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再審の男  作者: 藤澤トオル
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スタンディング・アローン

 夜空を駆ける五つの流星。それを見た女は深夜であるというのにいつもの服に袖を通した。愛する者の愛する者を救ってから、かれこれ数日が経過していた。それから彼に寄り添って生きていたが、自分には彼に隠していたことがある。


 任務完了の時は近い。


 女は男の寝室に入り、その頬に優しく口づけする。おそらく勝利できる。だがその勝利がどのような結果をもたらすかはわからない。今生の別れになるかもしれない。


 彼が愛する者と離れる時もこんな気持ちだったのだろうか?あぁなるほど、これはとても『苦しい』。しかし、だからこそ覚悟が決まるというものだ。

「いってきます」

「いってらっしゃい……なんて言うと思ったか?」


 男はいつの間にか起きており、部屋の椅子に座って夜空を眺めていた。

「……起きてたの?」

「ずっとな。なに、止めやしない。俺にだってそのくらいわかる」

男の視線は遥か西の彼方の空を見つめていた。肉眼ではわからないが、この二人には確かに視えていた。


 女は気まずそうな顔をしてうつむく。男は立ち上がり、女に向き直る。

「俺も一緒に行く。俺のわがまま、聞いてくれ」

女は静かに頷いた。




 海淵付近の海上。海神の許可を得たカリーナは海面を駆け抜け、ジョセフの元へと急ぐ。下から襲い来る触手をいなしながら、近接援護をラルフが行ってくれている。こんなに頼りがいのある弟は彼を差し置いて存在しない。

「姉さん!左下後ろ!」

「オーライ兄弟!」

ラルフの指示に合わせて蹴りを入れる。


 大元の触手がピンポイントで出現し、カリーナの進行を阻害していた触手が一気に散らばった。

「エタニティ!!」

テレーゼのマリオネットが触手を集め、一つの道を作った。


 カリーナは道をかけ上がる。覚悟はいらない、決意もいらない。ただ、自身の出来ることをやるだけ。

「……届け」

ジョセフが見えた。カリーナは左腕で彼の顔面に掴みかかる。


 謎の障壁が彼を護る。神速の斬撃でラインハルトがジョセフを怪物からの摘出を試みるも、彼の尾てい骨から後頭部にかけて怪物と繋がっている管が離れなかった。

「ラルフ」


 ラインハルトの指示でラルフがピンポイントに銃撃をおこなう。被害なし。そうこうしているうちに再び海中から触手が伸びだしてきた。

「カリーナ、撤退だ」

「……了解」

四人は触手を出来るだけ排除しながら最終防衛ラインである港へと戻る。



 左腕に水をかけてクールダウンしながらラインハルトが尋ねる。

「お前にしてはやけに素直だな、カリーナ」

「私のデータベースにある全ての方法を試してあの障壁を突破出来なかった、だったら退くでしょ?」

「正論だな」


 合流したラルフが言う。

「だがどうする?ジヤヴォールを混ぜた弾丸で突破出来なかったとなると、本格的にアレは神を越えたことになるぞ」

「というか、兄さんの剣が通らなかった時点で対抗策ほとんどなくない?」

「……たしかに!」


 テレーゼがマリオネットに抱かれながらやって来た。

「まあ、目的はアレを倒すことじゃなくてこの大陸の浄化作業なんだし。装備も完璧ってわけじゃないし」

「俺と父も本当はそのつもりだったんだが……見てくれ」

ラインハルトが怪物のジョセフがいるコア部分を指さす。


 海淵から伸びている管を流れる黒い奔流はジョセフにたどり着き、そこから彼を通して怪物全体に行き渡り、この大陸へとゆっくり移動を開始していた。

「この大陸を根城としていたようにうかがえる」

「いやそれはわかってるのよ?でもさ、打つ手なしとなると千日手になってさ、負けるのはこっちじゃん?」


 四人は首をひねって唸るしかなかった。

「あのジョセフという男は怪物のコアパーツであるが、おそらく彼自身の意識はもうない」

「あの黒いなんかは何?」

「怪物のエネルギー源なんじゃない?」

「人間で言う大動脈と大静脈みたいな?」

「そうそれ!ラルフ兄さんかしこーい!」


 ラインハルトはしばし怪物を見つめる。

「では、ジョセフが心臓の役割を果たしているとしよう。だとすると、大静脈はどこだ?」

残りの三人も怪物の大静脈を探す。だが見つからない。

「混乱させるようで悪いが、脳はどこだ?」

四人は再び首をひねる。



 ホルストがやって来た。

「困っているようだな。残念だが私も困惑している」

ラインハルトが提案する。

「父上、かつての一族と同じく封印ならば現状でも可能であります。ですが殺害となると……」

「わかっている。アダムとイブラハにも声をかけた。人類の総力戦に持ち込みたいが……到着は速くとも夜明け後だ」


 ラインハルトが尋ねる。

「ラルフ、現在時刻と予想夜明け時刻は?」

「現在午前2時37分。日の出予想時刻は……この場所だとおよそ午前4時30分」

「二時間か……テレーゼ、マリアヌ王国首都の状況は?」

「大混乱も大混乱。国王は心労で倒れるし、貴族達は総出で逃げ出そうとしてるし、火事場泥棒多発だし!救援は期待出来ないわ」


 ラインハルトは顎を押さえながら少し考える。

「あと約二時間持たせる方法か……俺達の戦闘能力にも限界はあるしな……」

「アリスとアリシアは?」

「……そうだ。父上、妹はどこに?」


 ホルストは杖で地面をトントンと叩き、空中に立体映像を出す。

「現在我々のいるポイントがここ、チャレンジャー港。ムー大陸の西端だ。そして、アリスとアリシアがいるポイントが……ここ」

ホルストはムー大陸の東端を指した。


 カリーナとテレーゼがため息をついた。

「だがひとつだけ幸運がある。彼氏も一緒だ」

それを聞き、ラインハルトは左腕をさする。



 あの日以来、あらゆる感情を過去のものにしたラインハルト。とはいえ、人生の分岐点に立ちはだかり、自身の行く末を大きく変えた彼に思う所がなくなったかと言えば嘘である。


 故に、ラインハルトは無意識に左腕をさする。それはラルフもテレーゼも同じであった。二人はラインハルトに比べれば軽傷で済んだが、その心は深く抉られていた。


 今思えば、あのあと彼を使って人体実験をしたのはちょっとした復讐の意味もあったのかもしれない。自分たちの身体だけでなく心も傷つけた復讐。だから必要以上に痛め付け、必要以上に心にダメージを与えた。


 彼のことは良く知っている。強さという点から言えば、彼より頼りになる人物は数えるほど。……こんな状況で再会してしまうことを呪うべきか、祝うべきか。どちらにせよ、数が多いことに越したことはない。



 ラインハルトはホルストに言う。

「……連れてきてください。アリシアとアリスと、彼を」

「本当にいいんだな?」

「えぇ。彼とはもう一度会いたいと思っていたんですよ、『義理の兄』として」

ホルストは静かに頷き、地面に杖を突き刺した。




 星明かりしかない暗い荒野を一組の男女が歩いている。目指す方角は西。その姿はまるで新約聖書に記されているキリスト生誕に出てくる東方の三賢人ようであった。

「ねぇ、あなたはどうして私についてきてくれるの?」

「俺はさみしがりやなんだ、一人は怖くて、悲しくて、寒い」


 女は男を後ろから抱き締める。

「私は二人分だ、あったかいぞ?」

「あぁそうだな……あったかい、とても」

一人の人間が経験するにはあまりにも壮絶すぎるものを背負ってきた男。その氷に閉ざされた心を溶かすことのできる人間はあまりにも少なく、彼女はその一人だった。


 男女は同時に西の彼方を見つめる。

「……『開いた』」

「あそこだな」

「しっかり掴まっててね」

「あぁ、離すものか」

アリスは力を行使し、ホルストの元へと移動した。




 ホルストは四人に言う。

「道は出来た。75秒稼げ」

「150秒でよろしいでしょうか?」

「最低時間だ、稼げるに越したことはない」

「御意」


 ラインハルトとカリーナが率先して前に出て怪物のヘイトを集める。ラルフがそんな二人の援護をし、テレーゼがホルストの護衛を任された。


 ラインハルトとカリーナは個々が自由に動いたとき、最大限の能力が発揮される。対してラルフとテレーゼは他者と組むことでシナジー効果が現れる。なので、ラインハルトとカリーナが好き勝手やっている横でラルフとテレーゼが兄と姉に合わせる時、この兄妹は最高の状態になる。


 だがこれは完成ではない。最後のピースが欠けている。その最後のピースは遠目で見ても気にならないが、違和感がつきまとう。それ自身と近くで見ているものならば尚更だ。完成された状態、ホルストとアンジェリカが望んだ景色はまさしく『それ』である。



 ラインハルトは数十秒間海中に潜伏し、怪物の根本を探す。深く寂しい海淵。あらゆる生命体の根源誕生の場でありながら、既存の生命体を否定する矛盾した場所。怪物はそこからやって来ていた。


 試しに単独限界潜水深度まで行き、切断を試みる。外装とも言える触手は破壊できるが、やはり管は切断出来ない。しかし収穫はあった。ラインハルトは浮上する。


 カリーナはジョセフに対して執拗に攻撃を加え続ける。先程の密接攻撃でわかったことがある。それはジョセフやその周囲に攻撃を加えている間は破壊された触手の再生が遅れるということだ。


 確かに今のカリーナ達にこの怪物を屠るだけの力はないのかもしれない。しかしその行いは決して無駄ではない。それだけでカリーナの心には火が灯されるのだ。



 ラルフの佐伯に壊された片足は決して治らない、治さない。ラルフは科学者であり、細菌保管者である。体内に数兆種類の細菌や微生物を宿し、共存している。そんな彼に与えられた傷は、とある可能性を与えた。『不老不死』だ。


 片足の傷口から体内に侵入した細菌はラルフが元々所持していた細菌と科学反応を起こし、彼の細胞を活性化させている。永遠に不自由となった片足の代わりに得たものは、永遠の苦しみだった。


 しかしラルフは恨んでいない。逆説的に、こうして偉大な『矛』である兄と姉の『盾』としての役割をこなすことが出来ているのだから。ラルフは蘇る、誇りと希望を捨てぬ限り。


 テレーゼ。彼女は子を宿せぬ身体である。佐伯の仕業だ。彼の憎悪に満ちた剣がテレーゼの腹を貫いたことにより、その憎悪に彼女は苦しめられる。


 しかし彼女はこれで自らを偽ることをやめた。『理想の男性』を求めることをやめた。テレーゼは、『永遠』の男性を造りあげた。それこそ彼女が一から造り上げたマリオネット『エタニティ』。


 テレーゼは永遠を求めた。どこまでも自分の傍にいる、機械仕掛けの神を。エタニティの魂は、テレーゼの魂。テレーゼの心は、エタニティの心。操り師とマリオネットでありながら、そこに主人と従者の関係はない。


 二人は護り続ける。世界を、家族を、永遠を。



 ホルストは虚空に語りかける。

「アンジェリカ、見ているか?息子達は立派にやっているよ。親離れというのは、なんとも悲しいものだ」

杖を引き抜く。

「……さて、末っ子の『独り立ち』が迫ってきた。君から娘にかける言葉はあるかな?」


 ホルストは目をつむり、優しく微笑む。

「……そうか、わかったよ」


 ホルストは振り返り、道に従ってやって来た陽介とアリスを見る。

「久しいな、二人とも」

「いえ、『三人』です」

陽介がそう言うと、ホルストは満足そうな表情をした。



 アリスと陽介はホルストの前でひざまずく。

「アリス・シュタインベルク、アリシア・シュタインベルク、ヨースケ・サエキ。世界のため、家族のため、馳せ参じました」

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