ファム・ファタール・ウィズ・バーバリアンズ
深夜。マリアヌ王国西部のスラム街。
裏路地は死屍累々としていた。やったのは女一人。その顔は美しくも、狂気が滲み出ていた。女はどこからともなく不思議な形状の金属を出し、まだ生きている男の額に押し当てる。
「質問。黒いフード付きコートを着ている身長の高い男を見なかった?」
男は首を横に振る。女はしばしの沈黙の後、金属の穴を男の肩に当てる。バンッ!男の耳元で破裂音が響き、血の花が咲いた。
女はもう一度額に押し当て、尋ねる。
「見なかった?」
「みっ……!!見ました!!肩に『リンボ』のマークがついていました!!」
「知ってるじゃない」
女は金属をしまい、男の心臓部に手を突っ込む。男に不快感はなかった。だが、君が悪く、吐き気を催した。女はそんな男の口を塞ぐ。
「吐かないでね?吐いたら痛くしちゃうから」
女は男の身体から黒い塊を抜き出す。それは女にまとわりつき、一瞬彼女の周りで光った。同時に、男の一生はそこで終わった。
「ごめんなさい、私はカルロスほど上手くないから」
女はそう言うと、踵を返してその場から立ち去った。
ヴェルナーはカリーナの問いに答える。
「確か……全身黒ずくめだった気がする。顔は良く見えなかったが……白い手袋をしていた」
「他に肉体的な特徴は?」
「体格から判断するに男性、左右のバランスに問題はない。黒いコートはボディラインをあまり出さないものだった」
要するに、『一般的な男性』ということだ。情報が少ない?情報は自ら掴みに行くものだ。
カリーナは最初に着ていた服に袖を通す。
「ドクター、ジルに伝えておいて。『カリーナはどうやら感染症にかかっている、緊急隔離した』って」
ドクターはその言葉の真意を汲み取りながらも、尋ねる。
「……ジルに心配をかけることになるぞ」
「私はジルが彼らの毒牙にかかることの方が心配ね。『あなたみたい』になっては欲しくないの」
ヴェルナーは押し黙るしかなかった。
靴を履き、グローブを装着する。着ていた服を『仕事着』にアレンジした。検査室のカーテンを開け、窓から身を乗り出す。カリーナは振り向かずにヴェルナーに言う。
「ジルから目を離すんじゃないわよ」
カリーナは窓枠を飛び越え、裏路地へと消えていった。
ヴェルナーはカリーナが残した検査服を畳みながら呟く。
「……ジルのことばかりじゃないか。少しは自分の身を心配しろ」
ヴェルナーは検査室の扉を開け、深刻そうな顔をしてジルの元へと歩いていった。
黒い服の男。黒い服の男。佐伯か?奴はそんなに力を安売りする男ではない。むしろ力を持つ者を刈る、『こちら側』だ。彼ではない。カルロス?彼は黒い服ではなく、『魂が』黒いのだ。違う。カリーナは急ブレーキをかけ、口元をニヤリと歪める。
「……いい方法があったじゃない」
カリーナは裏路地にいる適当なチンピラの腹部にパンチを入れる。チンピラは秒速でダウン。カリーナは男の頭を踏みつける。
「命令だ。質問に答えろ。『リンボ』のメンバーはどこに集まる?」
チンピラに拒否権はなかった。
スラム街の比較的治安の良い大通り、から少し外れた場所にある酒場『レッドアイランド』は、昼間にも関わらず呑んだくれや粋がっている男、本職のマフィア達がいる。ある者は純粋に酒を、ある者は適当な女を引っ掛けに、ある者は待ち合わせに利用している。その様子は、さながら西部劇のバーであった。
勢い良く扉が開けられた。視線が一点に集まる。女だ。女が入ってきた。この辺りでは珍しい純粋な長い金髪。容姿は優れているうえ、身長も女性にしては高い。スタイルもグラマーとまではいかないものの、かなり豊かである。
女はコツコツと床を鳴らしながらカウンター席に足を組んで座る。頬杖をつきながら注文する。
「そこの二段目左から三番目のやつ。ストレートでいいわ」
ブランデーだ。女が注文を終えた直後、男達が席取りを開始。
最速で右隣に座った男が話かける。
「よぉ姉ちゃん!昼間からこんな場所になんの用だい?まさか単純に飲みに来たってわけでもないよな?」
すぐさま別な男が口を挟む。
「今頼んだ酒、俺の奢りだ!!だからよ、飲み終わったら俺とちょっと遊ばねぇか?」
女は笑顔で手振りをしながら返す。
「あらありがとう。でもごめんなさい、子どものお守りには付き合ってられないの」
「なんだとこのアマ調子に乗りやがってこの野郎」
イラついた様子で迫る男を押し退け、別な男が話しかける。
「なぁ姉ちゃんどっから来たんだ?この辺りは初めてかい?俺がエスコートしてやるよ」
「フフッ、頼もしいこと。お願いしようかしら」
「いよっしゃぁぁぁぁぁぁ!!!!」
「あっ!てめえ!!セコいぞ!姉さん!こんな奴より俺の方が詳しいぜ!?」
「いや俺の方が」
「あ?」
「やんのか?コラ」
「ケンカ売ってんじゃねぇぞこの野郎」
「死にてえのかクソ野郎」
「上等だ!!表に出ろ!」
「んなこたぁ必要ねぇ!一発で決着つけてやるよ!おら立て!!どうした?ブルッちまったのか?」
「煽り散らすことしか能のねぇクソガキに言われたくねぇな馬鹿野郎!」
「てめ」
男が別な男を殴り飛ばし、酒場の中で乱闘が始まった。男達の興味は女からそちらに移った。女の周りから男達が消えたタイミングで店主がショットグラスを差し出す。女は笑みを浮かべつつグラスを掴んで軽く掲げてからそれを飲む。非合理的な飲料物。だが、彼女には合理的であった。
女は後ろの乱闘から飛んでくる皿やらボトルやらを見ずに避けながら店主に尋ねる。
「ねぇ、ここのお店も『リンボ』の管轄?」
店主は皿を拭きながら女に目を向けず、親指である方向を指した。様々なステッカーがあるが、『リンボ』のマークはない。
「ふーん……」
女は再び酒で唇を濡らす。
「マスター、左胸のスカーフに『リンボ』の刺繍、ついてるわよ」
店主はアイスピックをカリーナに投げつける。カリーナは人差し指と中指でキャッチ。アイスピックの先端はカリーナの眼前で停止した。
「危ない危ない。これはあなたの仕事道具よ?駄目じゃない、仕事道具を武器にしちゃ。お返しするわね」
カリーナはアイスピックを持ちかえ、店主に投げつける。店主は皿でガード。それなりに大きな音が鳴ったはずだが、辺りは乱闘で気づいていない。
店主は出来るだけ平静を装いつつ、胸元のスカーフで冷や汗を拭う。カリーナは興味なさそうに酒を飲む。店主はそこで気づいた。カリーナから、スカーフにある『リンボ』のマークは見えないことに。騙された。店主は自分から正体を明かしてしまった。しかもこの女、自分の『価値』を知っている。
店主はカリーナから見えないようにカウンターしたにあるナイフを手に取る。
「あらマスター、私のためにスペアリブでも用意してくれるのかしら?」
店主はすぐさまナイフを置き、空のボトルを掴む。
「やめておきなさい、そこにある生ゴミと一緒に棄てられたくはないでしょ?」
店主は目を瞑って熟考したのち、震える手でボトルを元の位置に戻した。
「フフン?頭が良くて助かるわ」
店主はネクタイを緩めて第一ボタンを外しながら自分用にウィスキーのロックを注いだ。そして、それを一気にあおったあと、ダン!とカウンターに叩きつける。
「何が望みだ」
「黒い服を着た、白手袋の男を探してる。あなたなら来た人の顔を覚えてるでしょ?」
「該当者が多すぎる。もう少し絞ってくれ」
後ろの乱闘はそろそろ決着がつきそうであった。カリーナはそんなことを気にもとめず言う。
「そうね……他人に力を与えるような仕事をしてるんだけど」
店主は少し考えたあとに答える。
「……『リンボ』にそんな商売はないはずだ。誰かが『リンボ』のシマに手をだしている?余所者か?」
「さぁ?それは私の考えることじゃないし。『リンボ』じゃないならいいわ。とにかく、お仲間に伝えておきなさい」
カリーナはクルッと椅子を回転させ、乱闘を眺めながら酒を飲む。
マスターはカリーナに耳打ちする。
「……俺のことは黙っておいてくれよ?」
「当たり前じゃない。私、正直者は好きなの。ご馳走さま。なかなか良かったわね。あぁ、お釣りはいらないわ」
カリーナは適当に金貨を2、3枚置き席をたった。
マスターはカリーナに尋ねる。
「なぁ、俺はどうすればいい?」
カリーナは振り返らず答えた。
「あなたは乱闘を治めようとしながら他の客の相手で忙しかった。ただ、『超絶美女』に酒を与え『ちょっとしたサービス』をした、それだけよ」
カリーナは先程とはうってかわった無邪気な笑顔を浮かべながら、ナンパしてきた男の一人の手を掴む。
「お待たせ!むさ苦しい男達の戦いなんて飽きちゃった!はやく行きましょ!」
「お……おう、おう!」
男は状況が掴めていないようだったが、下半身に従ってその場をカリーナと共に去っていった。
顔面がボロボロになった二人の男、もはやその始まりはどうでも良く、互いに殴りあえればそれで良かった。拳の骨が砕け、視界がはっきりしない。だが、それももう終わる。
「ハァハァハァ……ウォラ!!」
「……ショァァ!!」
クロスカウンター。男の拳が、相手の頬にクリーンヒット。相手の男は白目を剥いて仰向けに倒れた。
勝者となった男は、高らかに両手を挙げる。
「うぉぉぉぉぉぉぉ!!!」
周りの男達も呼応するように叫んだ。それは感嘆の叫びでもあり、ギャンブルに負けた悲しみの叫びでもあった。その叫びはやがてただの騒音へと変わっていった。
ある男が唐突に叫ぶ。
「そうだ!!あの姉ちゃんは!?」
全員が一斉に辺りを見回す。
「ジョージのガキもいねぇ!!」
「あの野郎!抜け駆けしやがった!」
「「うぉぉぉぉぉぉ!!!」」
全員が悲しみの叫び声をあげた。
カリーナはわざとらしくジョージの腕に抱きつきながら歩く。ジョージはその腕に当たる感触を深く心に刻みながら歩いていた。
「そういえば、まだ名前言ってなかったわね。私はカリーナ」
「あ……ジョージ……です」
「ジョージ!いい名前ね!」
「カ、カリーナさんもいい名前だと……思います」
「ありがとう!あと呼び捨てでいいわよ?」
カリーナがジョージを狙ったのも、当然理由がある。彼は『リンボ』のマークを肩に着けているが、その立ち振舞いは『新米』そのものであったからだ。『リンボ』内部の情報源は必要であるが、カリーナは入れないし、店主とあまり接触しすぎるのも向こうに迷惑がかかる。だが、既に入っていてあまり忠誠心がないジョージを使えば問題ないだろう。要するに、『都合の』いい男だったのだ。
カリーナは明るい笑顔で尋ねる。
「ねぇジョージ、私、あんまり街を知らないの。案内してくれる?」
ジョージは気持ちの悪い笑顔で答える。
「あぁ!勿論だとも!」
カリーナは港の方にある灯台を指差す。
「まずはあっちに行ってみたい!」
「すぐ行こう!近道を知ってるんだ!」
ジョージは意気揚々としてカリーナと共に港の方へと歩いていった。
ジョージの言う近道は人の多い道を避けるもので、カリーナの想像していた『最速の』近道とは違ったが、まあ普通に大通りを進むよりは速く到着した。
「ここがマリアヌ王国で二番目に発展してる、『チャレンジャー港』だ!」
首都と港がほぼ隣接しているうえ、海峡を持っていて海運の要所となっているビザンティスと比べればあまりにもお粗末であるが、確かに一国の持つ港としてはかなり大きい。市場も港相応に広く、賑わっている。近くにスラム街があるにも関わらず、争いとは無縁そうな者達も多い。もっとも、『リンボ』のマークを着けた者もいるが。
カリーナは『リンボ』について知らぬフリを装って尋ねる。
「ねぇジョージ、あなたもそうだけどさ、そのマークって何?」
ジョージは自慢気に肩のマークを見せつける。
「これかい?これはこの辺りの平和に一躍買っている人達のマークさ!俺もこの前、入ることを認められたんだ!!かっこいいだろ?」
カリーナはなんとなく感じていた違和感の正体を理解した。ジルが『普通』ではなかったのだ。彼女も言っていたが、マリアヌ王国のスラム街は、皮肉にもマフィア達によってその秩序が成り立っている。そこに住む者達にとって、首都から出ることなく、ひたすら王に取り入ろうとする貴族達よりも、マフィア達はよっぽど信頼に足る存在で、自分達を良くわからない危険から守ってくれる『ヒーロー』なのだ。
無論、街に『ヒーロー』は沢山いる。『ヒーロー』が『ヒーロー』を倒すことだってある。ここでスラム街の心理が働く。もし信頼していた『ヒーロー』が負けたら、負けた者は悪と切り捨てられ、住人は勝者を新たな『ヒーロー』と崇めるようになるのだ。「自分達は悪者に騙されていたのだ、『ヒーロー』が僕らを助けてくれたんだ」と。
『リンボ』はそこに目を付けた。罪なき住人達をヒーローが守るべき『市民』から、『ヒーローの仲間』へとシフトさせたのだ。住人達にとって、『ヒーロー』は絶対的正義である。『ヒーロー』がくれる指示は必ず正義である。たとえ与えられた指示が悪だとしても、住人達は喜んでやるだろう、それが正義なのだと信じて。
だがジルは、聡かったのだ。秩序を創りだしているマフィアも『悪』で、それに頼らねば生きていけない自らも『悪』と理解していた。だからこそ、彼女は自分が『ヒーローの仲間』という自覚は全くなかった。……そのせいで、彼らに追われる身になっているのだが。
ジョージが『多数』なのだ。カリーナは認識を改めることにした。逆に言えば、幹部という『ヒーロー』に近しい者が死亡したという事実は住人達の認識を揺るがしかねない大事件とも言える。恐らく、カリーナの情報は『ヒーローの近く』にしか出回っていない可能性が高いだろう。
ジョージはまだ話を続けていた。その様子は、まさにカリーナの予想通り、『ヒーロー』のことを誇らしげに話す子供のようであった。カリーナは適当に相づちをうちながら周囲の視線を警戒する。大抵の男は一瞬こちらを見るが、すぐに視線を元に戻す。容姿が優れているというのも困りものだ、誰が『敵』なのか瞬時に判別出来ないのだから。
ジョージの話が終わりかけたころ、カリーナの索敵網に引っ掛かった。やはり『リンボ』、手練れの。ジョージのマークは見えない場所に立っている。向きは変えずに動けばジョージが狙われる可能性は低い。なんなら、彼をエサにしてもいいかも。カリーナは心の奥底で『仕事』を遂行する意思を強くした。
「……って感じだね!あ、ごめん!自分のことばっかり話しちまった……。……やっぱ俺、駄目だ。つまらない男だと思ったかい?なんならここで別れても」
カリーナは大げさにジョージの手を両手で掴む。
「そんなことない!憧れの人達がいるっていうのはカッコいいと思う!しかも、憧れの人達の仲間になれたんでしょ!?凄いじゃない!それに、私もあなたのことが知れて楽しかったし!」
「そ、そうかい?ヘヘッ、照れるなぁ」
ジョージは気持ち悪い笑顔になりながら、照れくさそうに頭をかく。
カリーナはジョージの向きを変えないようにして手を掴み変えを指差す。
「私、今度はあっちに行ってみたい!」
そこは裏路地であったが、人生最高の時間を過ごしている今のジョージに怪しむような思考能力は残されていなかった。遠くから見ていた者達も、別ルートで裏路地へと進んでいった。
帰還よりも『眼』を売り捌く者の排除を優先したカリーナ。あらゆる手を尽くし、少しずつ手がかりを掴もうとする彼女の運命は、歯車の様に回り始め……




