シー・ユー・アゲイン・サムデイ
長い長い廊下を進んでいく。行政区画の中でも端にある『隔離棟』へと向かっている。余程の事がない限り決して使われることがなく、人の出入りも滅多にない。
途中でジネットが合流したが、彼女もやはりいつになく真剣な様子であった。騎士長とジネットが先導し、佐伯とアリスがその後ろをついていく。ひたすら静寂が続いていた。四人は皆、その空気に身を任せて足を前へと進めていた。
騎士長が不意に静寂を破ったのは、隔離棟に入ってからだった。
「……君達が帝都に帰還してから、まだ2日程だったな。今回の件が発覚したのは、約10日前。君達が捜索をしていて連絡が取れなかった頃だ」
「……発見者は東部にある港街の一角に住む、とある漁師。調査によると、過去に関係があったわけではない」
そうジネットが言い切るタイミングで騎士長とジネットはとある扉の前で立ち止まった。ジネットがノブに手をかけ、騎士長は佐伯とアリスに振り返って言う。
「もう一度言っておく、今回の件は隠していたわけではない。君達が捜索中に発覚したことだ。……どうか、皇帝陛下やジネットに怒りを向けないでくれ」
佐伯とアリスは、ゆっくりと頷いた。それを確認したジネットが分厚い鉄の扉を開けた。
ジネットが部屋の明かりをつける傍ら、残りの三人は部屋の中央に置かれた手術台めいたテーブルを見下ろす。
「……確認してくれ。『これ』か?」
手に極薄の防御魔術を張りながら、佐伯は『それ』の色を確認する。淀みのない綺麗な碧色だった。アリスは佐伯のポシェットから保管液に入った『目玉』を取り出し、比較する。
アリスは何も言わず、目を閉じて頷くだけだった。佐伯は震える手で『それ』を優しく撫でたあと、目を強くつむり、絞り出すような声で言う。
「……はい、『彼女』です。私とアリスが探していた『マリー・デュカス』で間違いありません」
「……そうか」
騎士長とジネットは相づちをし、静かに部屋を出た。
改めてマリーの遺体を確認する。この際、自然放置による腐食や海水による遺体損傷には目をつむろう。それでも……どうして全身の皮を剥がされた?どうして頭髪の類いが見られない?どうして片足がない?どうして右腕が歪な形をしている?どうして穴だらけなんだ?どうして下腹部が破壊されている?どうして、どうして、どうして……。
なぜか佐伯に怒りはこみあげてこず、ただひたすら悲しみと無力感、後悔の念がいっしょくたになって襲ってきた。何のために頑張ってきた?何のために全てを壊した?何のために生きてきた?
「……もういいや」
おもむろにナイフを取り出し、首をかっ切ろうとする佐伯。アリスはすぐさま佐伯を止めた。
ナイフを取り上げて壁に向かって投げて刺したあと、佐伯の顔面を地面に押し付ける。
「やめなさい。あなたは自分の命を粗末に扱っていい人間じゃない。それは堕ちるところまで堕ちた人間にのみ許される行為、ヨースケみたいな半端者がやっていい事じゃない」
「そうだ、俺は昔から半端者だ。何をしても中途半端で終わって、他人から得た技術も結局猿真似でしかない。そんな半端者はいないほうがいい」
アリスは佐伯の頭を持ち上げ、地面に叩きつける。
「目を覚ませ。死んでもマリーに会えるとは限らない」
「そんなことわかってる。生きる意味を失ったから死ぬ、それだけだ。なんだったらアリスが殺してくれ」
再び叩きつける。鼻血が流れ出るが意に介さない。
「殺してもいい。でもあんたを殺しても損にしかならない。生きるためにあがき続ける。それが人生だ」
「……なんか、疲れちまった」
アリスは頭をかいてため息をついたあと、膝をついてうなだれる佐伯の首に狙いを定めて右手を高く掲げる。
「……本当にいいの?」
「ひと思いに頼む」
アリスは左目を起動して右手が空間ごと破壊出来るように設定。アリスは再び問いかけようと思ったが、佐伯の顔を見てやめた。その目は、最早生きていなかった。
「ヨースケ、あんたには失望したよ。もうちょっと足掻いてくれると思ったのに……じゃあね」
アリスは無感情に手を振り下ろした。
佐伯は驚異的な反射速度でアリスの腕を抑える。それでも完璧に防ぐことは出来ず、佐伯の腕が削られた。
「……一つ確認したい。俺が足掻いたら、どうなる?」
「私は可能性を示すわ。希望なき者に可能性を示すのは酷というものだし。でもヨースケは希望を捨てた。死ね」
アリスは右腕に力を入れ、押し込む。
しかし腕は全く動かなかった。アリスはその目を見る。先程までとは違う、確かな意思のある瞳をしていた。ジヤヴォールと接続し、淀みがかった右目からも輝きを感じた。アリスは腕の力を抜き、それを確認した佐伯も手を離す。
アリスは手をプラプラ振りながら言う。
「いい?この可能性は『生き返らせる』可能性じゃない。マリーと『別れを告げる』可能性」
「構わない」
「あなたはジヤヴォールの力を失う」
「問題ない」
「失敗するかもしれない」
「望むところだ」
アリスは目を閉じ、深呼吸する。こういうところだ。こういうところがマリーとアリシアを惹き付けたのだ。アリスもまた、希望を抱き続ける姿勢が好きなのだ。例え諦めたとしても、すぐに新たな希望を見いだすのが良いのだ。
アリスは目を見開き、佐伯の両肩を掴む。
「チャンスは一度。成功するかもわからない。何も残らないかもしれない。それでいいなら、私は全面的に協力する」
「それでいい。頼む、マリーに会わせてくれ」
その顔つきは、アリシアと開拓者を始めた時やイーリスと共に北へ赴く時と同じ、決意と希望を持ったものだった。
「わかった。早速始めましょう」
アリスの話は、何も知らぬ者が聞けば突拍子もないものだと笑われるようなものだった。佐伯がジヤヴォールを通してアリスの左目に宿る力を行使し、強制的に死後の世界とこの世界を接続。ジヤヴォールの消失させる力を反転利用し、マリーの魂を引っ張り出す。その魂をあらかじめ補修したマリーの身体に入れ直す。
……馬鹿馬鹿しいといって過言はない。この話を聞いて信じられるのはまさにこの二人くらいだろう。しかも佐伯とアリスの共鳴、力の反転、魂の牽引、マリーの肉体補修など、問題は山積みである。しかもたとえ成功したとしても、世界の修正力のせいでマリーの魂が現世にいられるのはせいぜい5分といったところ。アリスの言葉に嘘はなく、どこまでも可能性の域を出ない話なのだ。
佐伯はマリーの頬を撫でる。腐り果て骨が見えるその頬は、もはや物質でしかない。
「……それでも、俺はやるんだ。マリーに、もう一度」
アリスがジネットに頼んで足の複製を持ってきた。まるで『少し前まで生きていたかのように』肌に生命力が感じられる。
「適合率は?」
「師匠曰く、『100ではないが、近い値になるようにした』」
「ってことは問題なしだな」
佐伯はマリーの傷口に触れる。大分汚染されていて、単純に接続するのでは上手くいかない。
「……すまん。少し痛むぞ」
佐伯は部屋にあったノコギリで傷口を切除する。先程よりは少しマシになった。少しずつ、慎重に繋いでいく。……結合完了。額から流れ出た汗を医療ドラマさながらにアリスが拭う。
深呼吸したあと、佐伯はマリーの右腕を確認する。骨折と脱臼。まず脱臼から処置していく。関節部分にある袋が破れたのだろう、伸びきった靭帯のせいで関節は炎症を起こしたようになってしまった。しかしまだだ。佐伯は骨折箇所に手を突っ込み、その構成物質を繋ぎ合わせ、仮止めする。
アリスと交代。浄化魔術と治療魔術を使用し、胴体部にある穴と下腹部の打撲跡、足の結合部と右腕を治す。
「……確認おねがい」
佐伯が手を突っ込んで『高速学習』。手を抜いたあと、佐伯は深く頷いた。
アリスはほっとため息をつき、水を飲む。氷をガリガリとかみ砕きながら言う。
「これで内部は終了。あとは皮膚と頭髪だけど……一任するわ」
「助かる。次に備えていてくれ」
アリスは椅子に座り、腕と足を組んで佐伯を眺めることにした。
佐伯は天を仰ぎ見て、かつての記憶を辿る。彼女といた時間は決して長いものではない。しかし、その一日一日はいまでも鮮明に覚えている。最初に彼女を助け、その後協力関係となった頃はこうなるとは微塵も思ってもいなかった。
いくつかの仕事をこなして少しずつ慣れてきた時、二人は互いがかけがえのない存在であることに気づいた。
その直後、佐伯は完全に『壊れた』。きっかけは異界の魔物の記憶を得ようとした自業自得。その肉体は、亜人含める人類種とは言い難いものになってしまった。人の形をした、人間に似た思考回路を持つ『何か』に成り果てた。
だからこそあの戦いでも単身本拠地に乗り込み、勝利をおさめることが出来たのかもしれない。しかしその代償はあまりにも大きく、たった数日のために一年もの休養を要した。
それでも佐伯が生きることを止めなかったのは、一重にマリーのためであった。地獄の一年が終わったあと、二人は再び出会えた。
佐伯は死体の右目部分にある空洞に自身の所持していた目玉をはめ込む。
「……本当は最初から『救い』を求めていたのかもしれない。開拓者をやめざるをえず、『壊れかけ』だった俺を受け入れてくれるような人間を。……お前は『壊れた』俺も受け入れてくれた。今度は、俺がお前の救いになる」
佐伯はマリーの肉体を完全に再生させた。寸分違わず、カルロスと戦う前のマリーである。佐伯はその頬を再び撫でる。体温は感じられないが、その質感は彼の知る彼女と同じだった。
アリスはその背中に問う。
「力を追い求めていたあなたは、力を失う」
「俺の力は俺が決める。壊すも救うも、俺次第だ」
アリスは目を瞑って微笑を浮かべたあと立ち上がり、その肩を叩く。
佐伯は振り向き、アリスの心臓部に手を置いた。
「最後に聞きたい。お前はいいのか?」
「それ今さら言う?勿論いいわよ。理由はそうね……成功したら教えてあげる」
その言葉をきき、佐伯は気合いを入れ直した。
ジヤヴォールを纏わせた右手がゆっくりとアリスの中へ入っていく。慎重に動かし、左目との回路を探す。
「……いくぞ」
アリスは頷き、左目を起動した。
とてつもない情報量が佐伯を襲う。予想以上の情報に圧倒されかけたが、すぐに立て直す。左手を横に向け、ジヤヴォールの通り道を作る。これでいくらか軽くなった。空間を歪め、時間の概念を壊していく。……開けた。
「こっからだな」
『おいおい、ちょっと待て』
佐伯は黒で塗りつぶされた空間に誘われた。しかも、左手を掴まれている。佐伯はそれを気にせず左手をさらに押し込む。びくともしなかった。
「離してくれ」
「駄目だ。いくら『 』と言えど、これに関しては俺の管轄だ」
死神は握る力を強め、佐伯の腕の骨をへし折る。
苦痛に顔を歪めるでもなく、再び押し込む。
「お前に与えられているのは『強制停止権』と『裁判権』のみ。まぁ、『時空間操作』には目を瞑ってやる。だが『死後の世界へのアクセス』だけは許されない」
「なぜ?」
「俺が許さないからだ」
死神は佐伯の右目に人差し指を向ける。
「日本神話のイザナミが死んだ話、知ってるか?」
「イザナギが黄泉の国まで行ったが、逃げ帰ってきたやつだろ?」
「そう。あの時は境界をただの石で塞いでいた。だから『生きている人間』への道が出来ていた」
死神は指を佐伯の右目に突き刺す。佐伯は首をひねって辛うじて回避。
「あの事件は最悪だった。お陰で当時の管理者はイザナミに席を譲らざるをえず、左遷させられた。しかもそのせいで体制が一新された。本当に面倒だった」
「思い出話に付き合う気はないんだが」
「こりゃ失敬」
佐伯は拘束を解こうとするも、逆にカウンターを喰らう。鼻血が流れ出た。死神は手をプラプラと振りながら言う。
「結論から言おう。入るようなら、お前の裁判を切り上げて略式的に刑罰を与える」
佐伯は右手で死神の首を締める。
「俺は黄泉の国には入らない。魂を現世に呼び起こしはするが、生き返らせるわけじゃない。『どけ』」
死神は佐伯の右手を壊す。
「立場を弁えろ。勘違いしてるようなんで言っておく。俺は確かにお前の楔を外せないが、契約を許可したのは俺だ」
「……は?」
「当たり前だろ、お前の生殺与奪権及び再審権は俺がオッサンから委任されてんだ」
死神は佐伯の膝横に蹴りをいれ、強制的にひざまずかせる。
「オッサンに掛け合おうとしても無駄だからな。アイツに俺の権限を『剥奪する』権利がない」
「そいつが……与えたものなのに?」
「そうだ。オッサンでは管理しきれないから俺に託された。生界と死界、その狭間を繋ぐ役目は俺だけだ。ハデスだろうがオーディンだろうが、閻魔だろうがサタンだろうがYHVHだろうがそれだけは出来ない。全知全能でも、絶対存在でも、無理だ」
佐伯は死神を見上げながら尋ねる。
「そんな奴が……どうして……俺に構う?」
「仕事だからだ。なにもお前だけを見てるわけじゃない、あらゆる生命、存在、概念を見ている。たまたまお前にいるだけだ。自分が世界の中心だとでも思っていたのか?恥を知れ」
死神は佐伯の右目に指を突っ込み眼球を抜き取ろうとする。
しかし佐伯は抵抗し、死神の腕を掴む。
「話を戻す!マリーの魂を一時的に持ってくるだけだ!どいてくれ!」
「入ろうとする腕はこれか!?そうだろ!!」
死神は佐伯の左腕を何の抵抗もなく引きちぎる。痛みはないが、精神的に『何か』を失った気がした。
なおも佐伯は引き下がらない。
「6分、いや3分でいい!アイツに会わせてくれ!」
「その3分は、未来永劫続く『完全なる死者蘇生』の楔だ!!」
立ち上がろうとした佐伯は足の骨を奪われた。
死神は深呼吸して腕に力をこめ、引き抜く。
「全てだ」
死神の手が止まった。
佐伯は左目から閃光を散らし、死神を見据える。
「『ジヤヴォール』の楔を抜く。お前の言う『何か』を返す。そのうえで、俺の全てを捧げる。記憶、家族、知人、殺した奴……アリス。文字通り、全て」
「お前の全て『だけ』で足りると思っているのか?答えはノーだ」
佐伯は折れた腕で心臓を叩く。
「俺の魂を『廻し』続けろ。全人類、全生物、全存在、全概念が救われるまで、俺を輪廻させろ」
「……キリストにでもなるつもりか?あのバカ息子だって人類の救済しかしていない。堕天した者達は勘定に入ってない」
「じゃあ越えてやるよ。頼む、マリーに会わせてくれ」
死神は手を引き抜き、佐伯の傷を全て塞ぎながら言う。
「………お前はこれから沢山の出会いを経験する。その中でマリー以上の存在と会うかもしれない」
「俺は今後悔したくないんだ。未来へとしっかり歩むために」
「……本当に変な奴だ」
数分後、どこかへと消えた死神はコツコツと靴音を鳴らしながら戻ってきた。
「ジジイと話はつけてきた。『4分』だ。それを過ぎたら、お前とそこにいる女、そしてお前が関わった全てを終わらせる。いいな?」
「……ありがとう」
「馬鹿野郎!事情は全部しといた、速く行ってこい!」
死神は佐伯の背中を叩き、勢い良く送り出した。
佐伯はゆっくりと目を開いてアリスの体から手を抜く。アリスは脂汗を浮かべながらも不敵な笑みをしつつ佐伯に言う。
「随分長かったじゃない。昔の女にでも会ったのかしら?」
「……そんなわけねぇだろ。死んでねぇし」
佐伯は左手に握る魂をマリーの肉体に入れる。心臓に電流を流し、覚醒させる。
……眉が動いた。
「……ん……ここ……は?」
体を起こしたマリー。佐伯は彼女を無言で抱き締めた。マリーは一瞬驚いた顔をしたが、すぐに微笑を浮かべて抱き締め返した。
「お久しぶりですね、サエキさん」
「本当に……ごめんな、マリー」
抱擁を解き、マリーは佐伯の頬を撫でる。
「……サエキさんは変わりませんね。泣きそうな顔をしていても、その強さは持ち続けている」
「その強さを教えてくれたのはマリーだ。俺の人生に、最も影響を与えたのが、お前なんだ」
「フフッ、なんだか照れ臭いです」
佐伯は気まずそうな顔をしながら尋ねる。
「マリーがこっちに来てから何があったかはあえて聞かない。……でも一つだけ教えてくれ。俺を恨んでるか?」
「まさか。恨み言を言うためにサエキさんの決意に答えたわけではありません。どんな最期を迎えたのか、私自身良くわかっていませんけど……サエキさんに対する気持ちは変わってませんよ」
「……右目、大丈夫か?」
「はい、しっかりと。サエキさんが治してくれたんですか?」
佐伯が後ろを指差す。アリスは座りながらプラプラと手を振る。マリーは慌てて頭を下げる。
「ごめんなさい!挨拶が遅れて!それと、右目を治していただきありがとうございます」
「いや、いいのよ。私がやりたくてやったことだし。というか今はあなた達二人の時間よ。私のことは気にせず話なさい」
「しかしそういうわけには……」
アリスは佐伯の顔色を伺うと、穏やかに頷いた。アリスは少し考えたあとに言う。
「じゃあ一つだけ。……私、あなたといた時期は短かったけど、あなたのその芯の通った心、大好きよ」
「奇遇ですね。私もアリスさんの常に余裕を持った態度、凄く安心感があって大好きです」
アリスは顔を少し赤らめ、目線をマリーからそらす。
「あいつがずっと手伝ってくれたんだ。今だって、俺一人の力じゃ出来なかった」
マリーは再びアリスを見る。
「ん?こっち見てないで二人で楽しみなさい!ほら、しっしっ!」
「フフッ、アリスさんも変わりましたね。表情が豊かになった気がします」
アリスはきょとんとしたあと、軽く笑う。
「そりゃ、色んな肩の荷が降りたからよ。そいつはあんたを見つけるために忙しかったみたいだけど」
「そうだったんですか……ご迷惑をかけて申し訳ありませんでした」
「謝るのはこっちだ。結局、お前を助けられなかった」
「私こそ。あなたを探す余裕すら得られなかった。サエキさん、あなたは本当に強い人です」
それでも佐伯の表情は曇ったままだった。明るい顔をしてマリーが話しかける。
「サエキさんはどうやって生きていたんですか?私はまぁ……色々とやっていましたけど」
「まず騎士に捕まってな、昏睡状態になってから更に1ヵ月尋問されてた。そっからは流れで」
「その流れの中でもこいつ教師やってたのよ」
アリスが茶々を入れてきた。
「サエキさんが!?……」
やや引き気味でマリーが佐伯を見つめる。
「その顔やめろ」
「いや、サエキさん教えるの下手そうじゃないですか」
「はい。実演で教えてました」
「やっぱり!教育者向いてませんよ!」
「ほーん?お前に近接戦闘との連携指導したのは誰だったかな?」
「……そうでした、すみません」
ひとしきり笑ったあと、時刻を確認する。そろそろ本題に入らねばならない。佐伯は真剣な面持ちでマリーを見つめる。
「マリー、頼みがある。……『生きてくれ』。地の果てでも、地獄の底でも、お前と歩みたいんだ」
マリーは目を閉じ、優しく笑みを浮かべた。マリーは佐伯と死神の契約を知っている。それは佐伯も承知だ。佐伯の頼みは文字通り、自身の全てをマリーの為に投げ出す、ということ。
マリーの人生は、決して華やかなものではなかった。歩んだ道は正しいとは言えなかったかもしれない。別の生き方を選んだのなら、人並みの家族を得て、人並み以上の幸せを手にし、誰よりも幸福な最期になったのかもしれない。それはきっと、哲学者達が言う『最高の人生』なのだろう。
でもそれは全て可能性の話。そうはならなかった。私は辺境の地で産まれ、両親の愛を知らずに育ち、見知らぬ土地で無様に棄てられた。それが私の人生。……いや、本当はもっと前に終わってたのかもしれない、『冒険者になった日』に。あそこで頭を殴り飛ばされたときに私は死んでいたのだろう。
そうか。やっと気づいた。これは神さまが与えてくれた『救い』だったんだ。私に『夢』を見せてくれていたんだ。何も残らなかったはずの私を『愛してくれる人』を与えてくれた。運命の相手を教えてくれたんだ。茨の道でも共に歩み、進む力を与えてくれるほどの相手。そんな相手に出会えた。とても素晴らしい夢を
「夢じゃない」
佐伯の『左目』が、マリーの心の奥を見つめる。
「夢なんかじゃない。夢にさせない。俺とお前の出会いも、一緒にいた時間も、笑いあった瞬間も、全部本当なんだ。俺たちは会えたんだよ、『現実』で」
マリーはうつむいて涙をこらえる。声をかけられた時に、泣かないと決めていた。別れ際は、笑顔で。そう決めていた。それなのに……
「……どうして、そんなこと言うんですか」
佐伯の胸に飛び込み、抱擁する。
「別れられないじゃない!!!!」
佐伯も抱き締め返す。
「どうしてあなたはそんなに優しいの……?こんな私を愛してくれた、それだけで十分なのに……どうして?」
マリーの頭を優しく撫でながら答える。
「君が優しかったから。君が、優しさを教えてくれたから。人間でなかった俺に、愛を与えてくれた。……頼む、俺ともう一度『歩いてくれ』」
マリーは佐伯を突き放す。震える足で佐伯は一歩近づく。
「近寄らないで!!」
佐伯は足を戻す。
マリーは顔をうつむけたまま話す。
「……私とあなたはまさに運命の相手だった。かけがえのない存在だった。……そんな私があなたに送る最期のお願い、叶えて欲しいの」
佐伯は力強く無言で頷く。
「私の分まで幸せになって!!」
そのくしゃくしゃな笑顔は、佐伯が知らない最高の笑顔だった。
「……ハハッ、ハハハッ。ハハハハハハハ!!!」
佐伯は汗でベタついた髪をかきあげる。
「すげぇ無理難題だな!!!!」
「でも?」
「やるさ!!マリーの願い、叶えてみせる!!俺は『開拓者』で『冒険者』だ!幸せすら切り開いてみせる!!」
時間だ。マリーは頭を下げる。
「アリスさん、サエキさんのことよろしくお願いします。……いえ、『アリシア』さんですか?」
「アリスでいいわ。任せなさい、あなたの代わりには到底及ばないけど……ストッパー役くらいは出来るはずだし。それこそ『アリシア』に聞くわ」
アリスとマリーはクスクスと笑いあった。
マリーと佐伯は互いに向かい合う。先に切り出したのは佐伯。
「そういや言いそびれてたことがあった」
「何ですか?」
「愛してる」
「私もです」
二人は唇を重ね合わせた。
佐伯はマリーの心臓部から魂を抜き出す。
「君の魂は、こんなにも美しい。俺は忘れない、こんなにも美しい色の心を持つ女性を」
「永遠が過ぎた先でも私は忘れない、私に惜しみない愛をくれた男性を」
二人は魂を天へと還した。
マリーの安らかな顔をそっと撫でる。
「……行っちゃったね」
「そうだな」
「悲しい?」
「そんなわけあるかよ」
言葉とは裏腹に、佐伯はアリスに背を向けて天を見ている。
アリスはマリーが身に付けていたアクセサリーを弄る。
「これ、あなたも似たようなやつ持ってるわよね」
「……あぁ。俺がプレゼントしたもんだ」
「ふーん」
アクセサリーを外し、佐伯の腕に付ける。
「なんで?」
「思い出せるように、ね。あなたのストッパーとしての初仕事」
少し佐伯は背を向けたまま少し眺める。大切そうに撫でたあと、両手をポケットにつっこんだ。
「ありがとう、『アリシア』」
久しぶりに聞いたその声は、あの時となんら変わりなかった。
アリシアも背を向け、陽介に寄りかかる。歳上なのだ、こんな顔を陽介に見せられない。言いたいことはたくさんある。でも、再会するときは『いつも通り』と決めていた。目に涙をため、口角をあげながら言う。
「おかえり、ヨースケ」
きっとこれはマリーがくれた『奇跡』なのだろう。陽介は人間に戻れた、戻してくれた。マリーは間違いなく運命の相手だ。だが陽介にはもう一人大切な『半身』がいた。そのことを思い出させてくれた。
そして、その半身は以前と変わらず接してきてくれた。それにしっかり答えるのが筋というもの。陽介はニヤリと笑いながら言う。
「ただいま、アリシア」
思い通りにいかぬのが人生。されど思い通りにいかぬからといって、果たしてそれが間違いなのか。否、誰にもわからない。人生とは目的なき旅だ、進んでみねばわからない。そこでは皆が冒険者であり、開拓者なのだ。
ーオリヴァー・ヴィトン作『彼方の先へ』より




