ニュー・ワールド・ムーブメント
ある日の皇帝執務室。
「なぁ、騎士長」
「いかがされましたか?」
「お前とあの男、どちらが強い?」
あの事件以来、世界は大きく変わった。まず旧大陸とこの大陸に交流がうまれた。世界地図は大きな転換期を迎え、やっと世界に名称が付けられた。名は『地球』。陽介の世界と同じ名だ。
さらに北極点と南極点に到達。これにより地球儀が作成、開拓者の仕事は終わりへと向かい、冒険者の台頭が始まりかけていた。
魔術も大きな発展を見せた。あらゆる大陸の複合により、これまで複雑化していたものを管理していた魔術協会が一つに完全統合。正式に一つの学問として確立された。
しかし人類の争いも増え、悲しみも増えた。種が増えれば増えるほど問題は山積みとなり、一時は世界滅亡とまで騒がれた。だがそうはならず、今のところ人類は安定期に入っている。
シュタインベルク家の任務は終わった。それは新たな始まりでもあり、世界をより良くしていくという曖昧な任務が課され、各々が努力している。
契約者ジルは歴史の表舞台に名を刻むことなく、今もあの港町で働きながら、時折現れる『星の者』と交流を深めている。その裏にリンボがいることは言うまでもない。ちなみにリンボはマリアヌ王国の復興専門機関となり、今は失業者などに『綺麗な』仕事を提供している。
そして、こんな変化を迎えた者達もいる。
「持つぞ、重いだろ」
「どうしたの?急に優しくなっちゃってさ」
「いやだってさ……なぁ?」
陽介とアリシアは街を歩いている。掃除係の買い出し途中に偶然アリシアと会ったのだ。
アリシアの腹には新たな生命が宿っている。数多の苦難と悲哀を経験しながら、それでも願い続けた二人の間に出来た、新しい生命。彼らの知り合いで祝福しない者などいるはずがなかった。アリスもまたちゃんと陽介を認めた。彼以上にアリシアと自分にふさわしい人物はいない、そう決めたのだ。
アリシアはニヤニヤしながら言う。
「で、どう?仕事の方は」
「問題なく」
「面白くないわそれ。もうちょっとなんかないの?感動の再会!みたいなの」
「感動の再会を果たした二人が命のやり取りを再開したことならあったぞ」
「そう!そういうの!」
そんな端から見れば大分危険な会話をしながら歩いていた。
王宮の前を通りすぎる辺りで、やたらと人だかりが出来ていた。
「なんだろあれ」
「俺ちょっと見てくるわ」
「了解。そこら辺に座ってるわ」
アリシアに荷物を任せ、陽介が見に行く。
人混みをかき分け、見えるギリギリの位置から様子を伺う。どうやら騎士数名がチラシのようなものを配っていた。陽介を見ると、騎士達は慌てて敬礼をする。実は、表向き騎士としての陽介の立場はかなり上の方である。
「ご苦労様です!」
「別にいいよめんどくさいから。これなに?」
「皇帝陛下が近日帝国内最強の者を決定するとのことで。そのための宣伝ですね」
陽介は少し考えたあと、一枚貰った。そしてアリシアの元に戻った。
「おつかれ、どうだった?」
「まーた陛下の気まぐれだ。今度あったら騎士長に文句言ってやる」
「……言ってない時なくない?」
歩きながら概要を読んでいく。キャッチコピーは『帝国最強、ここに決まる』。参加資格は帝国民であること。ただし性質上、生命を脅かすので参加には留意されたし。日時。7日後に各9ブロックで予選会が行われ、そこの上位4名がさらに7日後の決勝大会に進める。全てトーナメント形式。決勝シード枠は結果を見て総合的に判断。
ルール。半径40mの円形闘技場で、互いの距離を8mとって開始。勝敗は降参か、戦闘続行不可能か、死亡。セコンドの判断による終了も認める。1ラウンド3分、最大5ラウンド。決勝大会は最大8ラウンド。武器や防具への制限なし。参加者不足の場合は、別ブロックから繰り上げ進出となる。
賞金。決勝進出者には金貨3枚。決勝大会を勝利していく度に金貨を2枚ずつ賞与。シード枠はあらかじめ5枚賞与。また、総合3位以上には騎士階級、もしくは爵位を与える。すでにある者ならば、階級か位を上げる。
陽介は絶句した。流石のアリシアも目を疑った。それはこの大会の内容についてではない。最後の一文にだ。
『なお、決勝大会の審査員には掃除係と懲罰騎士、騎士長があたる』
「……あのクソジジイ」
「アリシア、淑女淑女」
「いや、アリスの本音を代弁しただけだし!」
『は?』
「……はい、アリシアの本音です」
陽介は紙を折り畳みながら愚痴を溢す。
「いや、別に出る気なかったからいいんだけどさ。休ませろよ」
「わかる。ちゃんとお金払われるのかな?」
「直に聞いてみるか」
掃除係の部屋に戻ると、係長の席に騎士長が座っていた。
「よっ!」
「よっ!じゃないですよ。仕事に戻ってください」
騎士長は椅子をグラグラさせながら言う。
「そんなつれないこと言うなよ~俺とお前の仲じゃないか」
「殺し合いますか?」
急に騎士長は身をのりだし、陽介を指差す。
「ビンゴ!皇帝陛下は俺とお前の決闘をお望みだ!殺ろうぜ!」
陽介のチョップ突きを騎士長は紙一重で避ける。
「半分冗談だよ。陛下が俺とお前に戦ってほしいって言ってるのは事実だ。だがそれは『ここ』じゃない」
陽介は呆れながら言う。
「エキジビジョンマッチでもやれと?」
「その様子だともう見たな?話が早くて助かる。決勝大会の最初に、俺とお前でエキジビジョン!」
「黙れオッサン」
「おいニンジャ!確かに騎士長殿はクズでオッサンだが、口に出すのはまずいだろ!」
「サレンダー、あとで私の部屋に来なさい」
サレンダーは急に沈黙に徹した。フェイが言う。
「で?そのためだけにこの部屋へ?」
「勿論、それ以外もある。具体的には、お前達には審査員をしてもらいたい」
騎士長は先程陽介達が手に入れたチラシと同じ紙を取り出す。
係長が紙を手に取りしばらく眺めると、嫌そうな顔に変わった。フェイが奪うように受け取ったあと、同じような顔をした。係長が尋ねる。
「……だれがこんな暴挙を?」
「無論皇帝陛下だ。お前らの実力もみたいらしい。『正体を隠蔽したまま公の仕事をこなせるのか』と」
騎士長は立ち上がる。
「話は以上だ。よろしく頼むぞ」
「一つだけ質問があります」
「なにかね?」
陽介は深呼吸し、静かに尋ねる。
「これは通常業務から外れた仕事ですが、特別手当は出ますよね?」
騎士長はゆっくりと陽介に近づき、顔を近づけて言う。
「当然だ。1.5倍でる」
「コードネームニンジャ、全力を尽くして任務に当たらせていただきます!係長!頑張りましょうね!」
「久しぶりにやる気……出しますか!」
「係長、あなたの業務も私が負担するのでその分の時給を私に上乗せしてくれません?」
「セコいぞフェイ!俺だって」
過熱している彼らの会話を尻目に、騎士長はそっと部屋を退出した。
夕方。仕事を終えた皇帝は聖域で本を読む。筆者はオリヴァー・ヴィトン。作品名『龍星の乙女』。フィクションのはずなのに、まるで『本当にあったような』話に感じさせるこの筆者の手腕は恐るべきものだ。
皇帝はこの本が好きだ。特にこのクラウスという皇帝が好きだ。主人公の敵として、黒幕として立ちはだかる男だ。その思考は極めて理知的であるが、根底にあるものが幼稚すぎて合理性に欠ける。その愚かさが好きだ。
姉に対するコンプレックス、龍への憎しみ、一族の重圧……皇帝が言えた義理ではないが、クラウスは為政者としてはやや若すぎた。頭が良過ぎたゆえ、完璧に近い才があったゆえ、ならざるを得なかった事実は認めよう。しかし、その心の内を最期まで誰にも理解されなかった。
その虚像で塗り固められ、他者には海の様に広く、底無し沼の様に深いところしか見せない、小さく脆い精神が好きだ。真に龍が求めていた者は『愛を与え、貰う者』ではなく、『弱さをさらけ出してくれる者』なのだ。そのことに気づけなかった皇帝の数奇な運命が好きだ。
皇帝は本を閉じ、遥か遠くを眺める。
「して、どうであったか?騎士長よ」
いつの間にか背後で膝をついている騎士長を向かずに話しかける。
「はい。彼は承諾してくれました」
「そうでなくては困る。そうでなければ、彼を『不法渡航』と『不法入国』の二つで罰せねばならぬからな」
無論、皇帝はあの一件について知っている。そして、マリアヌ王国の不始末を彼らがしっかり拭ったことも。詳しい事情は知らぬ皇帝であったが、彼はこれを好機と捉え、マリアヌ王国に恩を売り、貸しを作った。本来は陽介とアリスを罰せねばならないにも関わらずだ。
当の本人達は上手くやったつもりでいる。しかしそれは皇帝が『あえて何も言わずに』いるからだ。彼らが他所で何をしようと構わない。善ならばマリアヌの様に恩を売り、悪ならば戦争の種とする。
皇帝が預かり知らぬところにいた彼らの関係者達も同様だ。別な大陸の重鎮とだけ知っているが、それならそれでそちらとの交遊関係も構築出来るし、こちらの手札も一枚増える。たとえその手札が、帝国すら壊すジョーカーであってもだ。ジョーカーが『ある』ということが大切なのだ。
それに、あの二人は子に恵まれたと聞く。少なくとも数年は落ち着いていたいに違いない。まだ産まれていないのならばなおさらだ。そういう点で、今の地位を捨てるのは惜しい。そのためにするべきことは一つ……。
「出来るだけ目上の者の命に逆らわぬこと」
「は?」
「いや何でもない、独り言だ。気にするな」
「御意」
「……本当だぞ?」
研究室。
定期検診を終えたアリシアが尋ねる。
「……問題は?」
ジネットは何も言わずに記録用紙を渡す。アリシアはしばらく眺めたあと、静かに言う。
「……どういうことですか?」
ジネットはさらに指をさす。見慣れない単語と数値が書いてあった。
「DNA、その遺伝子部分に異常が見られる」
「……具体的にお願いします」
「『完璧すぎる』。私が独自の理論で作り上げた胎児の理想な成長過程……それと寸分の狂いもなく進んでいる」
アリシアは首を傾げる。
「それの何が問題なんです?良いことじゃないですか」
「馬鹿野郎。普通は必ず誤差がでる。状態が母子両方に左右されるような受精卵なら尚更だ。それが完璧なんだぞ?」
アリシアは改めてデータを確認する。自身のデータも載っているが、そちらも乱れはなかった。アリシアはため息をつく。
「恐らく、私が原因です」
ジネットはここで納得した表情をした。彼女も気づいたのだ、彼女の『スキル』と『目の力』を。
ジネットは途端に笑顔になり、アリシアの肩を掴む。
「やっぱりお前は最高の弟子だ!!いやはや、まさか被験者としても最高とは思っていなかった!アリス、いやアリシアよ!沢山産め!私も協力しようじゃないか!」
「いやです。どこに自分の子供を実験台にさせたい親がいるんですか」
ジネットは引き下がるしかなかった。
アリシアはふと尋ねる。
「そういえば、ジネットさんの研究テーマってなんです?やっぱり世界の秘密を暴く!みたいな?」
ジネットは歪んだ笑みを浮かべて答える。
「『監視者』をブッ殺す」
7日後、快晴の空のもと予選会が始まった。係長やジネットも下見がてら来ているが、一般客に紛れている。陽介とアリシアもやって来た。
「へぇー、やっぱみんな気になるもんなのね。最強つったってルールのあるなかじゃない」
「でも決めたい、それが人間だろ?」
そんな会話をしながら、満員となっている会場の一角で戦いを見ている。やはりというか、二人からすれば今のところ『お遊戯会』だ。何手も先を読みあい、それでも100%に至らないから賭けにでる……そんな『闘争』とは程遠かった。
ふと会場を見渡していると、ある人物が目に入った。
「あれは……すまないアリシア、少し席を外す」
「オーライ、帰りになんか飲み物」
「わかった」
軽くハイタッチをして陽介は少し離れてから瞬間移動。
立ち見席を離れようとしたスーツ姿の男。その肩が掴まれた。
「どこへ行かれるのですか?」
「……どこにも」
陽介は手を離しつつ、片膝をつく。
「お久しぶりですね、アダムさん」
アダムはそっと手をさしのべながら言う。
「そんなことしなくていい、頭を下げるべきは私なのだから」
陽介はアダムの手を取りながら尋ねる。
「どうしてこのような場所へ?」
「君にどうしても伝えたいことがあってな」
「私に?」
アダムは一呼吸してから言う。
「アフリカ大陸中部へと赴いたリカルド・ファルキとの連絡が取れなくなった」
姿を消した英雄。向かった先は人類の産まれた地で……




