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再審の男  作者: 藤澤トオル
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はだかのかいぶつ

 目を覚ますと、見知らぬ天井であった。白い無機質な天井…病院だ。身体を起こそうとすると、左腕が手錠で固定されていた。右腕は拘束されていなかったので、左側が下になるように身体を動かす。視線の先にはガラスを挟んで四人がこちらを見ていた。マリーとアリス、そして医者と看護師だ。マリーは心配そうにし、アリスは腕を組ながら壁に寄りかかり、医者と看護師の顔にはやや恐れが見えた。


 医者がマイク越しに語りかける。

「おはよう、えーと…サエキくん。私はドクターで構わない。まず君の運ばれた時の容態を教えよう」

知っている。なんのための『高速学習』だ、そういう時に使わねば、宝の持ち腐れというものだ。佐伯は手錠に付いている鎖の耐久度を確認する。左腕を使用すれば引きちぎることは問題ない耐久性能だった。


 不意にマイクのハウリング音が響く。

「ちゃんと聞いてる!?」

「先生、患者の体調に響きます」

「…失礼。じゃあもう一度聞こう、私の話をちゃんと聞いてた?」

「傷口から混入した毒物は神経系に作用するタイプで、即席の治療法では回復不可能。さらに噛みついた生物の粘膜、汚染物質及び周囲の砂塵が入り込んでいたため急速なほぼ回復は不可能のはずなのに『天才外科医』のお陰で治療に成功した…って話ですか?」

「…ふーん?ちゃんと聞いてるじゃないか。ほとんど正解だ。だがひとつ抜けている」

「その心は?」

「君を隔離している理由だ」


 佐伯はそちらも想像がついていた。

「肉体と左腕でしょう?どうして『その状態で生きていられるのか』、どうして『魔力が感知できないのか』」

ドクターは黙って睨み付けてくる。図星だったようだ。佐伯はため息をつき、睨み返す。

「もういいですか?採血もして、身体情報も入手したんでしょ?これで失礼しますよ」

「待て!交渉だ」


 鎖を引きちぎろうとした佐伯を制止する。佐伯は力を抜いてドクターを見る。ドクターは深呼吸してから話し出す。

「君に作用した神経系毒、アレの抗体とサンプルをやろう。その代わり、君の魔力が感知できない理由を教えてくれ」

安い交渉だった。佐伯は答える。

「左腕の喪失時、現世界よりも高位の存在から干渉を受け、魔力の回路を強制的に塞がれました。現在は高位の存在から無理矢理奪った左腕を、魔力の代わりとして用いています。そのおかげで『今の状態』でも生きていられます」

ドクターはさらに尋ねる。

「……本当に?」


 佐伯はドクターを睨みつけるが、ドクターは臆することなく続ける。

「君は本当に自分が『生きている』と思っているのか?違うな、君は確かに一度『死んでいる』。君は『生き返った』んだ」

ドクターが2つの心電図らしきものを見せる。1つは外側にいくに連れて色が赤から青、緑へとなっている。もうひとつは中心が完全に色を失っているが、それ以外は全て変わらない。

「わかるだろ?視覚で。これは魔力の分布じゃない。『自然との親和性』だ。中心部は最も影響が『薄い』。だが君は?そう、『ない』んだ」


 ドクターは深呼吸し、もう一度尋ねる。

「……君は、なぜ生きている?」


 佐伯の身体が硬直し、全身から冷や汗が流れ出した。なぜ生きている?頭蓋骨が破壊されても生きていた人間がいるのは知っている。心臓が破壊されても生きていた人間がいるのは知っている。両方起きた人間は…知らない。だが、どちらも奇跡的な事例である。佐伯にそんな奇跡は起きたのか?そんなはずはない。覚えているのだ、後ろから脳を真っ二つにされた感覚を。心臓を摘出され、握りつぶされた光景を。


 恐怖がはしる。決して再び自己の死を再認識し、恐怖したというわけではない。この事が世間に知れたら行われるであろう逃避行や人体実験を恐れたわけでもない。恐れたのはたったひとつ……『再審』が終了していないことだ。佐伯が一度死んだのは最早揺るぎない事実であろう、それはもういいことである。その次が問題である。


 死神がやって来ないのだ。未練がないかと聞かれれば嘘になるが、『死後の裁判の再審』という約束である以上、もう一度死んだら『あちら側』へと赴くつもりであった。だが、連れていくはずの死神はやってこなかった。ジヤヴォール……否、その奥にいる『何か』はあの死神以上の存在ということなのだろうか?そう考えていると、佐伯は自身の命を支えている左腕に酷く異物感を覚えた。



 この事実を絶対に悟られてはいけない。佐伯は出来るだけ取り繕って答える。

「さあ?詳しい方法は俺も良く知らないんです。出来るからやった、それだけです」

「悲しいなぁ…もしかしたらこの世界から死ぬという概念が失われるかもしれないのに」

「違いますよ、俺は確かに『死んだ』んです。『死』は失われません。それに、痛みは消えませんから」

それは佐伯自身に言い聞かせているようでもあった。今の目標はこんなところで自分の存在証明することではないのだ。


 佐伯は鎖を引きちぎり、立ち上がってガラスに向かって拳を構える。

「おい!何をしている!」

「決まっている、やるべき事が残ってるんだ。手っ取り早くここから出る」

「ちょっ」

「…ジヤヴォール、生きてるか?」

佐伯は左手を押し当てる。するとどういうことだろうか、ガラスが霞がかったのち、パキパキと音を立てていく。ドクターが直感的に佐伯のいる室内の温度計を確認する。

「…なんだこれ」

温度計は、下方向に異常な値を示していた。ドクターは機材の心配をし、マイクに叫ぶ。

「やめろ!君を隔離するためにいくらの金を使っていると」

パキン。ドクターの言葉はガラスの崩壊音にかき消された。


 佐伯は部屋を出る。

「…そうだジヤヴォール、俺達はまだ生きているんだ」

「さむっ!」

「すまんな、1度試してみたかったんだよ」

「…サエキさん、あなたは」

マリーは何か言いたげであったが、アリスが遮る。

「それよりいいの?抗体とサンプル」

「そうだ!交渉しただろ」

ドクターは嫌々看護師に持ってこさせる。透明な液体の入った注射器が2本だ。見分けは押す箇所の色で見分けがつく。


 受け取ろうとした佐伯の手をドクターが遮る。

「待て。これは私個人の興味本意なんだが…君は何をしようとしている?」

右目をさすりながら悪魔の様な笑顔を浮かべ答える。

「殺しあいだ」



 案内されて3人が外に出ると、日は傾いていてちらほらと家の灯りが灯っているのが見えた。位置的にはあの採掘場からそこそこ離れている大きな街である。無理もない、それだけの異常事態だったのだから。ふと佐伯は疑問に思う。

「なあ、運んだのってマリーとアリスか?」

「他に誰かいますか?」

「感謝しなさい。具体的には、夕食を奢りなさい。あ、注文はこっちでするから」

「…はい」



 その日の夜。アリスは尾行を警戒しながら単独でとある教会にやって来た。座る席はいつも通りの入って左側の5列目右。鼻歌混じりで使徒言行録を読んでいると、右側の後ろにロングコートを纏った男が座った。アリスは彼に用がありやって来たのである。男が尋ねる。

「大丈夫だったか?」

「はい。問題ありません」

「そうじゃない。お前の方だ」

男が自分の心配をしている。その事実にアリスは驚愕し、思わず聖書から目を離して男の顔を見る。


 だが男は目線を合わせようとはしなかった。すぐに再び男は言う。

「すまなかった。今のお前は『彼女』ではなかったな。関係ない話だったようだ。忘れてくれ」

発言の意味を理解したアリスは顔を戻す。聞いた話によると、どうやら『彼女』はあの男と何かあったらしいが…アリスにとってはどうでもよいことだった。アリスにとってあの男との関係はあくまでも観察者と観察対象でしかない。


 それなのに、少しだけ胸の奥が痛んだ。おそらく、自分はこの男から身を案じられていないのに、『彼女』は案じられているという事実に基づく嫉妬や孤独感からのものなのだろう。アリスは心のなかでそう言い聞かせた。


 男は再び話しかける。

「話題がそれてしまったな、すまない。それで容態は?」

「活動に問題はないかと。それと、左腕のジヤ…なんとかの真の力なるものの発動を確認しました」

男はしばし考える。

「アレは確か青黒だったな…駄目だ、妹では勝てん。追加命令だ。万が一の時は『裏切れ』」

アリスはその命令に異論はなかったが、1つだけ確かめたいことがある。

「観察対象の傍にいる女性の処遇はどうしましょうか」

「上の下に位置する冒険者だろう?記憶はこちらで操作できる。好きにしろ。ただ、そちらに気を取られてミスは犯すなよ」

「了解。任務更新」

アリスは立ち上がり、教会を出てホテルへと戻っていった。



 しばらくしてやって来たのは別な女だ。アリスよりやや歳上に見える。女は『わざと』男の横に座る。

「…近い」

「あら申し訳ありません」

女は通路を挟んだ席に座る。男は目頭を抑えてから尋ねる。

「状況は?」

「順調よ。『なにもなければ』ね」

この女は全てを知ったうえでこういう答え方をしているのだろう。そこが男は気にくわず、羨ましかった。自分にそんな事を行う余裕はないのだから。


 それすらも当然の感情と処理しつつ、男はさらに質問する。

「餌はどうなった」

「まだ動きはないわ。でも、噂によるとそろそろバレそうね。もうちょっと稼げるかと思ったんだけど…シャルルでも捜査に参加したのかしら?」

「彼はまだ恐怖の谷にいるはずだろう。ん?バスカヴィルだったか?…いやそんなことはどうでもいい。襲撃された時の防衛は可能か?なんなら私が出向いても」

「大丈夫よ」

女は男の言葉を遮った。


 男にある石を見せる。黒い靄がかったものが蠢く石だ。それがなんであるか、男はすぐに察しがついた。

「…確かに、ソレがあれば事足りる。だがあまり使わせるな、遅れが生じるはずだ」

「了解。肝に命じておくわ。他には何かある?」

男の脳内にアリスの顔が横切った。この女に頼むのは癪だが、他に頼める相手はいない。

「…少しだけでいい、アリスを気にかけてやってくれ。少々厄介な事態に発展するとも限らないからな」

女は男の言葉の真意を察し、大笑いする。

「ハハハハハハハハ!!!!!とてつもなく深い慈悲の心を持った御当主様だこと!!そんなことをあえて私に言うなんて!!馬鹿馬鹿しい!!……ひとつだけ確認させて、それは『命令』?それとも『お願い』?」

「…頼む」

女は立ち上がり、男の耳元で囁く。

「貸しにしとくわ。終わったらちゃんと払ってね」

女は軽くスキップをしながら教会を出ていった。



 男はパイプに火を付け、一服する。聖母マリアの受胎告知をモチーフにしたステンドグラスを眺める。射し込む月明かりに照らされ、他に明かりのない教会の中を幻想的に灯している。宙を舞う塵も、こうしていると美しく見えてきてしまう。


 ふと母親の事を思い出した。自分含め兄妹達に惜しみ無い愛を注いでくれた母親を。母と父の馴れ初めはいつ頃だったのだろうか、母が自分を産んだのは何歳頃だったろうか……窓の外を見つめることが多くなったのはいつからだったろうか。何も聞いていないうちに、自分が父親の立場になっている。妻に迷惑をかけていないか心配になる。


「…帰るか」

男はパイプの火を消し、懐に仕舞う。そして、教会をあとにし家へと向かう。愛する者達が待つ家へと。




 翌朝。佐伯とマリーとアリスは再び採掘場にやってきた。勿論、手にいれた鉱石と鍵は持ってきた。それを改めて二人に見せる。

「…これが死体の近くに?」

「鍵は理解できますが…なぜ鉱石を?」

その鉱石は佐伯も知らないものだった。いや、『名称を』知らないという方が正確か。なんであれ、佐伯には用途がわからなかった。

「少なくとも、ここの鉱夫達は価値あるものと判断したんだろうな」

「だけど、あの男達は無価値と判断ないし発見出来なかった」

佐伯は頷き、鉱山と鍵を仕舞う。

「ひとまずこいつらを捜査方針にしよう。何かあったら連絡してくれ」


 散開して捜査を開始する。佐伯がやってきたのはスプリガンとの戦闘地域。ここは報告書の通り苦戦したのか、他よりも損傷が激しい。

「スプリガンは…宝物の守護だっけか?魔石以外の宝物はあるか?」

そんな独り言を言いながら損傷のある壁を触る。ここにも魔術と魔石の反応現象がみられる。確実に反応するとわかってて魔術を使っているのだろう。ここに使われているのは『切断』だ。石の塊とも言えるスプリガンに火炎や風は無意味と判断した結果ということか?


 そうしているとさらに別な鍵を見つけた。デザインはほぼ変わらないが、どこか違和感を覚えた。しかも周囲に死体は見当たらない。

「…なるほどな!」

佐伯は振り向き様に拳銃を抜きつつ3発放つ。いつの間にか背後にいた謎の生物は後ずさった。

「アンデッドか?…いや違うな」

謎の生物…それは生物なのだろうか?ソレはまるで複数の人間が合体したうえで腐敗し、全身が虫などの生物の温床と貸しているように見えた。仮に『腐敗融合体』と称しておこう。


 その腐敗融合体は、ぶつぶつと呟きながら佐伯ににじり寄る。

「カエシテ…カエシテ…コロシテ…」

「お望み通り!」

佐伯はショットガンを複数ある頭部の集まっているところに、拳銃を人体ならば心臓のある箇所に向けて引き金を引く。空を切り裂く発砲音と共に放たれた弾丸は腐敗融合体を穿った。


「ア…ア…ア…アアアア…」

腐敗融合体の残っているいくつかの頭部は涙を流し、またいくつかの頭部は恍惚とした表情を浮かべながら倒れ、やがてその動きを止めた。

「…返して?何を?…いや、とりあえずは情報共有だ」

ひとまず合流しようとする佐伯は移動直前に横目で腐敗融合体の死体を見る。



 死体は、いつの間にか複数人分が存在していた。顔のない死体もあるが、その総数は最初に確認した顔の数とほぼ一致する。また、ものによっては『半分の』弾丸に抉られたような傷口を持っている。あの融合体は確かに人間数人が融合していたということだ。


 だがなぜ融合する?キメラにしては醜さがすぎる。それ以前に人間のみを結合させるものだろうか。では人体錬成?それならばもっと状態の良い人間を使うはず。

「そもそもこいつらは殺すまで『生きていた』…」

自らの意思で融合を望んでいたということ。なぜ?当然生きるためだ。結合せねば生きられないような状況。生存に必要な条件は肉体、魔力。



「…そうか!それが目的か!」

確証はなかったが佐伯はすぐに理解した、彼らが『返してほしかった』ものの正体を。普通は『あんな姿』になるはずがない。だが肉体を維持するために必要な条件の『アレ』が欠けていたと考慮すれば辻褄が合う。速く合流しなければ、佐伯は全速力で移動する。



 合流した先では、マリーとアリスは冷や汗を浮かべていた。だがそれは佐伯も同じことである。

「何かあったのか?こっちも重要な案件がある」

「こっちの方が重要案件よ」

アリスは深呼吸してから伝える。


「アジトが発見された。しかも、もう強制捜査が始まってる」

遅かった、なにもかも。目的がわかった今なら理解出来る。おそらく、これも全てあの男達の予想通りだ。まんまと嵌められている。

「そっちの案件は?」

アリスが尋ねるが、佐伯に答える時間はない。

「それよりも先にアジトへ行くぞ。全てが手遅れになる前に事を片付けないと…大変なことになる」

「待ってください。アジトへ向かうのは構いませんが1度街に戻って詳細な情報を入手してからにしましょう」

佐伯はマリーの提案に従うことにした。



 街へと向かう途中で冒険者の集団とすれ違った。皆怒りと喜びの混じったような顔をしていた。佐伯は適当な人間に話しかける。

「これからどこにいかれるのですか?」

「決まってるだろ?猟奇殺人事件の犯人達を捕らえに行くのさ。しかも警察は『生死は問わない』ときた、みんなやる気が出るってもんよ。あんたらは行かないのか?」

「後から向かいます。一度装備を整えてからでないと心配なので」

「ハッハッハッ!この大人数だ。負けるはずがねぇよ。まあしっかり準備をするに越したことはないがな!ただし、手柄が無くなってても後悔するなよ?」

冒険者は去っていった。


 佐伯は冒険者の集団から十分に離れてから悪態をつく。

「馬鹿かアイツら!?犯人の目的も知らないであんな人数…正気とは思えない」

「あら?だったら教えてあげればいいじゃない。私達もその目的っていうのは知らないけど」

「教えて止まるような冒険者達なら苦労しない。そういう冒険者の性質も全部踏まえたうえであんな死体を用意したんだろ。というか、キレてるのはそっちじゃない。もっと調べてから乗り込めって言ってるんだよ」

「あの…サエキさんはあの採掘場で何を発見したんですか?」


 佐伯は2つの鍵を見せる。ほぼ同一のものだ。

「もう一つ死体があったんですか?」

「いや、8つだ。…すまない、1つだ」

「どっちよ」

「8つの瀕死の人間が融合して1つの生物と化していた。それを殺害したことにより、融合が解除された」

融合生命体ということだ。マリーもアリスもキメラなら知っているが、人間の融合というのは人体錬成の失敗作としか考えられなかった。結論を急ぐ佐伯はせかす。

「移動しながら話す」


 マリーが尋ねる。

「それで、結局どういうことですか?」

「この事件の目的は元々俺じゃなかったってことだ。『誰でもよかった』んだよ。条件はひとつだけ、魔力を持つこと」

「ん?それって全部の生命体に当てはまるんじゃ…」

「失礼、語弊があった。特定条件下に置かれた魔力を持つこと。それを集めて何かをしようとしている。それはどうでもいい。なんであれそんなものを材料にしてやることはろくなもんじゃない」


 佐伯の推理はこうである。犯人は元々何らかの目的を持って魔力を集めていた。そして、出来るだけ効率よく収集するために魔物の討伐依頼を請け負うようになった。そういう被害が出ている所の人間というのは大抵衰弱していて、恐怖に支配されている場合が多い。おそらく、犯人が集めていたのは恐怖状態に置かれた魔力である。冒険者稼業での人名救助を名目にして集めていたのだろう。


 あの融合体というのは、魔力を抜き取られた鉱夫達に僅かに残った魔力が融合されてしまった結果誕生したのだろう。当然ながら、絞り滓にしか過ぎないソレは犯人にとって無価値であるため、放置されていたのだ。あの採掘場も放棄されたため、被害報告がなかったのは犯人にとって幸運に作用した。


 やがて犯人は新しい方法を思い付いた。それが『魔物に辱しめられた死体を晒す』という方法である。確実に騒ぎになり、魔物の乱獲が行われる。そうなれば、魔物に捕らえられる者も比例的に増加すると踏んだのだ。もっとも失敗してしまったが。


 さらに、自らのアジトを突き止められたとしても、そこで魔力を回収することができる。わざとそんな状況を作り出している者達が、数の差程度で負けるはずがない。あらかじめ『攻められる』と分かっているならば、それ相応の罠などが用意されているに違いない。あの冒険者達は、自ら死地へと足を踏み出したのだ。



 そう説明しているうちに街へと到着した。既に第2部隊が出発しようとしている。

「急ぐぞ」

冒険者集会所は出払っているのか、かなりガラガラであった。佐伯は受付嬢に尋ねる。

「今話題のあの依頼のアジトについての情報と、この前貰った報告書を書いた男についての情報がほしい。金なら払う」

若干気後れした受付嬢は引き気味にアジトの情報を持ってくる。

「あと、報告書を書いた方の詳細情報でしたよね。守秘義務がありますので全てをお見せすることは出来ませんが…こちらでまとめた資料をお渡しすることなら可能です」

「速めに頼む」


 数分後、1枚のB5サイズの紙を持ってきた。

「どうぞ。印刷等の行為は禁止でお願いします」

「わかってる」

マリーとアリスがアジトについての情報を調べ、佐伯が男の情報を調査する。


 男の名前は『カルロス・ロレンツィーニ』、58歳。レベル74。所持スキル多数。妻子の有無は不明。魔術師からプロイスト帝国陸軍を経て冒険者へと転職。冒険者開始時の年齢は45。活動スタイルは主に元部下の者達10人ほどとパーティーを組んだ魔物討伐。出来るだけ被害を減らすために策を練り、相手が疲弊して弱体化したところを圧倒的な力の差で制圧していくのが特徴か。装備は魔術、銃火器、刀剣などと多種多様であるが、魔術を好んで使う傾向がある。活動地域はまばらである。主な活動報告として、『北欧攻略戦』と『魔王軍討伐戦ワルシャワ地区』があげられる。


 佐伯は紙を受付嬢に返却する。

「…わざとか?」

「いえ。でもサエキさんもわかっているのでしょう?カルロスさんは冒険者としてとても優秀な方です。そして、私はあくまでも街の冒険者集会所にいる受付嬢でしかないんですよ。その立場である以上、冒険者の方々に余計なお世話を働くわけにはいきませんから」

「…そうか、それなら良かった」

佐伯は踵を返して歩きだす。何か後ろから声が聞こえたような気がしたが、佐伯には興味のないことだった。


 佐伯は二人に確認をする。

「どうだ?」

「採掘場からそれなりに近い場所にある洞窟を改造した地下施設……というかサンドワームの掘り跡ね。やっぱりあの採掘場グルだったわ」

「採掘会社に関係者がいたのでしょうか?」

「それはわからない。それより装備は大丈夫か?俺は駄目だ」

「大丈夫よ」

「問題ありません」



 佐伯は一人で武器屋にやってきた。店主の所に行き、金貨の入った袋を置く。

「今ある最高水準の剣とショットガン用の弾丸をくれ」

店主は怖じけずに尋ねる。

「冒険者か?生憎ご所望のモンは全部売り切れちまったよ。他の店をあたりな」

「じゃあこのレベルでいい」

佐伯は龍骨剣をテーブルの上に置く。



 店主は剣を抜き、刀身の状態を確認する。雑に扱われているのが見てとれるが、最低限の手入れはされているようだった。いくつもの血を浴びてきたのだろうか、美しく輝く白銀の刀身には似つかわない禍々しい、どす黒い憎悪と怨嗟にも似た感情の籠った魔力流が感じ取られた。


 材質はなんだろうか?今まで見たことも触ったこともない材料だった。かなり硬く、単純に鉄製や合金というわけでもなさそうだった。だが、かなりガタが来ている。いずれ近いうちに…いや、だからこそこの店に来たのだろう。


 装飾にややこだわりが見られる。だが、儀礼用というにはやや粗末で、もっと飾りをするのが普通である。そのことから判断するに、上級騎士から賜った実戦に重きを置いた剣であろう。この男、見かけない顔立ちをしているうえに不自然に左腕を隠し、お世辞にもいい服は着ていないが…冒険者としては、いや、『殺しあいを生業とする者』としては一級品であろう。



 店主は剣を返し、尋ねる。

「俺が趣味で造ったヤツがある。それなら売れるぞ」

「助かる」

店主が奥から持ってきたのは片刃のやや大きめの剣だった。受け取ろうとした佐伯の手を店主は弾く。

「待て、コイツは一癖も二癖もあるんだ。的確な角度で振って当たりゃ殺せるなんて武器と一緒にされちまっては困る。真の機能を知らずに振り回すなんて可哀想だ。だからよ…説明させてもらうぜ」

「…手短に頼む」



 店を出た佐伯は二人と合流した。当然の如く突っ込まれた。

「それ、新しい武器ですか?でも一本あるのにどうして…」

「一本投げて、もう一本で追撃を加える。俺を知っているであろうカルロスが知らない戦法を取る。その為の二本目」

「なるほど…でも全然投げる向きじゃないですね」

「それは…いずれ話すよ」



 正規ルートで向かおうとした3人であったが、佐伯は向かったのは採掘場であった。

「なんで?普通に向かえば良いじゃん」

「いや、こっちでいい。近道があるはずだ」

佐伯はその地下施設に最も近い位置の壁に立つ。

「はぁっ!!」

壁を左腕で殴り付けると巨大な空洞が現れた。そして、奥の方には扉がある。

「いつ気づいたの?」

「目的に気づいた時に五月雨式だ。どういう目的であれ、アジトには緊急時の出口が必要だ。ならスプリガンの守護領域を活かさない手はない。次に鍵だが、これは鉱夫が持っていたものがオリジナル……というかこの採掘場の管理用のやつで、スプリガンが真似て保管用に鍵を作成したんだろう。融合時に一緒に鍵も巻き込ままれた、それだけの話だった」

 3人は鉄扉を開け、暗く狭い道を歩いていく。




 ひとりでに閉まる鉄扉は、彼らの行く末を暗示しているようであったが、それに彼らが気づくことはなかった。

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