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再審の男  作者: 藤澤トオル
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雪の女

 次の日、来客があった。それもペトラに。どうやら彼女の友人らしく、部屋に籠って話をしていた。部屋の外で待機していたマリーが聞いていたのだから間違いない。マリーにそういった友人がいないわけではないが、やはり楽しそうにしているのがわかり、少し羨ましくなった。


 しばらくして、扉が開く。そして、ペトラはマリーに告げる。

「私、ちょっと友達と遊んでくるわ。護衛したいなら勝手にしなさい。あぁ、でも邪魔しないでね?」


 

 

 という訳で、二人はやや離れた場所に配置につき、陰ながらペトラの動向を見守っている。

「あの人危機感が無さすぎます!よくこの状況で出歩けますね!?」

「でもあそこまで言われちゃ、引き下がるしかないだろ。ペトラお嬢様は言い切ったからな、『優秀な護衛であると見込んでいるからこそ、このようなお願いをしているのよ』って」

「まったく!もっとこう…いつどこから襲われるか分からない感覚を身につけて欲しいです」

「それは…俺達がおかしいだけだろ」


 最初に彼らが入ったのは服屋。佐伯とマリーもカップルを装って監視をする。今さらながら、ペトラの容姿は優れている。父親はそうでもなかったが、母親がなかなか美しかったのでそちらの遺伝子を強く引き継いでいるのだろう。もっとも、強引さは母親に見られなかったので、性格は父親似と予測されるが。そういう訳で、ペトラに目を向ける男性は多い。これは本人の自尊心が身に付くかもしれないが、護衛する側としては非常に困った事態である。誰が襲撃犯か分かりにくいからだ。怪しいと思っていた人物に集中していたら、全く別方向から襲ってきた、なんて事態も十分ありえる。


 ひとまず服屋は問題なかった。だが、道端で問題が発生した。

「お姉さんたちかわいいねぇ!この辺にぃ、上手いケーキ屋、出来たらしいんすよぉ」

「じゃけん今すぐ行きましょうよ」

「お姉さん達、どう?」

ナンパであった。3人組である。それなりの容姿であるが、ストレートに言えば『チャラい』。佐伯が苦手とするタイプであり、マリーは『関わりを持ちたくない』タイプであった。そのせいで、二人とも非常に嫌そうな顔をして見つめる。


 ペトラは笑って応対しているが、少々嫌そうである。佐伯とマリーは小声で話始める。

「…助けるべきだよな」

「でも、あまり邪魔するなって言われてますし…」

佐伯はあることを思い付く。

「マリー、少し我慢してくれるか?」

マリーは察する。

「…速めにお願いします」


 ペトラと友人は上手い具合に少しずつ言いくるめられていた。その気になりはじめていた時、ナンパの一人は突き飛ばされる。

「いってぇな…何すんだよ!」

当たったのはマリーであった。ペトラが気づかないように服装を変えたうえ、わざとらしく気弱そうな演技をする。

「あ…えっ…す、すみません!この辺りは、はじめてなもので…本当にごめんなさい!」

ナンパ3人組は顔を見合わせる。そして、ペトラに言う。

「ごめんねー。俺達、この子ちょっと放っておけないや。これ、連絡先だから!また今度!」

「さっきは怒鳴ってごめんね。全然怒ってないから大丈夫だよ。それで君、名前は?初めてなら、色々教えてあげるよ」

ナンパ3人組は、マリーを連れて路地裏に移動した。


 友人はペトラに尋ねる。

「…大丈夫かな?あの子」

「い、一応警察に連絡したほうが」

「その必要はありません、気にせずお楽しみください」

「うわぁ!?あ、サエキさんかぁ…脅かさないでよ」

「…あぁ!家にいた人!」

「またお会いしましたね。それで、女性の件ですよね。あの3人組はこちらで処理しておきますので、ご心配なく」

ペトラは察する。

「…あの人かぁ…わかりました。ありがとうございます」

「いいの?」

「うん、大丈夫大丈夫」

ペトラは友人と共に歩きだした。佐伯は急いで路地裏に向かう。



 路地裏には、腹と股間を抑えた男達と、顔の横の壁に足を当て、退路を塞がれた男がいた。塞いでいるのは、マリーである。

「サエキさん、お疲れ様です!」

「…マリーさん、可哀想だから解放してやりなさい」

「この人達最低ですよ!いきなりお尻と胸触ってきたんです!」

「そこまで大きくないのに…」

「何かいいましたか?」

「はいごめんなさい。あー、お兄さん方わかりましたでしょうか?このように、人を見た目で判断すると『熟練冒険者』だったりするので気をつけましょう。これに懲りたらナンパなんてやめることです」

ナンパは何度も大きく首を縦にふった。それを確認し、マリーは解放する。ナンパ達は一斉に逃げ出した。

「いやー、マリーも強くなったな」

「そりゃ、弓がないときの対処法も鍛えておかないと駄目じゃないですか」

「ごもっとも」



 続いて二人が向かったのは劇場。佐伯とマリーも入る。内容は悲恋らしいが、観賞目的ではないのでよくわからないまま終わった。これもまた公演中は何の問題はなかった。だが、外に出たタイミングで二人は確信する。

「…『見られて』ますね」

「どっちだ?」

「ペトラさんの方です」

佐伯が索敵をすると、不自然な鳥がいるのがわかった。佐伯はマリーに言う。

「確認した、場合によっては弓の使用をしろ。いいな?」

「了解です。援護しましょうか?」

「大丈夫だ、恐らく使い魔だろうからな」

直後、佐伯は『起動』してその場から消える。


 彼が再出現したのは空中。目が紫色に偽装されたカラスを即座に回収し、位置を調整しながら落下していく。その最中にカラスの喉元を手刀で切り、生物か非生物かを確認する。生物であった。受け身をとりながら着地したあと、その臓物を喰らう。当然カラスは死亡。即座に記憶の読み取りを開始する。『死の痛み』にすら慣れ始めた佐伯は情報の取捨選択をする。


 大半が、使い魔を通した盗撮の様なものであった。一番始めは17歳の頃、あどけなさを残すペトラをどこかの木から観察していた。それからは学校だけでなく、家や教会、大学の活動中、果ては浴場までありとあらゆる場所で盗撮していた。いくらペトラの為とはいえ、人の盗撮動画を覗くのは気が引け、佐伯はそれに関する記憶は削除した。残ったのは、『使役者』の識別。こちらは容易に終了した。

「このタイプから判断するに、あまり遠くない。だが破壊は気づかれたはず。…仕留める」


 佐伯は小石を3つ拾い、やや高めの塔の上まで移動する。数分後、先程まで佐伯のいた地点に肥満体の男がやってきた。

「アイツか…マジで絵にかいた様なオタク体型だな…っと!」

佐伯はとある冒険者の死体から入手した『投擲技術』を使い、男の膝に小石を投げる。佐伯の強化された肉体から放たれる小石はただの投擲武器ではなく、弾丸の様な威力を発揮した。小石は男の左膝を貫通し、血の花をその場に咲かせる。男は治療魔術を唱えることも出来ないほど悶えている。


 そこで不用意に近づかないのが、佐伯という男である。

「演技か…?2発目…フンッ!」

次は右肩に命中した。男は声すら上げられない状態になった。痛みに慣れていないことは明白であった。

「3発目…はいらないか」

佐伯は小石を隠し持ったまま、男に接近する。


 肥満体の男は、突如現れた青黒い目を持つ男に恐怖する。

「ひ、ひぃぃぃぃぃぃ!!!こ、ころ、ころ、殺さないで!」

佐伯は小石を手で遊びながら言う。

「盗撮魔を殺すほど無益なことはない。とはいえ、俺も仕事というものがある。しっかりペトラさんに謝罪するか?」

「し、します!しますから!殺さないで!」

「それと、もうひとつ。もう?」

「しません!近づきません!関わりません!」

「そこまでは言ってねぇよ…ほら、薬だ。傷口の除菌はそれで出来る」

男は傷口にそれを塗り込んだあと、自前の回復魔術を使う。元通りになった。


 男は怯えた様子で周囲を見渡す。奇妙に思った佐伯が尋ねる。

「どうした?使い魔の所在か?」

「いえ、それはもういいです。あなたが壊したはずですし…それよりも、どうやって俺の身体を撃ち抜いたのか…あれは確実にボルトアクションライフル並みの威力が」

「こいつだよ」

佐伯は持っていた小石を近くのドラム缶に投げつける。小石はドラム缶を貫通し、その奥にあった木箱を破壊していた。男はその場にへたりこむ。

「わかったか?今度またペトラお嬢様を盗撮してみろ、次は頭だ」

「は、はい…」

「まぁ…ペトラお嬢様がかわいいのはわかる。だからさ、盗撮行為なんてやめて正面から向かって話し合ってくれ。キツイこと言うぞ、お前の過去に何があったか知らんが、お前はペトラお嬢様の認識外にいる可能性が高い。まずは『話しかけられても不快じゃない奴』を目指せ、わかったな?」

「はい!」

肥満体の男は嬉々として去っていった。




 数秒後、佐伯は振り向き様に小石を投げつける。だが、その小石は初老の男が同じように投げた小石に打ち落とされた。

「…ハハハ、考えることはおなじか。オジサンとしては悲しい限りだよ」

「何しに来た…っと!」

佐伯は小石を投擲しつつ、回避しながら尋ねる。初老の男も同じようにしながら答える。

「ちょっと様子見さ。というか、ちゃんと気づいてくれてたの…っか!!」

「当然…っだ!あんたは『臭すぎる』のさ。そうだ…っろ!」

「それはお前も同じ…っだろ!」


 そんなやり取りをしている内に、佐伯の小石が男の肩を掠めた。佐伯は即座に急接近しつつ、剣を振り上げる。だが、男は大道芸でもこなすかのように剣の先をつまみ、振り上げ動作に合わせて上に『落ちる』。

「流石、やっぱりお前が最後のピースだよ!俺の元にたどり着くのを待ってるぜ!」

「まてオッサン!名前は!?」

「好きに呼ぶといいさ!そうだろ?『北欧の悪魔』!」

徐々に足音は遠ざかっていった。また、使い魔による補給分の黒い霧も消失寸前だった。

「…あの野郎」


 任務に戻ろうした佐伯に、違和感が押し寄せた。監視されている、といったものではなく単純に『何かがおかしい』と感じるのだ。

「…この小石、なぜ血が付いてる?」

佐伯が発見したのは、あの男に投擲した小石だった。掠めたものではなく、虚空を裂いたはずのものであった。これに秘密が隠されているのかもしれない。そう考えた佐伯は拾い上げる。


 直後、佐伯の左腕は黒い霧になって弾けとんだ。そして、すぐに再構成される。小石は、ない。痛みはないが、生理的嫌悪感が佐伯を襲った。

「爆弾か?いや、それなら吹っ飛ぶはず…。もっと別の何か…駄目だ、手がかりが少なすぎる」




 男は部下と合流する。部下は顔色を変えて駆け寄る。

「ご無事でしたか…対象との過剰な接触はお控えください。計画に支障が出る恐れがありますので」

「すまんすまん。だが、こうでもしないとあの男は俺らを本気で捜索しようとはしないぞ。『手がかり』も、残してきたしな」

男はそう言いながら、風穴の空いた手の甲をプラプラと振る。

「お早い治療を。道端の小石ほど不潔なものはありませんので」

「わーってるよ、ったく…。さてはて、いつ見つかれるかねぇ」

男は傷口にどす黒い何かを押し込み、傷を塞いだ。





 任務に復帰した佐伯。

「どうでしたか?やっぱり襲撃犯でしたか?」

「いや…盗撮犯だった。あ、使い魔の保管してたやつは全部消したからな!?」

「当然です。というか、残してたらその盗撮犯と一緒じゃないですか!…それで、どう処理したんですか?」

「謝罪しろ、2度とやるな、関係を持ちたいのなら努力しろって言って帰した」

マリーはキョトンとした顔で見つめていた。

「…なんだよ」

「いや、佐伯さんらしからぬ方法で解決したんだなぁって。てっきり四肢切断して拷問でもしたのかと」

「それは襲撃犯だった場合だよ」


結局、襲撃犯はやって来なかった。



 翌日、専務から連絡が来た。

「お二人とも、ありがとうございました。何はともあれ、杞憂に終わって良かったです」

「お気遣いありがとうございます。それでは、私達はこれで失礼します」

佐伯とマリーは専務の家をあとにし、集会所へ報告に向かう。


 佐伯はずっと悩んでいた。マリーにあの初老の男について話すべきか、否か。もし話せば快く協力してくれるに違いない、マリーはそういう人物だからだ。だがその場合、行われるであろう壮絶な殺し合いに彼女を巻き込むことになる。


 いや、もう決意したのだ。佐伯はマリーに言う。

「…なぁマリー、この前会ったあの初老のオッサ…男性、覚えてるか?」

「えぇ、一応。結局あのあと全く見かけませんでしたね」

「実は、最近再会したんだ。したんだが…その…あまり、いい再会の仕方ではなくてな」

「…はぁ。わかりました、暴力でしか解決出来ないんですね?」

佐伯は静かに頷く。マリーは長い溜め息をついた。


 マリーは諦めた様に笑いながら佐伯の顔に指を向ける。

「いいですか?何かあったら、必ず助けに行きます。ちゃんと呼んでくださいね?」

「…ありがとう」

「別にいいんです。ただ…無事でいてください」

佐伯は、何も返すことは出来なかった。



 その様子を、遥か彼方から見ている者がいた。美しい金髪をハーフアップにした、片眼が赤黒い女である。その女は近くにいた隻腕の男に言う。

「対象、捜索を開始するようです。介入しますか?」

「いや、構わない。それよりも、アイツはどこに行った?」

女は少しの間、赤黒い眼を抑えたあとに答える。

「…その、申し上げにくいことですが…よろしいでしょうか?」

男は察し、目頭を抑えてから命令する。

「彼女を防衛側に向かわせろ。アリスは、捜索側だ。…くれぐれも、互いに戦うことになるなよ?」

「了解しました」

そう言ったあと、アリス・シュタインベルクはその場から消え失せた。


 ラインハルト・シュタインベルクはパイプを吸い、煙を吐いたあとに呟く。

「…さて、実験開始だ」

ラインハルトも、片眼を『起動』してその場から消え失せる。






 翌日、新大陸で変死体が発見された。外傷はなく、魔力が『全く』ない状態であった。警察は、この事件を隠蔽した。

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