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再審の男  作者: 藤澤トオル
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シンキング・タイム

 ホルストが降り立った場所は現代日本、すなわちジョセフと陽介がプレイしていたネットゲーム『サーガオブクトゥルフ』の舞台と同一である。ホルストはまず地面をつつきながら自身の肉体の調子を確認する。

「どうやら無事に成功したようだな。オリヴァーの話ではここは電気的な構成の世界らしいが……肉体も地面も物理的存在であると見受ける」


 しばし街を探索していると、見知らぬ男が声をかけてきた。

「突然失礼します。この辺りで黒い服を着て腕章を着けた男性を見ませんでしたか?」

「いや、見ていないよ」

男はこちらに疑いの目を向けているのがわかった。おそらく技能〈心理学〉を使ったのだろう。


 男はニッコリ笑いながら頭を下げる。

「ご協力ありがとうございます。それでは」

男は足早にその場から去っていった。


 ホルストは顎を撫でながらニヤリと笑う。

「なるほど。ここは意外と『過ごしやすい』世界なのかもな」




 完全沈黙しているにも関わらず、死だけは頑なに避ける怪物。その命が風前の灯であっても、消えぬ限り何度でもこの星を脅かす存在。ただそこにいるだけで恐怖をもたらすかの者は、絶え間なく再生を望み続けている。


 時間的にも精神的にも余裕の出来たカリーナはジョセフの前に座り込み、独り言の様に話している。

「あなたも強情ね。クトゥルフどころか神でもないただの化け物に魂を売り渡しておきながら、結局あなたの望みは何一つ叶いそうになかい」


 カリーナはマリアヌ王国の方を見せる。

「たしかにあなたは引き金を引いたけど、放たれた弾丸はこの世界を穿つことは出来なかった。ただ、『引き金を引いた』という事実だけがあなたを縛り続けている。……これがあなたの望んだ『終わり』?そうだとしたらあなたはカルロスと同じ、『虚無』ね」


 アリスがカリーナと背中合わせに座る。

「ハリボテの夢を叶えた……みたいな意味で?」

「そう。漠然とした夢と強大な力を持ち、人生に絶望していながらも、その終わりには夢を『不完全に』叶えてしまう。振り返るとその人生は『虚無』ということに気づいてしまう」


 アリスは再生した触手をむしり取りながら呟く。

「……彼女とは真逆ね」

「彼女?」

「マリー……あなたの命の恩人。あなたに敗北を与えた二人目」

「そう、あの子が……」


 カリーナは星空を見つめる。そういえば東にあった二つの大きな反応のうち、一つには混ざり気があったことを思い出した。よくよく考えてみれば陽介は片目をマリーの目で補っていた。混ざり気の正体はあれだったのか。しかしある時期を境に陽介の混ざり気は消え、さらに完全にその反応は消えた。つまり……


 カリーナは目を閉じて数秒黙祷を捧げてから、ジョセフに向き直る。

「そういやさ。あなたはサエキとどういう関係だったの?あ、妹のカレシなんだけどさ」

「同じ世界出身だ」



 カリーナとアリスが振り返ると、陽介が触手の一つに剣を突き刺し、トリガーを引いている所だった。

「こんばんは。お姉ちゃんだよ」

「……」

「なによー!私が許してるんだからいいでしょー!?」

「最近じゃない方だ」


 カリーナはアリスを見る。答えたのはアリシア。

「なんかめんどくさくなっちゃっからもういいかな。それに過程はどうであれ、私とヨースケが別れたからヨースケはもう一人の愛する人を見つけたんだし」


 カリーナはわざと尋ねる。

「もしやマリーちゃんに嫉妬してたりする?」

「まさか。彼女は『オンリーワン』で、私は『ナンバーワン』。土俵が違うのよ」

「……あなた本当にアリシア?」


 陽介が触手を斬り飛ばしつつ、ジョセフに剣を突き立てる。

「お久しぶりです、世界ランキング4位の『キングジョー』さん。私は世界ランキング40347位の『sakisuke』です」 


 ジョセフの反応はない。陽介は剣を突き刺すも、謎の防壁に阻まれる。

「じゃあこっちにしましょうか。……またせたな。『もう一度』殺しに来たぜ」



 ジョセフの目と手が少しだけ動いた。陽介は剣のトリガーを引いてカートリッジを変えつつ左手を向ける。

「こいつならお前の心を引きずり出せる……か、も?」

ジョセフの首が動いた。彼の相貌が陽介の眼と合う。

「キングジョー……いや魔王。あんたが決めてくれ、俺と『削り合う』か、俺の義理の姉と『楽しむ』か」


 ジョセフの口が動いた。

「……カ……リー…………ナ………」

陽介はそれを聞くと剣を収め、カリーナに向き直る。

「カリーナ義姉さん!どうやら俺じゃ役不足みたいだ。あなたが戦ってくれ」


 カリーナは立ち上がり、陽介とハイタッチする。

「あなたの左目は、過去に囚われている」

「違うな、過去を忘れないためにあるのさ」


 カリーナは足でジョセフを踏みつける。

「海開きは終わり。さぁ、再開よ!」

防壁が解除され、ジョセフがカリーナの足を掴む。

「貴様……だけは……!コロ……ス……!!」

「死人が私を殺そうって?馬鹿言っちゃいけないわよ」



 彼らの様子を遠くから眺めていたラインハルトはおもむろに立ち上がり、地面に突き刺していた剣を抜く。

「……制御システムが変わった。殺しきれるかもしれん」

「気をつけて、そのせいで今まで防壁に使っていたエネルギーも攻撃と再生に使われる」

「問題ない」


 ラルフの忠告を胸に抱きながら、ラインハルトは剣を怪物に向ける。

「我慢比べは得意だ」




 ホルストはある酒場で黒いローブを纏った、肌が黒い美しい男性と酒を酌み交わす。

「久しいな、『顔無き者』」

「『この姿』であなたと会うのは初めてです。だからここで言うべき言葉は『はじめまして』では?」


 男性は蜂蜜酒を飲みながら尋ねる。

「して、此度の願いは?我が主を楽しませるに足る内容であれば協力しましょう」

ホルストはメモ用紙につらつらとある内容を書き記し、男性に渡す。


 男性は一通り目を通したあとその紙をポケットにしまい込む。

「……なかなか興味深い内容だ。こんなところで私の『天敵』の名が出てくるとは思いませんでしたよ」

「それだけではない。もしかしたら、『あちら』でのあなたも取り込まれているかもしれん」

「その時はその時。それこそ私は『千の貌を持つ者』ですから」


 ホルストは空になったグラスを見て新たに二つの酒を頼む。男性は酒をあおりながら言う。

「それでどうします?ルルイエにでも行きますか?」

「いや、この世界のかの者達はあまり強くないことが証明されている。そうだな……『最強』の者を見つけてほしい」


 男性はホルストを睨みつける。

「俺が言うのもアレだが……正気か?『彼』が勝てるとは限らんぞ?」

「いや、間違いなく勝てる。それこそ彼が舞台から転げ落ちた理由なのだから」


 ホルストの目は男性を見ておらず、その奥にいる『何か』を見据えていた。




 ジョセフの背から生えている管はまだ怪物と繋がっている。しかし太さは細くなり、流れは緩慢になっている。先程まであった驚異的な防御力が無いことを示唆していた。ジョセフはこぼれ落ちそうな右目を押し込み直しながらカリーナに指を向けて言う。

「死にたくナイ。そレ以上に、負けタクなイ」


 カリーナは外套を脱ぎ、アリスに渡しながら歪んだ笑みを浮かべる。

「可哀想だからどっちもプレゼントしてあげるわ。任務も、シュタインベルク家も、前任者も、何も関係ない。『私』が、あなたを拒絶してやる」


「カリィィィィナァァァァァ!!!」

「遅い。アフタヌーンティーが飲み終わるより、遅い」

ジョセフの鍵爪をカリーナは腕ごと斬り落とす。さらに切断面から触手が伸びて拘束するも、カリーナはジョセフの落ちた腕を蹴りあげ、付いていた鍵爪で拘束を解除させる。


 カリーナはジョセフの背後に行き、管の一本を引き抜きながら尋ねる。

「楽しい?私は楽しくないわ」

「ググ……グ……ガァァァ……!!!」

「聞きたいのはそんな苦悶に満ちた声じゃないの。楽しそうな声がいいの」

引き抜かれた管の先端を結び、再結合を阻止する。


 ジョセフの裏拳。カリーナは身を反らして回避。

「そんなに充血した目では見たいものも見えないんじゃない?」

「黙レ!!」

ジョセフの連撃をいなしながらカリーナは徐々に距離を詰めていく。

「あなたが目指すのは神の国?ヴァルハラ?解脱?それ以外?」


 二本目の管を掴まれた。ジョセフは背中から触手を伸ばし、カリーナを下がらせる。

「時空間を超越しタ先にあル……螺旋状ノ……渦動」



 会話を遠くから聞いていた陽介にはある疑問が浮かんだ。

「ヨースケどうした?」

「……話が変わるけどさ、俺とあの人は同じゲームやってたんだ。ちょっと不思議な神話をモチーフにしたゲーム」


 陽介はアリスにクトゥルフ神話の大まかなあらましと、そのゲームにおける自分とジョセフの関係、そしてそれが以前あった魔王軍侵攻に少なからず関係していることを説明した。その夢物語のような内容は、魔王軍と現在の惨状を知る者でなければ容易に理解できるものではなかった。


 話を聞き終えたアリスが尋ねる。

「じゃあつまり、あの男はそのゲームではアホみたいに強かったんだけど、好きな神と良く参加していた神にズレがあると?」

「そうだ。世界4位ともあろう人が攻略対象を選り好みすると思うか?」

「……しないわよね」


 二人はジョセフを見る。背中から生える管と怪物により呑み込まれていた部分は旧支配者の意匠が感じられる。しかし頭と胸はどうだろう。頭部の溶け落ち方は外なる神のアブホースやウボ・サスラ、ヨグ・ソトースの虹色の球体を思わせ、胸にある深淵のごとき銀河はアザトースを仄めかしている。



 陽介はしばし思考を巡らせたあと、呟く。

「……呑まれてるのはキングジョーじゃなくて、怪物なんじゃないか?」

「……は?」

「その話、私も詳しく聞きたいな」


 いつの間にかリンボのボスが触手の残骸を足場にしてやってきていた。一瞬彼を睨み付けたあと、陽介が言う。

「接続部は旧支配者、ジョセフの中枢器官は外なる神。力関係だけ見れば、圧倒的に外なる神の方が強い。旧支配者なんてそれこそ取るに足らない存在だろうな」

ボスが言う。

「不用意に接続してしまったことにより存続危機を迎えた旧支配者が、ジョセフの体内にエネルギーを送り込んで自身の消滅を逃れようとしている。そう言いたいのかな?」

陽介は頷いた。


 ボスは顎を撫でながら呟く。

「となるとどうしたものか……ジョセフを完全に倒すのは至難の技であるが、かといって怪物を倒すのも骨が折れる。接続状態であれば隙は大きいが決め手に欠ける」


 アリスはカリーナとラインハルトを見る。

「……長子コンビに任せるしかないでしょ」

双方別々の敵と戦っている。否、それは戦いというにはやや一方的過ぎる。蹂躙、という言葉の方が適切かもしれない。


 カリーナはあれから一切攻撃の手を緩めず、ジョセフの身体の再生が追い付かない速度で破壊を繰り返していた。時には内部のみを破壊して体内環境を狂わせ、望むような再生を阻害していた。その戦いぶりは陽介としのぎを削りあったあの時よりも洗練され、仕事時の徹底した合理的思考とは少し違う状態になっている。


 ラインハルトはその剣技に一向に陰りが見えず、その流麗かつ芸術的なまでの動きは見た者全てを虜にし、どす黒い掃き溜めのような戦場において唯一の輝きを放っていた。『アセンション』をフル活用し、身体能力を他とは一線を画すほど向上させ、怪物を屠っていた。


 手の空いたラルフとテレーゼは周辺の警戒を行い、新たな障害の出現に備えている。キョロキョロと見回していたアリスが尋ねる。

「父さんは?」

「そういえば見当たりませんね」

「あぁ、何か用事があるらしいのでそちらに向かわれたようですよ」



 カリーナはジョセフの銀河に手を突っ込み、中から誰かの心臓を引きずり出し爆発四散させる。ジョセフは悶え苦しむも、止まらない。

「お前はタコか!……いやタコかもしれなかったわね」

「グガガガ……!!!」


 カリーナはジョセフの触手をかわしつつ頭をポリポリ掻く。

「人間もやめちゃったの?背中の管も全部抜いたからそろそろガス欠のはずなんだけど」

言葉の通りジョセフはすでに怪物との繋がりを断っている。


 しかし止まる気配は一向にない。ジョセフの顔は歪み続け、身体は固体を保てなくなっている。

「ガァァァァァァァァ!!!」

カリーナはジョセフの肉体を固形化させてから破壊する。

「人の言葉を話せ!……本当に私を倒したいならね」

その言葉はジョセフに届いていなかった。



 ヴェルナーの手伝いのために救護所で働いていたジルが、ふとある方向を振り向く。そこには汚ならしい服を着た、痩せ細った男性が立っていた。男性は他には目も暮れず、ただジルだけを見ていた。ジルが少し周りを見回しても、誰も彼に見向きもしない。

「……私に何か?」

男性はなにも言わずに頷いた。


 ヴェルナーに一言かけてから男性を連れて救護所の外に出る。

「言葉は話せますか?」

男性は首を横に振った。

「文字はかけますか?」

首を横に振る。ジルは困ったように頭をかきながら言う。

「では、それ以外の方法で私にメッセージを伝える方法は?」


 男性は地面を指さす。ジェスチャーは『地面に触れろ』と言っていた。ジルは渋々地面に手をつく。

『私に気づいてくれてありがとう、心優しき女性よ』


 思わずジルは手を離し、男性を見る。彼は頷くだけだった。

「……一応お尋ねしますが、今のはあなたが?」

男性は再び頷いた。恐る恐る再びジルは手をつく。

『突然驚かせてすまない、急を要する話なのだ』


 男性の声は地面から手を伝わり、ジルの頭に直接響いてくるようだった。ジルは尋ねる。

「あなたのお名前、そして目的を」

『私の名はそうだな……ある者はガイアと呼び、またある者はジアースと呼ぶ』

「ではガイアさんとお呼びさせていただきます」


 男性は頷いたあとに続ける。

『目的は、あそこにいる者達の説得を君に頼みたい』

男性が見据える先には、陽介やカリーナ、ラインハルト達がいた。さらに男性の視線の先を注視すると、それがラインハルトにしか向けられていないことがわかった。


 ジルは気丈に返す。

「しかしあの怪物は私達に襲いかかってきます。目の前の驚異を取り除くのは人として正常なのでは?」

『その発想が間違いなのだ』

「……え?」



 モーセの如く海を割るラインハルト。しかれども怪物の根は未だ見えず。それどころかジョセフに注がれるはずだったエネルギーが怪物を循環し始め、さらに再生能力と攻撃力が向上している。

「まだ付き合ってやる」

そう言いながらラインハルトは一斉に襲いかかってきた触手を消し飛ばす。

「もっとも、押されているのは貴様の方だがな」


 突如怪物はうごめきはじめ、本体を触手で守りだす。ラインハルトが剣を突き刺すも、無理矢理引き抜かれた。

「ならばこうしよう」

アセンション終了と同時に『ディセンション』を起動。触れた直後、怪物の動きがコマ送りの様に遅くなった。


 ラインハルトの斬撃に対する防御と再生も同様にコマ送りになり、追いつかない。

「どうした。新しい姿になって俺を殺したいんじゃないのか」

そう言いながら怪物を斬り刻んでいくラインハルト。


 やがて完全に再生が追いつかなくなり、怪物の中心部が露出した。ラインハルトはその隙を逃さない。剣を突き刺しながら足に内蔵していたナイフを差し込んで切り開かれた状態を維持。さらに空いている左手で拳銃を握り、照準を合わせる。

「恐らくお前は死なないが……時間稼ぎくらいにはなるだろうさ」


 全弾命中。ディセンション終了。すぐさまラインハルトはその場から一瞬にして移動した。直後、怪物はブクブクと泡立ち、その形が崩れていく。一瞬の静寂ののち、怪物は爆発四散した。


 しかし怪物はまだ死なない。海中に残っている管を基点として再生を果たそうとしている。

「まだやる……ん?」

攻撃を継続しようとしたラインハルトの手が止まった。


 怪物はその隙を逃さず再生を果たした。しかし反撃を加えてくる気配はなかった。触手を全体に覆い、外敵から怯えるように身をまもる姿からは、先程の凄惨な光景の当事者と結び付かない。



 アリスと陽介は走る。ラインハルトが突然止まった。彼に何かあったのだろうか?

「兄さん!大丈夫?」

「問題ない。それと……久しいな、ミスター・サエキ」

「お気になさらず。今はこの化け物に対する処置の方が重要かと」


 ラインハルトは顎を撫でながら少し考えたあと、二人に尋ねる。

「こいつはどこから産まれたんだ?」

「は?この星でしょ」

「いつからだ?」

「それは……出来たときから?」

「この星が『出来た』というのはどう判断する?」


 アリスは言葉が詰まった。陽介もフォロー出来ない。そう、『地球の誕生』というのと『地球生命体の誕生』というのには大きなズレがある。この怪物は果たして生命体なのか?その答えが出ぬ限りラインハルトの問いに答えることは難しい。


 ラインハルトが言う。

「正直、こいつが何者であっても俺達に害をもたらすのなら倒す。……しかしだ、こいつが『星』であるなら話は別だ」

「……つまり、どういうことですか?」

「こんな醜いものを産み出してしまったのは、俺達なのかもしれん」



 焦土を駆け抜ける一人の少女。彼女が向かう先は……

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