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再審の男  作者: 藤澤トオル
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ジュニア・ディテクティブズ

 佐伯とアリスは係長とジネットの立ち会いのもと、行政区画にある訓練施設で稽古をしている。佐伯の剣をアリスが弾きつつ接近。近づく拳を合金を生成してガード。アリスは合金を消失させつつ蹴りを首に向けて放つ。佐伯は腕でガード。アリスの軸足をくじきつつ剣を振るう。アリスは空間を歪めて瞬間移動するも、佐伯も瞬間移動し突きを放つ。アリスは両手でガードするも、膝をつきながら吹き飛ばされた。

「おーっとヨースケ選手一点リード!夕食はアリスのおごりか?」

「随分面白い冗談ね、誰がリードしたのかしら?」


 佐伯の頬から血が流れ出た。鋭利な刃物で切られたようなその跡は、アリスのチョップ突きによるものだった。突きをガードする直前、少しだけ速く攻撃を加えていたのだった。佐伯は傷を塞ぎながら言う。

「……同点だな」

「は?私が先に攻撃を食らわせたんだから私に一点よ?」


 佐伯はその言葉を聞き、即座にアリスの腹に拳をぶちこむ。嗚咽を漏らすアリス。

「これで、同点だ」

「ガハッ!ゴホッ!ゴホッゴホッ!……朝飯返せ」

「紅茶とスコーンだったか?あぁそういえばジャムをつけてたな」

アリスは佐伯の首を掴み、自分の眼前に引き寄せる。


 アリスは佐伯の口の中へ貫き手を向ける。

「何味だったか思い出したい?」

「……わかったよ、俺の敗けだ」

アリスと佐伯は戦闘状態を解除し、互いの装備を外す。

「任務の再開はいつ頃なの?ヨースケ」

「どうだろうな……アリスとジネットさんの書類はもう提出したんだろ?」

「えぇ。騎士長に直接手渡したわ」


 会話に係長が割り込む。

「そのことだが、情報の整合性を確立できたからそろそろ再開されるぞ。シュタインベルクとジネットの謹慎も同時に終了とする、とお達しがあった」

「事件からもうすぐ事件から1ヵ月経つものね。いい加減警察や騎士達も飽きている頃合いでしょうし、丁度いいんじゃない?」

そう言うジネットは、着替え途中でタンクトップ姿になっているアリスの身体をジロジロ眺めていた。係長も眺めていた。


 アリスは視線を変えずに言う。

「そこの上司二人、いくら私の肉体が完璧すぎるからといっても、セクハラですよ。みるなら私の横にいる半裸の男にしてください」

ジネットはすぐに佐伯の方に視線を移した。係長は一瞬佐伯を見たが、吐き気を催したような仕草をしてうずくまった。

「流石に酷くないですか!?」

「俺は……男に興味はない」

「んー、実にいい肉体だ!特にこの『科学的には異常を検知できない左腕』が実にいい!」

「やはりわかりますか、この左腕の異質さが」

「当たり前だ、私は天才だぞ?その肉体となんら変わりない『義手』は私も初めて見る!」


 着替え終えたアリスがそんな佐伯の左腕を掴みあげる。

「でも気を付けてください?色んな女性に手を出すような変態の手ですから」

「おいアリス、色々と語弊が」

「あらやだ。少し距離を置かせてもらうよ」

「ジネットさん……」



 数日後。学院に帝国行政区から直接連絡が届いた。内容は『手がかりの完全喪失を確認。これ以上の事件追及は困窮を究める。遺憾ながら、厳戒体勢を解除し、通常業務の再開を許可する』とのこと。一部の人間以外はその通達に不満が残ったが、従うほかなかった。


 当然生徒達に学院や国に対して不信感を覚える者が数多く出たが、学院生活を過ごしていくうちに学院の安全性を再認識しつつ、事件の記憶も薄れていき、やがてそのような者達もどんどん減少していった。


 ただ一つのクラスを除いて……。



 佐伯は仕方なく一年Sクラスのホームルームに参加している。副担任なのでいないわけにはいかなかったのだ。担任の『ジェラウド』の説明を話し半分に聞きながら、意識を生徒達に集中する。問題の生徒、シンは見た目真面目そうにしているが、その内心は怒りと不信感に満ち溢れているのだ。当然と言えば当然なのだが、それが他の生徒達にも伝播しているのが最大の問題である。


 どうやらジェラウドもその事は薄々感じているようで、事あるごとに

「くれぐれも事件に関して君達が独自に捜査をしないように。私達では守りきれないことも起こりうるので、とても危険です。絶対にやらないように」

と言っている。逆に煽っているようにも聞こえるが、その態度からは本気であることが見てとれる。……まぁ、その程度で止まるような人間ならSクラスなどに昇りつめるはずもないのだが。



 ホームルームが終了し、その日の授業が始まった。相変わらず佐伯はロゼの補佐に入っている。学年とクラスは1年のA。内容は『初級魔術の簡略化』なので、佐伯に出来ることは特になかった。


 そんな中、事情を知るロゼが耳打ちしてくる。

「それで、事件の『犯人』はどうなりましたか?『ニンジャ』さん」

「しっかり働いていますよ、つい先日も一緒に戦闘訓練をしましたから。そういうロゼさんは休みの間何を?」

「あなたがたの後処理と、諸々の機関への報告に追われていました。あぁ、別に責めているわけではありませんから」


 授業後、何人かが質問に来たがそれっきり他にはなかった。だが移動中、ロゼが話しかけてきた。

「モーゼス、しっかりクラスのケアしてる?」

「いえ、副担なので特にこれといったことはしていませんが……」

「ちゃんとやりなさい。標的とはいえ、事件の被害者よ?それなりに心身にダメージは負っているはず」

「ハハハ。私の経験上、そういうのに教師はあまり関わらない方がよい結果をもたらすことも多いですよ」

「でも事故発生時の責任はモーゼス達じゃない?『管理責任』を問われたらどうするの?」

「そう……ですね。気をつけます」


 心当たりがないわけではない。ジェラウドも注意していたし、佐伯自身も警戒している。だが今現在の状況のように、いつも監視もとい見守ることが出来るわけではない。係長やフェイに協力を要請するか?標的に情報が漏れるリスクが増大する恐れと引き換えではあるが……


 佐伯は立ち止まって考える。そうだ、元々は一人で出来うる任務だったのだ。だが問題発生により単独遂行は困難に。それ自体は偶然であろう。しかし、標的は『有名人』である。それこそ、騎士長が知っているほどだ。


 そんな彼の実力や能力を騎士長が把握していないなどということがあるのか?索敵魔術にしてもそうだ。自動発動のことを知らなかったとしても、その効果範囲が広大であることは予想に難くない。深夜だとしても、生徒達全員がきちんと眠っているとは限りないのは当然と言える。つまり、

「……騎士長は標的に問題を起こさせようとしている?」

 



 佐伯は『モーゼス』から『ニンジャ』となり、誰にも認識されないよう細心の注意を払いながら標的の生徒『シン』を観察する。授業中だが彼にとっては退屈なのだろう、頬杖をついて窓を眺めている。端から見ればただのやる気のない生徒。だがそれも入学前から基礎をマスターしているが故の退屈である。


 彼の後ろに座る女生徒が彼の肩を叩き、紙切れを渡す。シンは先生に見つからないようそれを見たあと、ポケットに仕舞った。残念ながら、佐伯からの角度でも内容は確認できなかった。が、大方の予想はついている。

「放課後、少し仕掛けてみるか……」



 佐伯は放課後解散したあと、『女生徒』をシンと一緒にいないタイミングで呼び出した。適当な部屋を開け、座らせる。

「あの……実はこのあと予定があるんですけど。私、何かやらかしてしまいましたか?」

佐伯はわざと深刻そうな顔をして答える。

「実はな……別な先生からお前の授業態度について少し注意を言われた。担任から言わせるのはかわいそうだと思ったのか、副担の俺に言ってきたんだ。……心当たりはあるか?」


 女生徒はややイラつきながら答えた。

「あるわけないじゃないですか。これでも一応Sクラスの生徒として誇りはあります。他のクラス、ひいては他の学年にも模範となるように努めているつもりです」

佐伯は頭をポリポリと掻いたあとに、睨み付けながら言う。

「……『賢者の子孫』殿の後ろの席だったらしいな?」


 女生徒はビクッとした。佐伯は続ける。

「新人で臨時講師だが、これでも副担だ。彼を守れなくて、俺も申し訳ないと思っている。……でもさ、授業中はまずいだろ」

女生徒は冷や汗をたらしながらも毅然とした態度で言う。

「なんの話ですか?たまたま彼の後ろに座っただけじゃないですか」


 佐伯は適当なサイズの紙を取り出し、切ってサイズを整えた。

「このくらいの紙だったと聞いている。それを受け取った彼は開き、中身を確認したあと……恐らくポケットにしまった」

「……」

「いや、別に手紙でのやり取りを責めているわけじゃあない。誰が誰と交友関係を持とうと、問題にならなければ俺が口出しすることでもないし、学院外なら好きにしろ。ただ、本当に授業中にやらないといけなかったことなのか?」



 女生徒は深々と頭を下げた。

「……授業中、シンくんに手紙を回しました。ごめんなさい」

「どうしてだ?」

「だってあまりにもかわいそうじゃないですか!なにも悪くない彼が怪我をして、しかも廊下に寝かされている。挙げ句の果てには捜査打ち切り!本人は笑って誤魔化していますが、絶対に苦しんでいます!」


 予想通りだ。嘘をついているようにも見えないし、表情の隅々からその思いの本気度がひしひしと伝わってくる。とりあえずあの手紙が関連事項であることは確定した。あとは流れに任せて問題ないだろう。


 佐伯は話す。

「なるほど……まあたしかにそうだろうな。他の生徒達も不安で仕方ないだろうし、同じクラスの仲間ともなれば尚更だろう。でもさ、そんなに急ぐ内容だったのか?その手紙ってのは」

「……はい。まず情報が届いたのが今朝でした。最初は放課後に渡そうとも考えましたが、いつ犯人が現れるかわからないと思い、頃合いを見計らって出来るだけ速く渡すことを決意しました」


 妥当な判断だろう。彼女が標的より優れているとはお世辞にも言えない。アリスも捕捉されたら手を抜かないだろうし、殺しかねない。

「魔術での伝達手段っていう方法もあるじゃん?どうして手紙なんて回りくどいやりかたを?」

「先生知らないんですか?魔術による伝達は、高い能力を持つもの同士でないと結構簡単に傍受されてしまうんです。ましてや相手は得体の知れぬ者、魔術の高い素養を持つと考え、物理的削除も容易な手紙にしました」


 佐伯は腕を組んで唸る。全く知らなかった。そもそも魔術による伝達手段を知ったのも最近だが、そんなことになっていたとは。こっちの方面でも調査が必要かもしれない。


 佐伯は本題に移る。これを知るために、こんな回りくどい方法をしているのだ。

「……で、問題の手紙の内容は?」

「……公表しない、シンくんを責めないと約束していただけますか?」

「あぁ勿論。俺は教師だ。生徒のプライベートは守るさ」

「わかりました。お話します」




 佐伯は『掃除係』のジャケットを着て、日の落ちかけている首都を歩く。

「お、いたいた。しっかりやってるじゃないか」

女生徒と標的の生徒が行政区画の付近を歩いている騎士に話しかけている。やはり彼らは犯人が『国の関係者』だと読んでいるのだろう。


 情報の出所は女生徒の父の友人。その人物も騎士で、犯人の捜査にあたっていた。だが、ある日突然打ち切りの通達がやってきた。確かに長らく進展は見られなかったが、国家機関の付近で起きた一大事件への対応としてはあまりにもお粗末なものである。……と愚痴をこぼしていたのを父が聞き、たまたま調査をしていた女生徒に伝えたのだ。


 別に佐伯としては何の問題もなかった。好きなだけ国に不信感を持てばいい。末端の騎士など、所詮何も知らないのだから。ただ、自分で自分の首を絞めるような結果になっていることだけは留意してほしい。何百人も殺し、死体を弄んでおいて今更だが、殺さずに済むならその方がいい。


 佐伯は気配を周囲と同化させ、二人の様子をずっと観察していた。出てきた人に話しかけては、失敗。時折シンの顔を見て驚く者もいたが、やはり有用な情報は得られそうになかった。ごく稀に、佐伯でも知っているような有名人物が出てくることもあったが、そういった人物は『深い所』を知ってしまっている。簡単には話を漏らさない。



 辺りはすっかり暗くなってしまった。収穫はゼロに等しい。遠くからでも、二人のやり取りの内容はなんとなく理解できる。そろそろ帰らねば寮を閉め出されてしまうのだろう。

「……うん、特に問題はなさそうだな」

佐伯も、その日の任務の報告に向かおうとした。


 二人は、金髪の眼帯をした女性に話しかけた。佐伯は慌てて監視体勢を解除し、出来るだけ気づかれないように接近していく。

「なんでアイツが出歩いてんだ……!」



 シンは、僅かな疑念を胸に抱きながら今まさに行政区画から出てきた、『犯人の特徴を持った』人物に話しかける。

「……あんた、このあとどこへ?」

女性は肩にかけたバッグをかけなおしながら答える。

「買い物よ。用事があるならそのあとにしてほしいんだけど……ついてくる?」

シンは頷いた。



 間違いない。片目を眼帯で覆い、物腰などに差は見られるが、絶対に『犯人』だ。しかも行政区画から出てきた。これはほぼ確定と言っていい。だが証拠がない。速くそれを見つけなくては。

「そういえば、あなた達はあんなところで何をしていたの?見たところ学生の様だけど……親御さんが勤務していたとか?」

「実は俺達、1か月程前に発生した事件を独自に調査しているんです。同じ学院の仲間が傷ついたっていうのに、手がかりがないから捜査打ち切りなんていうこと、俺には許せません」


 話に多少嘘を盛り込ませたが、概ね事実を述べた。

「ふーん……でもそれって学院から禁止されたりしていないの?」

「はい。ですが今回の捜査打ち切りにはあまりにも不振な点が多すぎるんです。国の威信をかけた教育兼研究機関である魔術学院の警備システムがいとも簡単に突破され、あまつさえ生徒に被害が出たというのに、撤収が速すぎる。普通は授業を再開したとしても警察の方がしばらくいるはずです。それすらなかった」


 女性は興味なさそうに相づちを打っている。反論してこないか、もう少し情報を出すしかなさそうだ。

「……まあ、学院にも恐らく事情があると思うので百歩譲ってそれは仕方ないとします。ですが、『犯人の容姿』が少し判明しているのに打ち切りというのはやはり変です」

「どんな姿なの?私その事件良く知らないのよ」

シンは不信感を覚えながらも答える。

「金髪で、身長約165の女性です。あと、オッドアイですね」


 それを聞いた女性は不意に立ち止まる。

「あら不思議、私の特徴にほとんど当てはまるわね。もしかして私の事疑ってた?」

「えっ!?あっ、その、いえ」

予想だにしていなかった質問が飛んできた。シンはどもる。女性は笑いながら話す。

「答えづらいわよね、ごめんなさい。まさか学院の生徒ともあろう人間が『得体の知れぬ犯人に接触をしようなんていう大馬鹿野郎』なわけないわよね」


 皮肉めいてそう言った女性をシンは睨み付ける。犯人と確信して近づいた自分のことを言われているようで、無性に腹が立った。

「でもどうやって証明するんです?まさかアリバイでも見せていただけるんですか?」

「ちょっとシン!言い過ぎだよ!」

つい口走ってしまった。だが女性は気にしない。

「まあそうよね。眼帯も怪しいし」


 女性はシン達に向き直り、無造作に眼帯を外す。開かれた左目は澄んだ右目の青と違って濁っており、青というよりも群青に近かった。また、目の焦点は合っておらず、どこか虚空を見つめているように感じた。

「……ごめんなさい」

女生徒が咄嗟に謝罪した。シンはどうにも不信感が拭いきれず、睨み付け続けた。


 女性はにこやかに眼帯を付けなおす。

「気にしなさんな。私のちょっとしたミスでこうなっただけだし、今は受け入れてもいる。あなたが謝る必要なんてどこにもないわ。……よし、行きましょうか」

その後、特にこれといった異常もなく終わってしまった。



 3人は出会った場所まで戻ってきた。

「結構いい時間になってきたんだけど……どうする?話なら中で聞くけど」

「いえ……大丈夫です。ありがとうございました」

「こちらこそ。学院の生徒がどんな人達なのか興味あったし」

「それでは私達はこれで失礼します」


 立ち去ろうとした二人の背中に女性が言う。

「『アリス』。私の名前。何か困ったことがあったら出来る限り対応するわ」

二人は振り返って頭を下げたあと、そそくさと寮へと戻っていった。



 見えなくなるまで手を振っていたアリスはそっと眼帯を外す。

「……行っちゃったね」

「あぁ。俺には全く気づいていなかったようだな」

どこからともなく現れた佐伯はシン達が去っていったほうを見つめている。

「しかし驚いたぞ。てっきり眼帯の下は赤い目だと思ってたから、ヒヤヒヤしたぜ」

「レディはいくつか秘密を持つものよ。それよりもどう?あの二人」


 佐伯は僅かな殺意をもってこたえる。

「この後の行動次第だ」


 流星が夜空をかけぬけた。

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