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再審の男  作者: 藤澤トオル
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ワイ・ユー・サレンダー?

 人生というのは思い通りにいかぬもので、ふとした時にその真実を目の当たりにするのだ。

ーオリヴァー・ヴィトン作『遥か彼方』より



 任務終了により、約1ヵ月間の休暇を与えられた佐伯。彼はすぐに支度を整え、アリスと共にマリー捜索へと赴いた。行政関係者という立場を利用し、各八選帝侯の支配領域での捜索をスムーズに進めていった。


 しかしマリーに関する手がかりはその容姿と装備、そして佐伯がかつて所持していた二挺の『銃』のみ。それはまさに砂漠の中で一本の針を探し出すが如く行為で、有益な情報が手に入ったかと思えば別人であったり、はたまた体よく佐伯達を欺こうとした者もいた。


 今更ながら、帝国内には『銃』が存在しないことが示唆されている。火薬はあるが、それを個人携行用火器に利用するという発想にはまだ至っていないということなのだろう。なので拳銃やショットガンと説明しても全く通じず、絵を見せながら詳細を説明してもイメージが思い浮かびにくいという難点があった。


 そのような多重の苦難に襲われるも二人は諦めずに捜索を続ける。が、一向に進展はなく、結局何も得られぬまま1ヵ月がただ過ぎていった。



 佐伯はどこにもぶつけられぬ怒りをサレンダーにぶつける。そのくすぶっている感情をサレンダーも理解しているのか、あえて煽らずにただ受け流すことに徹している。


 強引な叩きつけをサレンダーは剣で軌道を動かして命中を避ける。非常に隙の大きい斬り払いをバックステップすることなく剣でガード。狂ったように繰り出された九連撃も、佐伯の筋肉をいたわりながら適切な方向へと弾いていく。まさに猪突猛進といったチョップ突きをサレンダーは腕を掴んで回避。追撃を加えることなくサレンダーは手を離して間合いを取り直す。


 佐伯は深呼吸し、剣を仕舞って深く頭を下げる。

「こんなことに付き合っていただき、ありがとうございました」

その言葉を聞き、サレンダーも剣を仕舞った。

「いいってことよ。俺達は仲間なんだ、お前のパフォーマンスが俺らの任務にも影響が出ちまうからな!」


 観覧席で見ていた係長とフェイが近づいてくる。

「しかし帝国内で見つからないとなると、隣国にいるのかもしれんな。果ては西端のマリアヌ王国かも」

「そうなると困りますね。他国とは休戦状態なだけですし、ニンジャを不法侵入させれば国際問題になります」


 佐伯は顔をタオルでふいて水を飲みながら言う。

「お気遣い感謝します。ですがこれは私とアリスの問題ですので、出来る限り私達自身の力で解決していきたいと思っています。それにたった1ヵ月の捜索です。情報不足は否めませんし」

「……手遅れにならないようにな」

そう呟いたサレンダーの顔は、普段の陽気でふざけた態度からは想像もつかないほどの『闇』が見えた。



 フェイが佐伯に耳打ちする。

「彼ね、殺してるの、自分の『家族』。掃除係に来た原因でもあるんだけどね。……昔、騎士になる前から探していた生き別れの弟を見つけたんだけど、重い病にかかってて、自殺も出来ないほど衰弱していた。そんな彼を苦しみから救ってやるため、殺した」

「あの病に関しては……本当に申し訳ないことをした」


 係長の話によると、その病は他国の工作員が送り込んだ、人為的に発生させたものであった。既に配属されていた係長を含めた当時の掃除係全員が任務にあたり、事態の収集へと動きだした。


 しかし流行し始めた頃、既に工作員は逃亡済みであった。特別に皇帝陛下の許可を得て、極秘任務として他国に潜入、件の工作員及び作成した技術者を拉致。度重なる尋問と拷問の末、予防法の伝授、及びワクチンと治療薬を作成させ、帝国領土からの完全駆逐に成功した。実に流行から90日以上経過しての事態終息であった。


 これを機に帝国は他国との関係がさらに悪化。国際問題となるも、幾度にも渡って交渉を行い戦争という最悪の結末を避けることには成功した。



 肝心の病であるが、正確には病とは言いがたいものであった。空気中の酸素と結合した微生物が呼吸時に体内に侵入し、ヘモグロビンが酸素を分離する際、一定確率で微生物がヘモグロビンに付着したままとなる。この微生物は酸素との結合状態では無害で、かつ酸素が二酸化炭素に変化する過程で死亡する。


 しかし、酸素ではなくヘモグロビンに付着した場合、一酸化炭素の様に体外から酸素を取り入れなくさせる。さらにヘモグロビンを媒介として増殖、赤血球量を大幅に減少させる。しかも生命活動に必要なATPを強制的に生成し続けるため、死亡することすら許されない。


 症状としては一般的な貧血の際みられるものに加え、過剰なエネルギー供給による感覚の鋭敏化や急速な細胞の老化などが起こる。発症者と接触をしても発症するとは限らないが、微生物と結合した酸素濃度が他の区域に比べて高いため、発症しやすくはなる。


 これらの作用は国内に多大な混乱を巻き起こした。何も知らぬ一般人はこの病を感染症かなにかと勘違いして発症者との接触を出来るだけ避け、人によっては軽蔑をするようになった。いち早く原因をつきとめた者もその接触リスクを知り、近づこうとすらしなかった。



 サレンダーは頭を拭いたタオルを首にかけながら、3人に背中を向けて話はじめる。

「……ちょっと昔話をしてやろう。ちょっとした喜劇だ、リラックスして聞いてくれればいい」


 サレンダーが弟の存在に気づいたのは、騎士になる前のまだ学院の生徒であった頃、母親の死に際だった。母は、涙を流し父とサレンダーの名を言いながら感謝の言葉をずっと述べていた。とはいえ、母親をどうすることも出来ないサレンダーは、ある日母親に『したいこと』を尋ねた。


 母親の答えが『もう一人の息子に会いたい』だった。その時は気の迷いかと思いつつも、母の喜ぶ顔が見たかったが故に出来る限りの話を聞いた。だが、その話があまりにも『詳しすぎ』た。


 サレンダーは元々双子で、伝統的に双子は災いをもたらすとされていたサレンダーの家系は、やむなく弟を養子に出した。一年ほどは頻繁に会っていたが、その後互いの家が忙しくなり、音信不通となってしまった。それからは再会を望むも手だては一切なく、ただ運命の巡り合わせに任せるしかなかった。


 その夜、母が眠ったあと父親に尋ねたところ、彼は重々しい口を開いて答えた。『全て事実である』と。『サレンダーを不安にさせぬため、隠していた』と。


 だがその時サレンダーの胸中にあったのは喜びであった。成熟していなかった精神は、『母親の願いを叶える方法がある』ということにしか向いていなかったのだ。父の制止を振り切り、母と約束を交わし、サレンダーはすぐに家を飛び出して弟を探す旅に出た。


 

 それから数日後、サレンダーの母親は息を引き取った。あとを追うように、父も首を吊って死んだ。サレンダーがその事を知ったのは、サレンダーが騎士に選ばれ、就任式のため家に戻った時だった。


 人望のあったサレンダーの一族は、当主不在でも家を守り抜いていた。久しぶりに帰ったサレンダーのことも、あたたかく迎えいれてくれた。その優しさがサレンダーには痛かった。『どうして非難してくれないのか。肉親の死に寄り添えなかった屑息子なのに』。


 だがそんな彼らの優しさを無下にしないため、サレンダーは騎士として、当主として、落ち着きを得て仕事をこなしていった。結婚もし、三人の子宝にも恵まれた。さらに仕事の傍ら、亡き母親との約束を叶えるため弟の捜索も進めた。



 そんな中、あの病が流行した。幸いサレンダーの家族に発症者は出なかったが、国は由々しき事態であると判断し、騎士達を地方の査察へと向かせた。サレンダーもまた、地方へと派遣されたのだった。


 そこでサレンダーは弟に出会った。はじめて会ったはずの弟は自身の倍以上も年をとっている姿で、父親どころか祖父の様にも見えた。それでもやはり血を分けた兄弟であると認識出来たのは、まさに『運命の巡り合わせ』ともいうべきものだろう。


 弟は、片田舎の汚れた集合住宅の一部屋にある粗末なベッドに寝かされ、動くことも喋ることも出来ず独り放置されていた。開け放たれた部屋には異臭が漂い、およそ正常な人間が住める空間ではなかった。


 久しぶりに日の光を浴びて活力を得た弟の口から絞られるように出た言葉は、感謝。そして懇願。多分サレンダーが生き別れの兄弟だと認識はしていなかったのだろう、病に侵され孤独に死ねぬまま苦しみつづけるしかなかった自分の手を握り、泣いてくれる男への言葉に聞こえた。


 悲しくも、やっと会えた兄弟との別れはすぐに来てしまった。弟をどうにかして生かそうとは思わなかった。病に倒れ、あらゆる手を尽くすも結果は実らず、何も出来なくなった弟が必死に伝えてくれた願いを断ることこそ、恥というものだ。兄弟殺しの汚名は、むしろ名誉だ。弟の最期の願いを叶えてやれた『証』なのだから。


 サレンダーは震える手を抑え、一族に伝わる家宝の剣を、弟の心臓に突き刺した。弟は、安らかに目を閉じて笑みを浮かべていた。サレンダーもまた、そんな弟に涙を流しながらも笑みを返した。



 それから数日後、病に対する治療法が確立。帝国は救われた。弟は、見晴らしの良い場所にあるサレンダーの母と父が眠る墓で、眠りについた。


 この一件に関して騎士長はサレンダーを高く評価し、次期騎士長の約束をするもサレンダーは辞退。彼の出世への道は閉ざされた。しかしサレンダーは当主の座を長男に譲り渡し、彼が成長したら近衛騎士として採用させることを約束させた。そして、サレンダー本人は一般騎士として働きつつ、裏の顔として『掃除係』に配属されたのだった。



「……産まれながらに弟と『放さ』れ、やがて両親を『なくし』、しまいには出世と当主の座を『明け渡し』た」

「だから『サレンダー』……」

「おう!だから責任も『放棄する』!任せたぞ!ニンジャ!」


 サレンダーはいつものようになんとも言えないヘラヘラした笑顔をしていた。今ならその笑顔の意味もわかる。サレンダーの本当の笑みは、弟にのみ向けられるものなのだ。しかしサレンダーは笑いを失いたくなかった。だから『自分から』笑う。それがサレンダーの笑みなのだ。


 

 部屋の扉が開き、誰かが入ってきた。

「失礼する。どうやらここにニンジャがいると聞いてやって来たんだが……」

騎士長だ。後ろにはアリスの姿もあった。

「はい。サレンダーと訓練をしていましたが、先程終了しました。また任務でしょうか?」


 騎士長はいつになく真面目に、どこか気まずそうな顔で尋ねる。

「……ついてきてくれないか?出来れば、ただの『騎士』として」

ニンジャとしてではなく、『佐伯陽介』に用があるということだ。佐伯はいつになく真面目な顔で頷いた。

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