エンパイア・スクール・オブ・マジック
佐伯は腕組みをしながらしかめっ面をする。懲罰騎士の足を食らった時に得た記憶から、この世界の基本構造は理解している。レベルという概念はないが、スキルの概念はあり、それに付随してステータスの上限が向上する。ほぼ同じと言って良いだろう。
そして、やはりこの世界でも魔術の根本は『現象に対する理解』だった。イメージ力、とも言い換えられるかもしれない。魔力は魂から産まれる点も同じ。詠唱も同じように確認作業の意味合いが強い。
逆に前の世界との相違点。
まずは詠唱。確認作業ではあるが、それをしないで行える者は極少数である。
物体に付与する魔術について。魔力を込めたペンで、付与したい魔術の文言を書いていく。効力は術者の力量に依存。もしくは、単純に魔力を通して動作をイメージする。効力は通した魔力量とイメージ力に依存。前者は服や壁など、出来るだけ長い期間使われるものが多い。後者は戦闘時によく使われるもので、懲罰騎士が放った『パラレルスラッシュ』なる技も、これを研鑽した賜物である。
総合的に見て、佐伯が間近で見てきた人物が皆規格外とはいえ、前の世界の方が魔術、科学、ともに発展していたと言える。それでも
「……本当にこんなもんなのか?」
二年生Aクラスの放つ魔術は、あまりにもお粗末なものであった。
佐伯は思わずロゼに耳打ちする。
「すみません、私の卒業校が異常ということなら申し訳ないんですが……『この程度しか』出来ないんですか?」
ロゼは生徒達から目線を離さずに答える。
「ここはAクラスです。昨年度の成績でクラスが別れていますが、SクラスとAクラスには明確な力量差があります。さぞ優秀だったんでしょうね、モーゼスさんは」
皮肉を込めて佐伯はそう言われた。
というか、佐伯の方が先に皮肉を言ったと見るべきだろう。自慢とも取れるその発言に佐伯は今更気付き、顔を赤くして天井の染みを数えることにした。
「生徒から目を離さないように」
「あっすみません」
ロゼに注意され、生徒に目を向ける。
ターゲットに当てるだけの魔術に対する平均詠唱節は約3。同時に動いた場合、リカルドなら既に勝敗は決し、マリーの矢ならば発動前に喉を貫いている。正直言って、開拓者にすらなれない。まぁ、『温室育ち』の人間と『日を跨ぐのがやっと』の人間を比べるのは酷というものだろうが。
佐伯はあまりにも暇になり、空気中の水分を集め、水の塊を作る。それを凍結させ、掌で転がす。
「遊ぶなモーゼス。……というか、それどうやってるんですか」
「説明が難しいんですが……空気中を漂う水分、今日は少なめですが、それを魔力を使って火の玉を作る要領で掌に集めます。そこから、今やっている冷凍系の魔術をその水にかける。という感じですね」
ロゼは言われた通りにやり、いとも容易く作り出した、それも佐伯より綺麗な球体にして。少し転がしたあと、それを生徒達が必死に当てているターゲット目掛けて投げつけた。パリン、という音ともに氷の玉は割れた。生徒達は不意に後ろから飛んできた球体に驚き、思わずロゼと佐伯の方を見る。
ロゼは手をプラプラと振りながら言う。
「なるほど、非常に精巧に作られた『子どもだまし』というわけですか」
「えぇ、子ども向けの物を雑にするわけにはいきませんので」
ロゼは生徒達を見て言う。
「見世物じゃあないぞ!出来るようになりたかったら速く素早く基礎をこなせるようになれ!……1節で撃てるようになった奴は私のところに来なさい。教えてあげましょう」
生徒達は慌ててターゲットの方に向き直る。
佐伯は生徒の方を見ながら呟く。
「サラッと僕の成果奪いましたよね」
「私の方が上手くできたんだから当然でしょ」
一人の女生徒がやってきた。ロゼが尋ねる。
「1節で撃てるのかしら?」
「はい」
「よろしい、ちょっとやってみなさい。みんな注目!テストの時間です」
ロゼがターゲットの一つを開け、女生徒に撃つよう指示する。自然と視線はそちらに集まり、緊迫した空気になる。
「……はじめ!」
「……『氷』」
女生徒は一言だけ呟いた。彼女の前にかざされた拳からは氷のつぶてが産み出され、射出。ターゲットに命中した。
ロゼは紙にスラスラと何かを書いた後、呟く。
「合格よ、おめでとう。さっきのやつ、教えてあげる」
「……ありがとうございます!!」
女生徒は勢い良く頭を下げた。
「感謝する必要なんてないのに……ほらみんな!!速くクリアしなさい!疲れたら適宜休憩を取るように!」
生徒達は再び必死になって魔術を打ち出し始めた。
ロゼは佐伯の肩を叩く。
「あなたが教えてやりなさい。私は他の生徒見てるから」
「え……え?」
佐伯は目の前に立つ女生徒に向き直る。
「よろしくお願いします!」
再び勢い良く頭を下げた。
「あ、その……こちらこそよろしく」
佐伯はまず、先程した説明をしながら作り出す。
「……とまぁ、こんな感じにやるんだけど。出来そう?」
「うーん……集めるのは出来そうなんですけど、同時に別な魔術を使うというのが」
佐伯は少し考えたあと、アプローチを変えることにした。
「さっきはつぶての状態に氷を作ってたよな?それを球状に産み出すんだ」
女生徒は決意を固める。
「やってみます!!」
女生徒は深呼吸し、集中力を高める。佐伯は万が一に備え、いつでも動けるようにしておく。彼女の掌に、ゆっくりとだが氷の塊が現れ始めた。複数ある、歪な塊。女生徒は心配そうな目で佐伯を見る。やはりこのやり方は難しそうだ。
「一回解除しろ。その後、空気中に散らばる水を集めるんだ」
女生徒は一度肩を下ろし、解除する。その隙に佐伯はバレないように空気中の水分を少しだけ増やした。
「……大丈夫です。はじめます」
今度は、掌にしっかり一つの水の塊ができた。大きさはあまりないが、それでもちゃんとした球体である。
「やった……!こ、このあとはどうしましょう!?」
佐伯は女生徒の掌に自分の手を添える。彼女は、両手で水の塊を作っていたのだ。これからやる動作は、片手でやらなければ難しい。
「片手だけ離して、この塊に冷凍魔術をかけるんだ。心配するな、俺も支えておく」
「……はい!!」
佐伯は震える女生徒の手を支えつつ、状態を随時確認する。彼女はゆっくりともう片方の手を動かし、水の塊に冷凍魔術をかけた。
少しだけ佐伯の手が凍った。痛むほどではないがダメージはある。注意するべきか……いや、一度経験させ、自信をつけさせた方がいい。幸運にも女生徒には見えない角度だったので、継続してやらせることにした。佐伯は平静を装う。
「ゆっくりでいい。まんべんなく、全体が凍るように……」
数十秒後、完璧な球体が出来た。
「……よし、冷凍魔術だけ解除するんだ。それで、掌にゆっくりと下ろせ」
女生徒は佐伯の指示通りにゆっくりと動かす。掌に触れたそれはとても冷たく、集中力を使っていた女生徒の身体と心をクールダウンさせた。
佐伯はゆっくりと手を離す。
「成功だ」
「……やった。やった、やりました!!」
「おめでとう!助けたとはいえ、完璧な球体だ!えーっと……」
「『フランシスカ』です!!先生!ありがとう!!」
浮き足だっているフランシスカから見えないように凍った手を隠して、自身の身体に押し当て急速解凍する。
ロゼがグラスを持ってきた。中には飲み物が入っている。
「お疲れ様フランシスカ。あなたがこの学院内生徒で最初の成功者よ」
フランシスカはグラスに先程産み出した氷を入れる。アイスティーだ。
「私が保管してる中で一番高いお茶葉で淹れたわ。さぁ、飲みなさい」
フランシスカは恥ずかしそうにグラスを掲げ、ロゼがその腕を掴んで高くあげさせる。顔を真っ赤にしたフランシスカは、一気にアイスティーを喉に流し込んだ。
「ゲホッ!ゲホッゲホッ!」
勢い良く流し込んだせいでむせた。拍手をしていた他の生徒達に笑いが広がった。
ロゼがパンパンと手を叩く。
「あなた達はまず1節で詠唱出来るようになりなさい!氷の玉に関しては、学院での成功者最速3人までこれを飲ませてあげる!」
俄然他の生徒はやる気をだした。
両手でグラスを持ち、呆然としているフランシスカの背中をロゼが叩く。
「ひぁっ!?」
「中々良かったわよ。練習するときは、私かモーゼスを呼びなさい。色々教えてあげるから」
「……はい!!」
「ねぇフランシスカ!1節の詠唱ってどうやってるの!?教えてくれない?」
「フランシスカの作った氷見せて!うわぁ……!すごい綺麗!」
フランシスカの周囲に人だかりが出来ていたが、授業に関することだったので佐伯とロゼは見逃すことにした。
佐伯は壁に寄りかかって、凍傷の跡が見えないように腕を組む。横にロゼがやってきた。
「ああいう時はしっかり言いなさい。事故のもとよ」
「さぁ?なんのことでしょうか?」
「言えないようなら両手を」
「申し訳ありませんでした。ですが、あれが私のやり方ですので。『生徒に自信を持たせる』、それを優先しました」
「ふーん……」
ロゼが佐伯の顔を覗きこむ。
「ねぇ、臨時講師じゃなくて本気でここに就職しない?」
「お断りします」
「お願いよ、ちょっとだけ!ちょっとだけ!」
「嫌です。あ、15分前ですよ」
二人は思考を戻す。
「はい、今日の授業終了!整列!」
生徒達を整列させ、ロゼが言う。
「今日は氷系統の魔術基礎と発展をやりました。発展に進めたのはフランシスカでした、拍手!」
全員が拍手した。鳴りやんだ後、ロゼが続ける。
「私としては、あなた達全員に発展をやらせたいです。ですが、それも基礎をマスターしてから。今日の復習を忘れずに!」
佐伯の方に目配せされたので、自分からは何もないことを手振りで表した。ロゼは頷く。
「今日はこれで終わり!着替えて、次の授業には遅れずにね?」
生徒達はぞろぞろと更衣室へと歩いていった。佐伯とロゼも、職員用の更衣室に歩きだした。
一人の生徒が、佐伯とロゼの背中をいつまでも見つめていた。
「おーい!速く着替えなよ!」
友人に呼ばれ、その生徒は仲間達の元へ小走りで移動した。
着替え終えた二人は、廊下を歩く。
「この後に授業は?」
「今日はない。明日からはあなたにも普通にやってもらうから。と言っても、私ともう一人の補助をお願いする感じね」
「……ん?では今私達はどこに向かっているんですか?」
「どこって……職員室だけど」
職員室。懐かしい響きだった。大学にもないわけではなかったが、利用する機会はほとんどなかった。小中高含めてもほとんどなかったが。専ら、やらかした生徒が呼ばれる場所、もしくは遅れた課題の提出場所という意味合いが強かった。
そんな場所に、今は自分が居座る立場になった。歳はとりたくないものだな、と思ったが本職じゃないので気にする必要性はないことを思い出した。とにかく、期待半分不安半分でついていった。
ロゼはドアノブを回して普通に入る。引き戸ではなかったことに少し疑問を覚えたが、良く考えたら学院内に引き戸はなかった。佐伯も続いて入る。
「左奥から数えて3つ目にある空きの机があなたのよ。好きに改造して大丈夫だから。まぁ、あんまり改造しすぎると出ていく時大変だから程々に」
「は、はぁ……」
思ったよりも普通の造りであった。それは想像していた職員室独特の空気感がなかったというわけではなく、ただのやや個性的な机が並べられている部屋、という感じだったからだ。期待しすぎていた面がなかったわけではないが、それでも今まで見てきたこの世界の住人から想像していたものとは少し違った。
ロゼが声をかける。
「どうした、速く荷物を置きなさい。早速これからのカリキュラムを説明するから」
「あ、すみません!」
佐伯は慌てて荷物を置いて席につく。背中側にあるロッカーに剣用のラックがあったのでありがたく使わせてもらうことにした。
「よし。じゃあこれからの予定ね。不定期とのことだったから、とりあえず前期分の流れだけね」
科目は『実践魔術』。魔術と銘打ってあるが、剣術や格闘術も学ぶ。現代の科目区分で言うならば体育が近い。担当クラスは1年のSとA、2年のA、3年のA。週に2回あるので、8時限分だ。基本的にはロゼともう一人の補助として参加する。筆記試験はなく、日々の進行度で成績をつける。当然期末テストといったものもない。例で言うならば、今日のフランシスカはS判定が貰え、1節で唱えられた者はA、2~3節の者はBといった具合だ。
標的は、1年のSクラス。流石の貫禄といったところだろうか?
ロゼが淹れてくれた茶のすすりながら渡されたカリキュラムを再び見る。今更ながら、教育者の凄まじさを実感する。さらにクラスの担任は生徒達の年間行事や生徒達の成績管理、学院内での素行に目を配らねばならないのだから、過労は免れない。
「あ、ちなみにモーゼスは1年Sの副担任よ」
「は?臨時講師なのにですか?」
「そうよ。去年までいた先生が異動になられて、空きが出来ていたところにあなたが来た。大丈夫、次が見つかるまでの辛抱だし、ほとんどは担任に任せて問題ないから」
「ちなみに、ロゼさんは……」
「3年Cの担任。そろそろ進路を決めてもらわないと困るのよね」
そう言いながら飲み物を飲むロゼの顔はどこか嬉しそうだった。こんな仕事、やはり子どもが好きでないと続かないのだろう。恐らくこの任務を与えた騎士長は、そういうことも全て踏まえたうえで佐伯に依頼したに違いない。佐伯は、やはりあの男が好きになれない。
こうして、佐伯の異世界転生後初めての学院生活が幕を開けた。無論、任務で。




