ワット・イズ・ヒズ・ジョブ?
係長は机に肘を置き、手を組みながら尋ねる。
「本当にいいのか?ミズ・シュタインベルクが目覚めてからでもいいんだぞ?もう3日も目を覚ましていないんだ。近くにいてやったほうが……」
「善は急げと言いますよ。それにアリスは強い女性です。私がいなくても問題ないでしょう。それでもあえて言うならば……『ゆっくりしていい』と伝えてください」
佐伯は振り向かずにそう言った。装備を整える。カートリッジホルダーに回復薬、ポシェット、左腕に特注の装備。カリーナとの戦闘で手にいれた人間本来のものとなんら遜色ない左腕。非常に不服ながら総合的に見て戦闘力は低下したと言わざるをえない。それを補うために、ジネットに用意してもらった装備だ。
次に尋ねてきたのはフェイ。
「一人で大丈夫?推奨人数はあくまで推奨、別に複数人で参加してもいいのよ?」
ジャケットに袖を通す。職員用に配布されているもので、多くの機能が備え付けられているが、その全貌を明かすことは許されない。
「大丈夫です、何事も経験ですから。尻拭いも私一人の手でやるつもりです」
最後にサレンダー。
「定期的な?」
「報告、連絡、相談。ですね?」
剣に追加された機能を確認する。完璧だ。
「行ってこい、新人!!」
佐伯はドアノブを握り、振り向く。
「コードネーム『ニンジャ』、任務開始します!」
係長は佐伯の去った部屋で資料を眺める。
「本当に大丈夫かなぁ?」
「そんなに心配なんですか?彼の実力は確かなものがありますよ」
「そっちじゃなくてな……『結果』の方だよ」
「でも騎士長直々の任務なんでしょ?受けないわけにはいかないじゃないっすか」
「そうなんだよなぁ……」
係長は茶をすする。恐らく佐伯はどんな形であれ、任務を成功させるだろう。だが、その結果が『誰にとっての』成功になるかはわからない。当の佐伯本人もわからない。この任務の真意を理解しているのは皇帝陛下、騎士長、係長の3人のみ。
騎士長も人が悪い。あえて『無関係の』佐伯に審議を任せることにしたのだから。フェイ、サレンダーのどちらに任せても必ず私情が混ざることを把握しているのだろう。つくづく騎士長が恐ろしくなった。
係長は外の景色を眺める。
「頼むぞ、ニンジャ。君に国の命運がかかっている」
騎士長は、自らの執務室で流れ作業的に書類に目を通していく。かつて『騎士から最も遠い男』と呼ばれた彼も、今は騎士達の長となり、デスクワークをこなす日々となっている。若い頃の好き勝手出来た時期が恋しい。
「……ちょっと休憩」
「数分前にしたばかりじゃないですか」
「駄目?」
「駄目です」
二人の傍付きにとがめられた。彼らは非常に優秀だが、少し頭が固い。嫌いではないが。
席に座り直し、時計を眺める。
「そういえば、今日は彼の初仕事だったな。どうなった?アレ」
男性の傍付きが答える。
「問題なく受領されました。サエキの初任務もそれです」
「そうかそうか、それは良かった」
その笑顔には何やら深い意味があるのは理解出来たが、傍付き二人にはそれを探る勇気が足りなかった。
騎士長も椅子を反転させ、外の景色を眺める。
「君の答えを楽しみにしているよ、ミスター・サエキ」
「騎士長、作業に戻ってください」
「わかってるよ。天気いいんだから少しくらいのんびりさせてくれ」
佐伯は早速任務地へと移動する。と言っても、行政区画から出て王宮の前を通りすぎ、少し歩いた所にある場所なのだが。
「……ここか。いや本当にここなのか?」
佐伯は思わず任務地にそびえ立つ建物を見る。荘厳な雰囲気が漂う、豪華絢爛な建物だ。犯罪者予備軍がいるとはあまりにも考えにくい建物だ。
佐伯は頬を叩く。ニュースを思い出せ。政治家とかにも犯罪者は多いじゃないか。むしろ金や権力で揉み消されるこのような場所にこそ犯罪者が多いのでは?
「……おし!行くぞ!」
佐伯は一歩踏み出した。
「あ、すみません。関係者以外の立ち入りはご遠慮させていただいております」
「あ、申し訳ありません。行政区画から来た者です」
守衛にジャケットのバッジを見せる。
「これは失礼いたしました。どうぞお入りください」
気を取り直して、佐伯は一歩踏み出した。
ここは『王立魔術学院』。この国における最高峰の教育機関であり、研究機関である。
佐伯はまず学長の元へと向かった。本館。最も大きく、最も目立つ建物。受付で話をする。
「本日、学長と面会を約束していた『モーゼス』です。お繋ぎいただけますか?」
「少々お待ちください」
連絡確認中、佐伯は周囲を見回す。身の危険を感じているという訳ではなく、設備の把握だ。
そこら中に耐熱性向上だの耐震性向上だのといった魔術が付与されている。石とレンガ作りではあるが、見た目からは想像出来ないほどの耐久力を誇るに違いない。まぁ、あくまでも『見た目より』程度であるが。
床のタイルにしてもそうだ。加工のようなものがしてあるに違いない。カタツムリの殻からアイデアを得た外壁というものを聞いたことがある。もしかしたら、ここの床も同じ様にしているのだろうか?
「お待たせしました。確認がとれましたのでご案内いたします」
案内されるがまま、学長室の前まで連れてこられた。受付嬢は会釈をして去っていった。ここならもう会話も聞かれまい。佐伯はノックをする。
「行政区画から参りました、『掃除係』の『モーゼス』です」
「入りなさい」
「失礼します」
中は広い造りになっており、棚にはトロフィーや盾といった物の他に写真らしきものも飾られていた。壁には、校長室みたく歴代の学長の絵が飾られている。そして、男性が二人、女性が一人いた。椅子に座っている男性が口を開く。
「まずは座りなさい。話はそれからだ」
「お言葉に甘えさせていただきます」
もう一人の立っている男性が茶を用意しようとしので佐伯は手振りで不要の意を示す。その男性が一歩下がったのを確認し、椅子に座っている男性……学長が話を始める。
「さて、『掃除係』がこんな場所になんの用かな?えーっと」
「ニンジャです……が、ここでは『モーゼス』と申しあげたほうがよろしいでしょう」
「ではモーゼス、こんな王立機関に犯罪者がいるというのは本当かな?」
佐伯は資料を出しながら答える。
「正確には犯罪者の疑いを持つ者です。……あったあった。これが標的の顔写真です。彼のパーソナルデータ、見せていただけますね?」
学長は写真を見て、露骨に不機嫌な態度になった。横に立つ男……副学長は流れ出た冷や汗をハンカチでぬぐった。
学長が恐る恐る尋ねる。
「……本当に彼なのか?確かに入学当初他の生徒と問題を起こしたが、それも相手側に全責任があったこと。そしてなにより……『大賢者』の子孫じゃないか」
佐伯はため息をついて、おもむろに立ち上がる。
「だからなんなんです?『英雄の息子は英雄』とでも言いたいんですか?」
「いや、そういうわけではないんだが……」
次は副学長。
「この学院の創立にも大賢者様は深く関わっていてな……あまり無下には出来んのだよ」
「では今回の入学もコネですか?王立機関ともあろう場所が、皇帝陛下の意向である『実力主義』を無視し、コネですか!?」
「彼は文句なしの主席入学だ」
「じゃあ別に捜査しても問題ないでしょう。それとも、この学院は裏のある者を主席入学させるほど危険なのですか?」
再び学長。
「彼は……王族とのコネクションもある。あまり騒ぎになると、大変なことになるかもしれん」
「王族を悪い人間とつるませたままでよろしいのですか?国家反逆罪で、懲罰騎士の代行として、この場で処罰する権限が私にはあります」
「違う!!そういう意味で言ったわけでは」
「あなた方の考えは概ねわかりました。……こうしましょう」
佐伯はコツコツと音をたてながら近づき、学長を冷徹な目で見下ろす。
「協力して標的の身の潔白の証明を手伝うか、拒否して預かり知らぬ所で大賢者とやらの子孫が野垂れ死に、管理責任を問われ地方に飛ばされるか、好きな方を選べ」
佐伯はそう言い終えたあと、一枚の紙を差し出す。誓約書だった。
学長はそれに殴り書きするようにサインをして指印をする。佐伯はそれを確認し、封筒に仕舞う。
「ご協力、感謝いたします。とはいっても、いつも通りにお過ごしください。むしろ、何かされると『知られてはまずい事』があるのではと判断し、私どもとは『別の者が』ここにやって来ることになりますので」
貼り付けた様な、仮面めいた笑顔だった。その薄気味悪さは、世界広しといえど、そうそう見つかるものではないだろう。
姿勢を正し、学長が先手を打つ。
「それで君の扱いだが、本当に『着任が遅れた新人教師』でいいのか?」
「えぇ。その方が生徒も接しやすいでしょうし。それにあくまでもまだ捜査中ですからね、露骨な行動は避けたいのです。まぁ、『何度も偉い人に呼ばれるような』事でも起きない限り大丈夫でしょう」
学長はさりげなく釘を刺された。
先程までずっと黙っていた女性が口を開く。
「学長、そろそろ私の担当教科が始まってしまうのですが……」
「おおすまなかった!!……ゴホン!改めてモーゼス、よろしく頼む。学院内で困ったことがあれば私か副学長、もしくは彼女を頼ってくれ」
「こちらこそ、よろしくお願いします」
女性が手を出す。
「これからよろしくお願いします。『リーゼロッテ』です。『ロゼ』と呼ばれています。お好きなようにどうぞ」
佐伯は手を握りかえす。
「モーゼスです。ご指導の程、よろしく頼みます『ロゼ』さん」
学長が言う。
「そろそろ1限が終了する。移動したまえ」
「モーゼスさん、あなたはまだよくわかっていないと思うので、最初は私の補助をしてください」
「わかりました。あの、担当科目は……」
「『実践魔術』です」
ロゼと佐伯は部屋を出た。
本館を出て、少し離れた場所にある運動場に行く。目立つのは体育館のようなものであるが、その造りは体育館にスポーツジムに近い設備や訓練場、トラックなどが付属しているまさに『総合運動場』である。
装備を外し、支給された運動着に着替え、荷物をロッカーに入れる。運動着と言っても、よく見る体操服とは少し違い、現代人がカジュアルの時に着る服に近い。スーツや制服より動きやすい、という事なのだろう。
「……よし!」
気合いを入れ、ロゼと合流する。
ロゼは既に着替えを済ませ、準備を進めていた。
「手伝います」
「ありがとう。じゃあ、あそこにあるターゲットを線に合わせて並べておいて」
指示された通りに動かす。よく見ると、入り口側にも白い線が引かれていた。距離は15メートルといったところだろうか?
その後も、言われた通りに手伝いをしていく。途中で速めにやってきた生徒達も協力してくれた。
「あの人も先生だよね……見たことないけど」
「この時期に新しく来たのか?もう入学式は終わってるのに……」
「ってか、若くね?いやロゼ先生も若いけどさ。学院の平均年齢高いじゃん?」
「でも若い先生の方がいいよ、活気があって」
そんな生徒達の会話が聞こえてきたが、佐伯には関係のないことであった。
授業開始。生徒達が整列しているところにロゼが言う。
「今日はまず、紹介したい方がいます」
「えっ!?先生の彼氏ですか!?」
「違います、お前減点な」
「すみませんでした撤回します」
「冗談です。えー、本人の事情により、着任が遅れました、『モーゼス』先生です。立場は臨時講師ですが、彼もあなた方を採点するので、なめてかかると落第します」
ざわついた生徒達を尻目に、佐伯は一歩前に出る。
「ご紹介に預かりました、モーゼスです。新人ですので、共に成長していきましょう。よろしくお願いいたします」
静寂。
「はい拍手!」
ロゼが無理矢理拍手をさせた。
「授業前連絡は以上です。それでは準備体操してまた整列してください」
準備運動している生徒達を見守りながら佐伯はロゼに話しかける。
「今日は具体的には、何をするんですか?」
「そうですね……氷系統の魔術基礎です。国内で最高の頭脳を持つ者のみが入学を許される学院とはい、彼らはまだ子どもです。理論の理解と簡単な魔術行使は出来ても、実用レベルには到底及ばない……そあいうことです」
佐伯としては、そちらの方が良かった。彼は魔術が使えないが、黒い霧を用いれば真似事くらいは出来る。魔術協会で受けた説明とマリーの魔術使用時の姿から、おおむねは一緒であることは既に把握している。実践的なものなら教えることが出来る。
それに、佐伯の経験上魔術を受けることはあっても、使うことはほとんどなかった。より高度な戦闘になるほど、精巧な技術を活かした密接戦になり、魔術を使う隙を全く与えないという状況になっていたからだ。使ったとしても、後方支援かあらかじめ仕掛けておいた魔術くらいである。
二年生Aクラスの授業、佐伯は期待を込めて見ることにした。




