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再審の男  作者: 藤澤トオル
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血色の研究

 とあるホテル。女は目を覚ます。時刻を確認すると、もう既に昼頃であった。自らの記憶にはないが、それほど昨夜の『出来事』が激しかったのだろう。髪をかき揚げながら、シャワールームへと進む。


 鼻歌混じりにシャワーを浴びていると、ネックレスの魔石に連絡が来ていることに気がついた。送信者は可愛くも憎たらしい妹からである。内容は…

「…フフッ。なるほどなるほど、楽しめそうじゃない。彼は私と『合う』のかしら?」


 バスローブを来てシャワールームから出てきたその女はカーテンと窓を開け、外気を吸い込む。非常に澄んだ空気であった。しかし、その女は知っている、そんな空気も偽りであることに。女は窓を閉めて着替え始める。任務に最適な、袖を通すべき服装を選択する。


 着替え終えた女は、荷物を『消し去って』からロビーへと歩みを進める。その足取りは胸の高鳴りが抑えきれず、軽快なステップを刻んでいた。

「…任務開始」

女の片眼から僅かに漆黒の閃光が飛び散った。





 佐伯は現在、冒険者集会所で数十枚ほどの報告書を見ている。彼が選択した、最も手っ取り早くあの初老の男の手がかりを掴む方法が『これ』だからだ。あの男と最初に出会った場所はこの冒険者集会所である。それならば、受付嬢が見逃すはずがない。初老の冒険者というならば尚更だ。


 佐伯が尋ねたところ、案の定あの男は依頼受注目的でやってきていた。そして、受付嬢と交渉して一年分の報告書を入手できた。ざっと見たところ、ほとんどの依頼が『魔物討伐』であった。時折採集依頼もあったが、2度目に出会ったような路地裏に用がある依頼はなかった。つまり、あの男は『佐伯と会う』目的でわざわざやって来たということになる。


 佐伯は最新の物から報告書を確認していく。というのも、佐伯と出会ったのが最近だからである。傾向を掴むという観点から見れば最古のものから見ていくのが最適と言えるが、佐伯が真っ先に知りたいのはそれではない。自分と出会ったことで、あの男の行動にどう変化があったのか…そちらの方が重要であった。




 その依頼は、地方の農村付近にいるゴブリンの群れの退治であった。このゴブリン達は生存競争に敗北して流れ出てきた者達であったらしく、生き残るためには手段を選ばないタイプであった。最初は農村の土地圧迫程度であったが、そのうち農作物や家畜、果ては女子供にも被害が及んだ。これを見過ごすことは出来ないため、冒険者組合へと依頼が出されたといった経緯である。


 参加人数は10人。前衛4、後衛3、補助3の編成である。到着時は村の自警団が追い払える程度の数であったが、やや奥へと進むと15体ほど存在していた。ゴブリンの個体値は、基本的に子ども並みであるため、その程度は物の数ではなかった。これで一応依頼は完了であったが、村の被害と比較して見ると、明らかに15体ほどで行われるような被害でなかった。


 新たに巣穴の捜索、およびその壊滅の依頼を受注。先程進んだ方向へとさらに奥へ進む。途中でトラップがあったが、難なく排除に成功。作りからしてゴブリン製であることは明白であった。確実に周囲に巣穴があり、そこを拠点として農村を襲撃しているに違いない。


 林を抜けた先に洞窟があった。地図で確認をすると、そこは別管轄の区画であった。急いで数人を確認に向かわせ、入り口付近の捜査をする。僅かに別な冒険者の装飾品らしきものの痕跡があった。しかも、およそ3回分の痕跡である。察するに、敗北して失った数を補うために女を孕ませて、その増えた分を賄うために農村を襲撃していたと考えられる。数分後、突入許可が出たので開始した。


 中は非常に狭くて薄暗く、ランタンが無ければ足元さえ危うい環境であった。幸いだったのは、ほぼ一本道であったことだ。隠れていそうな場所もいくつかあったが、『そういう場合』も考慮しているので、何ら問題はなかった。


 最奥部は少し松明で照らされていて、さらにやや広めの空間となっていて、大量のゴブリンがたむろしていた。勿論、そこに冒険者や村から連れ去られた女子どももいた。一部は死体と化していたが。また、天井が他に比べてやや高めなのは人数が多めである自分達にとっては好都合だった。役割を分担してシステマチックに倒していった。


 後進の為に、この時に起きた2つの事例について述べておく。1つ目は『生者の盾』についてである。人間の倫理観とは一線を画すゴブリン達だからこそやる技で、事前にできる対策方法はない。これをされた場合は、カウンターを狙う以外の選択肢はないので、注意されたし。実際、今回も2人を誤って殺害してしまった。


 2つ目は『潜伏からの急襲』である。今回はあらかじめ囲まれた時の対処を考えていたために無視していたが、こちらは事前対策が可能であるので、出来るだけ行うのが好ましい。具体例をあげるとするならば、こちらのみが把握できる罠を仕掛けておく。ただし、依頼完了後は撤去を忘れずに行うように。救助部隊の救護活動を出来るだけ円滑に行わせるためだ。


 人的被害0、装備品損傷軽微、救助者数名(内何名かは社会復帰困難)、総討伐数47を以て今回の依頼、及び現地での追加受注依頼の報告を終了とする。




 佐伯はやや冷えた紅茶をすする。正直な所、彼は拍子抜けしていた。確かに自らと似たような経歴と性質を持つはずなのに、報告書の内容は至って『一般的』であった。確実に何か裏がある。この報告書には記載されていない『目的』があるに違いない。とはいえ、これだけでは特定は不可能だ。




 次に確認した依頼は、少ししかない採集依頼。依頼主は通信企業の下請け。通信機器の素材となる『魔石』の採集が目的となる。採集とはいっても、魔石の存在する地域に生息するモンスターの討伐がメインである。実は、この地域はもともと依頼主と契約を結んでいた鉱石採掘企業の採掘場であった。露天掘りを用いて進めていたが、ある時期からモンスターが蔓延るようになってしまい、採掘どころではなくなってしまった。なので、モンスターの討伐による採掘場の解放、及び魔石の存在確認をしてほしい、という経緯である。


 参加人数は10人。前衛等の構成も同じである。外観は、事前に受け取った資料と遜色なかったし、トラップなども見られなかった。この事は、逆に小細工を必要としない強力なモンスターが生息している可能性を示唆している。


 問題だったのは非常に広域で、段差が多いうえに通路が限られているということである。同じような通路の限られている洞窟の場合は、潜伏を除いて側面や上下方向からの奇襲というものはほとんどない。ところが、今回はそれらが十二分に起こりうる。


 これの対策として、今回は数名をあらかじめ上部に待機させておくことにした。人数は減少するが、妥協案としては問題ないと言える。もっとも、最適解は人数の増加であることは言うまでもない。


 当初の目的であった魔石は、すぐに採集が完了した。ただ残念なことに、他の鉱石は確認出来なかったため、この土地自体の価値はあまり高くないことが判明した。なので、採掘が完全に終了した後に起こるであろう土地の再開発問題が懸念される。


 本題のモンスター討伐である。予想通り、ここを根城とする複数の大型生物が確認された。彼らは暗黙の了解を以て、この露天掘りされた空間を分割統治している。最初に遭遇したのは『サンドワーム』の亜種である。体長およそ30メートル、直径約2メートルというサイズであった。だが、魔術的要素が確認されなかったので見かけ倒しであった。


 余談になるが、解剖の結果体内から鉱夫らしき死体(消化液により、身元の特定は不可)が複数名確認された。このことから、サンドワームは初期に出現したことが予想される。また、こういったサンドワームの巣が付近にある可能性も否定できないため、調査の必要がある。


 次に遭遇したのは『ゴーレム』。こちらは既存の対策方法であったので割愛する。その後も数体の巨大生物を討伐したが、最も困難であったのが『スプリガン』であった。このスプリガンは他とは違って土着の者であり、付近の魔石埋蔵量がそのまま強さに反映されていた。そのため、魔石由来の魔術を用い、スプリガンの個性である巨大化が強化されていた。だが皮肉なことに、露天掘りによる過剰採掘がスプリガンを弱体化させていたため、なんとか我々でも対処可能なレベルまで落ちていた。


 人的被害0、装備品損傷軽微、採集量5kgを以て、今回の依頼の報告とする。追加として、周囲の環境調査と依頼主及びその関連企業の査察を推奨する。




 佐伯は冷えきった紅茶を飲み干す。今回はまともなのに加えて、お節介にも依頼主の内部調査についても述べている。なんと模範的な報告書だろうか。非の打ち所がない。そして、それがまた佐伯に違和感をもたらすのである。




 佐伯の横に座る者がいる。マリーだ。服を見るに、今日は休養日なのだろう。

「お疲れ様です、サエキさん。これがあの人の報告書ですか?」

「あぁ。つっても、まだほとんど見てないけど」

「どれどれ…なるほど、ゴブリン退治ですか」

納得した様な表情の影に、疑問の念が見えた。

「どうした?何か気になることでもあるのか?」


「…これ、結局救助されたのは誰なんでしょう?」

「いや…冒険者じゃないのか?」

「これだけじゃわかりませんよ。だって、被害が出ているのは農村もじゃないですか。どっちも助かったのか、はたまた片方だけだったのか?もっと言うと、『生者の盾』で殺してしまった相手の記述もないです。ですから、これは報告書としては二流です!」

マリーは、そう自慢気に話した。


 佐伯はマリーの意見を元に、もう一度流し読みする。彼女の疑問は正しい。確かに、『社会復帰困難』とは書かれているが、それが『農村』か『冒険者』かは一切記載がない。救助者の内訳がないと、冒険者組合の対応も大きく変わってしまう。『生者の盾』による被害者も同様だ。


 佐伯はマリーに尋ねる。

「じゃあ…こっちの採集依頼はどうだ?」

「んー…ん?」

「…何か、あるか?」


 マリーは受付に行き、ある資料を持ってくる。それは、今出されている『あの事件』の捜査協力依頼だ。

「これ見てください。ここです」

マリーが指をさしたのは、2つ目の事件の追跡調査の断絶箇所だ。

「それと、これです」

次にさしたのは、報告書に付随していた地図。


 佐伯はまだピンと来なかった。

「この2つがなんだよ」

「サンドワーム出現域の方角と断絶箇所、見比べてください」

確かに重なる部分もあるが、目立った特徴はない。

「…なんもないが」

「よく考えてください。ここの周辺は強力な個体であるサンドワームの巣がある可能性の高い地域です。調査が入らないはずがありません。それこそ、何日もかけて念入りに。次に、断絶とは完全に痕跡が消失するということです。ここである矛盾が生じます。『なぜ先にいるはずの調査隊が事件の痕跡を発見できないのか』。『なぜ断絶してしまうのか』」



 マリーの意見は、つまりこういうことである。サンドワームという地中上問わず生息している生物の巣を探すなら、確実にワームより動物的性質の強いオークの存在も確認出来る。その場合、そこにサンドワームの巣がないことの証拠になる。まして既に被害が出ている事の証明になりうる人間の死体など見逃すはずがない。


 ところが、警察の資料にサンドワームの記載はない。つまり、まだサンドワームの巣は調査中であるということである。よって、警察よりも前に事件の痕跡は発見されるはずである。しかも、先に捜査関係者以外の人間が踏み入っている土地で、断絶というのはおかしい。仮に断絶したとしても、それならばサンドワームの記載がされるはずである。



 マリーはやや興奮して言う。

「この事件、調査隊に犯人に近しい人物がいますよ!仮に犯人が人目のない場所を避けて選んだとしても、それならそれで調査隊のスキャンに引っ掛かるはずですし!調査隊に内通者がいるとしか考えられません!」

どうやらマリーの推理に聞き耳をたてていたらしい何人かは、慌てた様子で集会所を出ていった。


 佐伯はマリーの肩を掴んで揺さぶる。

「お前すげぇよ!よく見てるな!俺だけじゃ絶対気づかなかったよ!ありがとう!」

「いえ…その…助けになればなーって…お力になれたのなら…良かったです」

「しかし、そうなると最初の事件はどうだ?痕跡を消失させたのが同一人物であると仮定しても、死体はどうやって…」



 佐伯の横にもう一人座る。

「簡単じゃない。『誤魔化す』だけよ」

「…アリスか」

「久しぶりね、一年ぶりくらいかしら?そっちの探偵さんが…マリーちゃん?」

「あなたがアリスさんでしたか。はじめまして、『マリー・デュカス』です。お話には伺っていました」

「これはご丁寧にどうも。『アリス・シュタインベルク』よ」

二人は握手を交わす。アリスは、マリーが『例の人』であると察したようであった。


 アリスは座り直してから話始める。

「話を戻すわ。そこに正確に誰が救助されたって書かれてるなら別だけど、書いてないなら適当に『死んでいた』ことにすればいいだけじゃない」

佐伯が疑問を投げ掛ける。

「だが、今回発見された死体は『冒険者』だ。農村の方しか死んでいなかったら?」

「ん?そこに答えが書いてあるじゃん」


 佐伯に悪寒が走る。

「…『生者の盾』か?」

アリスは黙って頷く。

「そんな…!人間が人間を盾にするんですか!?」

「…いや、やる奴はいるだろう」

それが佐伯自身であることは、口が裂けても言えない。アリスも気づいたのか、あえて言おうとはしなかった。

「とにかく、必要な数はそうやって用意すればいい。それだけの話よ。でも、これらは全部憶測。他に手がかりがあったりするんじゃないの?」



 結局、他の資料も読んだが、全て憶測の域を出なかった。気がつくと、日はすっかり落ちていた。

「よし、とりあえず明日はゴブリンの洞窟に行ってみるか!」

「私も行きます!」

「私も」

「「…ん?」」

「え?」


佐伯はあることを見落としていたことに気がつく。すかさず尋ねる。

「そうだ!アリスがなんでいるんだよ、開拓者じゃなかったのか?」

「えぇ開拓者よ。でもコンキスタドールなんて不名誉な称号、たまったもんじゃないわ。私は極めて平和的な開拓者、だから落ち着くまでこっちで待機することにしたの」


 コンキスタドール…『征服者』を意味する単語だ。意味合いも使われ方も、佐伯の転生前とほぼ同じである。これは、コロンブスがアメリカ大陸の存在を公にし、国からの援助を受けた者達がこぞって大陸に渡り、先住民を武力で制圧していったことから生まれた単語である。また、コンキスタドールは抗体が皆無であった先住民に対して天然痘を持ち込んでもいる。どうであれ、良い意味で使われることはない。


 アリスの開拓スタイルを知らないが言動から察するに、コンキスタドールとは違って交渉などを行って平和的作戦を講じる方なのだろう。確かに、そういった者達がコンキスタドール扱いされるのは不愉快というものだ。


 しかし

「なんで俺達を手伝う?休んでりゃいいじゃねえか。それこそ獲得した土地やら情報やらを国に高値で売り付けてこいよ」

「それはもうした。だからやることがなくて暇なの。それでフラ~っと集会所に来たら…あら不思議、見知った顔とお話ししているかわいい探偵さんがいるじゃない」


 なるほど、面倒くさいことこの上ない。

「はぁ…じゃあいいだろ」

「ヨースケ、あなた勘違いしてる。私が用があるのはそっちのマリーの方」

「え!?私!?」

「そ。その捜索能力を見込んで、一緒に事件解決しましょう?」

マリーは明らかに動揺している。あまりこういった誉められ方をしていないのだろう。


 マリーは佐伯に視線をチラチラと向けながら答える。

「えー…でも私、今はこのサエキさんと組んでて…」

佐伯は折れる。

「…わかったよ、一緒にやろうぜ。アリス」

「フフッ、素直じゃないんだから」

自然と二人は拳を合わせる。妙に気があった。




 初老の男はあるものを眺めている。ガラスで隔離された部屋に浮遊する、黒い閃光を散らし、黒い霧を撒き散らしている巨大な回転する立方体だ。男はコーヒーを飲みながら呟く。

「お前はどんな奇跡を見せてくれるんだ?」

「ろくでもないのは確かね」


 振り向くと、知人の女が壁に寄りかかっていた。

「これはこれは、わざわざご足労いただきありがとうございます」

「気にしないで。それより、順調かしら?」

「ええお陰様で。『餌』に引っ掛かった者達もいるのでかなり加速度的に完成へと向かっています。ただ…」

「ただ?」

「最後に必要なピースが足りません。といっても、私情が混じっているのですが」

「あらそう、私はどうでもいいわ。世間話もこれくらいにして、兄さんからの伝言と命令を伝えるわ。『近日中にヨースケ・サエキなる人物が現れるはずである。出現時は、妹と対処にあたれ』と」


 男は興奮を抑えながら尋ねる。

「もしや、そのサエキなる人物は…北欧の悪魔で?」

「少し正解。北欧の悪魔は3人で一つ。彼はその内の『交渉担当』であり『名称の直接由来』。まあそんなことはどうでもいいのよ。よろしく頼むわ」

女は去っていった。


 男は立方体に向き直り、狂気に満ちた笑顔を浮かべながら呟く。

「あぁ、速く来てくれ。そして殺し会おう」




 翌日。佐伯達は予定通りゴブリン達の洞窟に行ったのだが、やはりと言うべきか事後処理が完了していたので何も手がかりはなかった。

「駄目みたいですね」

「さて、どうする?ヨースケ」

「…じゃあ、あそこに行こう。村に」

「その心は?」

「救助者について確証を得る」



 被害のあった村は未だ傷跡が残っているが、復興の兆しも至るところにみられた。話しかけようと思ったが、あることに気がつく。

「女性と子供のいるところはやめておこう」

二人も察し、手頃な農夫を探しにいく。


 ちょうど良く休憩中の農夫がいたので、アリスが交渉に当たる。

「少々お時間よろしいでしょうか?お尋ねしたいことがありまして…できれば、女性や子供の耳に入らない様な場所でお願いします」

農夫は聞かれることを察し露骨に嫌そうな顔をする。無理もない、『自分達がどんな目にあったのか話せ』と言われて快諾する者などほとんどいないだろう。

「他を当たってくれ。休憩中なんだ」


 アリスは交渉内容をゴブリンの被害から変更する。

「では、『村を救った英雄』についてお教えください。私達の目的は彼らの捜索でもあるので」

「…あんたら冒険者だろ。組合なり集会所なりで尋ねりゃいいじゃねぇか。わざわざこんな所に尋ねる理由がない」

「彼らは現在行方不明です。大丈夫であると予想していますが、万が一を考慮して捜索を行っているのです…これでよろしいですか?」

流石の農夫も折れた。



 佐伯とマリーも合流し、案内されたのは近くの小屋であった。この農夫の所有物であるため、女子供が聞く可能性は低い。農夫はコップに注いだ水を飲み干してから話始める。

「彼らがやって来たのは一週間くらい前だったな。軍隊上がりでも見かけないような礼儀正しさだったよ。人数は10人くらいだったかな?んで、『隊長』って呼ばれてる男は珍しく歳がそこそこいってた」


 今のところ報告書の記載通りである。また、初老の男の存在も確認できた。あのとき男の部下が『隊長』と言っているのを覚えている。佐伯は質問することなく農夫の話を聞き続ける。

「彼らが来たその日もゴブリンどもはやって来たが、お陰で被害は皆無で終わった。俺達はそれだけで喜んでいたが、彼らは違った。『巣を探して、拐われた者達を助けだす』なんて言ってきた。断る理由なんてないだろ?それから…数日後かな、彼らが帰ってきたのは。8人くらいが帰ってきた。ただ、彼らも無傷では済まなかったのか人数が減って」



 佐伯は話を遮り質問する。

「ちょっと待ってください。彼らに損害が出ていたのですか?」

「あ、あぁ。だって10人で向かったはずなのに帰ってきたのは7人だったんだぜ。そうとしか考えられないだろ」

間違いなくあの男達が事件の犯人である。メンバーを死体を遺棄するグループと救助者を村に返すグループに分けたのだろう。また、救助者は『8人』であるので救助者数名というのは全て村の拐われた者達であるのも確定した。


 その後も話は続いたが、特に有益な情報はなかった。3人は謝罪と礼を述べてから村をあとにする。



 次に向かうのは採掘場であるが、その移動中にマリーが呟く。

「…なんでわざわざゴブリンに襲われた人間の死体を遺棄するんですかね。すごい手間がかかってるじゃないですか」

それは佐伯がずっと疑問に思っていたことでもあった。そこが彼らの目的に深く関係していると理解していながらも、具体的な予想は全く浮かばないのだ。


 改めて思考する佐伯の代わりに答えたのはアリス。

「餌だったりして」

「なんの?」

「私達みたいな人間を誘き寄せるための」


 佐伯の頭にある言葉がよぎる。

「…そうか、俺か」

「左腕ですか?でも、それと彼らに一体なんの関係が…」

「それはどうでもいい。だが、コイツは簡単に人が使っていいもんじゃない。俺でもよくわかってないのに、操りきれると思ってるなら…大間違いだろう」

「違うわね、これほど手の込んだことをやる人間がそんなことに気づかないはずがない。『わかったうえで』彼らは欲しているんじゃないの?」

アリスの推測は多分当たりだろう。確かにそちらの方が自然である。だが、それならばなおのこと…




 採掘場は結局廃棄された様で、人の姿は一切見られない。だが、佐伯達にとっては好都合でもある。交渉の手間が省けるというものだ。一応トラップの類いを警戒しながら降りていく。結局それらしいものは見られなかった。

「廃棄理由は明白ですね。モンスターの出現する場所で働きたい人間なんていない」

「そうね。しかも冒険者や護衛を雇うのにも金はかかるのだから、余計にわざわざ維持に費やす金は必要ない。とにかく手っ取り早く終わらせましょう」


 手がかりとなるものを探していると、いくつか興味深いものが発見された。最初はアリスである。

「この辺り、壁がガラス化してる。超高温でもなかなか起きない減少よ、これ」

「火炎系魔術が魔石と反応し、超火力を発揮した可能性が高いな。てことは、魔石の埋蔵量はかなりあるんだな」



 次に発見したのはマリーだった。というのも、彼女が壁際でうずくまって嘔吐しているのに佐伯が気づいたからであるが。佐伯はすかさず近づいてマリーの背中をさすりながら尋ねる。

「鉱夫の死体か?」

落ち着きを取り戻してから答える。

「…もう大丈夫です、ありがとうございます。そうです、しかも…いえ、見た方が速いです。私はちょっと二度見る勇気は…」

「わかった。無理はするな」


 念のためマリーの介護をアリスに任せ、佐伯は単独でマリーから教えてもらった地点に移動する。佐伯は鉱山夫の死体を二人分発見した。したのだが…

「…なるほど、こういうことか」

それらは衣服が風化し、溶解した皮膚から飛び出した内臓がカラスか何かに啄まれていて、恐怖がはりついている顔は腐り、目玉のある位置からは何か分からない液体が滴り、四肢は一部が欠損したうえで骨が見えるような折られ方がされている死体だった。こういった凄惨な光景にある程度は耐性を持つ佐伯でも、吐き気を催すほどである。



 手を合わせて祈りと謝罪をしてから近寄るハエを払いつつ死体を漁る。原型が留められていることから判断するに、恐らくこれらはサンドワームの排泄物か吐瀉物だろう。なんであれ、彼らに近づける要因になりうる。そうして僅かに残った服のポケットなり内臓なりに手を突っ込んでいると、罪悪感以上に嫌悪感が昇ってくる。不意に手が何か『嫌なもの』に触れ、思わず手を引っ込める。手には腐った血液の他に白い粘着性の物質がこびりついていた。


 しばらく様子を伺っていると、突っ込んだ穴から音が聞こえてくる。2つある。ひとつはニチャニチャネチョネチョ。もうひとつはカサカサ。佐伯は嫌な予感がし、すぐにその場を立ち去ろうとするが判断が遅かった。穴から飛び出した何かが彼の右肩に食らいつく。それとほぼ同時に穴から別な生物…黒光りする昆虫、『ゴキブリ』が沸いて出てくる。


 意識を保て、殺意を滲ませろ、目をそらすな、口を開けてはならない。自ら頭の中でそう念じながら肩にいる表面が粘膜に覆われている手足のない生物を見据える。一言で言ってしまえば、『気持ち悪い』生物である。


 噛みついた箇所に毒らしきものが流し込まれているのが理解出来た。早急に対処せねばならないが触るのすら気が引けるので、腰からナイフを取り出し串刺しにする。すぐにその生物は死亡した。捕食は考えもしなかった。すぐに生物を取り外しつつ反対の腕で圧迫して止血をする。それをしながら辺りを見回すと、いつの間にかゴキブリは姿を消していた。




 毒の解析は『高速学習』で終えた。だがそれを中和させる手段がここにはない。黒い霧での治療は最悪の場合全身に循環する恐れがあり、危険すぎる。徐々に視界がぼやけてくるが、どうしようもない。速く合流せねば。

「…ん?」

急がねば命に関わる危険状況で彼は発見する。鍵と鉱石だ。迷わず回収し、マリーとアリスの元へ走り出す。


 こんなところにいる人間など彼ら以外に存在しないのですぐに発見できた。だが、出会ったことで安心したのだろう。急に身体の力が抜けていく。そして…





 佐伯陽介はそこで意識を失った。

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