予想外
シェリーの村人の獣人をいたぶり、犯し、楽しんでいる者達を余所目に周囲を見回す人物がいた。顔はわからないが、身長から判断して男性だろう。
その男は徐に手を挙げ叫ぶ。
「退却だ!情報より1人足りない。別の村の者達が襲ってくる危険性がある!撤収の準備だ!」
その声を聞き、他の男達は急いで片付けを始める始める。
数分後、その男...仮に隊長としておこう。隊長に別な男が話しかける。
「報告します。奴隷市場に売り払う獣人の確認も終了します」
「了解した。では、北ルートを通り帰還する!」
部隊が帰還ルートの草むらへ入ろうとすると、その前に誰かが立っている、1人でだ。
別な隊員が声をかける。
「生き残りか?どけおら!スッゾオラ!!」
その立っている男は何かを話す。
「...クローンヤクザみたいなこといいやがって。まあいい、あんたらに恨みはないが訳あってあんたらを殺しに来た」
「殺しに来たぁ!?死にてぇのか!?」
「死ぬのは...そっちだろ!!」
男は腰に差した剣を抜き、振り下ろす。すると、地面に数メートルの亀裂が入る。明らかに剣のリーチより大きく、深い。
「逃げても...いいぜ?」
(やばい、威圧しすぎた。しかも今思うとくっそ恥ずかしいわこれ...大丈夫?ちゃんとビビってるかな?)
陽介は我に還り、襲っていた連中を伺う。予想以上に狼狽えている。
(よし、頼んだぞ。アリシア、シェリー)
(あのバカ!敵が密集しちゃってるじゃない!)
アリシアは苛つく。相手がそこそこ分散しなければ倒した後に再び逃げるのが困難になる。次の陽介の行動を待つしかなかった。
(今だ!)
シェリーは即座に磔にされている者達を解放するために走り出す。彼女は個人スキル『隠密行動』をBランクで持っている。シェリー本人がミスを犯さなければ基本的に気づかれることはない。
シェリーを視認した陽介は次の行動に移る移る。再び煽動する。
「そっちが仕掛けてこないなら、こっちからいかせてもらうぞ!いいのか?死ぬぞ?」
これは半分自分にも言い聞かせていた。陽介自身に生き残る自信がないのだ。
だが、作戦は成功する。4人が剣を抜いて突進してきたのだ。レベル差と『高速学習』により、相手の動きが手に取るように分かる。1人目は脇を斬り、2人目は顎を蹴り挙げ、3人目は受け流し、4人目は首もとに剣を当て、戦意を喪わせた。
「へぇ...読んでおいて良かった」
呆気に取られている中、部隊の真ん中辺りの数人が首を180度捻られて死亡する。すぐに周囲を確認するも、発見は出来ない。
アリシアはそれを木の上で伺う。
「残り...13!」
隊長が声を発する。
「狼狽えるな!先程の獣人と同じ戦法をとれ!技量は奴よりも下だ!」
それを聞き、急に部隊に統制が戻る。先程と同じ様にはいかないだろう。だが、それでもやるしかない。陽介は銃と剣を構える。
「こういう時プレイ前なんて言ってたっけ...そう、これだ。...『Let's rock』!!」
近接武器を持つ者が取り囲む様に左右に分かれる。それを回転するように銃を撃ち、阻止する。そのタイミングに合わせて、正面から銃弾が飛んできた。剣による受け流しは不可能。かといって受けるのは危険が高い。『防御力強化』魔術を試す。
結果は成功。ダメージはない。陽介は銃のリロードを済ませ、再び構え直す。
アリシアは陽介のリロード開始タイミングで再び仕掛ける。敵の警戒度が上昇しているため、先程の成果は望めない。
「...ここだ」
アリシアは突進しながら蹴りを放つ。命中した隊員を地面とのクッション代わりにし、他の隊員の頭を掴んで再び地面に叩きつける。そして再び退避する。これで残りは11。
「君は...シェリーか!」
「しっ!静かに!あなたは治療魔術が使えるでしょ?他の人を治しながら助けてあげて!」
「あぁ、わかった」
シェリーは続々と仲間を解放していく。
そんな中、1人の獣人が目につく。彼は救助を助けず、ずっと武器の方を見ている。彼にシェリーは声をかける。
「何してるんですか!彼らに任せて私達は速く逃げないと!」
「俺の娘と...妻を...返せ!!!!」
彼は部隊の方向へ突っ込んでいく。
それは全ての者達にとって予想外の出来事であった。突っ込んできた獣人は確かに部隊の1人を倒すことに成功した。しかし、あくまでも1人だ。気づいた他の部隊の者達がすぐに獣人の男を仕留める。
「...皆殺しにしろ!」
隊長は怒りを込めてそう叫ぶ。不意を突かれた事にではない、獣人を解放していた事実に気づけず、死ぬ必要のなかった味方を失わせてしまった自分自身に怒ったのだ。
陽介は呆気に取られたが、隊長の声を聞いて突進する。標的はもうこちらには向かない。手負いが多く、より仕留めやすい獣人の方に向かうに違いない。
だが、突進もむなしく巨大な盾を持つ数人に防がれる。
「邪魔をするなぁぁぁぁ!!!」
アリシアは攻めるに攻められなかった。奇襲を仕掛けたとしても、ほかの獣人を巻き込む可能性があるうえ、発見される可能性が高い。
「...正攻法でいくしかないか」
木を飛び降り、注意の向いていない方向から足に蹴りを入れ、別な隊員にハイキックを繰り出す。即座に注意がアリシアに向いた。
「見つかっちゃったわね。いいよ、相手してあげる」
シェリーは恐怖していた。自分がでしゃばったことをしたから当初の予定から狂ってしまったと思ったのだ。その場にへたれ込み、俯く。
そんな彼女に声をかける男がいる。
「...貴様か。利用させてもらう」
「うおおおおおおお!」
アドレナリンが過剰に分泌される。時間が遅く感じる。目の前の相手が邪魔だ。陽介は無心で目の前にいる大男の顔面に剣を突き刺す。頭蓋骨が砕け、肉が裂ける感触が剣越しに伝わってくる。始めての殺人だ。だが不思議と恐怖心は沸かない。一刻も速く状況を打開せねば。陽介の頭にはそれしかなかった。
「動くな!動けば...わかるな?」
隊員が左右にさけ、隊長が陽介の前に現れる。右手に剣を握り、左腕には...シェリーが首を絞められていた。
残り...6。