スタート・ワールド
男達はジョージとカリーナを追いかける。裏路地と言えど、ここは自分達の地元。どこの馬の骨かも分からぬ女や『童貞』丸出しの男より詳しい。彼女らの不意をつくことなど容易。だが決して侮るなかれ、標的の女は、新しかったとはいえ幹部の一人を倒しているのだから。
カリーナはジョージに悟られることなくつけてくる男達との間合いを調整する。確かにカリーナより彼らの方が詳しいだろう。だが、それはカリーナが『一般人』だったらの話である。彼女は一般人ではない。。
「……そろそろかな」
「ん?何か言ったかい?」
ジョージはやはり何も知らない。
カリーナはジョージの方に向き直りながら、彼の首の後ろに手を回す。カリーナはブーツを履いているが、それでもジョージの方が大きい。
「ひぁっ!?な、何を!?」
カリーナはわざとらしく頬を赤らめ、少し視線を反らしてから上目遣いをする。
「ジョージ、お願いがあるの……」
目の前の美人が自分の名前を呼んだ。しかもこの構図、本などの挿し絵でしか見たことなかったが、『そういうこと』なのかもしれない。なるほど、人前でやるのは恥ずかしいから、わざわざこんな裏路地に誘ったのか。
ジョージは凛々しさを醸し出そうとして変な感じになりながらも尋ねる。
「なんだい?カリーナのお願いならなんでも聞くよ!」
「少しだけ……目を、瞑っててほしい」
やったぜ。これはもう『あれ』しかない。やっと自分に順番が回ってきた。周りにいる年上の男達は、まだ自分が『そういうこと』を経験してないことを馬鹿にしてきた。
自分は理想が高いだけ。いつか理想の相手は現れる。きっとその出会いは運命的で、トントン拍子に事は進むはず。だから、自分はそれを待っている。そう言い聞かせて過ごしていた。そして今、まさにその状態にある。
一応これまでの出来事を振り返っておこう。カリーナは突然、『たまたま』自分のいる酒場にやってきた。それも、『自分がいる』時間帯に。実に運命的だ。そして、自分より魅力がありそうな男達がいるなかで、『わざわざ』自分の手を掴んで、酒場を出た。港では自分の話を真摯に受け止めてくれ、現在に至る。これをトントン拍子と言わずしてなにがトントン拍子か。
この間僅か0コンマ3秒。ジョージは笑顔を浮かべてゆっくりうなずいたのちに目を閉じる。カリーナの肩を掴み、なんとなく手繰り寄せる。カリーナはジョージの頬をそっと触り、耳を塞ぐ。なるほど、『二人だけの世界』を創り出したかったのか。カリーナはとてもロマンチックな女性だ。ジョージはそう理解しながら少しずつカリーナに近づいていき……。
「……ありがとう!」
ジョージは思わず目を開けた。
「ん?あれ!?」
思っていたのと違った。いろいろおかしい。聞いていたのと全然違う!大人達が言っていた、柔らかな感触はどこへ行ってしまったのか!?
そんな風に慌てるジョージに、カリーナは手に持つものを見せる。
「これは……」
死んだ虫だった。それも毒を持ち、攻撃的な性格の虫。
「もしかして……俺の頭に!?」
「えぇ。驚かせたらジョージが死んじゃうと思って慎重にやったんだけど……死んでたみたい。変な感じにしちゃってごめん!」
あぁ、やはりカリーナは素晴らしい女性だ。良くわからない若造の為に、こんなにも優しくしてくれるのだから。想像していた様にはいかなかったが、まあこれはこれでアリだろう。焦らされれば焦らされるほど、こちらも燃えてくるというものだ。ジョージは再び気持ち悪い笑顔を浮かべた。
カリーナが再びジョージの腕に抱きつく。
「でも何も無くて良かった!次はジョージの気に入ってる場所に行きたいな?」
「勿論!すぐに行こう!」
二人は裏路地から大通りへと抜けた。
裏路地に残ったのは、カリーナが咄嗟に『造り出した』虫の死骸と、『リンボ』の暗殺専門部隊二名の外傷のない死骸だけだった。
カリーナはジョージの横について歩きながら索敵を続ける。……今のところ追っ手はいない。それもそのはず。最初にカリーナを倒しに行かせた者達の結果から数では勝てないと判断したのに、暗殺に特化した者達ですら帰らぬ人になってしまったのだから。
当然といえば当然だが、『リンボ』は当初、カリーナを他のマフィアが雇った鉄砲玉か、国が送り込んだエキスパートか何かだと考えていた。どちらにせよ、この街で『リンボ』の暗殺部隊より機敏に動けるはずはないとたかをくくっていた。
だが暗殺部隊は敗北した。絶対にこの事実を知られてはいけない。それは、街の秩序の維持やマフィアの威厳、他国からのスパイといった生易しいものではない。カリーナは、明確でないこの街に漂う『集合的無意識』を根本から破壊しようとしているのだ。もはやマフィアの利権闘争などどうでもよい。ただ、自分達の『居場所』を再び奪われるのを、彼らは恐れている。
カリーナは、ジョージと共に彼のお気に入りの場所に来た。ジョージはカリーナを向き、手を広げる。
「ここが、俺が好きな場所だ!!」
「わぁ……!!」
そこは、街が一望出来るほど高い塔の、普通では入ることの出来ない場所だった。周りにカリーナ達以外に人はいなく、街の喧騒も遠く、まるで世界には二人しかいないようであった。
ジョージは街の解説をしてくれている。
「あっちがさっき行った港で、あっちが首都の方だね。あそこの広い通りから少し離れた所が俺達があった酒場」
知っている。視点は違うが、カリーナも一度この街を一望しているのだから。改めて別視点で見ることで、より理解は深まるくらいしか利点はない。
ジョージが説明を続けている横で、カリーナは次に襲撃を受けた時の対処を考える。ジョージが説明している地点で襲われた場合を何パターンも構築し、敗北する可能性を限りなく0へと近づけていく。『殺しあい』の時なら気ままに突っ込んでいたが、今は『仕事』だ。
ジョージが説明を終えた。
「こんな所かな。これでカリーナもこの街を自由自在に行き来出来るね!」
「ありがとう!一つだけ聞いてもいい?」
「なんだい?」
「『世界の口』って?」
ジョージは少し真剣な顔つきになってから、ある方向を指差す。
港よりやや奥の海域。そこは、深い青の海より濃い、黒にも見える場所だった。
「昔、水深を測ることの出来る魔術師がいたんだ。その人は研究者でもあって、海の秘密を暴こうとしていたから、度々船に乗って海の深さを測っていたんだ。彼の功績は偉大で、海が陸から離れるごとに少しずつ深くなっていくことや、海の地点によって形状や住む生物が全く違うことをつきとめた」
ジョージは海域を睨み付けるようにして続ける。
「……そんな彼が『測れなかった』場所があそこなんだ。今も研究が続いてるけど、まだ底は見えてない。だから、俺達は『世界の口』って呼んでるのさ」
カリーナは尋ねずにはいられなかった。
「……ジョージは、あそこに何か思い入れでもあるの?」
「あぁ、同じような研究者だった叔父があそこの水深を測ろうとして、船で向かった。運悪く嵐が来て、帰らぬ人となった。叔父だけなら『彼は馬鹿だった』で終わった。でも、あそこを通る船があると、定期的に誰かが死ぬ。研究者でなくてもだ」
「俺は、口を開いて獲物を待っている『怪物』が大っ嫌いなんだ」
「……怪物ねぇ」
カリーナは無意識にそう呟いた。怪物。父、佐伯、私達兄妹。みんな怪物だ。人の姿をした、得体の知れない者達だ。人の欲を糧とする者達に魂を売り渡した怪物だ。
案外、ジョージの言っていることは的中しているのかもしれない。世界に意識があるのだとしたら、まさにそれは『怪物』といって遜色ないだろう。今ジョージの横にいるカリーナこそが『リンボ』にとっての『怪物』であり、世界から力を借りている『怪物』なのだから。
先に話を切り出したのは以外にもジョージだった。
「……今日はこの辺りにしておこうか。あ、俺の連絡先は」
カリーナは人差し指でジョージの口を塞ぐ。
「言わなくていい。あなたがこの街にいる限り、私は見つけられる」
カリーナは指をジョージの顔を撫でるように動かし、顎を親指と人差し指で掴む。
「……うん、大丈夫そう!!今日は楽しかった!!」
カリーナは笑顔でジョージからスキップして離れる。
再び景色を眺めているカリーナの背にジョージは言う。
「君は、一体……何者なんだ?」
カリーナはくるっと振り返り、片眼を『起動』しながら答える。
「カリーナ・シュタインベルク。『怪物』の娘よ。じゃあね色男!またどこかで会いましょう!」
カリーナは仰向けの姿勢で塔から飛び降りた。
「カリーナ!!!!」
ジョージは慌てて駆け寄り、地面を見る。
そこには、カリーナどころか人の姿すらなかった。ただ、いつもよりやや強い一迅の風が通りすぎただけだった。
カリーナはコツコツと裏路地を歩く。容姿は『本来の姿』に戻した。頬の十字の傷は、もう疼かない。彼女は、眠っているのだから。だが、これで制約は解かれた。ヴェルナーの時とは違い、服を脱ぐ必要はない。カリーナは両眼を起動する。世界が、動き始めた。
巨大な反応が遥か東に1……いや、2。付近に小さな反応が20、比較的大きな反応が1。
「21、私を入れて22ね……なかなかいい舞台になってきたんじゃない?」
カリーナはタロットカードの大アルカナをフルセットで産み出す。『世界』のカードを胸ポケットに仕舞い、残りのカードをケースにいれ、ポシェットに入れる。
カリーナは眼を停止し、伸びをする。やはり制約を解いただけでは負担が大きい。
「……さてと、やりますか!!」
頬を叩き、手の骨をポキポキと鳴らし、その場から瞬間移動する。
カリーナが瞬間移動したのは、先程まで巨大な反応があった地点。男が一人いた。呆気に取られる男が立て直す時間を与えずにカリーナは男の両目を抜き出して破壊する。
「あぁぁぁぁ!!!目がぁぁぁぁぁ!!」
「……これはハズレね。いや、当たりだわ。大当たりじゃないけど」
カリーナは悶える男のポケットに『審判』のカードをいれながら尋ねる。
「さぁお兄さん、さっきまで横に男がいましたね?それで力を授かった!」
男はガクガクと震えがら頷く。
「よしよし。実は私も力が欲しいんだけど、その人って神出鬼没じゃない?だから接触した人から目を奪って話を聞いてるのよ。あぁ心配しないで、目は治せるから」
カリーナはニコニコしながら男の横にある木箱に座る。
「で、どういう人だった?」
「黒いフード付きコートで……白手袋……男性……デカイ……顔はよくわからない」
「オーケーオーケー。ありがとうお兄さん。約束通り治してあげる」
カリーナは男の目を治した。無論、力は失う。
男はゆっくりと目を開ける。
「……あれ?」
そこには、誰もいなかった。
『世界』を知るカリーナは、力を配る『愚者』を刈るため動き出した。残り、20。




