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再審の男  作者: 藤澤トオル
63/100

アリスのミス

 破壊された階段下。カルロスはため息をはく。

「おどき願いいただけないだろうか?」

「丁重にお断り申し上げます」

カルロスは面倒くさそうに頭を掻きながら尋ねる。

「……あの男に何か思い入れでも?」

「そちらではありません。あなたがマリー…あの娘を傷物にした事実は揺るぎませんから」

アリスはマリーの傷が完治していないのに気づいていた。だが同時にマリーの佐伯に対する気持ちも察した。なのであの場では何も言わなかった。


 それはそれとして、直接の原因であるカルロスを許すわけにはいかなかった。例え兄の命令があったとしても、「任務だから仕方ない」と頭を切り替えるほどの柔軟性は持ち合わせていない。最終的には敵となるが、それでも彼女の将来を制限したカルロスは許せない。


 だが兄のメンツというものもあるのはわかる。本来なら手足を切断してから内臓を全て摘出し、それらを使って『マトリョーシカ』にしてから姉に送りつけてやるところだが、2度と介護なしでは生きられない生活にしてやるので済ませてやる。そうアリスは決意した。


 対するカルロスは高揚していた。自らの夢は『計画の最後の糧となる』こと。そのための『北欧の悪魔』であり、そのための『餌』であった。流石にあの集会所での邂逅は予想外であったが、お陰で対象に存在をアピールできた。


 では今目の前に立つ女はどうであろう。あのシュタインベルク家の末子だ。話によると彼女にはある秘密があり、記憶を操作されていると聞いた。……だが、その肉体と技術は正真正銘の『北欧の悪魔』である。佐伯にこだわる必要性は皆無。


 カルロスは期待を込めて尋ねる。

「……兄上のご命令は『ヨースケ・サエキ』なる人物を共に倒せ、であったはずでしたが?」

「私一人で倒せば問題ないでしょう?」

期待以上の答えだった。

「そうだ!それでいい!!互いの全てを出しきり、闘争の果てに志半ばで俺が敗れ去る!!俺の魂を絶望の縁に叩き込んでくれ、『アリシア・シュタインベルク』!!!」



 アリスは常人の認識外の速度でチョップ突きを繰り出す。カルロスは手首を掴んで回避し、捻りあげる。アリスは意に介さず蹴りを放つが、カルロスの剣が膝に深々と突き刺さった。空中に『固定』されたカルロスのナイフが放たれるより前にアリスの金的が命中する。カルロスは手を放し、間合いをとりつつ治療。アリスも追撃をやめ治療する。


 カルロスは深呼吸しつつ手元にナイフを戻す。

「やれやれ…淑女が股間に蹴りをいれるかね普通?」

「紳士たるもの女性には優しくあるべきではなくて?」

「ごもっとも、『アリシアお嬢様』」

「『アリス』だ。2度と間違えるな」

「申し訳ありません、『カリーナ様の妹君』」



 怒りに任せて突進。アリスの拳はそのままカルロスの掌に収まった。

「怒りに任せて突っ込むだけなら誰でも出来るんですよ、お嬢様」

「そうね。でも私は冷静よ、『アリス』だもの」

唐突にカルロスの膝に矢が刺さる。完全に不意をつかれ、一瞬全身の力が抜けた。アリスはその隙を見逃さず、カルロスの横腹に蹴りを入れる。あえて吹っ飛ばされ、ダメージを抑えようとしたカルロスをアリスは逃がさない。腕を掴み、引き寄せ、さらに顔面に拳を打ち込み、地面に叩きつける。カルロスはピクピクとしたまま動かない。


 アリスはステップを踏みながら間合いを取り直す。カルロスはゆっくりと立ち上がり、首の骨をポキポキと鳴らす。傷は、ない。

「やれやれ……とんだ怪物だ。リソースを二個も消費しやがった。流石は『北欧の悪魔』」

「違うって……言ってるでしょ!!」

 

 アリスは再び突進。カルロスの目の前で急ブレーキをかけ、残った勢いを回転に変えサマーソルトキックを放つ。しかしカルロスはその足先を掴んで宙に舞い上がった。そのまま前転宙返りをしながらアリスと背中合わせになるように着地。アリスは裏拳を繰り出すがカルロスはガード。ガードにしては『柔らかい』。違和感を覚え、間合いをとろうとしたアリスをカルロスは嘲笑う。

「あーあーあー。大変だなぁ、こりゃ2度とまともに歩けねぇや。御愁傷様」

気づくのが遅すぎた。



 下半身…足に激痛が走る。どちらの足だ?これはサマーソルトキックをしたほうだ。思わず敵から目を離して傷口の方を見る。足首から先がない。足元には血溜まりが出来ていた。恐らくサマーソルトキックの最中に切断されたのだろう。そして先程のガード時にアリス自身に破壊させた。なるほど、肉体と精神の両方に同時にダメージを与える作戦か。とりあえず止血しなければ。そのあとどうする?戦力の低下は明白だ。


 関係ない。目の前に殺したい相手がいる。それだけで充分だ。奥の手もある。アリスは止血しつつ片足で踏み込む。

「ほぉ?まだやる気か」

地面を擦るような角度から放たれるアッパーをカルロスは両手で抑え、敢えて吹っ飛ばされる。追撃を加えようとしたアリスの肩にナイフが刺さる。カルロスは後方宙返りをして着地。同時にいつの間にか手に戻っていた剣で突きを放つ。紙一重で回避。


 だがここで先程の弊害が出る。

「くっ!!」

足の長さが違うせいで重心が安定しないのだ。次にどんな手を打とうとも確実に出遅れる。だがやらないわけにはいかない。アリスはコンパクトな肘打ちで首に攻撃。カルロスは予測したように剣を持たない方の腕でガード。そこから回転斬りを繰り出す。アリスは剣を横から殴ってガード。



 そのはずだった。剣を殴ろうとしたアリスの腕は肩口からバッサリと切断された。鈍化した時間の中で傷口を見やる。ナイフだ。先程刺されたナイフが高速回転している。どのような技術を用いているのだろう?……しまった、目の前に敵がいるというのに気を反らしてしまった。カルロスの剣が迫る。対処は間に合わない。心臓か?首か?腹か?頭か?どこでもいい。とにかくその後の対処を!!



 カルロスはそんなアリスの思考を嘲笑うように『もう一方の腕を』切断する。

「……非常に残念だ。期待外れだったよ、君ならもっといい勝負が出来ると思っていたのに」

「……あぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!」

アリスの両腕から鮮血が吹き出す。思考がままならない。痛みに飲まれる。視界がぼやける。殺意が薄れる。それにつれ足の傷口も開き、そこからも血が流れ出る。もはや立つことも出来ず、地面に横たわる。


 大量出血による意識の混濁。ぼやける視界と反響する聴覚。それでも辛うじて保たれる警戒心が身に迫る危険を教えてくれる。漆黒のオーラを放つ『虚無』の男はこちらを見下している。

「ざ…ね…だ……み……や………そ……」

聞き取れない。何をしようというのだ。


 意識はそこで途絶えた。





 ガキン。金属同士が擦れる音が辺りに響く。カルロスのナイフが撃ち落とされたのだ。舌打ちをして迎撃された方を睨み付ける。右目付近に傷のある女だった。

「あの時の嬢ちゃんか。名前は……どうでもいいな」

リカルドは空中に再固定したナイフを発射する。その女は軽やかな身のこなしで飛び降りて回避。前転着地して姿をかき消す。

「ほう?以外とやるじゃないか」

追跡する気にはならなかった。


 真横から急接近しつつ突きを放つ悪魔を虚無は回避。あと僅かに反応が遅れていたら確実に死んでいた。それに比べれば腕の一本など安いものだ。もっとも、アリスの腕も一緒に奪われてしまったが。

「おいおいおい!!仲間だってのは知ってるが、そんなに思い入れがあるのか?サエキよぉ!」

返事はない。カルロスは自殺してから再復活し、身を隠す。アリスにトドメをさせなかったが、もうどうでもよかった。当初通り佐伯がこちらに殺意を向けてくれたのは好都合である。


 鏡の反射を用いて部下達がいた場所を見る。……訳がわからない。なぜ部下の死体の数が、向かわせた人数と『合わない』。角度的に見えない、わからないほどに分解されている、という訳でもなさそうだ。間違いなく、『消えている』。連れ去られた者がいたとしても、数が少なすぎる。

「復活方法に気づいたのか?だがどうやって?」

否、重要なのはそこではない。数十年振りに、カルロスに冷や汗が流れた。

「……まさか、『0』に出来るのか?」


 深呼吸し、気を取り直してアリス付近を見る。佐伯の繰り出した攻撃は命を抉りとるコースであったが、掴んでいた腕には傷がつかないように配慮されていた。気にしなければ確実に屠れたにも関わらずだ。そういうわけで佐伯はアリスを助けるはず。ならば佐伯は必ずアリスに対して何らかの行動をとるに違いない。

「……ん?」

アリスがいない。血溜まりはある。

「そうかそうか。あの女に治療させるのか」

「どっちに行く?」


 いつの間にかあの女性が側に立っていた。驚くことなくカルロスは返答する。

「私がアリス、あなたが佐伯の相手を。それでよろしいでしょうか?」

「了解。速めに戻ってきなさいよ?」

女性は姿を消した。

「さぁ、かくれんぼの始まりだ」

カルロスは不敵な笑みを浮かべ、武器を整えた。



 佐伯はアリスとアリスの腕を抱え、マリーの横に移動する。向こうからは完全に死角だ。距離もそこそこ取っている。発見には時間がかかるだろう。

「……ごめんなさい。もっと速く対処していれば」

「気にするなマリー。俺とアリスの援護、同時にこなしていたんだ。充分すぎる。それよりも…どうだ?」

「完全には無理です。応急処置も可能ですけど、パーツがないと……」


 佐伯はバラバラにしたカルロスの部下の死体を見せる。首から上だけなかった。

「女性で年齢は30歳。レベル66。身体障害なし。……いけるか?」

佐伯はマリーに『助けたければ死体を弄べ』と言っている。

「……やります」

哀しい決意だった。



 数分後、アリスは目を覚ます。ここはどこだろう?あのあとどうなった?生きているのか?

「おはようございます。とりあえず回復薬です」

マリーが薬を出してきた。とりあえず、自分は死んでいない。それと同時に完全敗北したことも認めねばならない。全身に違和感がある。出された薬を飲んでいると、マリーが申し訳なさそうに言う。

「その……回収できたのが片腕だけでして……残りは……別な死体から拝借させていただきました。使いづらかったらごめんなさい!私も初めての事でしたので!……許されませんよね、アリスさんの人生に関わることなのに」


 アリスは狐につままれた様な顔をする。マリーはなぜ謝っているのだろう。一命をとりとめる事ができたのは他でもないマリーのお陰だ。手足も動かせる。それだけで充分であった。なのに、なぜ謝罪する?

「……あなたが助けてくれたんでしょう?謝る必要なんてないわ」

「違います!私だけじゃなにも出来ませんでした。サエキさんがアリスさんを回収してくれたからです。……パーツもそうですし」

「あの男が?」

ますます意味がわからない。自分とあの男の関係などあって無いようなものだ。言ってしまえば、この身体の『もう一人』くらいだ。そちらの意向に従って時折行動することはあっても、あの男がそれを知ることはない。だから助ける理由はないはずだ。


 いや、あった。確かにアリスが死ねば戦力の低下は免れない。それを防ぐための救助行為だったのだろう。それならば説明はつく。佐伯はアリスがまだ使い物になると期待しているのだ。なら、期待には答えねばならない。なにより、マリーが助けてくれた命を無駄には出来ない。頭を切り換える。

「マリー、カルロスは?」

「わかりません。サエキさんが捜索に行っていますが……」


 ふと、アリスはマリーの事が気になった。佐伯と懇意にしているのは知っているが、おそらく『実験後』の彼しか知らないはずである。そこまで佐伯に入れ込むような事があったのだろうか?正直な話、マリーにはもっと相応しい相手が多いと思う。アリスは思わず尋ねる。

「ねぇマリー、どうしてアイツと一緒に冒険者なんてやってるの?」

「え!?うーん……なんででしょう。強いて挙げるなら、サエキさんがあまりにも危なっかしくて。放っておけないんです」

知っている。正確には、私ではなく『彼女』だが。


 マリーは続ける。

「サエキさんと初めて会ったときは、その強さに憧れていました。これでも一流の冒険者を目指していましたから。……でも、サエキさんが求めていた強さは私が持っていたらしいんです」

驚いた。あの佐伯が弱さを彼女に見せたのだ。余程信頼しているのだろう。アリスは尋ねる。

「その強さとは?」

「『我』っていうらしいんですけど……よくわからないです」

「……フッ、フフフッ」


 アリスは思わず笑みを溢した。

「ちょっと!?真面目に言っているんですけど?」

「ごめんなさいごめんなさい。いやぁ、あのヨースケに『我』がないんて、馬鹿じゃないの?って思ってさ」

「確かに!!……話が反れましたね。あの戦いのあと再開したサエキさんは、壊れかけでした」

アリスの胸の奥がやや痛んだ。あの頃はまだ調整が上手くいっていなかった時期だ。実験ついでに制御用の仮面を使用し、身体を動かしていた。もっと速く『私』が目覚めていれば、佐伯が壊れることはなかっただろう。


 アリスは何も言えず、押し黙る。マリーはそんなアリスの心中を察したのか、言葉を続ける。

「アリスさんを責めているわけではありませんよ、そもそも私がサエキさんについていけなかったのが問題なんですから」

「……ごめんなさい」

「もう終わったことです。でも、だからこそ私は決めたんですよ、『今度は離れない』って」


 アリスは目を見開き、マリーを見つめる。その顔は、決意に満ちていた。アリスは、なんとなく佐伯が言おうとしていたことを理解した。



 隠れていた部屋の扉が開かれる。

「見ぃ~つけたぁ。やっぱり起きてたか……まあいい。第2ラウンド、はじめようぜ」

マリーは振り向き様に水の弾丸を発射。カルロスは最小限の動きで回避しつつゆっくりと接近する。

「やれやれ……初め見たときはそういう冒険者とは思わなかったんだけどなぁ」

「奇遇ですね、私もです」


 カルロスは『敢えて』時間稼ぎを試みる。決してアリスの体力を回復させてもう一度戦いたい、というわけではない。仕込みがあり、まだ完了していないのだ。

「なぁ二人とも、あの黒い立方体が何なのか……気にならないか?」

「あなたが真実を話すとは思えないので信用出来ません」

カルロスは苦笑いを浮かべる。予想以上に職業的な冒険者だ。だがやめるわけにはいかない。

「じゃあ俺が魂を集めていた理由を教えてやる。復活のシステムも」

「それをあなたが話すメリットは?」

「俺に勝てないことを頭で理解する!……これでどうだ?」

答えたのはアリスだった。

「いいわ、話してみなさい。そのうえで殺してあげる」

「威勢がいいじゃないか」

カルロスは不敵な笑みを浮かべた。




 佐伯は通路を疾走する。カルロスを倒すのに良い方法を思い付いたのだ。おそらく、カルロスを発見して仕留めても、終わらない。彼とあの黒い立方体に何の関係もないはずがない。彼の部下が死んでも蘇った理由もアレにあるはずだ。それならば、いちいちカルロスを相手にしていても埒が明かない。それよりも黒い立方体を破壊してみる方が建設的というものだ。


 再びあの部屋に戻ってくる。変わらず黒い立方体は回転しながら閃光を散らしている。

「さてさて…どう壊していこうか?」

球体でないなら脆い箇所はどうしても存在する。ならばそこから芯に向かって攻撃を加えるのみ。

「そこだ!!」

佐伯は立方体の回転に合わせて突きを放つ。押し込まず、すぐに引っ込めては再び突き。引っ込め、突き。引っ込め、突き。引っ込め、突き……。何度目かの突き。これで完全に崩壊するだろう。

「ハアッ!!」



 だがそれは命中することはなかった。見知らぬ女が剣の軌道を反らしていたのだ。佐伯はすぐに間合いをとる。女は追いかけてくることはなかったが、ずっとこちらを見据えていた。仕掛けるべきか?いや、自分の目的は立方体の破壊。あの女の相手をする必要性は薄い。隙を見て破壊せねば。

「お初にお目にかかる……わけでもないな。久しぶりだな、我が義理の弟よ」

女が話しかけてきた。言葉はわかるのに、意味がわからない。だが聞き返すのも野暮というものである。拳銃の引き金をひく。


 女は弾丸を消し飛ばす。いかなる手段を用いたのか?油断ならない相手である。作戦変更、倒す方を優先するべきだ。そんな佐伯の思考をよそに女は言葉を続ける。

「うーん……まだ解けていないか。まあそれはそれで良し。じゃあ改めて名乗らせてもらいましょう!」

「いらん。どうせ殺す」

「乗り悪いねぇ……」

「それが名前だな。わかった、殺させてもらう」

「まてまてまて!!!急ぐなゴミ野郎の恋人。物事には『間』というものがある。遥か東の、三跪九叩頭(さんききゅうこうとう)を行う国を越えた先にある島国でもそう言っている」


 佐伯は構えを変える。『間』というものに重きをおく概念を知っているということは、この女は『日本』を知っている。三跪九叩頭は知らないが、恐らく中華思想関連だろう。ともかく、『この世界の誰も知らない島国』の話をするこの女は危険だ。


 そんな態度を見て女は笑みを浮かべる。

「あら?聞き覚えのある単語でもあったかしら?ずっと気になってたの、あなたのこと。その容姿、立ち振舞い、仕草……どこかで似たようなものを見たことがあった」

「……さっきはすまなかった。やっぱりちゃんと名前を教えてくれ」

「フフン?正直でよろしい」



「『カリーナ・シュタインベルク』。世界の護り手よ」





 カルロスの家系は代々『世界の終わりを()る』ということを念頭に研究していた魔術師一族であった。いつ訪れるかわからない世界の終わりを識るというのは実際大役であり、危険な仕事であった。成功例も無くはなかったが、成功した者は残らず発狂したため、どうしようもなかった。


 そんなある時、全く別な一族の男が魂の抜き取り方を発見した。それを聞き、一族は思い付いた。死後の世界と今の世界、その距離を測れば世界の終わりが知れると考えたのだ。一族はその行為に傾倒していった。


 やがて一族は本来の目的を忘れてしまった。最初に発見した一族よりも霊魂に関する技術が発展し、そちらを研究するようになっていった。最も抜き出しやすいのは『絶望した魂』であることも見抜き、死亡時に別な魂に死亡した事実を『肩代わり』させることによって死をなかったことに出来ることも発見した。


 魂とは、あらゆる生命体にあるものである。魂から魔力が産まれ、様々な用途で生命体の外へと流れ、エネルギーに変化し、紆余曲折を経て、再び元の魂にたどり着く。科学の世界では『それ』を捉えることは出来ず、あらゆる物質の間で行われるエネルギーのやり取りとしか認識出来ない。なので、あくまでも『自然の循環』と説明している。


 霊魂を抜かれるということは、循環の摂理から外れるということ……すなわち、『死』と同義である。魔術協会はそこに目をつけ、一族を体のいい『処理係』として利用するようになった。外傷を残さず霊魂を抜き取ることの出来る一族の技術は簡単に再現出来るものではなかったのだ。


 そうやって生計を立てていた時、カルロスの祖父が一族の真の目的を知った。祖父は一族の悲願を達成するため、とある鉱石を基礎として摘出した霊魂を一ヵ所に集めはじめたのだ。必要な魂の数はおよそ『31416』。当初は球体状に集めていたが、完全なる真球を作成するための条件『設置面積0』がどうしてもクリア出来なかった。そのため、完全なる立方体へと変更した。


 カルロスの父はシュタインベルク家と秘密裏に協力関係を結ぶことに成功、以前よりも格段に収集速度が加速した。代わりに提供した技術は『霊魂操作による人体改造技術』。これはシュタインベルク家の5兄妹に活かされ、それぞれが固有の役割を持つに至った。例としては、長男ラインハルトは『シュタインベルク家当主として』最適化されている。


 そして、カルロスの代になった。正直な話、カルロスの目的は一族の悲願達成ではなかった。

「俺は世界の終わりを識るなんて面倒くさいことはどうでもいい。ただ、どうせやるなら『俺が引き金となって』終わりを見たい、それだけだ。……あの黒い立方体と俺の命は繋がっている。アレがある限り俺は死なない。そういうふうに出来てる」



 マリーは面倒くさそうに頭を掻く。

「多分、サエキさんが破壊しに行っていますよ」

「問題ない、手は打ってある」

「そうですか……じゃあ、私は時間稼ぎに専念すればいいわけですね」

カルロスは目を見開く。この女、想像以上に佐伯を信頼している。それは弱さではない。誰かを信頼する人間の心というのは折りづらく、証拠を用意しなければならないからだ。孤独で、支えなく生きる者に比べたらよっぽど恐ろしい相手だろう。彼女はヒトではない、人だ。


 カルロスは敬意を表し、アリスの横に立って弓矢を構える女性に尋ねる。

「……そういや嬢ちゃん、あの時は聞きそびれちまったな。改めて名前を教えてくれないか?」

「マリー、『マリー・デュカス』です」

「さっきは不意討ちなんていう手を使って申し訳なかった」

「問題ありません。自分への戒めとして重く受け止めていますから」

「そうか……よーい」

カルロスは貯蓄した魂の一つを消費し、自己を強化する。




「ドン!!」

三人は同時に戦闘態勢に移行した。

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