アナザー・アイ
ジルとカリーナは街を歩いている。相変わらずカリーナはボロボロであるが、傷は大分ふさがっている。
「いやぁ昨日は久し振りに死ぬかと思ったわ!最初に四人でしょ?その後増援で五人。最後に幹部が七人部下を引き連れてたから……」
「17」
「そう17人!!セコいと思わない?」
昨晩の戦闘。
カリーナが最初に一人を仕留めたあと、不意討ちを仕掛けてきた二人を含め即座に殺害。うち一人の魂を回収、一人は自爆した。カリーナはそこで戻ることを考えたが、自爆により任務失敗と増援要請をしたと考察。適当な廃墟で待ち構えることにした。
この考察は的中し、五人の増援が到着。これを全て倒すも、一人分の魂を全て消費しきってしまった。この時点で魂のストックは自前を含めて4。転移直後に比べれば大分マシな状況であろう。
少し間をあけてから、リンボの中規模管轄者である幹部が現れた。当初彼は一対一の対決をしていたが、カリーナを騙す。最終的には、八対一になった。以前のカリーナならば問題なかったが、佐伯との戦闘やカルロスによる強奪などにより、苦戦を強いられた。
三人倒したあたりで、事故が発生した。カリーナの疲労と集中力が限界に達したのだ。部下の一人を粒子分解する際、その調整を間違ってしまった。超小規模ながら『核爆発』が発生、付近にいた全てを巻き添えにした。当然幹部達は死亡、カリーナも復活の為に全てのストックを使い、自前の魔力もほとんど失った。
結果として全員の殺害に成功したものの、カリーナは傷の手当ても出来ず、どうしようもない状況になってしまった。とりあえずはその場を去り、戻ることにした。
だがここで再び問題が発生する。追跡者を撹乱するため、カリーナは窓から降りてしまったのだ。その時のカリーナに戻る力は残されていなかった。仕方なく扉を開けようとするも、鍵をかけてしまっている。カリーナは鍵を持っていない。カリーナは扉の横で一晩を過ごしたのだった。
発見されたあとはジルが食事を用意し、カリーナ内の魔力が戻り始めた。カリーナは内臓を優先して治療、外傷も回復に成功した。しかし、衣服はボロボロで擦り傷等は残ったままだった。いずれ治療を試みるつもりであったが、ジルは彼女を心配して医者に連れて行こうとしているのだ。
そういうわけで、カリーナとジルは街を歩いている。カリーナが尋ねる。
「そういやジルはさ、なんで私を心配したの?失礼な話、私とジルは知り合ってそんな経ってない、はっきり言えば赤の他人じゃない?」
「本当に失礼な話ね……私にとってはカリーナは他人じゃないのよ」
カリーナはこそばゆい気持ちになりながら続ける。
「でもさ、こんな場所じゃん?私があなたを騙したとかは思わなかったの?」
ジルはカリーナの少し前を歩きながら言う。
「そんなの簡単よ。あなたは私と握手したじゃない。それで私には十分信頼出来るの。それに、私に食べ物と水を出した時、なにも混ぜなかった」
ジルはくるっと向きを変え、カリーナを見る。
「カリーナみたいに、私も優しくならないとね!!」
カリーナはジルを抱き締めながら頭を撫で回す。
「ちょっ!?カ、カリーナ!?」
「あなた本当にかわいいわね!!」
「恥ずかしいんだけど!?」
「私は恥ずかしくないからいいの!」
ジルは顔を真っ赤にしながらその場で固まるしかなかった。周りの人達はその様子を微笑ましく見ている。
唯一、カリーナだけが『ちょっとだけの殺意』を滲ませていた。顔は確かに笑っているのに、起動状態の片眼だけが全く別の誰かを見ている。服装から判断して恐らく『リンボ』の幹部かそれ以上。標的はカリーナ。だが、狙っていたのはジル。彼女を人質にしようとしたのだろう。
カリーナはジルを抱き締めるとともに、彼女と密着することによって誘拐を防いだ。さらに注目を集めることによって必ず目撃者が現れる。以後狙う場合にもその注目は消えない。カリーナの行動は、無意識にそういった打算的判断を下していた。カリーナ達をみていた男は、影へと消えていった。
その後は、何事もなく病院へと着いた。病院とはいっても、他よりやや綺麗な三階建ての住居だった。ジルが扉を叩く。
「おじさーん!!ジルでーす!!」
反応はない。ジルはため息をつき、呆れた様子で再び叩く。
「患者さんを連れてきましたよ!!」
二階からドタドタと音が響いてきた。それは少し遠ざかったあと階段を降り、こちらへと徐々に近づき、勢い良く扉を開けた。
「患者!?どこだ!?」
白衣を纏い、無精髭を生やしている長身痩躯の男は、首を左右に振って患者を探している。
「おじさん、またキメたでしょ!?しかも純正じゃないやつ!」
「いや、さっきまで吸ってたのは私が独学で調合した……いやそんなことはどうでもいい!患者はどこだ?」
呆れるジルにカリーナは耳打ちする。
「本当に大丈夫なの?この人」
「腕は一流なんだけど……大抵の傷は魔術で治っちゃうから暇らしく、薬に溺れて……腕は一流だよ!?」
「あー、うん……」
カリーナは目の前にいる怪しい男をマッドサイエンティスと割りきり、話しかける。
「えー、ドクター。ジルさんからご紹介に預かりました『患者』です」
男はカリーナに向き直り、目を細めてその身体をなめまわすように眺めたあと、呟く。
「……ヘレナか?」
「違います」
「じゃあエレオノールだな!?」
「違う」
「わかった!ミリヤムだろ!!大きくなって!!」
「違うつってんだろ」
男は頭をかきながら笑う。
「ハッハッハッ!いやぁすまなかった!カリーナさんの様な女性に会うのは久し振りでね!どうぞ中へ」
二人は案内されるまま中に入った。診察室らしき場所に通され、三人は椅子に座る。
「さて、自己紹介がまだだったね。私の名前はヴェルナー。そのまま読んでもいいし、ヴェルと読んでも構わない」
「ヴェルおじさんは?」
「んー……許す!本題に移ろうか。今日はどういった要件で?」
ジルが事情を説明する。
「実は、昨晩リンボに襲われて怪我を負ったみたいで……本人は問題ないと言ってるんだけど」
ヴェルナーは顎を撫でながら考える。
「確かに目立った外傷はないが、この辺りは不衛生だ。感染症の危険もある。……うん、一応検査しておこうか。ジルは外で待っていてくれ」
ジルは頭を下げてから外の待合室へと移動した。
カリーナは検査服に着替え、ベッドに腰かける。ヴェルナーは検査の為の準備をしているようだ。カリーナは爪を弄りながら呟く。
「……ねぇドクター、あなた私のこと知ってたでしょ」
ヴェルナーは沈黙を返した。カリーナはベッドに仰向けになりながらさらに続ける。
「じゃあ質問を変えましょう。私の名前、『いつ知った』?」
ヴェルナーは顔の向きを変えずに答える。
「ジルから事前に紹介されていたんだよ」
「ダウト。ジルはあなたに『患者を連れてきた』と言った。紹介されていたなら『カリーナを連れてきた』と言う方が自然じゃない?しかもジルの態度から察するに、あのやり取りはあなたを呼び起こす『常套句』、違う?」
ヴェルナーは沈黙を返した。
カリーナは続ける。
「まあいいわ、あのやり取りとジルの言葉は『たまたま』だとしましょう。でもそうするとドクターの言動も少しおかしいのよ、『患者、どこだ』って。私のことを知っていたなら『患者、あいつか』とか、『患者、もう来たのか』って言うでしょ。私をいつ紹介したのか知らないけど、紹介する時なんて私が怪我したときくらいだと思うんだけど……」
ヴェルナーは作業を続けながら言う。
「実は薬の影響で記憶が曖昧でね」
「ふーん……じゃあもうひとつ質問いいかしら?」
ヴェルナーは無言で頷く。
「あなたが今鎮静用に調合してる薬、配合間違ってるわよ」
ヴェルナーは注射器をカリーナ目掛けて投げてきた。カリーナは枕でガード。ゆっくりと立ち上がりながらカリーナは尋ねる。
「……あなた、本当にヴェルナー?」
「あぁ。私はヴェルナーだよ。カリーナ・シュタインベルク」
ヴェルナーは髪をかきあげながらそう答えた。カリーナは枕を投げ捨て、中指と人差し指でこめかみをトントンと叩いて思考する。
この男は今、「私『は』ヴェルナー」と言った。その言葉に嘘はないはず。二重人格ではないだろう。カリーナを知っている説明にならない。同姓同名の別人?ジルは彼をヴェルナーと認識していた。その線は薄い。同じ様に転移してきた?とはいえ、カリーナを見て『カリーナ・シュタインベルク』と認識出来る人物はごくわずか。
……いや、いる。正確には、いるかもしれない。アリシアが『そう』だったのだ。ならば、『呑まれた』者がいてもなんらおかしくない。カリーナは手を下ろし、呟く。
「……視たな?私を」
ヴェルナーは狂気に満ちた笑みを浮かべながら返す。
「えぇ!はっきりと!私の中にいる『ラルフ・シュタインベルク』が!」
やはりだ。この男は確実に『消す』。『力』には責任を伴うものだが、この男に責任がとれるわけがない。だから、『消す』。カリーナは服を脱ぎ捨て、戦闘体勢に移行し、両眼を起動した。佐伯の時に見せた楽しむための『殺しあい』ではなく、『殺害』の時のスタイル。
「あなたに『眼』は必要ない」
「違うね!私こそ扱うにふさわしい!!」
ヴェルナーが襲いかかる。カリーナはその場から動かず、『手すら動かさず』、ヴェルナーの両眼をえぐりだした。
「ぎゃぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
辺り一面が血に染まる。いつの間にかカリーナの手には両目が握られていた。
「どっちがわからないから、両方破壊させてもらうわ」
カリーナはヴェルナーの両目を無感情に握りつぶした。カリーナが一瞬黒い光に包まれた。
突如盲目となったヴェルナーは、その場で必死に目玉を探す。
「どこだ……私の……力……私の……俺の……俺たちの……」
カリーナはヴェルナーの手を踏みつける。
「我が弟と繋がり、弄んだことは万死に値するが、判決を下すのは私ではない。それに、聞きたい事がある」
カリーナは、ヴェルナーの両目を治した。
ジルが勢い良く入ってくる。
「おじさん!」
ヴェルナーが柔らかな笑みを浮かべて手を振る。
「やぁジル。実は年甲斐もなくすっころんでしまってね、私の方が大怪我をしてしまったんだ」
「本当に馬鹿よね。ヴェルナーが私に治療を求めて来たのよ?」
ジルは床の血溜まりとジルの腕を見る。うっかり手を切ってしまい、鮮血が飛び散ったのだろうか?それにしても凄い量である。本当に転んだだけなのか?それに先程の叫び声の前にヴェルナーが何か言っていたような……
「ジル大丈夫?」
思考を遮ったのはカリーナだった。
「え?あっ、うん!大丈夫!」
「そう、それならよかったわ。私の処置がまだだから、もう少し待っててね」
「オッケー!」
ジルは疑念を抱きながらも待合室に戻っていった。
再び二人きりになった処置室。
「……行ったか」
「さっきの約束、忘れてないわよね?」
数分前。
ヴェルナーは自身の視界が戻ったことに安堵した。
「!!見える……!見えるが……!『視え』なくなってしまった……!」
「当たり前じゃない。それがあったからドクターは私を狙い、私はあなたを攻撃した」
ヴェルナーは悲しげな表情をしてその場にうなだれた。カリーナはヴェルナーの胸ぐらを掴みあげ、確かな殺意をもって言う。
「私はあなたをどんな方法でも殺せる。まずそれを理解しなさい。それとこの事はジルには秘密ね。さて質問、あなたは私に『協力』する?」
ヴェルナーに選択肢はなかった。
「あぁ。先程までの『私』については誰にも言わない」
「あなたは私に全面的に協力する、いい?」
「わかっている」
ヴェルナーは先程とは違う、決意の表情をしていた。
カリーナはそれを確認し、尋ねる。
「まず聞くけど、ドクターはどこまで知っているの?」
カリーナはヴェルナーの話を聞き終えたあとに言う。
「な、る、ほ、ど?あなたは研究の為に力を乱用、副作用を誤魔化すためにさらに乱用。そこに薬物のブーストがかかって逆に平静をとりもどすも、静かに狂ってしまった……と?」
「……はい」
カリーナはヴェルナーが用意した回復薬を飲み、完治させる。
「典型的な馬鹿。自分に特別な力があると思いこんだのね。『眼』はあくまでも借り物。あなた自身の力じゃない」
「……はい」
とはいえ、ヴェルナーの力はカリーナや佐伯と違い外的である。一度摘出すればもう二度と使用は出来ないだろう。カリーナは本題に移る。
「ドクター、私はあなたが『眼』を手にいれた事をもう責めるつもりはない。だけどひとつ重要な問題があるの」
「誰から手にいれた?」
新たな秘密。新たな眼。世界を視る彼女もまた、運命に翻弄される。




