リペアリング・ワールド
都内某所。ホルストは黒い男に導かれて歓楽街の一角にあるビルの地下、そこのバーへと足を運ぶ。途中何回かキャッチに絡まれたが、睨み付けながら流暢な母語を話すと、皆すぐに避けていった。
階段を降りて扉を開ける。立地にふさわしくない、洒落た店である。隠れ家的な店を目指しているのだろうか?店内には件の男とその友人のほかに数人の客。そして黒人風の若い店主がいた。席はまだ沢山開いている。
男はホルストを認識すると、こちらに向かって少し手を振りながら誘導してくる。ホルストもそれに従ってカウンター席に座った。
「ご注文は」
「スコッチの水割りで」
「かしこまりました」
スコッチを飲みはじめたタイミングで男が話しかけてくる。
「連れてきましたよ、ご要望に叶っていれば嬉しいのですが」
男の隣に座っている、ライダースジャケットを着て無精髭を生やしている男性がホルストに向き直る。
男性は軽く会釈してから言う。
「俺がこいつとのツテを持つ唯一の『プレイヤー』だ」
カリーナが対峙するジョセフ……偽神は宿敵そっちのけで触手の残骸を喰らっている。カリーナが首を落とそうとも、胸にある銀河から核を抜き出そうとも、偽神は止まらない。その貧欲かつ傲慢な姿は見るに耐えがたく、嫌悪感を与える。
偽神を爆発四散させる。すぐに再生。
「……ねぇジョセフ」
偽神の耳にカリーナの声は届かない。ただ貧者の如く貪り続けるのみ。
「私を見ろ化け物!!!!」
偽神はゆっくり姿勢を変え、カリーナに向き直る。かつてジョセフの右目があった場所からは、軟体生物のように粘膜のある触手がウネウネと蠢きながら現れていた。カリーナはゆっくり構え直し、尋ねる。
「お前は誰だ?」
偽神は何も言わず、その背中から怪物の触手を生やして分裂増殖させていた。
カリーナがピクリと動いただけで触手が一斉に襲いかかってくる。一瞬のうちに全てを破壊。しかし偽神は止まらない。破壊された触手をそのままカリーナにぶつけてくる。カリーナは咄嗟に瞬間移動で回避するも、移動先に先回りされる。
自身の身体を一部だけ再構成し、カーボンワイヤーで触手を切断。さらにそのまま偽神を拘束し、巻き上げて急速接近。
「その目、もらい受ける!」
カリーナは偽神の触手を引き抜く。
カリーナは引き抜いた触手を投げ捨てる。少しそちらに目をやると、それは幼虫のような外見をしていた。地面をのたうちまわり、悶え苦しむ幼虫。無感情にカリーナは踏み潰した。
偽神の右目付近から『銀河』が現れていた。
アリスが尋ねる。
「兄さん、もう少し分かりやすく説明してくれない?」
「この怪物が『星』であるなら、怪物の姿こそ『今の星の姿』にあたる。では、どうしてこんな姿になってしまった?」
答えたのは陽介。
「……人類のせい?」
ラインハルトは頷く。尋ねたのはアリス。
「ちょっと待ってよ。それってジェシカが聞いた精霊の声と矛盾しない?開拓を『良し』とするなんて、それこそ人類がより星を壊していく原因だと思うんだけど」
ラインハルトが反論する。
「考えられる理由は二つ。……失礼、三つだ。ポジティブな内容から行こう。一つ目は『人類への期待』。このまま一つの場所に閉じ籠ってリソースを食い荒らされるより、開拓により新たな可能性を見つける方にかけた」
陽介が言う。
「……二つ目は『浄化装置の存在』、ですね?」
「そう。あの魔王という存在が人類を滅ぼしてくれれば、必然的に星の負担は軽くなる。総力戦ならおそらく簡単に敗北してしまうだろうが、人類が散らばってくれるほど長期戦を強いられる。そうなると疲弊するのは人類。……もっとも、これは『異界』から来た二人の男により阻まれたが」
アリスが青ざめた顔で言う。
「……じゃあ、三つ目って『人類の潰しあい』?」
ラインハルトと陽介が頷いた。陽介が言う。
「俺らの探求心と多様性、排他性を利用しようとしたんだ。俺らは他者を拒み、憎み、蔑み、傷つけあう。そしてそれは人類の数と生息圏の広さに比例するといって問題ない」
「見事に知的生命体の『欠陥』を突いた考えだ。しかも一時の共存でなく、『半永久的な』共存を求められる。不可能だ。進化と発展には争いが付き物である以上、誰にも止めることが出来ない」
アリスが怪物を指さす。
「だからってアレをこのままにしておいていいの!?『星のために死ね』って言うの!?」
「だから考えている!!!なんなら俺が交渉役になっても良い、だが俺は『約束』できない。人類の可能性を信じている以上、『停滞』という判断は下せない」
テレーゼがやって来た。
「そこの三人、彼女はどうするんだい?」
「彼女?誰だ?」
三人はテレーゼが指差した方向を見る。
走っている。あの怪物めがけて走っている。速さはそこそこだが、軽やかな身のこなしで障害物をいとも簡単に越えていっている。武器を持っているようには見えないし、服装からして焦土と化したスラム街の住民だろう。
アリスが尋ねる。
「誰あれ。姉さんの知り合い?」
「違う違う。近隣の警戒をしていたら突然あの子が走り出して、遠目に追いかけてたらあらビックリ。怪物のほうへ走ってるじゃない」
ラインハルトが呟く。
「……カリーナの知り合いかもしれん。サエキ、カリーナと交代してくれないか?」
「了解、タイミングは任せる」
陽介とラインハルトはカリーナの元へと急ぎ、アリスは女性の援護に回った。
ホルストは男と握手を交わしたあと、尋ねる。
「私は君をなんと呼べばいいのかな?」
「そうだな……『アブドル』でいいか?」
「承った。早速で悪いが、どの程度彼から話を聞いている?」
アブドルは鋭い目付きで答える。
「キングジョーの失踪理由とその行方くらいだ」
「上出来だ。そのうえでアブドルくん、君は協力してくれるか?」
「馬鹿言っちゃいけねぇ。俺は奴がどうなろうと平行世界がどうなろうと知ったことない。それこそ『我らの住む世界はかの者が見ている夢』だ」
男とホルストは目をあわせてニヤリと笑う。なるほど、どうして『彼』なのかなんとなくホルストはわかった。ホルストは改めて言う。
「では『キングオブキングス』にお尋ねしよう。君は探索者か?狂信者か?」
「『今は』探索者だ。だが一番多いのはGMだな」
即答だった。ホルストは尋ねる。
「では『探索者』の君に聞こう。此度の邪神復活、君にはその封印を頼みたい」
「報酬は?」
「ぬかりなく」
アブドルは右手を出す。ホルストはその手を握り返した。
「交渉成立だ。いつも通り、『普通じゃない』ことをやるだけだがな」
「頼もしい限りだ」
カリーナは偽神を爆発四散させる。カリーナを取り込むようにして再構成するも、瞬時に偽神を再度破壊して脱出。遂に偽神の左腕断面も銀河となった。カリーナは面倒くさそうに頭をかく。
「私が言うのもなんだけどさ……飽きないの?だってそうじゃん、私もう30回以上あなたを殺しきってるはずなのよ」
偽神は何も言わずに触手を伸ばし、カリーナの腕を掴む。無理矢理引きちぎりながら急速接近して顔面を吹き飛ばす。銀河を中心として再生した。
「ほんっとにしつこいわね。キッチンの油汚れか何かの親戚?」
そういいながらカリーナは偽神の胴体にある銀河を消し飛ばす。復活。
「まだ続ける?」
カリーナが拳を振りかぶろうとした瞬間、その腕が掴まれた。
「選手交代だ。あれはお前のツレだろう?」
ラインハルトに促されてカリーナは女性の方向を見る。ジルだった。
「……なんで?あの子に戦闘力なんてほとんどないのに」
「俺達にもわからん。だから……お前が行け」
カリーナはラインハルトから腕をほどき、尋ねる。
「兄さん達が仕組んだことじゃないのね?」
「そうだ。いつもなら無理矢理退去させるところをわざわざ気を利かせてお前に伝えてやったんだ。好きにしろ」
カリーナは何も言わず、軽く会釈して姿を消した。
ラインハルトは腕をプラプラと振りながら言う。
「さて、調子はいかがかな?サエキくん」
ラインハルトの背後では陽介が偽神の触手を抑え込んでいた。
「……結構、ヤバいです。よくこんなのと長時間殺し合えていましたね、カリーナは」
「当然だ、そのくらいの働きはしてもらわなくてはこちらとしても困る」
歩き出すラインハルトに触手が襲いかかるも、剣の一閃で全てを斬り崩す。
「では、手筈通りに」
「わかりました、義兄さん」
「しっかり頼むぞ、義弟よ」
ラインハルトは姿を消した。
トリガーを引きながら剣を振り、無理矢理間合いを取り直す。
「元キングジョー、あんたは俺じゃもう相手にならないのはわかってる。でもさ……試したいんだ、今の俺が世界4位に通用するのかを」
陽介はカートリッジを入れ直し、静かに突進した。
ラルフは怪物の動向を観察しながらスケッチしている。後学のためには資料が多いに越したことはない。無論触手を持ち帰る気など毛頭なし。資料は多いほうがいいが、それが『原因』に成りうるならないほうがいい。
「しかし凄いな……この星の物体との関連性が何一つ見つからない。触手の形くらいか?」
そう呟きながら背後から襲い来る防衛用の触手を華麗に避ける。手は止まらない。
「かといって完全に別世界の物体とも言い難いんだよな……これもあの魔王と融合したせいか?」
ラルフは自身の手を閉じたり開いたりして感覚を整えなおす。正常。
ラルフは腰にある二挺の銃を抜き、曲芸撃ち。しかしその弾丸は決して見世物ではない。ラルフの周囲にあったほぼ全ての触手が打ち砕かれた。ラルフは触手を足場にして飛び上がると、さらに乱射。再び全弾命中。着地と同時に銃を上に投げ、あらかじめ地面に置いていた剣を拾い上げながら回転斬りをして着地地点付近を排除。剣を突き刺し、落ちてきた銃をキャッチしながらカートリッジを交換。
ラルフは銃口を怪物に向ける。
「続けるかい?」
「そうだが交代だ」
ラルフが振り返るとラインハルトが立っていた。
「見てた?」
「しっかりと。中々面白い動きだった。俺には合わないが」
二人はハイタッチをして、逆方向へ歩いていった。
ジルに追いついた。どうやらアリスのことは気にもとめていないようだ。
「ジル!!ここは危ない!!!速く逃げて!!」
ジルは視線を変えず、走りながら答える。
「駄目!!!私が……私が止めないと!!」
「何を!?」
ジルはここで始めて視線をカリーナに向ける。
「私達」
その瞳には、一点の曇りすらなかった。
アリスがカリーナに耳打ちする。
「この女の背後、『歪んでる』」
カリーナは両目を軌道し、ジルを見る。魂に異常なし。世界との関係に異常なし。
「……『星』か」
カリーナはジルの行く手を遮り、静かに言う。
「ジル、場合によっては私達はあなたを排除しなければならない。……でも、もしかしたらその逆かもしれない。何があったの?」
「さっき知ったの、全てを」
ジルが話したことは、おおむねラインハルトの予想通りであった。星の怪物は当初メッセンジャーとしての精霊や強制装置としての異世界からの来訪者を使って星の浄化を企んでいた。しかしその全てがとある異世界人……佐伯陽介により失敗に終わってしまった。果たしてそれが良いことなのかどうかはわからない。しかし事実として星の計画は狂い、汚れは蓄積されていった。
そしてつい先日、星に限界が訪れた。理由はいくつかある。一つは『ジヤヴォール本体の消失』。ジヤヴォール本体の消失は世界、ひいては星に大きな負荷をかけた。
もう一つは『ジョセフの復活と再生』。完全なる死者蘇生もまた、神の御業をこえた所業であり、負荷がかかった。それに加えてジョセフは自身の力を切り売りし、復元していった。失われたはずの装置の再起動。星の機能は完全に狂った。
そして、その装置が望んだのが『星の力を取り込むこと』であった。星はそれに応え、力を与えた。それが今の怪物である。
辛うじて残っていた星の維持を望む部分がジルに語りかけたのだった。
アリスはゆっくり頷いた。カリーナが言う。
「……信じましょう。でも行ってどうするの?」
「星に言うのよ、『いつか必ず、あなたの望む世界にしてみせる』って」
「断られたら?」
「知らない。何度も言うまでよ」
アリスとカリーナは互いに顔を合わせる。ジルは怪訝そうにその様子を見ていた。
「……プフッ」
「……フフフッ」
「ハハハハハハ!!!!」
「アハハハハハハ!!!!!」
「え、何!?何かおかしいこと言った!?」
「いやいや!なんかあなたが星に選ばれた理由がわかった気がしただけ!」
カリーナの言葉が不服そうだったジル。アリスが補足する。
「あなたが選ばれた理由は多分その『我』、そして人類への『期待』」
「あと『慈愛』。完璧ね」
「……で!?あなた達は私をどうするの?」
カリーナとアリスはわざとらしく道を開ける。
「どうぞお通りください、選ばれし者よ」
「あなたに世界の加護があらんことを」
ジルは再び走りだし、カリーナとアリスはそれに続いた。
何度目かのカートリッジ交換。左腕の装備の分も含めたらその回数は既に50近い。それでもカートリッジが不足しないのは陽介が逐一中身を生成しているからだ。あらゆる属性を試し、あらゆる力で斬り、あらゆる方法で相手を打ちのめす。
しかし偽神は倒れない。陽介は間合いを取り、偽神を観察する。
「……でもレイドボスみたいな見た目じゃないんだよな。イラストしかない外なる神の方が近い」
偽神は唐突に衝撃波を飛ばしてきた。陽介も左腕を空撃ちして衝撃波を飛ばして相殺。
「それは原典にはないやつだろ。あんたともあろう人が使っていいのか?」
陽介は相手の片腕を斬り落としながら背後に回り込み、脳天に突き刺す。そしてトリガーを引く。偽神の頭が凍りついた。しかし偽神には効果なし。偽神の銀河からは、蛆虫のような異形の存在が顔を覗かせていた。
「今度はルリム・シャイコースかよ……!!」
陽介は触手を紙一重で避けつつその触手を斬り刻む。やはりカリーナに比べて決定打に欠けているのは明白だった。偽神もまた、刻一刻と変化し続けている。
「でも……やるしかない!!」
陽介は再び突きを繰り出しそこからさらに派生して斬撃を連発していく。
偽神が僅かだが押された。道が開けた。すかさず踏み込み、偽神の銀河に左腕を突っ込み、トリガーを引く。偽神の身体が吹っ飛んだ。
しかし無駄。偽神はさらに醜く姿を変え、復活。陽介は額の汗を拭いながら構え直す。
「まだだ!!」
突進しようとした陽介の腕が後ろから掴まれた。後ろを睨み付けると、ホルストと見知らぬ男が立っていた。
「お疲れさま、どうやら予想以上に力が衰えていたようだな」
「……お恥ずかしながら。おそらく今の私はかつての戦いを生き抜くことは出来ないでしょう」
「構わないさ、君は生存競争において勝ち進んできているのだから」
見知らぬ男が陽介の肩を叩く。
「お前……日本人か」
「!!……あなたも?」
「微妙なところだ。『これ』はインド系アメリカ人。『本当』は日本人」
陽介は一瞬考えたあと、すぐに思い当たる。
「もしかして……『DD』さん!?」
「おっ!知ってるのか!?俺も有名人になったもんだな!ハッハッハッ!」
「当たり前ですよ!あのゲームをプレイしててあなたを知らない人間がいたとしたら、そいつエアプですよ!」
「エ、エア……なんだって?」
状況についていけてないホルストを尻目に陽介とアブドル……DDの会話は加熱していった。
DD……彼はジョセフや陽介と同じサーガオブクトゥルフのプレイヤーである。その世界ランキングは『一位』。この数字の内訳も驚異的である。なんと彼は探索者でもあり、狂信者でもあるのだ。大抵のプレイヤーは片方に特化して上位を狙う。キングジョーもその一人だ。
しかしDDは両方の陣営において圧倒的な成績を残し、現在の地位に立っている。公式も彼を讃え、彼専用にとある魔術を与えた。その魔術は『協力者ニャルラトホテプ』。この魔術は非常に強力であるが、使用した時点で確定で正気を大きく削がれる。しかも確実に協力してくれるとは限らない。まさにハイリスクハイリターンな魔術であった。
そんなDDとジョセフ……キングジョーの関係はわからない。ただ漠然と上位層でトップ争いをしているというイメージしかなかった。
「そんなことはないさ。俺は天才だからな、アイツが確実に勝てる手順を踏む『外なる神降臨イベント』を事前に封殺してる」
「……は?」
「ん?何かおかしかったか?」
「え?キングジョーは旧支配者専門では?」
「あーデマだよ。旧支配者イベントは二位の奴を抑えに行ってるからアイツが目立ってるだけ」
陽介はその後もDDを質問攻めし、DDは快く全て答えていった。ホルストが言う。
「そろそろいいかな。標的もそこにいることだし」
「あ!すみません。では、DDさんがコイツを倒しに?」
「そうだ。キングジョーの欠片が残ってるなら俺の『勝ち』だ」
DDは一歩踏み出し、不明な言語を呟き始める。それはハイパーボリア語とも違う、全く新しい言語だった。偽神は触手を伸ばすも、全てが弾かれる。初めて偽神の表情が変化した。DDは歩みと詠唱をやめず、歩き続ける。
四歩歩いた時点でさらに状況が変わった。なんと約半分の触手が襲うのをやめ、逆に偽神の方へと矛先へと向けたのだ。触手と触手が互いを潰しあう。それは不毛な争いと言わざるを得ず、すぐに偽神とDDの周りは更地と化した。
偽神が手を前にかざし何やら魔術を放つ。しかしDDには全く効果なし。それどころかDDを軸にして回転し、偽神の方へと向かっていった。偽神の身体が切り刻まれた。
あとずさる偽神。しかし時既に遅し。偽神とDDの距離は既に1mなくなっていた。
「……『ツタンカーテン』」
その単語を最後に、DDの呪文は終わりを告げた。そして偽神は二つにさけ、一つはさけた直後に虚空へと消えていき、もう一つはほとんど朽ち果てたような見た目をしているジョセフになった。
DDはその場で膝立ちになり、ジョセフを見下ろす。
「久しぶりだな、キングジョー。やっぱりお前は『理性的』すぎる」
「D……D…………!!!!」
手を伸ばしてきたジョセフの頭を握りしめ、持ち上げる。
「続けたけりゃ続けるぞ。そしたらお前のランキングはさらに下降する」
ジョセフはDDの口に手を突っ込み舌を引き抜こうとする。しかしDDは手を噛み千切り、吐き捨てる。
「おっ!理性をすてるか!嫌いじゃないが、それならお前は『終わり』だ」
DDが短く詠唱した。
瞬間、ジョセフの肉体が宙に浮き、ジョセフの背後に銀河が現れた。
「永遠に奏でてろ、畜神と一緒に」
ジョセフは『消えた』。
DDは何事もなかったかのように振り返る。
「さてと終わったぜ」
「助かった。報酬は後程確実に」
「ちょっと待て!!」
陽介の方を振り向いた。
「こんな……こんなにあっけないのか?」
「そうだ」
陽介はDDの胸ぐらをつかみあげる。
「キングジョーはどこにいった!?」
「原初の神が住まう宮殿へ」
「アイツに罪を償わせないのか!?」
「償わせるさ、『永遠に』」
まだ何か言いたそうな陽介の手をホルストが下ろす。
「やめたまえ。彼は非合理な合理主義者だ。かつての君のように」
陽介は不満そうにホルストの手を振り払い、歩き出す。
「どこへ行くのかな?」
「あの怪物を倒しに」
「その必要はないわ」
テレーゼがいた。
「あっちも決着が着くわ。それこそ『あっけなく』ね」
怪物本体の眼前。カリーナとアリスに連れられ、ジルはやってきた。少しだけ不安になり、カリーナを見る。彼女はなにも言わず、頷くだけだった。アリスを見る。手で口角を押し上げていた。ジルは再び怪物に向き直り、深呼吸する。
「……いってきます!!」
ジルは一歩踏み出す。怪物の触手が伸びてきた。ジルは抵抗せず、優しく触れる。
『君か』
頭に声が響いてきた。
「はい、私です。話は全て伺いました」
『それでもなお、君は滅びを受け入れないのか?』
「はい。あなたが何千年、何万年、何億年この星の行く末を見守ってきたかは存じ上げません。おそらくこの星においてあなたの考えは絶対でしょう」
ジルは続ける。
「しかし、いえ、だからこそです。私はあなたに忠言します」
『その心は?』
「あなたは独りよがりだ。孤独だ。あなたが絶対的存在であることが、逆説的にあなたを独りにしている。そんなあなたの意見を、受け入れることは出来ません」
『私が独り?否。この星の、無機有機区別なく存在している全ての意思、その集合体こそ私だ』
星にジルは反論する。
「それなら、私達人類の叫びと願いも聞こえているはずでしょう。あなたはその声に耳を傾けませんでしたね?」
『傾けたさ。しかし総数で見れば微々たるものだった。それに、彼らの意思がこの星の安寧を崩しているのは明白だった』
「それならあなたは独りよがりに加えてクズです」
星の声の調子が換わった。
『……なに?』
「あなたは聞きたい声だけ聞いている。自身の都合に沿う声だけ聞いている。私の声を聞いていますか?」
『当然。だからこうして』
「嘘。本当に聞いているのなら、こんな事態になる前にあなたは手を打てた。でも打たなかった。なぜ?」
『特定に時間が』
「違う。慌てて少数派の承認を得ようとしたから。勝手に滅ぼすことに罪悪感を覚えたから」
ジルは言う。
「はっきり言います。人類はあなたが考えているほど愚かではありません。私達の結末は私達で決めます。神よ、どうか私達に手を出さないで」
星は尋ねる。
『何を証とする?己の命か?』
「何も?」
『何も捧げないのか?それで私に願いを乞うのか?』
「私はあなたと交渉しているんだ。私とあなたが互いに信頼すること、それで十分」
しばらく沈黙が続いたあと、星は一言だけ言った。
『……君が世界に嘆いたら、私は来る』
「その時はその時。その時が来れば……ね」
ジルから触手が離れ、徐々に離れていく。ジルもまた、二人に連れられて港へと帰っていった。
DDを帰したホルストが言う。
「ヨースケ、わかったか?力とは相手を屈服されるものとは限らない。君は知っていたはずだ、それこそ『愛する者』から」
陽介がふとテレーゼの方に視線をやると、傷痕を撫でていた。少しだけ胸が痛む。しかし陽介は反論する。
「じゃあ俺はどうすればよかったんだ。今回何も出来なかった。時間稼ぎすら満足に出来なかった」
合流したラルフが言う。
「そんなもんだろ。俺だってアシストしかしてない」
「私もね。一般人の救助しかやってない」
「それは立派な仕事ですよ。俺なんかとは違って」
「他人と比べるな」
ホルストは真剣な表情でそう言った。思わず陽介以外の表情も強ばる。
「……君が望んだ結末はなんだ?」
何も返せなかった。ただ漠然と世界とアリシアの為になることをしたい、そう思って行動しただけだったからだ。
ホルストはため息をつく。
「……今の君は、流れに任せて生きる葉だ。思い出せ、自分の『原点』を。思い出せ、心を」
「心……」
マリーのため幸福になる。では幸福とは何か。彼女が教えてくれたのは『我を持ち生きる』こと。しかしそれでは足りないことは理解している。だから他人に奉仕しようと決めた。それでも足りない。
何のために転生した?功罪の拮抗。審議不能。審議をするために再び歩みはじめた。何のため?結果を神に委ねることも出来たのに、なぜ歩みを止めなかった?
……幸福のため。
陽介は天を仰ぎ見る。
「……結論は出たかな?」
「はい。どうやら俺は、本当に大きく遠回りしていたようです。何年もかけて多くのものを奪い、失い、結局最初に戻っていた」
「まだ自分は無力だったと嘆くか?」
「いえ。深く考えすぎていました、世界は結構単純なんですね」
ホルストは柔らかな笑みを浮かべながら尋ねる。
「得た力の本質、わかるな?」
「はい。もっと気楽に生きてみようと思います」
ホルストは右手を前に出す。
「ようこそ、シュタインベルク家へ」
正解なんてない。しかし答えはある。世界とは単純明快で、悩むほど壊れていく。誰もが幸福であろうとする。それが真実。それが答え。悩まなくていい。正直に生きる。それだけで
リンボのボス……『オリヴァー・ヴィトン』の手が止まった。筆が乗らないのだ。投げ出しそうになったペンを先代のオリヴァー・ヴィトン……騎士長が手に取り、続きを書く。
それだけで世界は輝く。我らの未来に、光あれ。




