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再審の男  作者: 藤澤トオル
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アナザー・ワン・フロム・ヘル

 ホルストは早々にアリシアとアリスを承認し、陽介と二人きりになる。倒壊した民家に辛うじて残っている椅子を引っ張りだし、陽介に座らせる。

「器がないので茶も出せないが……これならある」


 ホルストが出したのはスキットル。中身はまだ沢山残っていそうだ。

「飲むかね?大丈夫、酔うだけじゃなくちゃんと力も涌き出る」

「お構い無く。あまり得意ではありませんので」

「そうか……それは残念だ」


 ホルストはスキットルを仕舞い、陽介に対して柔らかな笑みを浮かべながら見つめる。陽介もまた、ホルストを見返す。その顔は打って変わって真剣なものである。


 3分程見あったあと、ホルストが口を開く。

「まず聞きたいことがある。『戻った』か?」

「難しい質問ですね。完全に『あの頃』と同じ様であるかと言われれば嘘になる。しかし、『記憶』の話をしているということなら……戻りました」


 ホルストは笑みを崩さずに尋ねる。

「恨んでいるかね?私と私の息子達を」

「はい。記憶を喪う原因となったあの2週間は、記憶を喪っても私を壊し続けました。壊れたあとのことについてはあなたの関与するところではありません。そこでしか得られなかったものも多々ありますから」


 ホルストが立ち上がり、地面で正座をした辺りで陽介が言う。

「私に謝罪はいりません。ですが私を壊した時に犠牲となった『無関係の者達』……彼らには土下座して詫びても足りないですよ」

「わかっているよ。君の破壊と彼らの死は無駄にはしなかった。見たまえ、私の息子達を」

ホルストは外で今も戦い続けているラインハルト達を見る。


 遠目でも陽介は直感した。彼らが身に纏っている装備の数々、そのどれもが陽介の記憶の中に漠然と残っていることを。

「あれは君という『人類の集合知』の情報を基に魔術協会の二大英雄、そしてラルフとテレーゼが練り上げたものだ」

「あの中にシンディ……魔法使いの記憶も活かされていますか?」

「無論だ。彼女の自然に対する在り方は精霊達を呼び起こし、人類の想像もつかない力を発揮させている」



 陽介は遥か昔のことを思い出す。シンディ・バーズリーと出会ったあの日のことを。あの出会いは文字通り事件だった。列車の不自然な暴走と殺人……その2つにほぼ繋がりはなかったのだが、なんにせよ彼女は列車を暴走させた。


 魔法使いであることを隠しながら花屋として生きていた彼女の魔法は非常に可憐であったが、その可憐さを精霊達が気に入り、つい列車の速度を速めてしまった。今となってはいい思い出かもしれない。


 それから数日間魔術協会までの道のりを共にし、そこで会長から直々に魔術と魔法についての基礎概念を教授していただいた。そこで彼女は陽介とアリシアと別れ、いつか再会することを約束した。


 その再会は以外にも速く果たされた。しかしその再会はあまりにも哀しく、孤独で、悲惨なものだった。それが陽介を用いた『人体実験』だった。


 後から知ったが、彼女が選ばれた理由は2つ。『直前まで生きていること』と、『対象への認識がある程度あること』。要するに、陽介が生物の記憶を『高速学習』する際の条件を確かめようとしていたのだ。逆に言えば、『それだけ』のためにシンディは殺された。


 家族を瀕死に追い込んだ報復として、シンディは陽介の目の前で『解体』された。陽介には助けることは出来ず、目をそらすことも出来ず、ただ親しい人間が目の前で『モノ』に変わっていく光景を見ているしかなかった。


 この時点ですでに満身創痍だった陽介を襲ったのがシンディの『死の直前の感情』だった。彼女の死を無駄にしないため、彼女のことを忘れないため、陽介は『高速学習』した。そこで最初に出会ったものに、陽介は恨まれた。


 その恨みは存外長く支配しなかったが、シンディの人生を見ていけば見ていくほど自身が何も出来なかった『無力感』と、こんなにも幸福な人生を歩んでいた人間に恨まれたという『罪悪感』が陽介に襲いかかった。



 陽介は狂った。さらに狂った自分を正当化するため『壊した』。ジヤヴォールに身体の一部を貸し与えてから少しずつ進行し、なんとか留めてきた自分の崩壊を、自分で押し進めた。


 陽介は止まれなくなった。止まれば全てが無駄になる。そう思うと常に何かをしていなければならない気になった。そこで見つけたのが『冒険者』だった。依頼は絶え間なくやって来る、世界が回り続けるように。


 陽介はどんな依頼もこなすようになり、どんな方法も用いるようになり、どんな光景も受け入れるようになった。感情が壊れたのではなく、『感情表現』が壊れた。彼の表情が変わるとき、必ず一度理性が働く。『この状況ならこんな顔をする』、『こういう顔をするとこういう風に見られる』……そんな思考が間に挟まれるのだ。



 陽介をあらゆる意味で苦しめてきたシンディの存在、それがほんの少しだけ報われた気がした。きっとこれからも陽介はシンディの事を考える度に心が壊れていくだろう。そうであったとしても、ホルストの言葉は陽介の心を少しでも和らげるに違いない。


 陽介はホルストに言う。

「あなたを赦すことは、私の中に英霊となって居続ける彼らを代表して、これから永遠にありえません。しかし、とりあえず今この場においては……信頼しましょう、あなたとあなたの家族を」


 ホルストは地面に手をつき、深々と頭を下げる。

「……かたじけない。私はこれからも君と君の中に眠る者達へ償いを続けよう」



 席に座り直したホルストが口を開く。

「そろそろ本題に移ろうか。単刀直入に言うが……君の中にあった力は変わったね?恐らく世の理をねじ曲げることくらいせねば起こり得ない事態が『2回』あったと見受ける」

「はい。まぁその2回は両方とも『一つの出来事』に絡むのですが」


 ホルストは顎を撫でながら考えたあと、尋ねる。

「君は自分の現状を正しく把握出来ているかな?」

「いえ、全く。幸いなことに、力が変異してから行使せねばならない状況は未だ来ていませんので」

「なるほど。では君が以前まで持っていた力も含めて説明しよう」


 ホルストは杖で地面を軽くつき、地面にとある映像を映し出す。宇宙の映像だ。

「これがこの世界の概要だ。私達が住む星はそうだな……この辺りか?」

ホルストが杖で映像の一部を触ると、そこが拡大され、地球の映像に切り替わった。


 回転する地球を眺めながらホルストは続ける。

「力というのは大きく分けて4つある。『個人』に依存するもの、『星』に依存するもの、『世界』に依存するもの、それ以外だ」

ホルストの言葉に合わせて映像が切り替わる。個人の時は人間の、星の時は地球の、世界の時は宇宙の、それ以外でいくつかの宇宙のイメージになった。



 ホルストは映像を人間に戻す。

「個人に依存する力は筋力や、体力、忍耐力といったものだな。あと、厳密には魔力もそうだ。そして、これだけあれば生きていくには申し分ない力が手に入る」


 次に映し出されたのは地球。

「精霊や、大地を循環する魔力、土着の神々……これらは星に依存する力だな。魔法使いと呼ばれる者達が重要視されるのは単に数が少ないうえに精霊とアクセスできるからだけではない。凡人よりも一つ上の段階にいる彼らについて知り、己も上の段階に行こうとするからだ」


 宇宙の映像。

「はっきり言って、この段階の力はそれ以前と格が違う。私達家族や君が今もつ力もこの段階だ。その力は様々だが、管理者は皆同一の存在だ。それはこの……」


 複数の宇宙の映像に切り替わった。

「最終段階の一存在だ。過去この力に至った人間は二人、リカルド・ファルキと君だ」

陽介が手を挙げる。

「ちょっと待ってください。リカルドはともかく、私にいたジヤヴォ-ルは土着の悪魔が元です。なので私の力は星なのでは?」


 ホルストが陽介の目を指差す。

「それは君が『求めた』からだ。只人の身のくせに、星の限界を越えて力を求めた君がいけない。リカルド・ファルキという男の全力に『勝ちたい』、『殺したい』と願えば、それこそ『先』へ進めばなるまい」

「……そんな簡単に願いが叶うものなのですか?」

「特例だろうな、神の存続がかかっていたのやもしれん」


 そういえば、そんな話をあの一件の後にしていたことを思い出した。勝つための対価に、この世界への楔として陽介を使う。それはジヤヴォールという存在が滅びかけていたことが裏にある、打算的な契約の提示だった。語った相手は死神だったが、今でもすこし覚えている。



 ホルストは深呼吸をし、尋ねる。

「……君は只人としてこの世界にやってきて、神のごとき力を得て己を含めた全てを壊し、力を失い、世界に至った。間違いないないな?」

陽介は静かに頷きながら自嘲気味の笑みを浮かべる。

「もっとも、答えへたどり着くためにあらゆるものを失い、何年も無駄にしましたが」

「むしろ数年で至ったことを誇りに思いなさい。カリーナなんて長女なのについさっきそこに至った」


 今度は陽介が尋ねる。

「……私の身体はどうなっているのか、具体的にお教えいただけないでしょうか?」

「承知した。以前との決定的な違いは『魔力がない』こと。君は星から嫌われた。そして、『最上位存在の恩恵がない』こと。かつて魔王との戦いで見せた不条理の塊のごとき下品な戦いは出来ないと思え」


 大分辛辣な言葉を使って戦闘方法をけなされたが、それは陽介自身もあまり快く思っていなかったものだったので問題なかった。それよりもはっきりと違いを教えてくれたことに感謝せねばならない。要約すれば『以前までの無茶な戦いは出来ない』ということだ。


 ホルストは続ける。

「確かに君は少なからず弱体化したと言って過言はない。しかし君が新たに手に入れた力は『世界』だ。この世界でのみ、君の力は私の子ども達と何ら変わりない力を奮うだろう。……良くぞ使命なき只人の身でそこまで練り上げた。私は君に敬意を表する」

ホルストは深々と頭を下げた。


 陽介もまた、頭を下げながら言う。

「私が今置かれている現状をお教えいただき、誠にありがとうございます。佐伯陽介、件の怪物討伐に加わらせていただきます」

陽介は立ち上がり、怪物の方へと向かう。


 ホルストは陽介の背中に言う。

「待ちたまえ。君にはあることを試してもらいたい」

「何でしょうか?」

「あの怪物のコア……『魔王』の意識の確認。それと君が元いた世界の情報から推察出来る『怪物と星』の関係」

「……承りました」



 ホルストは再び陽介の背中に言う。

「アリシア!……いや、アリシアとアリスのこと、よろしく頼む」

「勿論です。『お義父さま』」

「気がはやいぞ、『女婿じょせい』」

二人は笑いあったあと、それぞれの役目を果たすため歩き出した。




 カリーナは342回目の突破を試みた末、一つの結論にたどり着いた。

「駄目だわ、私じゃ勝てない」

ラインハルトは最後の大地に根付く触手を破壊した。

「弱気な発言だなカリーナ。いつもの軽口と嘲笑はどうした?」

「私だって勝てる相手と勝てない相手くらい見分けるわ。今まで勝てないと思った相手がほとんどいなかっただけで」


 横からアリシアが触手を消し飛ばしながら尋ねる。

「じゃあ、ヨースケには勝てると思ってたのに負けたの?」

「不本意ながら。あいつはどうせ私の域に来ないと思ってたからさ」

愚痴を溢しながらもカリーナの攻撃の手は一切緩まない。以前としてカリーナの攻撃は怪物の再生を最低にまで抑え込んでいた。


 ラルフが片手間に触手を処理しながら言う。

「結局あれから15分ほど経過したけど……結局こいつを殺しきること『だけ』は出来ないね」

「そうだな。逆にそれが不気味でもあり、不安でもある」


 エタニティを使って空中から舞い降りてきたテレーゼが言う。

「じゃあさじゃあさ!あれ探さない?大静脈と脳!」

「この黒いエネルギーを人間で言う血液で表したときの大動脈がこの男に繋がっている管」

「そしてジョセフという心臓をポンプとして全身にエネルギーが通いめぐる」

「やがて使われたエネルギーは再び心臓に戻り……」



 ラルフが手を挙げる。

「ちょっと待って。サラッと流したけどさ、なんでこいつが心臓なんだ?確かにこいつを通って全身にエネルギーが送られている。でもさ、もしかしたらこの男はただの『一器官』の可能性もあるんじゃないか?」

「頭の悪いお姉ちゃんにもわかるように教えてくれないかしら?」

「妹2も追加ね」

「1もなんだよなぁ」


 ラルフは苦い顔をしたあと説明する。

「俺達は今、この海底から伸びてる管を大動脈と仮定している。通常、人間の大動脈は心臓から伸びてる。だから方向だけ見た場合、この管は心臓から送り出された『動脈』、もしくは心臓へと戻る『静脈』なんだ。つまり、この男を心臓としたら、このエネルギーは『静脈』にあたる」


 ラインハルトは目頭を押さえながら尋ねる。

「じゃああれか?俺達が探すべきは『大動脈』か、『心臓』ということか?」

ラルフは静かに頷いた。ラインハルトは嫌そうな顔で言う。

「前者なら先程やろうとしたことは変わらんからいい。問題は後者だ。心臓は……『ここ』だぞ?」


 ラインハルトが指さした方向は下。つまり地球ということだった。全員がその意味を察し、途端に嫌そうな顔になった。

「潜るのは構わん。そこで戦うのも構わん。だがあまりにも『深い』。この星の円周はいくつだったか?」

「大体40000km」

「つまり直径は?」

「およそ12742km。半径はその半分だから大体6371km」


 全員が下を見る。その後一斉にため息をついた。

「……ラルフ、確かお前海中探査が好きだったよな?」

「カリーナ姉さんは昔よく海で遊ぶのがお好きでした」

「テレーゼのマリオネットの耐久力、理論上どんな圧力も耐えれるらしいわ」

「アリシアとアリスは一つの肉体だけど二人。一人しかいけない私達の二倍の働きが出来るわ」

「ラインハルト兄さんの装備は私達の中で最も性能が優れています」

「「…………」」


 続いた沈黙の中、ラインハルトが言う。

「……じゃあこうしよう。どちらにせよ大動脈か、心臓へ戻る静脈を探さねばならん。それを手当たり次第探して駄目なら誰かが6000km近く潜る。それでいいな?」

全員が頷いた。

「よし、作戦更新だ。テレーゼ、連絡係を頼む」

「アイアイ御当主」




 ホルストが来た場所は、焼け落ちた廃工場。カリーナが燃やした集合住宅のすぐそばにあった、あの廃工場だ。彼が持つ杖は単に歩行補助器具や、魔術発動の媒介物として使われているだけではない。ホルストは杖でとある地点に円を描く。

「はてさて。魔王のいた異世界とはいかなる世界かな?」


 使用済みの魔法陣に魔力が通い始めた。陣の中心に立つホルストは不気味な笑みを浮かべながら虚空を見つめる。四隅にある消えぬロウソクが少し揺らめき、ホルストの姿をゆらめかせた。



 ロウソクの火が消えると共に、ホルストの姿も消えた。

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