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再審の男  作者: 藤澤トオル
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ファイナル・エグザム

 佐伯はSクラスの教室に聞き耳を立てている。放課後だというのに、ほとんどの人間が出ていかなかったのだ。部屋を出た者もしばらくしたら戻ってきていた。ジェラウドは別段不信に思っていなかったが、佐伯はどうにも拭えなかった。


 しかも係長と騎士長からはそろそろ判断を下すように言われている。丁度いい機会だ、ここでの彼らの決断をそのまま佐伯自身の決断に直結させよう。たとえ彼らが佐伯に感ずいており嘘の話をしていようとも関係ない。それならそれでこちらを騙したとして処理させてもらう。


 最初は少しざわついていたが、シンの声で静かになる。

「みんな良く聞いてくれ、重要な話があるんだ」

佐伯は目を閉じて、聴覚を研ぎ澄ませる。シンはわずかな深呼吸ののち、自らの決意を口にした。


「……なるほど。そうきたか」

佐伯は目を開け、その場を離れていく。マリーの右目をえぐりだし、保管用のカプセルに入れる。まぶたを持ち上げ、眼球のあった場所に石ころを押し込み、新たな右目に変えた。

「任務開始」

通路には黒い液体が跡となって残った。



 佐伯からの係長と騎士長はほぼ同時にため息をつく。

「困ったな……殺害も厭わないつもりでいたが、そうなると少し事情が変わってくる」

「どうしましょう?不自然に防衛策をとっても逆に怪しまれます」

「じゃあこうしましょうよ」

サレンダーが作戦を提案する。


 サレンダーの作戦を聞いた係長は納得した表情をしつつ、不満がありげだった。

「確かに成功はするだろうが……そうなるとニンジャの負担が大きくなるぞ?」

「では私がサポーターになります」

フェイが進言したが、騎士長が手振りで制止させた。

「……サポーターはアリス・シュタインベルクにやらせる」




 数日後、シン達Sクラスの面々は行政区画にやって来た。教育過程で必修となっていた『企業見学』のためだ。一年Sクラスは、毎年行政区画への見学が用意されている。だが勿論シン達はただの授業の一環として訪れているだけではない。思惑があるのだ。


 シンは違うが、Sクラスの中には行政関係者やそれに準ずる機関の子供が多い。幼い頃から度々招かれている彼らにとって内部の説明などおおむね理解していることの一つにすぎない。案内役の他に、万が一を考慮してジェラウドとモーゼスが付き添いとして最前と最後にいるが、今の彼らには邪魔でしかなかった。


 昼時になり、休憩時間になった。ジェラウドとモーゼスは他の場所にいる教員達と情報交換があるらしく、近くにいない。案内役の女性も休憩中のようだった。シンが広域索敵魔術を発動させる。……問題なし。今しかない。


 シンが合図を送ると、生徒の何人かがそっと扉へと近づく。一般人の立ち入りが禁止されている場所への扉だ。警報装置の類いを探し、シンからあらかじめ教わった方法で解除する。扉が開いた。警報は鳴らない。開けた生徒が手振りで合図する。


 シンと他数名の生徒が開いた扉の先へとすすむ。他の生徒はすぐさま扉を閉め、別な警報器付きの扉を開けた。警報音がすぐさま行政区画に鳴り響いた。

「何事だ!!」

甲冑を纏った騎士数名が押し入ってくる。

「実はこいつが急に体調が悪いとか言い出して!でも、どうすればいいかわかんなくて……すみません!」

生徒達の中心には、腹を押さえてうずくまる男子生徒がいた。


 先頭に立っていた騎士はため息をつき、頭をかきながら医療班と交代する。

「……精神に対する過剰負荷が原因でしょう。負荷により、体調をコントロールしている魔力にひずみが出来、それが腹部にたまってしまった。慣れない場所にいるのですから、無理もないでしょう」

「了解した。彼は医務室で休ませよう」

騎士の言葉を聞き安心する生徒達。


 騎士は振り返り、生徒達を諭すように話す。

「いいかな?あの警報器はこの場所、ひいてはこの国を守るために付けられているものなんだ。それは私達だけでなく、君たちの安全にもつながっている。おいそれと起動していいものではない。わかったな?」

「「……はい」」

生徒達は落ち込んだ様子で深々と頭を下げた。


 騎士は咳払いする。

「またこういうことがあったら、案内役の人や君たちの先生、近くにいる職員に声をかけるように。守ってくれよ?総員、撤収!」

騎士の合図で、やってきた者達は帰っていった。


 生徒の一人はシン達が向かった扉の方を見つめる。

「頑張れよ……シン!」



 皇族の生徒に引き連れられ、シン達は行政区画を駆け抜ける。

「急げ!素早く移動しないと見つかるぞ!」

「わかってる!」

先程の警報のおかげでこちらの人員も移動したようで、ルートを工夫すればスムーズに動けた。


 一向はとある扉の前に着く。

「ここを抜けると兄上のいらっしゃる王宮にたどり着く……準備はいいな?」

シン達は確かな決意をもって頷いた。他の生徒も同じように頷いたのを確認し、皇族の生徒は扉を開けた。


 庭園のそばにある渡り廊下を魔術を使って姿を擬態させつつ走り抜ける。シンの魔術ならばそうそうバレることはない。事実、庭園にいた誰もがこちらに意識を傾けた様子はなかった。

「もう少しで、兄上の自室近く。着いたらシン、あとはお前次第だ」

「あぁ……!」



 シンの決意、それは皇帝陛下に直談判することだ。犯人に似た女性と会ったあの日から再び調査を進めること数日、やはりあの事件には国の中枢部が関与していることは明らかだった。クラスメイトの親や知人に話を聞いて情報を収集していくたびに必ずどこかで疑念が生じていたのだ。


 騎士達には『学院内警備システムの不具合と不幸なアクシデント』。警察には『不具合と魔術の暴発』。僅かな伝達の違いがみられる。にもかかわらず、シンの転移に関しては『証拠不充分』という風に口を揃えて言っていた。しかもその情報の出所を辿っていくと、最終的には必ず『騎士長』の名が現れるのだ。


 学院という重要機関の話なのだから出ても不思議はないのかもしれない。しかし出方が変だった。決定を下したのが騎士長なら納得する。だが情報の出所が騎士長なのだ、疑うほかない。そして騎士長の意向には、ほぼ必ず皇帝の意向も加わっている。


 別に犯人を特定してどうにかしたいなどという理由ではない。ただ知りたいのだ。どうやって学院の警備システムを突破し、どうやってシンの擬態魔術を破って攻撃を加え、どうして寮へと戻したのか。それの目的が知りたいのだ。



 先頭を歩いていた生徒が急に止まり、思わずぶつかってしまう。

「どうした?見つかったか?」

「……おかしい。人が『少なすぎる』」

「はぁ?行政区画の警報にみんな移動したんじゃないのか?」

「だからこそだ。側近は兄上の警護に回るのが普通なのに……見当たらない」


 動揺が広がる生徒達。そんな中シンより後ろにいた生徒が口を開く。

「なぁ、メリッサどこにいた?」

最後尾を走っていた生徒を探す。いない。はぐれた?そんなはずはない。逐一状況は確認していた。


 パニックになりかけたが、ここまで来てそうなっては元も子もない。周りの生徒達を皇族の生徒に任せて落ち着けさせ、シンは深呼吸し、六感を研ぎ澄ませる。メリッサはどこへ?呼吸音では駄目だ、人が多すぎる。嗅覚も臭いが多すぎる。視覚はすでに試したし、触覚も限界がある。魔力を探るしかない。



「……おい、あれ」

生徒の一人が天井にある灯りを指差す。他の灯りと比べると、やや傾いていて薄暗い。キィ……キィ……キィ……と僅かに揺れ動くそれの上には何かが乗っかっている。そう、『人間大』の何かが。


「キャァァァァ!!」

女生徒の一人が思わず叫び、シンがかけた擬態魔術が剥がれてしまった。

「まずい!」

咄嗟に近くにいた生徒が口を抑えようとするも、時すでに遅し。抑えようとした生徒もろとも二人が床に伏した。


 片刃の剣を腰に差す男は、生徒二人を蹴り飛ばすとすぐに別な生徒へと襲いかかる。流れるような動きで接近し、首根っこを掴みかかる。防御魔術発動。間一髪のところで防がれた。

「みんな先に行け!俺がやる!」

シンだ。シンが咄嗟に自らの服に付与していた防御魔術を用いたのだ。


 一斉に逃げだす生徒達。だが男はそちらに目もくれず、シンを見据えている。シンは剣を抜いて構えるが、男は何もせず仁王立ちしているだけだ。シンは焦りを覚えつつも話しかける。

「なぁ、どうして俺達を襲う?不法侵入にしてはやり過ぎじゃないか?」

「……」

「俺達は皇帝陛下をどうにかしようってわけでもないんだ。ただ、この前学院で起きた事件の真相を確かめたいだけなんだ」


 男は黙ったままシンの後ろを指差す。恐る恐る振り向くと、そこには件の女性がいた。そして、擬態魔術をかけられたままの生徒達が床に転がっている。

「あれが真相だ」

「!!あんたまさか……モーゼス先生?」

「今さら気づいたのか。そう、臨時講師というのは仮の姿。本当はお前の監視のために『行政区画から』やってきた」


 後ろからコツコツと足音が近づいてくる。四面楚歌、いや前門の虎後門の狼か?とにかく窮地であることは間違いない。

「お前が帝国にとって益となるか害となるか、監視していた。結果、どうやらお前は事によっては簡単に皇帝陛下へと直談判に赴くほどの人物であることが判明した」

「……殺すのか?」

「まさか。シン、お前は失うには惜しい逸材だ。勿論、他のクラスメイト達もな」


 佐伯は剣を抜いて構える。

「とはいえ、少し痛い目にあってもらう」

佐伯の突進と同時に壁を爆破。庭園へと逃れる。

「アリス、生徒達を頼む」

「オーライ、センセ」

佐伯とアリスは同時に姿を消した。



 転がるように飛び出た庭園にはやはり誰一人いない。どうやら誘い込まれていたようだ。

「……クソッ!!」

「悪態をついている場合か?」

シンの肩に佐伯の剣が刺さりかけるが、防御魔術が防ぐ。一瞬硬直した佐伯の心臓めがけて突き。佐伯は剣から手を離してシンの手首を打ち、軌道を反らす。


 魔術が付与されているらしいシンの剣は、痙攣しているかの様に振動を繰り返している。

「なるほど。超振動カッターみたいなもんか?」

「あぁ、触れるだけでも危険な代物だぜ?振動のせいで熱も発されているからな」

「いいか?振動ってのはな……」

佐伯は自身の剣を左手に持ち、右手をシンの剣へと伸ばす。

「おい!あんた何してる!」


 佐伯が剣に触れると、剣の振動は停止し、冷気が発された。

「原子の振動なんだ」

シンはすぐに新たな剣を抜きつつ斬りあげを放つ。佐伯は再び右手で剣の振動を停止させつつ、へし折った。

「勉強不足だな、学生さん」

「うぉぉぉ!!」

シンのパンチ。魔術で肉体を強化しているのかその速度は常人のそれを遥かに上回る。


 佐伯はパンチを避けずに唾を飛ばす。防御魔術発動。シンの体が守られ、佐伯は強制的に吹っ飛ばされる。佐伯は軽やかな身のこなしで着地。

「ハハハハ!!強すぎる防御魔術が仇になったな!」

「うるせぇ!」

シンは火球を連打。剣を仕舞った佐伯は丁寧に一つずつ受け流していく。



 後退るシン。だが佐伯は歩みを止めない。

「……モーゼス先生、あんた最低だよ。俺達を騙したあげく、生徒を傷つけた。教師としても人間としても失格だ」

「む、それもそうだな。なら、モーゼスとして少し教師らしいことをしてやる」


 佐伯は立ち止まり、一振りの剣をシンの前に投げ捨てる。

「……これは?」

「『期末試験』ってやつだ。俺が合格を認めれば、これまでのことは全てなかったことにしてやる。謝罪もする。俺のことも好きにすればいい。不合格なら、俺の言うことを聞く」


 剣を拾いつつシンは尋ねる。

「俺がそれを受けるメリットは?」

「この虎の子の剣じゃなく、同じ剣で戦ってやる。それも、しっかり試験と同じようなスタイルでな」

元より断る気はなかったが、ここまで譲歩されては答えは一つ。

「わかった。受けよう」

「よしよし……はじめ!」



 先に仕掛けたのはシン。強力な光弾の連射だ。佐伯は真っ直ぐ歩いて接近。直撃コースなのに、ダメージはないように見える。

「それなら!!」

シンは上空に無数の槍を出現させ、雨あられの如く降り注がせる。佐伯は頭上で剣を1回転させて弾き、弾かれた槍同士で潰しあわせる。


 手をプラプラと振りながら接近を再開する佐伯。

「どうしたマクスウェル!これでは不合格どころか赤点だぞ?」

「黙れ!」

やけくそ気味に広域爆発魔術を発射。佐伯は右手で魔術の核となる物体に接触。爆発は起こらず、佐伯の手に収まった。


 軽く弄んだあと、佐伯がシンにそれを投げつける。

「お返しするぜ」

当然の如く防御魔術でガード、のはずだった。激突の衝撃で外郭が崩壊。

「しまっ」

シンの手元で爆発。ギリギリ自身が巻き込まれないように調整していたため、敵味方の識別を操作し忘れていたのが仇になった。



 土煙が巻き上がるなか、佐伯は接近を再開する。口を腕で抑えつつ、目を細めて出来るだけ守る。佐伯は剣を背中に回す。ガギン、と金属音が鳴り響いた。

「まぁ、あれくらいじゃくたばらないのはわかってたよ」

「制服には回復魔術も組み込まれてんだ……!まだやれる!」


 互いに剣を振り抜き、間合いが離れる。同時に一迅の風が土煙を吹き飛ばした。制服は少し傷ついているが、シンの身体は爆発を受けたとは思えないほど問題なさそうだった。

「これで落第は免れたかな?」

「いや、お前はまだ制服の機能に頼りきっているだけだな。速くお前の素の実力を見せてくれ」


 シンは舌打ちしつつ全身に身体強化魔術を施す。そのまま剣を構えて突進。

「なら接近戦だ!!」

シンの突きを佐伯は弾く。すかさず逆手に持ちかえて振り下ろすも、佐伯は再び受け流し。

「いい攻撃だ。かなり上位の部類に入るといっても過言ではない」

「ったりまえだ!俺の先生は元騎士長だからな!」


 そう叫びながらシンは連撃を繰り出すも、佐伯は正確に弾いていく。

「そいつはすげえ」

佐伯はシンの隙をついて無慈悲にその右肩に剣を突き刺し、抉りぬく。防御魔術を突破したその突きは、シンに痛みを感じさせる暇を与えなかった。

「こういう外道なことは教わらなかっただろうに」

「くっ!」

「おっと忘れるところだった」


 佐伯は間合いを取り直そうとしたシンの足を引っかけつつ傷口に砂を塗り込む。

「こうしないと、しっかり治療されちまう」

「ぎゃぁぁぁぁ!!」

汚染された状態で閉じられた右肩は動かすたびに激痛が走り、もはや剣を振るう以前の話だった。


 それでもシンの闘志は消えない。睨みながら左手を前に掲げる。

「残念だよ、シン・マクスウェル」

佐伯は先程までシンの持っていた剣を布一枚挟んでシンの左腕に突き刺す。防御魔術は布にのみかかり、その奥から刺し込まれる剣には発動されなかった。


 佐伯はその剣を手からはなし、間合いをとる。シンの左腕と剣が治療作用により融合した。発動しようとした魔術も佐伯により調整を狂わせられ暴発。シンの左腕が吹っ飛んだ。

「不合格だ」

佐伯はテスト用紙らしきものを後ろに投げ捨てた。



 壊された外壁にアリスが腕を組んで寄りかかっていた。

「終わった?」

「あぁ。さて、報告の時間だ」

「ガハッ!ゴホッ!ゴホッ!ゴホッ!」

佐伯の後ろでシンの嗚咽が聞こえてきた。勝敗が決した今、彼をどうこうするつもりは毛頭なかった。佐伯はアリスの肩を掴み、ささやく。

「アリスの口から真相を伝えてやれ」

「あらお優しいこと」


 吹っ飛んだ衝撃で始まった右肩の再治療と、左腕が生え変わったあたりでシンは起き上がる。

「モーゼスは!?」

「行っちゃった、私にあんたのお守りを任せてね」

「うわぁ!?」

思わず腰を抜かしてへたりこむシン。アリスは膝を曲げてシンに目線を合わせる。

「テストお疲れ様。はいこれ成績表」


 アリスから紙を手渡された。いくつかの項目にわかれていたが、そのほとんどに『F』とついていた。そして、名前の右隣には赤字で『不合格』と書かれていた。

「どうする?追試験受ける?」

ニヤニヤしながらそう尋ねるアリス。シンはその場に仰向けになった。

「いえ、重く受け止めることにします」

「あら残念」


 しばらく沈黙が続いた後、外壁の辺りからヨロヨロと何人かの生徒達がシンの方へと歩いてきているのが見えた。

「あいつら……」

「フフフ、いいご友人達じゃない、『賢者の子孫』様。それじゃ、私はそろそろ帰ろうかな」

「……アリスさん、ひとつだけ質問があります」

「何かな?」


 ずっと聞きたかったこと。この為にこんな事をしでかし、この為に襲われ、この為に敗北を味わわされたのだ。これの答えを聞かねば、無駄足というものだ。

「あの日の真相、教えていただけませんか?」

「……簡単な話よ。あらかじめ極秘に予定されていた学院内での実験、それがあなたの索敵魔術に引っ掛かった。それで情報漏洩を恐れた私達はすぐにあなたを排除した、それだけ」


 シンは再び尋ねる。

「それだけ?」

「うん、それだけ」

「えぇ……」

「これに懲りたら興味本意で動く前に、一度状況を見直すことをおすすめするわ」

立ち上がって頭を撫で、シンに背を向けてどこかへと歩いていく。


 シンはその背中に向かって叫ぶ。

「すまない!もう一つあった!」

姿勢は変えず、顔を少しだけシンに向ける。

「どうやって俺を寮まで連れていったんだ?」

「フフン?こうよ」

アリスは指をパチンと鳴らす。


 シンは生徒達の前に瞬間移動した。

「……え?」

「「「シン!!!!」」」

「良かった……無事だったんだ……!」

「怪我はない?あの人達はどこに?」

「このあとどうする?やっぱり突っ込むか?」

友人達との絶え間ない会話が続いた。




 外で話し合っているシン達を窓から眺める騎士長。その側に後ろで腕を組んで立つ係長。傍付きの騎士は部屋の外で待機している。そして、佐伯が此度の任務について報告をしている。

「……物的損害、王宮の内装及び外壁の一部。人的損害、なし。以上をもって、任務の報告とさせていただきます」

「なぁ、ニンジャよ」

「なんでしょうか」

「お前やばい奴だったんだな」


 佐伯は肩をすくめる。

「……あなたには、以前お見せしたはずなんですけどね」

「む、言われてみればそうだったな。懲罰騎士を再起不能に陥らせるような奴であることを忘れていたよ、すまんすまん」

係長が騎士長に尋ねる。

「このあとの彼らの処遇は一任してよろしいので?」

「勿論だ。そもそも君たちの仕事は『裁定』と『執行』に過ぎない。彼らの『その後』を一々気にする必要も権限もない。わかったな?」

「……御意」


 不服そうな顔をしている佐伯に気づいたのか、騎士長が言う。

「まあ俺はニンジャほど悪魔でも鬼でもない。そんなキツイ仕置きを与えるつもりはないさ。皇帝陛下も、此度の事はあまり重要視していないし」

「ん?ですがご命令は皇帝陛下直々のものなんですよね?」

「あぁそうだ。『賢者の子孫とやらが学院に入学したと聞いたが、はてさて俺の成績を抜けるか見物だ。もしかしたら次代皇帝になるかもしれんな。ハッハッハッ』とおっしゃっていたぞ」


 沈黙。騎士長はその謎の空気や向けられた視線に臆することなく茶をすする。沈黙を破ったのはフェイ。

「騎士長、つかぬことをお聞きしますが……その発言はいつなされていたのですか?」

「ん?今年の職員異動式の晩餐会時だが」

つまり、世辞やジョーク、他愛ない話題作りの一つということである。


 珍しく目頭を押さえて苦悶の表情をしていたサレンダーが言う。

「俺もその晩餐会に警護として参加していましたが……あの場にいましたよね、賢者様」

「あぁ。その話をして盛り上がって……なるほど、そういうことだったのか。どうやら、陛下の意向を深読みしすぎてしまったようだな!!すまんすまん!」


 係長が騎士長の正面に立ち、顔を近づける。

「あえて申し上げますが、我々の任務における活動費は全て国民の税によって賄われております。今後、このような『無駄遣い』がないようにお願いします」

「……でも任務がない限りお前らはただ飯食らいの」

「何か言いましたか?」

「はいごめんなさい。君達が動かないことこそ、国の為でした」



 騎士長が去った掃除係の部屋で佐伯は紅茶を飲む。どうやら初任務は始めから問題ない人物にありもしない『疑い』をかけるものだったようだ。それが時の歯車の気まぐれで思わぬ方向へと進み、『罪あり』と断定するような結果をもたらしてしまった。つまり、『冤罪』判決を下したのだ。気分は最悪の一言に尽きる。


 改めて自身の行動を見直しとずさん極まりない点がいくつも挙げられる。クールダウンというものが足りなかったように思える。慣れない学校とアリスの事件で頭がぐちゃぐちゃになっていた。大層なご託を並べてシンを攻め落としたが、精神的には最初から佐伯が敗北していた。


 佐伯は自分の左手を見る。新たな力はずいぶんと馴染んでいた。綺麗なはずの手は汚れて見える。真っ赤などす黒い血の色。空気中を漂う僅かなホコリの灰色。よくこんな手を使ってパンを食べていたと今では思う。……カリーナもこんな気持ちだったのだろうか?

「……なんであれ、任務終了だ。待ってろよ、マリー」



 騎士長は他とは一線を画した巨大かつ豪華な扉をノックする。

「私です」

「あぁ、入れ」

王としても統治者としても年若い男の声が中から聞こえてきた。

「失礼します」

騎士長は深呼吸してから扉を開ける。


 側近は下がらせたのか、部屋には皇帝しかいない。最奥にある玉座に皇帝は頬杖をついてニヤリと笑いながらどっしりと構えていた。

「して、用件は何かな?騎士長殿」

騎士長は丁寧な動作で深々と膝をつきながら答える。

「以前おっしゃっていた『賢者の子孫』について、掃除係から報告がありました」

「申してみよ」


 皇帝の言葉に従い、騎士長は報告する。

「担当者は件の新人『ヨースケ・サエキ』。結果は好奇心が旺盛すぎるゆえ、場合によっては背くこともありえるとのことでした」

「……フム。予想の範囲内だな。賢者本人の反応も似たような答えであったし……面白くない結果だ。……さて、本題に移ろう。二人はどうであったか?」

騎士長は目を閉じ、あそこでの佐伯とアリスの立ち回りを思い出す。


 伝える内容は決まった。

「陛下の予想通り、野放しにしておくには危険が過ぎると判断いたします。まさに『得体の知れない』と言った言葉が似合う者達です」

「ハッハッハッ!!その台詞を貴様が言うか!!ハハハハハ!!」

「話を戻しますが、此度王宮へと侵入した彼らの処遇はどういたしましょう?」

「ん?あぁ、好きにせよ。弟も加担したというのは実に滑稽だしな。だがあえて言うならそうだな……『将来確実に結果をだせ。君達への多大なる期待を処罰とする』とでも言っておけ」


 騎士長は皇帝の言葉に隠された真意を察しつつ、深々と頭を下げて退出した。



 こうして佐伯陽介、通称『ニンジャ』の初任務は終了した。

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