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再審の男  作者: 藤澤トオル
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ワールド・トリガー

「この最低最悪な世界が出来たのは約1000垓年前。あなたに宿る『    』から『原初』が産まれて成長し、創りだされたのがこの世界。世界はその原初の名から、『フィルモア』と付けられた」

「フィルモア……知らない名前だ。どの神話からだ?」

「馬鹿?神話とは人が紡ぐもの、神とは人の意思が至らぬ場所に誰かが影響を及ぼしていると『勝手に』定義されたもの。フィルモアは違う、人からの認識があるか否かは関係ない」


 ジョセフはカリーナが無防備であることに気づきながらも、その話に聞き入っていた。

「フィルモアは時の流れに任せ、その成り行きを見守っていた。やがてある場所に『自意識を持つ者』が産まれた。フィルモアはそれを『数字』で管理することにした」

「……レベルとスキル」

「そう。レベルやスキルの数字上昇がもたらす効果は、フィルモアが与えた、世界へのアクセス権限とも言い換えられる」


 カリーナは指をパチンと鳴らし、掌に火の玉を作り出した。

「これもまた、フィルモアが許した力。数学、化学、物理学、生物学、経済学、文学……道筋が違うだけで、全てフィルモアへと至らんとする人類の業に代わりないわ。『学問の目的は真理の探究である』とは良く言ったものね」


 カリーナは火を消し、ジョセフの触手を掴む。

「あなたが言うクトゥ……なんだっけ?」

「クトゥルフ神話だ。H・P・ラヴクラフトという男が夢で見た宇宙的恐怖達が人々の間で語りつがれ、いつしか神話のようなものになった」

「そう、それもフィルモアへの至り方。きっとその男性は『たまたま』夢でフィルモアの一端を見たのね」


 ジョセフは反論する。

「だがクトゥルフ神話では外なる神という神性の中に、『この世は全てその者の見ている夢』という神がいる」

「平行世界全て含めて『フィルモア』よ?フィルモアとは『有』。『有ること』が、フィルモア。夢から醒める、という行為をする者がいるということがフィルモアの証明。世界の区切りは『有』。同一の『有』であるなら、それは同じ世界」

「だがその者は神で」

「何度も言わせるな、神は人と共にあるもの。確かに神は人のことなど知らない。だが『神』である以上、人との関係は断てない。……もっとも、平行世界全てから人を消すことは無理だけどね」



 触手はカリーナを振り払い、それに呼応する様にジョセフが言う。

「そろそろ本題に入ろうか。なぜ『壊れた』?」

カリーナはジョセフの心臓と自身の右目を指さす。

「トリガーは三つあった。一つ目は私の右目にある、『魂の道筋』。全ての魂を浄化させることによって世界を強制的に廻す。二つ目は妹の左目にある、『時空間操作』。時間と空間、二つを同時にめちゃくちゃにすることによって世界を繋げる。三つ目はあなたを殺した神が持っていた『何か』」


 ジョセフは自身の心臓を触る。

「まさか……俺のせいか?」

カリーナは何も言わず頷いた。

「俺が壊そうと思った世界は……俺を殺した奴が壊した……俺のせいで?俺が壊したのは、世界ではなく世界を壊した男……?」

「あなたは世界の崩壊を助けたに過ぎない。あなた自身は、世界を壊すには至らなかった」


 ジョセフは目を見開いてカリーナに尋ねる。

「世界が壊れて何か変わったか?」

「何も?」

「壊れたのにか?」

「そう。フィルモアはそれもまた『良し』とした。人間なら調和を保とうとし、『あるべき姿』へと戻ろうとする。しかしフィルモアはそのままにした」


 俯くジョセフ。世界を壊せば何かが変わる、そう信じていた男へ唐突に突きつけられた現実は、あまりにも無情なものであった。



 カリーナはそんなジョセフの肩を叩く。

「ここまでフィルモアの話。ここからは、『この空間』の話」

「……え?」

「だってそうでしょ?フィルモアにとって私達のいるこの世界は数ある世界の一つに過ぎない。花畑から花を一輪摘み取られても、花畑は生き続ける。それと同じ」


 カリーナは地面に石を置き、空中に立体映像を映し出す。

「これはとある男が造り出した『害意の集合体』。31416の絶望に満ちた魂を集めることにより、これは『作用』する」

「なんのために造ったんだ?」

「世界の終わりを見るため。しかしてそれは力の一端。彼すら知らなかった真の機能は……」




 

 ジョセフはどす黒い、悪に満ちた、少年の様に輝かしい瞳でカリーナを見つめながら尋ねる。

「……それはどこにある?」

「恐らく今は『始まりの地』に」

「……とんだ食わせ者だな。まるで『輪廻転生』のようだ」

「一になった者には責任が伴うものよ」


「では俺が一となり、再び零へ戻ろうではないか!!」

「……フフフ、フフフフフフ。アハハハハハハ!!!そう!それでこそよ!!!始めましょう魔王ジョセフ!!私とあなた、どちらが正しい歴史を紡ぐべきなのか!!」


 カリーナとジョセフの頭が同時に吹き飛んだ。頭のない二つの肉体が同時に爆発。辺りを不浄の光で包み込んだ。地面から螺旋状に伸びた数本の触手が花が咲くように開くと、中からフードを目深に被ったジョセフが現れた。


 ジョセフはフードを脱ぎ、天に人差し指を向ける。空のある地点に向かって触手が伸びた。ジョセフへ鮮血が降り注ぐ。その直後にジョセフの心臓は女性の手により貫き出された。

「まだだ……まだ終わらせない!!」

「そのつもりよ!」


 カリーナは心臓を握りつぶしながら手を引き抜き、ジョセフの首をはねる。ジョセフもまた、首がはねられる直前にカリーナの脳天に触手を突き刺していた。


 再出現したカリーナは開いた触手の中にいるジョセフの頭をチョップで縦に割るも、心臓に触手が突き刺さる。血反吐をはくカリーナ。しかしカリーナは笑みを絶やさない。

「もう終わり?」

「そんなはずないじゃないか」


 触手がカリーナの喉から体内に入り、その身体を内側から破壊し尽くす。カリーナは弾け飛び、ジョセフはその血を全身に浴び、恍惚とした表情を浮かべた。

「あぁ……誰かの身体と心を貫く度に、俺の心が満たされていく……こんな気分はいつ以来だろう」

「きっとそれは初めての『殺し』以来。誰かの生を犯すことにより、自らの生に実感を得る……違う?」

「君にもそんな経験が?」

「私ではなく、私の上の妹が。自分含めたすべての生をマリオネットの如く操るのが好きな、悪趣味な妹でね。うっかり『殺しちゃった』ことがあるの。そこから聞いた話」



 ジョセフは自身の背に立ち、本をめくりながら語る女に裏拳をかますも、女はいつの間にか自身の背後に移動していた。

「やっと自分の手を汚す気になったわね。それでこそよ、『キングジョー』」


 ジョセフの触手がカリーナの残影を貫いた。

「フィルモアの別世界では『メシア』なる存在がいたとか。かの者曰く、『人はパンのみにて生くるものに非ず』……5つのパンと2匹の魚で千人の腹を満たす男の言葉よ」

「……紛れもなく俺がもといた世界だ」


 カリーナはジョセフに囁くように出現。

「本当に?」

ジョセフは幻影を振り払うように手で空をかっ切る。

「そんなに慌てないで?世界の手綱は握りたくないの?フィルモアで3つの生命体しかいない『引き金役』であることをやめたいの?」

「黙れ!!!」


 ジョセフは触手を操り自身の周囲を隙間なく八つ裂きにする。鮮血は散らなかった。カリーナはジョセフの頭の上にひらりと着地し、ページをめくる。

「オリヴァー・ヴィトン曰く『強者とは力ある者ではなく、力の使い方知る者なり』。あなたはどっち?」


 ジョセフは自身の頭を巻き込んで触手で凪ぎ払うも、カリーナを巻き込めなかった。徐々にカリーナが押しはじめているのだ。

「かわいそうなジョセフ、無理をしないで」

頬を優しく撫でられた。幻影を切り裂く。

「あなたはあなたのままでいいのよ」

優しく抱きしめられた。幻影を貫く。

「その心を解き放って」

耳元でささやかれた。幻影を砕く。

「誰もあなたを責めやしないわ」

身体の力が抜けていく。幻影を呑み込む。



「終わりにしましょう」


 ジョセフは力が完全に抜け落ち、崩れるように触手の花に呑み込まれていった。カリーナはジョセフが呑み込まれる前に腕を突っ込んで頭を掴み、引っ張り出す。

「そんな美味しい話があるわけないじゃない。『続行』よ」


 カリーナはジョセフを投げ飛ばし、その脇腹に蹴りを入れる。

「なぜ力を求めた?なぜ力を取り戻そうとした?なぜヨースケ・サエキから力を奪った?なぜその力を棄てようとした?その罪深き所業は背負った十字架となり、汝を永久に苦しめるであろう!」


 カリーナは舞台役者の様に大袈裟な身振り手振りをつけながら喋り続ける。

「我らは皆罪人、神の国へは行くことが出来ぬ!リンボを永久にさ迷う亡者となりはて、救いを待ち付ける乞食となるであろう!」


 カリーナは首だけ動かしてジョセフを見る。

「あなたは力を手に入れてどうしたかったの?正義感を満たしたかった?無双する自分に酔いたかった?自分の存在証明をしたかった?弱者だった自分を装いたかった?」


 ジョセフはカリーナの瞳に写る、醜い自身の姿に気づいた。黒いコートを纏っていてもわかるその醜悪な外見。ただれたように歪んだ顔の皮膚は煮え立ち、何かが吹き出した跡からは嫌悪感をもたらす触手が蠢いているのが見えた。右目はカタツムリの如く飛び出し、絶えず何かを探し求めるように動いている。


 枯れ果てた老人のようだった手には鍵爪が生え、苔むしたような緑とカビに侵されたような黒に染まっていた。脚は完全に人のものではなく、まるでタコやイカのような軟体動物のものと相違ない物に変わり果て、ドロドロと溶解をし始めていた。



 腰が抜け、地面をはうように後ずさるジョセフ。カリーナは手を大きく広げ、ゆっくりとジョセフに近づいていく。

「あぁ、自身の『罪』に気づいてしまったのね。終着点に気づいてしまったのね。求めたものが間違いであることに気づいてしまったのね」

「みっ……みるな!!その眼で俺をみるな!!!!」

「どうして!?視なければ決まらない!私とあなた、どちらが引き金を引くのか!」


 ジョセフは何かを振り払うように手を振る。

「いやだ!俺が求めたのはこんな力じゃない!」

「違う!あなたが求めた力の結末こそ!その姿!……良かったじゃない、クトゥルフ神話の神々に近づけて!!」

「近づこうとはした!!だがこれは……醜すぎる!!」


 カリーナはジョセフの手を掴み、頭突きをしながらジョセフを地面に叩きつける。

「然り!!力持つ者は美しいけれど、力を求めることは醜いこと!あなたは醜い!」

「うわぁぁぁぁ!!!」

正気を取り戻した狂信者は狂気の権化のような女を突き飛ばし、その場から逃げだす。


 カリーナは口に入った土をつばと一緒に吐き捨てながら頬を手の甲で拭く。

「逃げないで、愛しのジョセフ。私達は互いに出会うため産まれてきたのよ?」

「違う!違う違う違う違う!!!俺はジョセフ・イイジマ・キングストン、日本とイギリスのハーフ!この世界なんて知らない!!」


 ジョセフは焼け焦げた男性の死体につまずき、顔面を削り取られた。起き上がりながら死体を見る。死体は呟いた。

『オマエノセイダ』

ジョセフは男性を触手に食らいつくさせ、再び走り出す。



 焦土を抜け、被害のない住宅地が見えてきた。顔のない兵士がジョセフに言う。

『オマエガコロシタ』

ジョセフは民家から触手を生やし、兵士を食い散らかす。走る。


 母親に抱かれ、民家の二階からこちらを見ている赤子がいた。

『オマエハツミブカイ』

ジョセフは母親の体内から触手を生やして食い破らせ、赤子を八つ裂きにした。逃げ惑う。


 屋台の店主が言う。追いかける衛兵が言う。逃げる女性が言う。守る男が言う。無垢な子供が言う。

『オマエハミニクイ』


 鏡に写る自分が言う。

『クルシメ、ジョセフ』

「黙れぇぇぇぇぇ!!!」

ジョセフは全てを壊した。壊れた自分を誤魔化すように。



 壊れていない女がジョセフの心臓に剣を突き刺す。

「これがあなたの罪。あなたが奪ってきたものたちの姿。あなたが壊してきたものたち。あなたの十字架」

「……あ」

剣が突き刺さったままジョセフは港へと走る。

「海だ!!クトゥルフよ、ダゴンよ、ハイドラよ!!我を救いたまえ!!!」


 その言葉をきき、カリーナは慌ててジョセフの首を切断する。殺しきれない。

「こいつ……魂がすでに『喰われた』?……いや、まだだ!!」

カリーナは切断面に手を突っ込み、核爆発を起こす。


 止まらない。絶え間なく再生し続けている。

「あははははははは!!!!!やった!神はまだ俺を見放していなかったんだ!!信じるべきはあの男じゃない、クトゥルフの神々だったんだ!!ははははははは!!!」


 カリーナはその白い服がジョセフと自身の鮮血で染まるほどの勢いで壊し、壊れていく。ジョセフにその自覚はないだろうがカリーナにはわかる。彼が向かっている先は『世界の口』。


 

 そこは、佐伯のいた世界ではマリアナ海溝と呼ばれる場所である。もっと厳密に言えば、通称世界の口と言われている場所はチャレンジャー海淵にあたる。つまり、この惑星において最も『中心に近い』場所である。


 地理的には日本列島の東南部、つまり太平洋に存在する。太平洋プレートとフィリピン海の境界に位置し、その深度は陸上において最も高い山であるエベレストをひっくり返してもお釣りがくるほどである。


 科学技術の発展により海底探査が始まって以来、チャレンジャー海淵の調査は何度か行われてきた。人類が抱き続けていた海への憧れ、その最高峰は今もここなのだ。


 クトゥルフが眠るのはここではなく、陸から最も遠い場所『到達不能極』に近いルルイエだ。しかし創作であるクトゥルフ神話においては、その神秘性から時折話題にあげられる場所がチャレンジャー海淵である。



 ジョセフが目指しているのは『そこ』だ。カリーナはやっとジョージが言っていた奇妙な出来事の真相が理解できた。情報収集を怠ったツケがここに来て全部回ってきた。まさかこんな結末になるとは。もっと上手くやれたのではないか?後悔は死んでからすればいいとは言ったものの、後悔せずにはいられない。


 カリーナは渾身の力でジョセフだったものを破壊する。裂け目から銀河が見えた。銀河の先にいる何者かはカリーナをにらみつける。焦点が定まっていないような印象を受けるが、その苛立ちと殺意が向けられている方向だけはわかる。


「……私か?それとも『これ』か?」

自嘲的に笑ったカリーナは海から伸びてきた触手に四肢を拘束された。ジョセフはそんなカリーナを気にせず海にたどり着いた。



 ジョセフは海に入り、海溝へと歩みを進める。銀河に海水が入る度に彼の身体の崩壊は進んでいった。全身が埋まる頃、ジョセフは触手に召しあげられ、海溝へと誘われた。



 壊れた世界は狂った。

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