に曲げて騎士長の足を握りつぶす。
騎士長はその隙をついて背中から短剣を投げつける。陽介の肩に命中。左腕の拘束が解かれた。騎士長は片足の治療をしながら剣を振るう。鼻の頭を掠り、血が流れる。陽介は血の動きを見て騎士長の剣をもつ腕を切り落とす。同時に陽介の脳天に短剣が突き刺さる。粒子の配列をずらして無傷で貫通させた。
瞬間移動して騎士長の背後に回るも、後ろ蹴りで吹っ飛ばされる。遥か後方の壁にめり込んだ。
沈黙する会場。瓦礫から這い出るようにして、土煙の中から陽介が現れる。身体中の傷口からは血の代わりに黒い液体が流れ出ていた。
「ガァァァァ…………!!」
観客の何人かはその様子を見て青ざめ、何人かはうずくまった。
治療を終えた騎士長はすでに剣を構えなおしていた。
「俺が言うのもなんだが……少々下品だとは思わないのかね?」
陽介は血走る目で騎士長の背後にいる皇帝を見据えながら答える。
「まだだ。あの人が見たいのはもっと『きたない』戦いだ」
「なるほどねぇ……いくぞ」
騎士長は神速の突きを繰り出す。陽介は辛うじて回避。一回転して騎士長の後頭部を掴み、壁にめり込ませる。そのまま左腕を背中に押し当て、衝撃波を発射。背骨を粉砕する。さらに頭を壁から引きずり出し、リングの中央に投げ捨てる。
騎士長は捨ててあった胴当てを拾って背骨を修理。即座に立ち上がり、陽介を迎え撃つ。突進してきた陽介に対してプロレス技のサルトめいて投げる。頭から地面に落下した陽介。しかし意識は途絶えなかった。陽介は再構成して即座に体勢を立て直す。
一呼吸おいてから二人は再び接近。剣と剣がぶつかり合った。
サレンダーが呟く。
「……なぁ、なんであの人騎士長なんだ?」
フェイは来た目線をそのまま係長へと向ける。係長は目を強くつむり、悩ましい顔で答える。
「……必要最低限の騎士としての礼節。帝国内最上級クラスの位。そして、他者の追随を許さない圧倒的な戦闘力。だと思う」
「思うって……」
改めて二人を見る。笑っている。エキシビションということを忘れ、完全にスイッチの入った二人は、今の状況を最高に楽しんでいる。殺しの速度と上手さを鍛え続けてきた三人にとって、あんなにも楽しそうに殺しあいをしているのは非常に羨ましかった。
一方的な殺戮か一方的に蹂躙されるかの殺しあいではなく、体力、知力、経験、直感、技術、筋力、己の全てをぶつけて勝敗を決める戦いというのは、久しくしていない。勝利だけを追い求めない、過程を楽しむ戦いを今二人はしているのだ。
係長は微笑を浮かべながら言う。
「……エキシビションマッチというよりも、『戦力誇示』か。本当に素晴らしい先見の明がおありだ」
フェイが観客の一角を眺める。
「そうですね。すでに効果は現れているようですし」
国外から来たと思われる観客の様子が、他とは少し違った。その表情からは恐怖が読み取れる。単騎の戦力と集団時の戦力を一概には出来ないが、それでもこれほどの強さがあれば集団戦であろうと、強制的に『一対一』に持ち込めると判断したに違いない。
サレンダーがニヤニヤしながら言う。
「お、そろそろ決着がつきそうっすね。どうします?ニンジャの控え室、行きますか?」
「アイツは妻持ちだ。職場の同僚よりよっぽど良いだろう」
「そりゃごもっとも」
陽介は違和感を隠しきれずにいた。確かに騎士長には致命傷を与えきれてはいないが、大ダメージは何度も与えている。どんなに戦闘慣れした人間でも、そろそろ呼吸が乱れ、身体に疲労が蓄積し、動きが鈍くなるはずだ。
騎士長にはそれがない。陽介ですら既に動きの冴えはなくなりはじめ、それを無理矢理魔力ブーストで誤魔化している。こんなにも負担がかかっている状況なのに、それに追従して互角の戦いをする男が目の前にいる。
正直、力量差はほとんどない。体力差もないどころか、陽介が少し上だ。
(俺が無駄な動きをし過ぎているのか?)
陽介は間合いを取ってクールダウンし、脱力してから再び斬りかかる。
パリィ。回し蹴り。魔力防御。
「……予定時刻だ」
騎士長の目つきが変わった。先程までとは明らかに違う。
「は?」
陽介はそのただならぬ雰囲気を察しながらも、騎士長の発言が気にかかった。
予定時刻という言葉から推察し、陽介は衝撃波を飛ばしながら尋ねる。
「もしかして……『タイムスケジュールぴったり』に、終わらせるつもりか?」
「大正解だ」
騎士長は斬り結んでいた陽介を弾き飛ばし、間合いをとる。
「これで最後だ」
騎士長の背後に青い光輪が現れた。
「エキシビションだから特別に見せてやる。これに耐えたら、お前の勝ちだ」
陽介は剣にカートリッジを装填し、自身の左腕と接続。さらに自分の腹に突き刺す。吐血しながら陽介は返す。
「準備……完了……だ」
それを聞いた騎士長は深く頷き、詠唱を始める。ほぼすべての魔術に関して詠唱を必要としない騎士長が、10節も唱える。
「『我最果ての者 彼方より観る者 力なき者なれど 心あり 永久の先に 幸あれ ……サシッショ ラ ウリウェンジュ』」
騎士長が陽介の肩に手を触れると、背中の光輪は消え、陽介はその場に崩れ落ち、眠りにつくようにして気絶した。
「勝負あり!これにて、エキシビションマッチを終了する!!偉大な戦いを繰り広げた両者に、惜しみ無き称賛と喝采を!!!」
皇帝のその言葉で、陽介と騎士長の戦いは幕を閉じた。




