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再審の男  作者: 藤澤トオル
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ザ・マンズ・マーダレス・インテント

 佐伯は騎士長と共に長い廊下を歩く。理由は勿論『掃除係』の部屋へと向かうため。騎士長は絶え間なく話続けている。

「サエキくん、私も長いこと騎士を勤めているが、君の様な剣を使う者は初めて見る。素晴らしい剣だ。それに秘密も多いんじゃないか?」

「お察しの通り、これは特注品です。ある店主から購入しました。特殊な機能を持ち合わせていますが……お答えできません」

「ハッハッハッ!まあ確かに!弱味を簡単に人に見せるべきではないからな!」


 そんな会話をしていると、とある扉の前に着いた。扉の上には『掃除係』の文字が。騎士長がノックをする。

「入るぞ!新人を連れてきた!」

一瞬部屋の中がざわついたが、騎士長は気にせずに開けた。


 中は非常に汚く、書類や酒瓶などが散乱していた。一番奥にいる短い金髪の男が慌てて敬礼をする。

「ご苦労様です、騎士長!」

「あぁそのままで構わない。君達の自由は皇帝が許しているからね」

それを聞き、中にいた者達は急にだらけだした。


 騎士長はそれを見て苦笑いを浮かべつつ話を続ける。

「紹介しよう、『私の推薦で』この係に配属されたヨースケ・サエキくんだ。仲良くしてやってくれ」

中にいた彼ら全員の空気が一瞬で変わった。殺意、敵意、好奇心。どれも正解だろう。重要なのは、それが全て佐伯に向けられていることにある。


 佐伯はそれを察しつつも、あえてこちらから殺意を滲み出させつつ一歩前に出て頭を下げる。

「今日から配属になりました、『一般人の』ヨースケ・サエキです」

「一般人……まさか騎士ちょ」

「それじゃあ私はこれで」

騎士長はそそくさとその場をあとにした。部屋内に残ったのは、佐伯達のみ。



 キィィン。金属の擦れる音が部屋に鳴り響く。佐伯が右手に発生させたタングステンで女性が投げたナイフを弾いたのだ。

「おい新人!殺意は他人に振り撒くもんじゃねぇぞ!」

「お言葉を返すようですが、私はあなた方の殺意に答えただけです」

「俺達はいいんだよ!……まあいい、『合格』だ」

「……ん?どういうことですか?」

奥に座っていた男性が立ち上がりながら答える。

「言葉の通りだ。改めて歓迎しよう、ようこそ『掃除係』へ」


 先程ナイフを投げた女性が指をパチンと鳴らし、デスクに乱雑に置かれていた書類などを『消す』。

「あの……これは?」

「ん?偽物だけど」

佐伯が右手の周囲を確認する。ナイフがない。辺りを見回す。

「何してんの新人くん」

「いや……ナイフも偽物なのかなぁって」


「そんなわけないでしょ」

佐伯は飛んできたナイフをキャッチ。当たれば即死のコースであった。

「あぁくそ!!私の敗けじゃない!」

「ヘヘッ、昼飯奢り決定だな!」

女性と対面する形で座っている男性がそう言った。恐らく佐伯が賭けの対象になっていたのだろう。


 奥の男性が言う。

「まあとりあえず座りなさい。話はそれからだ。あぁ、お茶でも飲むかな?」

先程の二人は即座に顔を背けた。間違いなく『ヤバい』やつだろう。

「遠慮しておきます」

安堵の声が聞こえた気がする。

「そうか、残念だ……じゃあ私だけ飲ませてもらうよ」

男性が即座に手を挙げる。

「係長、少し席をはずしても?あぁ、トイレなんですけど」

「さっき行ってたじゃないか!変なやつだなぁ」

次に手を挙げたのは女性。

「係長!書類整理に」

「君の書類はいつも整理されているのにかい?それ以上整理しても変わらないと思うが……」

二人は弱々しく手を下ろした。


 係長と呼ばれた男性が茶を注ぎ始める。この匂いは……キノコ類?しいたけ茶だろうか?それにしては匂いがやや『強い』。とにかく、佐伯にとっては怯えるほどの匂いではなかった。係長は茶を一口飲んでから話始める。

「まずは先程の行為から説明しよう。アレはこちらが独自に設けている『採用試験』だ。ミスれば死の試験。まぁ、それくらいの心構えが無ければやっていけないだろう、というこちらの意向さ」

「ちなみに実装してからクリアしたのはお前で二人目だ!誇っていいぞ!」

「いえ、私もあなた方の殺意が無ければ死んでいたでしょう」

「あれも試験の一環だからセーフだぞ新人!」


 係長が茶を飲む。

「これから君のコードネームを付ける。理由は、対象に本名を知られることがないようにだ。ちなみに、私は『係長』、もしくは『エイク』だ」

「俺が『サレンダー』」

「私が『フェイ』」

「好きにつけるといい。みんな自称だからね」

佐伯は秒速で答えた。


「『ニンジャ』で」


 係長が右手を出してくる。

「これからよろしく頼む、『ニンジャ』」

佐伯はその手を握り返す。

「こちらこそ、『係長』」

「みんな『エイク』と呼んでくれないな……。そうだ、大切な話を忘れていた。仕事について言っていなかったね。騎士長からどの程度説明を受けたかな?」

「犯罪者を狩るとしか……」

係長は満足そうに頷く。

「大丈夫そうだね。ただ、補足事項がある」



 係長は薄い長方形の形をした石を机の上に置き、映像を空中に映し出した。沢山人の顔が現れる。

「ここに出ている人間は全て指名手配犯だ。驚いたかい?残念だが、それが現実だ。ここからが本題なんだが、ここに出ている人間を適当に殺していく、というわけにはいかないんだ」

「国の意向に従え、っつう意味じゃねぇぞ。『時と場所、そして対象の脅威度』を見極めろってことだ」

サレンダーの補足に係長は頷く。


 係長はあらたな映像に切り替える。二人の指名手配犯だ。一人は赤、もう一人は青で枠が囲われている。

「この二人は、過去私達が殺害した犯人達だ。この赤い方は正真正銘の凶悪犯だった」

「……でも、青い方は『犯行現場の近くにいただけの』人間だった」

冤罪。彼は恐らく『正常』だった。にもかかわらず、殺害してしまった。日本では当然だが、許されるはずがない。国が一般人を殺害したのだ。


 だが、佐伯はその事を追及する気はなかった。それは、係長達の顔を見れば一目瞭然だったからだ。反省している、後悔している、謝罪の気持ちで胸が張り裂けそう、などという言葉では足りないほど彼らにあらゆる感情が渦巻いているのが、佐伯にはわかってしまったのだ。同時に佐伯は少し安心した。彼らは殺戮マシーンではない。しっかり人としての心を持っている。


 係長は続ける。

「この犯罪者リストは『事実』ではあるが、『真実』ではない。国は『事実』に対する結果しか見ない。あぁ、皇帝陛下を攻めているわけではないよ。そして国民は『真実』を追及する。私達は『事実』と『真実』を見極めてから、殺さねばならないんだ」

「見極める方法は?」

「二つある。一つは外的な方法。もう一つは犯人と接触することだ。どちらがいい?」

どちらもリスキーであるが、佐伯に器用な真似は出来ないので答えは一択である。

「外的な方法で」

「よろしい、ではついてきたまえ」



 今度は係長と廊下を歩く。しばらく歩いてから係長が呟いた。

「お前、犯罪者だっただろ」

「はい。懲罰騎士を再起不能に追い込みました」

「なるほど、だからここに……」

「……係長にもそういった経験が?」

係長は顔を曇らせ、やや沈黙してから答える。

「ないやつはこんな所に来ないさ。だが私は係長だ、『表向き』ない」

その言葉には、彼の推定年齢からは推し測ることができないほどの重みが滲み出ていた。


 また別な部屋の前に着いた。『王立研究室』と書かれているが、入り口は粗末な作りだ。係長がノックする。

「掃除係、係長です。新人に例の薬を処方したく伺いました」

「あぁ!ちょっと待て!」

女性の声だ。


 待っていると、少しだけ扉が開き、手だけが現れた。タブレット状の薬らしきものが握られている。

「これで勘弁してくれないか?今マジで忙しいマジ」

「配分に問題は?」

「懲罰騎士のヤローを訓練所送りにしたヤツのだろ?騎士長のオッサンから話は聞いてて、あらかじめ作っておいた。ほら、行け!」

係長が薬を受けとると一方的に扉が閉められた。


 佐伯は尋ねる。

「いつもあのような感じで?」

「半分正解だ。ただ、今日は特に忙しそうだな」

二人は部屋へと戻ることにした。




 研究室内。

室長『ジネット』は、白衣を着直す。服が乱れてしまったのだ。仕方ない、こちらに来た新人もまた、『問題児』なのだから。訂正、仕方なくない。引き金を引いたのは私の軽率な興味本位に基づく行動だ。




 時は佐伯が掃除係の執務室にたどり着いた頃に遡る。アリスもまた、傍付きの騎士に連れられて『研究室』までやってきていた。騎士がノックする。

「失礼します。件の女性を連れてきました」

中からドタドタした音が鳴り響いたあと、女性の声がしてきた。

「よし、入っていいぞ!二人とも入るか?オーケーオーケー、今コップを用意する」

「いえ、私はもう帰りますので。……お前だけ入れ」

アリスは騎士の言葉に従い、扉を開けた。


 白衣を着た女性が椅子に座りながら気取っていた。

「ようこそ、『王立研究室』へ」

「……白衣、裏返しですよ」

「うっそだろお前。そこは嫌でも合わせなさいよ」

「すみません、生まれつきこういう性格なもので」

女性は椅子から立ち上がり、右手を出す。

「天才魔術科学者『ジネット』よ。光栄に思いなさい、あなたはこれから『天才の一番弟子』になるの」


 アリスは鼻で笑う。

「あなたが天才かどうか疑問は尽きませんが……」

右手を握り返す。

「天才の一番弟子、悪くない響きです。挨拶が遅れました、『アリス・シュタインベルク』です」

「うんうん!天才の弟子は天才のストッパー役で無くてはならない!頼むぞ!」


 ジネットは仰々しく手を広げながら歩く。

「さて、弟子が欲しいと言い出したのは私だが、実のところ弟子に何をさせたらいいのかわかっていない!雑用?それは召し使いの仕事だ!では研究の手伝い?私は天才だ、私以外が機材に軽々しく触れることは許されない!」

アリスは頭を掻く。

「速く結論を言ってください」


 ジネットは振り向き、アリスの鼻に人差し指で触れる。どうやら近すぎたらしい。だがジネットは気にせず話す。

「身体検査を受けてもらう、それも私独自の。君がどの程度の事まで出来るのか、私の指標で測らせてもらうぞ!」



 問答無用で服を脱がされ、検査着に変えさせられた。しかしジネットは途中でアリスの服を剥ぐ。

「おぉ!聞きしに勝るとはまさにこのことだ!凄まじい傷痕!やはり騎士とはいえ、動物ということだな!いやぁもうこの傷痕だけで十分伝わってくるぞ!怒り!悲しみ!そして男達の欲望!」

「あの……あまりジロジロ見られると恥ずかしいのですが」

「こりゃ失敬。改めて寝てくれ」


 アリスはベッドに寝かされ、吸盤のようなものを身体の至るところに付けられた。なんとも言えない感覚。そのままジネットは注射器を取り出し、アリスの腕に刺す。

「怪しい薬を射つぞ。どのくらい怪しいかっていうと、違法薬物なんて一つも使ってないし、魔術すら使用していないのに、君の感情は次第にリラックス状態になり、段々頭がポケーっとしてくるくらいには怪しい。製法は秘密だ」


 ジネットの言葉通り、アリスは呼吸が少なくなり、視界がボヤけてくる。不快感はなく、むしろ心地よさがあった。感覚としては、ウトウトしている状態に逆らわないような風にするのが近い。朝とはいえ、疲労が抜けていなかったアリスは、その眠気に似た感覚に身を委ねることにした。



 ジネットは端末をいじる。アリスの状態を逐一確認しているのだ。

「フムフム、衰弱が見られるが、概ねの身体に異常はなし。下腹部に何らかの人為的操作の跡が見られるが……問題はなさそうだな。無視していいだろう。……お?」

ジネットはアリスの脳に異常を感知した。正確には、『通常なら見られない脳波』を感知した。直接身体に影響を及ぼすものでないのはわかっているが、ジネットがこれまで見たことも聞いたとこもない脳波形だった。


 見逃すか?いや、ここで原因を明かさねば天才の名がすたる。調査開始。まずは物理的手段で介入を試みる。微弱な電流を投入……弾かれた。弾かれた!?弾くのか……たまげたなぁ。ならば魔術的手段を用いる。大地から入手した、純粋な魔力を投入……全身を巡りめぐって排出された。


 ジネットは顎をおさえて熟考しながら口元を歪める。こんなに難しい問題は久しくなかった。戯れに騎士長から出された理不尽なぞなぞくらい難問だ。しかも今回は理不尽じゃない。解きがいがある。

「……本気、出しちゃいますか!」

ジネットは端末を操作する。肉体へのフィードバックと脳への損傷リスクを極限まで減らした。これで好きな操作が出来るようになった。


 物理も魔術も駄目。なら、『同時』に行えばいい。ガードが破れた。しかしすぐに元通りになる。

「……こんにゃろ!」

物理物理魔術。弾くのを弾き返し、穴をあけた所に魔力。波長が乱れた。しかし失敗。

「こっちならどうだ!」

魔術魔術物理。同じような失敗。


 試行回数57回。これを少ないと見るか多いと見るかは意見が別れるだろう。だが、『生身の人間』に『貴重なリソース』を割いている事は念頭に置いてほしい。事実、ジネットの研究室に置いてあった使いきりの電流発生装置と純粋魔力はもうほとんどない。というか、一年分の予算を使いきりそうだった。あと何回出来る?知るかそんなこと。アリスに聞け。


「……これだ。このパターンだ」

ようやくジネットは発見した。これなら崩せる。すぐさまそのパターンを入力し、発生させる。一段落したジネットは伸びをする。伸びは重要な動作だ。いかな天才と言えど、この動きは欠かせない。

「んー……!!やっぱり私って天さ」

ドゴォン!!



 機械が爆発した。ジネットは椅子から転げ落ち、頭を打つ。

「いってぇ……なんだなんだ!?理論は間違ってないはずだぞ!というか死んでないか?アリス!!」

ジネットは慌ててアリスの顔を覗きこむ。覚醒状態。だがその意識はここにあらず、といったところだ。

「……やばっ!」

天才的直感でジネットは身体を反らす。なびいたジネットの長髪の先端が切断された。

「おいアリス!髪が痛むだろ!」


 彼女は軽口を叩きアリスの意思を確認する。返答はない。つまり

「……誰か呼ぶか?いや駄目だ、殺しかねない」

ジネットはしばらく様子を見ることにした。研究室がいくらボロボロになろうとしった事ではない。今はこの興味深い現象の方が優先だった。それに、それこそ片付けは弟子に任せればいい。


 ジネットはノートとペンを用意し、構える。

「……記録開始」

常人の認識外の速度で、ジネットはペンを走らせる。




 ジネットは目の前で起こっている不可解な現象『世界の歪み』を記録する。

「素晴らしい!流石の私もそれは初めて見るぞ!!」

落下しているコップが突然割れたと思えば、別な箇所に飛び散るはずのない破片が存在していた。そこにあったはずのボードが突然消えさった。直線的な構造をしている絵画が、不自然な曲線へと変化した。実に不可解極まりない光景である、


 これらを引き起こしている女の容態は把握している。いずれぶっ倒れるから、話はそれからだ。今はとりあえず2度と見ることのできないような現象を記録し、後続の為に残しておく。それが研究者というものだ。


 女がこちらを見た。赤黒い左目。瞳に書かれている文字は、たしかマリアヌ王国の古代文字だったか?それと同じものが光の列となり、彼女の周りを絶えず回っている。

「いいぞ!そのまま好きなだけ暴れてくれ!」

ジネットはペンを走らせ続ける。考察はあと。今は事実と結果を羅列する。


 女はその場から動かず、空間を歪めてジネットの首をつかみあげる。ジネットは手を止めない。

「なる……ほど……!!掴み……あげる座標を……私の首……に……合わせたの……か!!」

「……」

女は何も答えなかった。


 ジネットの意識が遠ざかっていく。悲しくも、この奇妙な現象の終わりを見届けられないのか。とはいえ、研究に生き、研究の末死ぬというのなら本望。ただ、殺すなら出来るだけ楽な方法が良かったと思ってしまう。騎士長、あなたに後は託しました。彼女を飼い慣らせるのはあなたくらいしかいない!!



 先にダウンしたのは、女の方だった。

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