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再審の男  作者: 藤澤トオル
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ルーザー・アンド・ルーザー

 これは、佐伯が目覚めるより少し前の話。




 まばゆい光から解放され、目を開ける。浮遊感に襲われた。風に当てられ、身体が冷える。間違いない、落ちている。カルロスに縛られていた魂はすでに解き放たれているようで、動くことができた。

「どっちが地面だ?」

姿勢を変え、地面を確認する。激突時の衝撃から身を守るような魔術は持っていない、必要としていなかったから。

「……大丈夫、いつも通りのこと」


 深呼吸する。試合に臨む前のプロスポーツ選手のように。徐々に遠ざかっていく星々に手を伸ばす。手を伸ばせば掴めそうに見えて、それはとても遠い。兄なら、掴む必要性を見いださないだろう。彼なら、あらゆる手段を用いて掴もうとする。妹なら……。

「……やめやめ!!私らしくない!!」

頬を叩いて気合いを入れ直す。


 地面が近い。あとはタイミングのみ。

「今だ」


 カリーナは、何事もなかったかのように屋根の上に降り立った。



 肉体の損傷率を確認する。かなりガタが来ている。魂のストックもカルロスに持っていかれ、あるのは自前の魂のみ。そこから産み出される魔力も今のでほとんど使ってしまった。

「屋根の材質は……陶器ね」

カリーナは屋根瓦の化合を一部作り替え、水を産み出し、飲む。

「プラスマイナスゼロ」

「おい!!」


 後ろから声がした。カリーナは両手を挙げ、ゆっくりと立ち上がりながら振り向く。

「どうやってここに?」

女性だった。20歳程に見えるが、あまり豊かな生活を送っていないのが服装と体型からわかる。そして、片手には小さな麻袋が握られていた。


 カリーナはなんとなく正体を察したが、あえて尋ねる。

「そういうあなたはどうやって?人に聞くときには、まず自分から言うのが筋でしょう?」

「それは……言えない」

「じゃあ私も言えなーい」

女性はイライラしながら聞いてくる。

「追っ手じゃないのね?ならどいてほしいのだけれど」


 カリーナは鼻で笑う。

「さぁ?私はあなたの敵かもしれないし、味方かもしれない。あなたの行動次第よ」

女性は目を強く瞑って眉間にシワを寄せ、少し考える。下の方が騒がしくなってきた。女性はそれに気づき、慌ててカリーナに言う。

「あなたには何もしない!だから道をあけて!」


 カリーナは大袈裟に道をあける。

「どうぞ、お通りください。あなたは私の敵ではありませんので」

女性は一礼し、足早に去っていった。



 カリーナは、女性の背中を眺めながら呟く。

「へぇ?ちゃんと頭を下げることが出来るのね」

「おいお前!!」

再び後ろから声。今度は男性だ。カリーナは振り向き、気味の悪い笑顔を浮かべる。

「あなたは私の敵?それとも味方?」

男性はやや後ずさりしながら答える。

「何もしなければ、あなたの味方です」


 カリーナは顎に手を当てて頷きながら歩き回る。

「なるほどなるほど。それは、私が何かするかもしれないと?」

「私達に協力するのは住民の義務ですから」

「義務?それも住民の?」

カリーナは手を組んで伸びをする。

「んん~っ……残念だけど、私は住民じゃないの。でも敵対するのは面倒そうね。いいわよ、通りなさい」

男性はカリーナを睨み付けながらカリーナの横を通りすぎる。



 男性は顔面から地面にぶつかる。

「ゴホッ!!ゲホッゲホッ……いってぇなぁ。何しやがる!!」

男性は鼻血を手で拭きながらカリーナに向かって叫ぶ。カリーナは男性の頭を踏みつけながら答える。

「道を『あけてやった』のよ?協力する義務がないのにも関わらずね。何か一言あっても良かったんじゃない?」

「このアマ……調子に乗りやがって!!」


 男がカリーナの足首を掴んだ。力はそれなりに強い。だが、注意するほどでもなかった。カリーナはさらに踏みつけている足に重心を置く。男が苦悶の声をあげた。思わず手を離す。カリーナはそれを確認したあと足をどけ、脇腹に鋭い蹴りを入れる。男が血反吐を吐いた。


 カリーナはその場に座り、頬杖をつきながら尋ねる。

「あなたはどうしてこんな場所に?私は空から吹っ飛ばされてだけど」

「……女を……追ってきた」

女。さっきすれ違った彼女だろう。カリーナの予想通り、追われていたようだ。

「その娘、知ってるわよ。確かにここを通っていったわ。あなたと違って会釈をしてからね」


 男がナイフらしきものを飛ばしてきた。カリーナは最小限の動きで回避。

「おっと危ない。本気で敵対するの?」

「ったりめぇだ。目的の女を取り逃がし、さらに別な女に負けたと知れ渡ってみろ、俺は一生笑い者だ」

「いいじゃない、笑い者でも。笑われるのではなく、笑わせればいいだけの話よ」

「メンツってのが……あんだよ!!」


 男は立ち上がり、走って突進し殴りかかってきた。カリーナはスローモーションに見える錯覚を起こしながら男の拳をキャッチ。弱い。

「あなた……使いっぱしりね?それなら余計に周りには気を使わないと」

「うるせぇ!!」

男の蹴り。こちらはやや威力が高そうであるが、佐伯やアリスと比べるまでもない。肘で対処。男の脛が曲がらない方向に曲がり、骨が露出した。

「ぎゃぁぁぁぁぁ!!!!」

カリーナはさらに掴んでいる方の男の腕の肘関節を外す。対角線上にダメージが入った。


 カリーナはその場にへたりこむ男に背を向けて歩きながら間合いを取り直す。男は治療に精一杯で、その大きなチャンスを逃した。カリーナは男に向き直る。

「今なら質問に答えれば許してあげるけど……どうかしら?」

男は即答した。

「わかった!!答える!!だからもうやめてくれ!!」

「フフっ、素直でよろしい」



「ここはどこ?」



 男は呆気に取られた。ポカンとしている男を見てカリーナは手を叩いて意識を戻す。

「ほら!!脳にダメージは与えてないはずよ!!」

「えっ?あっ!!……すまない。質問の意味が理解出来なかったんだ」

「もう一度言おうかしら?」

「いや、いい。ここは、『マリアヌ王国首都西部』。通称『世界の口』だ」

「マリアヌ王国?世界の口……?」


 カリーナは自身のデータベース内を検索する。該当国なし。該当地域なし。完全に未知の世界であった。困ったことになった。こういった経験が無いわけではないが、魂のリソースがない。力ずくによる交渉と恫喝が使えない。しかも意図しない転移のため、情報が少ない。面倒ではあるが、協力者を作らなければならない。


 自身の思考に没頭するカリーナに男性が声をかける。

「おい、もういいか?」

「ん?あぁ、教えてくれてありがとう。好きになさい」

カリーナの脳裏に一瞬この男を協力者にしようという考えが過ったが、すぐに消えた。男は足早に去っていった。



 カリーナはしばし考えたあと、空を見上げる。星はまだまたたいている。

「まずは会ってみようかしら、あの娘に」

女性が去っていった方向を見る。カリーナは片眼を『起動』し、痕跡を辿る。彼女の魂が通った道が淡く光輝いた。

「世界のシステムが変わった訳ではなさそうね。幸運だわ」


 数件ほど屋根づたいに移動し、裏通りへと降りる。左右を見渡し、どっちに行ったのかを確認する。右。右。左。

「……行き止まり、じゃないわね」

壁のやや下に空洞がある。カリーナは手を突っ込み、適当にいじくり回す。

「……お、やっぱり」

取っ手がある。引くと道が現れた。恐らく下水道に繋がる道だろう。カリーナは躊躇なく道を進む。


 薄暗い道を進んでいくと、徐々に痕跡が強まって来ていた。

「そろそろかな?」

道が上に続いていた。よく見ると、蛍光塗料で印がつけられていた。

「これはこれはご丁寧に」

カリーナは上へと昇る。



 寂れた住宅街だった。どの家も壊れかけで、なんとか家としての体裁を保っているような状態であった。そんなこともあって、灯りのついている家は数える程であった。場合によっては、人が地べたに寝転がっている。しかも酷い悪臭が漂ってくる。恐らく人間の腐敗臭と生ゴミの臭いが混ざっているのだろう。衛星状態は最悪と言える。つまり、ここは

「スラム街って所かしら?」


 肩に腕を回された。屈強な丸太のように太い男の腕。それと悪趣味なタトゥー。

「よぉ姉ちゃん。こんな夜中に一人で出歩いてたら危ないぜ?もしかして暇なのか?それなら俺と少し遊ばねぇか?」

絵にかいたようなチンピラである。望むように相手をしてやってもいいが、ここはスラム。下手に出れば面倒くさい。ここは力が支配するのだ。


 カリーナは男の顎に向けてアッパーを食らわせる。男の顎が砕け散った。気絶。

「え?終わり?見かけ倒しね。ガッカリ」

カリーナは男のポケットを漁り、財布らしきものを抜き出す。

「紙幣はなくて……金貨と銀貨、銅貨。文明のレベルは低くて、信用がないのかしら?」


 こっちを見て怯えている男がいた。

「ちょうどよかったわ。あなた、この人の知り合い?彼の処理を頼むわ」

男はへっぴり腰になりながら涙を流しつつ、何度も頷いた。

「ありがとうね、お兄さん」

カリーナは追跡を再開した。



 魂の道は、とあるアパートらしき建物の2階に続いていた。

「ここね。菓子折りでも用意したほうがいいかしら?」

カリーナは先程の男から奪った銀貨を使って適当な品物を買ってから、女性が住んでいるらしき部屋の扉を叩く。


 警戒しているのか、反応がない。数分待って再びノックすると、しばらくしてから扉がゆっくりと開いた。カリーナは足を突っ込みながら笑顔で言う。

「久しぶりね、私はカリーナ。よろしく」

女性は腰が抜けたのか、その場にへたりこんだ。カリーナは無理矢理部屋に押し入り、扉を閉める。

「意外と中は綺麗じゃない。隣の部屋との壁を壊して、一つの大きな部屋にしてるのね。こんな場所だから出来る荒業かしら?あ、適当な果実買ってきたけど食べる?」


 反応がない。カリーナは女性や頬を軽く叩く。

「おーい。生きてますかぁ?」

女性は目をぱちくりさせたあと、唐突にカリーナや肩を掴む。

「どうやってここに来たの!?痕跡は残してないはずよ!!私を追ってた男はどこ!?近くにいるの!?あー最悪!!やっといい隠れ家を見つけたと思ったのに!!」

「落ち着け。食べる?」

「……うん」



 果物を食べながら女性が尋ねる。

「えーっと、カリーナさん?」

「カリーナでいいわ」

「じゃあカリーナ。どうやってあそこからここに来たの?」

「私がスペシャルな人間だから」

「あなたはアイツらの仲間?」

アイツら。恐らくあの男の事だろう。からかうのは得策ではない。正直な答えた方がいい。

「違うわね。ただ、私も彼にちょっと『礼儀を教えちゃった』から、私もアイツらの敵かもね?」


 女性が身を乗り出す。

「アイツに勝ったの!?」

「アレは下っ端ね。もっと強い奴がいるはずよ」

女性はやや下をうつむいたあと、カリーナに尋ねる。

「ねぇ、あなたもアイツらの敵、でいいのよね?」

「そう」

「カリーナ、家はあるの?」

「ないわ。強いて言うなら、この世界全てが私の家よ」


 

 カリーナの待ち望んでいた言葉を女性が呟く。

「じゃあ……私の家にいてもいいわよ」


 カリーナが右手を出す。

「……これは?」

「握手。信頼の証よ」

女性はカリーナの手を両手で握り締める。

「よろしくカリーナ。私は『ジルヴィア』。ジルでいいわ」

「よろしくジル。早速質問なんだけど、アイツらって何者?」



 ジルの説明は要約するとこうであった。

・アイツらとは、この辺り一帯を取り仕切っている所謂マフィアである。名前は『リンボ』。

・本来マリアヌ王国はマフィアを取り締まらねばならないが、そのマフィアがスラムや治安に一役買っているため、無闇に手出しをする訳にもいかない状況となっている。

・そういう状況を活かし、スラムに住む人間を使って様々な仕事をしている。ジルもまた、そういった仕事をして食い繋いでいる人間の一人である。

・構成員は非常に多いが、それは一度犯罪に手を染めた者なら誰でも歓迎しているため。上と下の実力差は天と地ほどある。

・他にもマフィアの組織はいるが、中でもリンボはその構成員の多さを活かして勢力を拡大させている。



 カリーナが話す。

「……で、ジルは他のマフィア組織に取引を持ちかけられてリンボを裏切ったから、その落とし前として追われていた……って感じかしら?」

ジルは頭を抱える。

「仕方ないじゃない!!私だって生きるのに必死なの!!前の仕事だって上手くこなしてきたと思ったら、仲介人とかいう奴が突然来て、利益を半分以上ぶん取っていくのよ!!たださえ少ない利益をよ!?耐えられなかったの!!」


 カリーナが家に散らばるゴミから水を生成してコップに注ぎながら言う。

「しかれども、いざ裏切ってみたら、そのマフィア組織は知らぬ存ぜぬ。あなたは裏切り者の烙印を押されたからもういく宛がない……のね?」

カリーナが生成した水を飲みながらジルは頷いた。

「んで、私がその仲介人を殴り飛ばした」

ジルは再び頷きながら言う。

「あなたも私と同じよ。ましてや、突然現れた余所者に喧嘩を売られたとなればむこうもそれなりに力を入れてくるはず」


 カリーナは水を全て飲みこんでから、悪魔の様な笑顔で答える。

「上等じゃない。わかりやすくていいわ」

ジルは、その言葉を聞いて血の気が引いた。カリーナが尋ねる。

「ところで、あなたは元々何をしてたの?密売?強盗?売春?」

「……これよ」


 ジルが見せたのは、紙切れ。知っている文字だった。言葉が通じるのだから、当然と言えば当然なのだが。

「……密輸かしら?」

「えぇ。マリアヌ王国は西部が海に面しているから、海運が発達しているの。特にこの辺りは『世界の口』があるから」

「そうそれ!!ずっと気になってたの!!世界の口ってなに?」


 ジルはやや暗い顔をしたあと、答える。

「……多分、見てもらった方が速いわ。でも今日は遅いから明日ね」

二人は、そのまま眠りについた。



 真夜中、カリーナはジルを起こさないように身体を起こす。

「……見られているわね」

カリーナは窓から飛び降り、住宅街を練り歩く。尾行を巻くには色々用意しているが、今回はシンプルなものでいこう。カリーナはゆっくり歩き、裏路地へと進む。何度か道を曲がる。後ろをつけてくる男達も付かず離れずだ。


 今だ。男達がしかける。

「!?行き止まり!?」

「馬鹿な!?抜け道は!?」

男達は行き止まりに痕跡がないか捜す。一人の男が血痕を発見した。それも新しい。手で掬い、解析を試みる。

「これは……俺の?」

「だーいせーかーい!!」


 後ろから女の声がした。

「ねぇお兄さん、首の根本に違和感がない?」

恐る恐る触る。べちゃっと音がした。生暖かい。この感覚は……。急に四肢の力が抜ける。

「おい!!しっ………ろ!!目を………!!」

仲間の声が遠ざかっていく。意識が遠ざかっていく。なんのために、こんな場所へ?



 カリーナは男の頭を踏み潰す。血しぶきが辺りに広がった。カリーナの顔面に降りかかった。

「もったいない、回収回収」

カリーナは男の死体に手を突っ込み、魂を抜き出す。カリーナに黒い光が集まった。仲間の死体をもてあそばれたもう一人の男が、ボウガンを放つ。カリーナは回避。

「レディの寝込みを襲うのは失礼ではなくて?同意を得た関係になってから出直してきなさい」

男は無視しつつボウガンをナイフに持ち変え、袈裟斬り。


 カリーナは流れる様に避け、ステップでリズムをとりつつ間合いを取り直す。

「つれないわね……冗談の一つも言えないような男はモテないわよ?」

男は無視し、再び仕掛けてくる。その実力は申し分ないものであった。ナイフ捌きは一流と言って差し支えない。……兄が手加減したときにすら劣るが。カリーナは男の手首を打ち、その軌道をずらす。

「今なら私も追わないであげるから、やめないかしら?」

「……その減らず口、いつまで続けられるかな?」


 カリーナの背中に衝撃が走った。血反吐を吐く。胸の辺りを見る。右胸に空洞が出来ていた。目の前にいる男を蹴り飛ばし、後ろを見る。二人の男がいた。

「三対一か……!」

カリーナは口から流れる血を拭いながら笑みを浮かべる。

「やっとまともに戦えそうね……!!」




 窓からの光で目を覚ます。いつもと変わらない日の光。違うのは、横に自分以外の人間が……いない。

「……カリーナ?」

身体を起こし、周囲を見回す。いない。窓の外を見る。いない。カリーナがいたはずの場所を触る。冷たい。

「カリーナ!!」

彼女を探さなければ。いくらどんなに強くとも、住居もなしにこの街で一晩を越すのは無理だ。部屋の扉を勢いよく開ける。


「やっと開けてくれた……」

扉の横でカリーナが壁に寄りかかっていた。ジルに向かってヒラヒラと手を振りながら笑ってはいるが、頭と口から血を流し、目は閉じかかっていて、衣服はボロボロだ。

「私ったらうっかりしてた。鍵を貰い忘れてたわ。おはようジル。昨日はよく眠れたかしら?」



 ジルはカリーナを抱き締める。カリーナは狐につままれた様な顔をし、呆然とした。

「……勝手に消えないでよ、心配するじゃない」


 悲しくなった。ジルは、こんな過酷な世界で生きるには向いていないほど優しすぎる。カリーナとジルが出会ったのも、つい数時間前でしかない。それもあまり良い出会いの仕方ではなかった。にも関わらず、ジルはカリーナを心配し、その安否を知り泣いて抱き締めた。


 こういう場所に住む者は、普通なら目の前から突然人が消えたらまずは身の安全と物を盗まれていないか確認する。むしろ、家にあげて身ぐるみを全て剥ぎ、道端に捨てる者もいる。だがジルは、それをしなかった。しかも、自身の安全よりも他人であるカリーナの安全を優先した。それはジルの服装からもわかるだろう。寝起きのまま飛び出して来たのだから。


 カリーナの人生の中で、このような体験は2度目である。1度目は、カリーナが初めて『世界の外』に行き、数年後に帰ってきた時の母。その体験を、カリーナは忘れていた。非常に大事な、カリーナの中で唯一自身の使命に勝る優先順位を持つ、母との記憶なのに。その事実に気づいて、カリーナは悲しくなった。


 しかも今回は肉親ですらない。ジルが持っているのは慈愛の心。人類愛そのものだ。生きていく為に外道に堕ちようとも、決して失わなかったその心と愛。そこに、人は聖母の如き光を見出だすに違いない。


 そんな彼女を悲しませてしまった。カリーナは酷い罪悪感に襲われた。ジルを抱き締め返す。

「……ごめんなさい。私は大丈夫だから」

「よかった……本当によかった……」

ジルはまだ泣いているが、その表情は明るい。



 カリーナは、しばしのあいだ誰かが自分を心配してくれているという喜びを噛み締めた。

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