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再審の男  作者: 藤澤トオル
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テリブル・インシデント・オールド・メモリー

 俺は反射的に飛び下がった。なんでかって?女性を傷つけるのは嫌なもんでね。それに、悪さをしているかどうかわからないじゃないか。勝手に悪いやつと決めつけて暴力を振るうなんて、俺には出来ないのさ。


 しかし、それはあくまでも身勝手な男子生徒の判断、女性は違った。咄嗟に男子生徒の顎の下に貫手を突っ込み、呼吸を乱す。女性には関係なかったが、男子生徒のあらゆる魔術が解除された。

「ん?一年生か」

そう言いながら女性は男子生徒の腹に拳を入れ、その場に沈ませる。彼の、改造された寝間着の防御魔術を突き破ってだ。


 男子生徒の意識は絶てておらず、喉の奥にある不快感に囚われていた。女性は男子生徒の腹に蹴りを入れて追撃。嘔吐と共に男子生徒の意識が失せた。

「顔は……見られててもいいか。なになに?……確かにね、了解」

女性は男子生徒に触れ、彼をその場から消し去った。




 佐伯は寝癖を立てたまま廊下を歩く。昨晩は久しぶりに左腕のメンテナンスをしていたせいで、夜更かししていた。やっと取り戻した自分の腕。一度失われた腕。奪った者の腕で代用していたが、正直な話限界が近かった。二度目である自身の人生を大きく変更させた憎き腕は生命維持装置と化したが、それも停止間近だったのだ。


 今は違う。これまた皮肉な話であるが、自らの命を狙う者からヒントを得たのだ。これにより佐伯の左腕は復活し、今まで左腕であった部分は俗に言う『魔力』として存分に使う事ができるようになった。ジヤヴォールと龍骨剣、本来の右目を失い、以前の様に不条理の塊の様な動きが出来なくなったとはいえ、佐伯の戦闘力に大きな変化はなかった。


 職員室の扉をあくび混じりで開ける。

「おはようござ……どうしたんですか。勢揃いなんて珍しい」

「モーゼスか、おはよう。とりあえず席に座りなさい。話はそれからだ」

ドゥイリオに促されるまま席に座る。ドゥイリオの顔つきは、いつになく真剣であった。


 まだ状況の把握が出来ていない人間が佐伯以外にも多いのか、職員室はざわついている。そんなざわつきを破るように、学長と副学長がやってきた。彼らの顔も最初に見たときは違う貫禄を感じる。

「みなさんおはよう。今日出勤の予定がなかった人達にも集まってもらったのは、この学院内で事件が発生したからだ」


 副学長がボードに地図を張り付ける。キャンパスマップだ。2地点に丸印がついている。

「事件発生地点はこの2ヵ所。事件概要は、『深夜、不審な人物を察知した生徒が見回りにいったところ、不審人物から攻撃を受け、気絶。気づいたときには、寮の廊下に寝かされていた』」

つまり、被害生徒は一人だが、被害箇所は2つ。


 ある教師が手をあげる。

「その生徒は無事なんですか?」

「外傷が見られたが、治療魔術で問題ない範疇だった。そうそう、被害生徒だが……一年Sクラスの『彼』だ」

あたりがどよめく。無理もないだろう。だが、そのどよめきとは違う感情を抱く人物が二人いた。


 被害生徒は、標的の生徒だった。


 佐伯は人知れず殺意をにじませる。情報が漏れている?標的のガードを固める理由作りか?これで容易に接触出来なくなった。副担任という立場を活かしても限界はある。任務の長期化は免れないだろう。


 『どうやって』彼を倒し、瞬間移動させたのかは佐伯にとってあまり問題でない。『誰が』『何の目的で』やったのかが重要である。学長、副学長がわざわざ学院にリスクを持ち込むような事をするとは思えない。ロゼは……誰かに委託した可能性はあるが、動機が薄い。それに彼女はどちらかというと、任務に協力的である。


 八選帝侯を快く思っていない貴族の関係者?皇帝より、『賢者』を信仰する者のさしがねか?そんな奴、探せばいくらでも見つかるはず。特にここは『実力主義』の権化みたいな学院だ、地位に逆らい実力を重んじる者は多い。だが、佐伯が接触して行動を起こすのも難しい。

「……係長と騎士長に頼むか」


 学長が手を叩く。

「静粛に!現在、帝国警察が騎士団と協力して捜査中だ。学院内には関係者以外の立ち入りを禁じている。よって、しばらくの間休校とさせていただきたい」

ドゥイリオが挙手する。

「その分の授業数は?また、生徒達への連絡は?」

「授業に関しては、補講の導入や長期休暇を削減することで対応する。生徒達への連絡は、既に入れておいた」


 佐伯が手をあげた。

「関係者以外立ち入り禁止とのことでしたが、私達教師の立ち入りは可能でしょうか?」

「基本的には禁止だ。だが役員、クラス関係なく一年生の担任、副担任、そして各学年の学年主任の立ち入りは許可されている」

「つまり、ここに長く置くことの出来ない荷物などは今のうちに運び出すか、該当者に管理を任せるということですか?」

学長は頷いた。



 その後、簡単な事情聴取のあとに問題なしと判断された荷物達の撤収作業が始まった。例により、佐伯は『許可されている』人間なので本を読んでいた。ロゼが佐伯の肩を叩く。

「私の棚に茶葉が入ってるけど、残した奴は好きに呑んで構わないからね」

「ありがとうございます。ありがたく使わせていただきます」


 辺りの喧騒に紛れて、ロゼが佐伯にだけ聞こえる声でささやく。

「私の方から騎士長様と八選帝侯の側近に伝えておきます。あなたは係長への報告のみで構いません」

「了解しました。よろしくおねがいします」

ロゼは手を振りながら荷物を台車に乗せて退出していった。


 図書館も当然閉まっており、佐伯はすぐさま暇になった。かといって、帰宅しようにも被害生徒が所属するクラスの副担任なので保護義務があり、帰れない。ドゥイリオもいるが、これ見よがしに自身の残っていた仕事を片付けている。



 佐伯はたわむれに推理をすることにした。思えば、プロファイリング能力を得たというのにシャルルとの列車事件以来使う機会が一切なかった。たまに使わねば、宝の持ち腐れというやつである。


 まずは公開されている情報の確認。

・被害生徒は一年Sクラスの生徒『シン・マクスウェル』。学生であるが、そのあらゆる能力は現役教師陣と同等かそれ以上。

・事件発生時刻は深夜。どうやら昔からの習慣で、睡眠中一定時間毎に広範囲の索敵魔術が発動するらしい。その魔術に不審な反応があったため移動。

・暗がりであるが、細心の注意を払って複数魔術を重ねがけして様子を見ていたものの、なぜか気づかれ、抵抗やむなく意識を絶たれた。

・早朝、気づいたときにはなぜか寮の廊下に寝かされていた。

・犯人の具体的容姿は覚えていないが、金髪。恐らく女性。特徴としては、赤と蒼のオッドアイ。


 オッドアイ、それも赤と蒼の。佐伯にはその容姿に心当たりがありありとある。助けあったり、殺しあったり、恩を売ったりした、金髪の女性に心当たりがある。だが瞬間移動という技を見たことはない。それはどちらかと言うと、彼女の姉らしい人物であるカリーナの技ではないか?


 というか、その女性はまだ寝ているはずだし、仮に夜中覚醒したとしても、数日間も寝込んでいた人間が国のパワーバランスを崩しうる人物を倒せるのだろうか?いや、確かに彼女が万全の状態なら正面からぶつかりあってもいけそうだが。


 そもそも動機は?佐伯と似たように暴走状態に陥ったとは考えにくい。敵味方の識別は出来ても、歯向かってきた人物を殺さずに気絶させるなどという『器用なこと』が出来るとは思えない。操り人形……いや、彼女がそんな器か?


 佐伯は時刻を確認する。退勤しても良い時間になっていた。すぐに学院を出て行政区画へと向かう。途中何人かの教師や警察、騎士に呼び止められたが適当に言って誤魔化した。

「まさか起きてないよな……」




 係長への報告より先に研究室へとやってきた。ノックする。

「失礼します、掃除係のコードネーム『ニンジャ』です」

「なに?ミスター・サエキか!ちょっとだけ待ってくれ!いや本当にちょっとだから!」

佐伯は脈を測る。先程まで廊下を歩いていたせいか、少し速い。

「私の脈で100測ります。それ以上は待ちません」


 研究室内がドタドタと音を立てている。佐伯はそちらを見ず、廊下に飾られている花瓶や絵画を眺めて待っていた。

「98……99……100。終わりました、開けますよ!」



「あ、久しぶりヨースケ」

「……」

「とりあえず座りなさい。見てこのケーキ、師匠が二人で分けるために4等分したら、ヨースケがきたせいで急遽12等分して、そっから慌てて6等分に戻したケーキの5ピース分よ」

「待て待て待て、情報量が多すぎる」


 佐伯は目頭を押さえて深く考え込んだ末、アリスに尋ねる。

「……近所にある学院の生徒をボコしたか?」

「うん」

「学院に侵入したか?」

「うん」

「ボコした生徒を寮の廊下に寝かせたか?」

「うん」

「お前……そのせいでお前……俺の苦労がお前……」

「あーはいはいはい。掃除係の任務がそこだったのね。いやーごめんなさい、『寝てた』からわかんないや!」


 アリスはケーキをフォークで切り取り、口に運んでいる。ジネットは口に生クリームがついた状態で佐伯にフォークを渡す。

「ほら、君の分のフォークだ。使いたまえ。勿論未使用だぞ?皿はそこら辺にある適当なやつを使ってくれ。薬品まみれのもあるから注意な!」

「……」

佐伯はフォークを受け取り、汚れていない皿にケーキをよそった。


 ケーキを食べながら尋ねる。

「……で、いつ起きたんだ?」

「昨日の夜。……心配かけてごめんなさい、でも大丈夫だから。もう私は迷わない」

「その台詞、ケーキ食いながら言って欲しくなかったなぁ……」

「このケーキは私の復帰祝い。文句があるなら私が食べちゃうけど?」

アリスのフォークが佐伯のケーキに伸びたが、佐伯は皿を動かして回避。


 すました顔でアリスは自分のケーキを食べる。ジネットは紅茶をすすりながら言う。

「アリスはこんな態度だが、昨日まで大変だったんだぞ?ベッドから全く動かないのに、全身の筋肉は覚醒状態そのものだし、勝手に傷も増えていくんだ。気持ち悪いったらありゃしない」 

「結構酷い言い草ですね……そういう師匠も私が起きた時ほぼ全裸だったじゃないですか。どうしたんですか、あれ」

「過剰に頭と身体を使用すると発熱してな、飲み物やらでの冷却が間に合わないときに脱いで放熱する」

「うわぁ……変な人」



 そんな会話をよそに佐伯は絶望していた。本人からの証言も得られたが、今回の事件の犯人は間違いなく『行政関係者』であり、よりにもよって佐伯の『身内』である。バラすか?馬鹿野郎、もう任務がどうだとかの話ではなくなる。最悪掃除係の職も解雇だ。


 明日からどの面下げて学院に向かえばいいのか。前と同じように振る舞えばいい?無理に決まってる。なにせ、現状唯一の『同じ世界からの来訪者』が犯人なのだ。例えるなら、アリスは始めての海外旅行先で見つけた同じ国の人間並みに安心感がある。どのような理由であろうと、庇いたくなってしまう。


 

 大事な事を聞き忘れていた。

「……なぁアリス、『なぜ』『どうやって』侵入した?」

「簡単よ、私の左目に宿る力を使って時空間ねじ曲げて入ったの。なぜっていうのは……」

「私が提案した。ここから近くて広い場所があそこくらいしかなかったんでな」

「おいちょっと待て、時空間がなんだって?」

「そのまんまの意味よ。あなたの右目が楔としてジヤヴォールの力を可能な限り引き出せるように、私の左目も『誰か』の楔として力を使える。それがたまたま時空間操作だったっていう話」


 この女、さらっと驚愕の事実を暴露してきた。漫画などで良く最強格の力として現れる時空間操作、それをアリスは使えるのだ。だが、佐伯の中にある疑問が生まれた。

「じゃあさ、なんで俺との戦闘中に使わなかった?使えば簡単に勝てたはずだろ?」

「使えるのと使いこなせるのは別物。あなたは数学の公式を知っているからといって、それに関連する超難問をスラスラと解ける?」

「……無理です」

「『高速学習』で得た知識を使って、世界中のあらゆる問題を解決できる?」

「……出来ません」

「それと同じ」


 食い下がるしかなかった。今使える理由は?と聞いても恐らく睡眠中に訓練した、と返ってくるだろう。生徒を殴り飛ばした理由も大方想像がつく。極秘行動を見られたからか、単純に敵だと誤認したか。しかしなんと報告すればいいのだろうか。このあと一体どうすれ

「待て、俺のケーキが減っているんだが」

アリスがフォークを口に運んでいた。その切り口は、佐伯のケーキから切り取られているものと一緒だ。


 アリスがフォークにケーキを乗せたまま佐伯に向ける。

「ヨースケ、あんた変わったね」

「悪い方にか?そりゃすまんな、誰かさんのせいでストレスがたまってるんだ」

「違う違う、良い方によ。前までのヨースケはその……生き急いでいた感じがした。ヘラヘラしていても、どこかに闇があった。ろうそくの最後の灯火の様に、燃え盛っていた」

佐伯は狐につままれた様な顔をしたあと、苦笑いをする。

「当たり前だろ、時限爆弾が外れたんだ。身体は軽くなるさ」


佐伯はアリスのフォークにのったケーキを食べる。

「あっ!ふざけるなよ!」

「うるせぇ!もともと俺のだ!」

「私のフォークにのったから私のだ!」

「あ?この野郎!」

「やめろ!わざわざ残しておいたイチゴを取るな!」

「そう言いながら俺のイチゴを奪うな!」



 ジネットは頬杖をつき、その様子を微笑ましく眺めていた。

「……なるほど、こりゃ確かにあんたが妬くわけだ。ねぇ?『アリス』」




 ケーキ争奪戦をしている陽介とアリシア。二人の顔は、まるで数年前の和気あいあいとしていた頃を思い起こさせるように、笑っていた。

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