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再審の男  作者: 藤澤トオル
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ブレーメンの護衛部隊

 捜査本部会議室。紫煙が満ちた空間に一人の警察官が入ってくる。その男は敬礼をしたまま、震えるような声で告げる。

「調査結果でました。…断絶です」

断絶。それはあらゆる痕跡が途切れたということに他ならず、警察の捜査方針が『間違っていた』という証明でもあった。彼らにとって、これほど屈辱的なことはない。会議室にいたもの全てがほぼ同時にため息をつき、各々に愚痴を呟きだす。


 会議室の最奥に座る男が右手を挙げる。辺りが静寂に包まれ、それを確認してから右手を挙げた男が言う。

「冒険者組合に連絡しろ。『捜査協力願い』だ。報酬は、活躍度を踏まえた言い値にする」





 朝。冒険者集会所は賑わっていた。それもそのはず、『警察からの捜査協力依頼』が来ていたからだ。しかも概要にはゴブリンやオークなどの害獣になりうる者達の名前も書かれている。2つの依頼を掛け持ちで行うことほど、美味しいことはない。普段はそこまで人気のないゴブリン退治を探している者がたむろしているのだった。


 だが、この二人は違う。せわしなく作業している受付嬢の手元に出されたのは、それまで出されていたのとは全く毛色の違う『警護』の依頼であった。出した男がにこやかに言う。

「お疲れ様です。今度は、ちゃんとした報告書を書きますよ」


 受付嬢は尋ねる。

「サエキさん達は受注しないのですか?警察からの依頼に」

「ええ。これだけの人数が集えば見つからないはずがないでしょう、それよりも、冒険者の不在を狙って行われる犯罪に手を回した方が報酬を少々吊り上げても文句は少ないかも…と思いまして」

「それはそうですけど…その場合も報告書にはしっかり書いてくださいよ?『報酬を増額してもらった』って」

「ええ、それはもう大きく書きます」

「所定の欄に書いてください。ご武運をお祈りしています」


 佐伯は人混みを避けて待機していたマリーのところに合流する。一通りの確認をしていたマリーが尋ねる。

「大丈夫でしたか?」

「ああ。ただ、ありゃ今度は本当にヤバい愚痴が聞けるぞ」

「…覚悟しておきます。こちらも問題はありません。早速依頼主の所まで行きましょう」



 今回の依頼はとある会社、が輸送する大金、を運ぶ重役、の関係者の護衛であった。決して反社会的勢力の関係ではないが、時には有利に事を運ぶ為の材料としてそういった関係者が使われることがあるらしい。それも、出来るだけ分からないように偽装してだ。ただ、大抵の場合は杞憂で終わる。それでもそういった可能性は減らすに越したことはない。以上の理由から、佐伯とマリーはその会社…『フェヒトコンツェルン』にやって来ている。


 通された応接室で待機していると、専務が秘書を連れてやって来た。

「遅くなって申し訳ありません。名前は…言うまでもないでしょう。今後関わることもないでしょうし」

「では、私だけ名乗らせていただきます。『ヨースケ・サエキ』です」

「ご丁寧にどうも。依頼内容は既に把握していらっしゃると判断してよろしいでしょうか?」


 専務は佐伯が頷いたのを確認する。

「わかりました。あなた方には約2日、私の娘の護衛を頼みます。娘は現在家にいます。家には娘の他に妻と召し使いがいます。彼女達には事情は全て説明していますので、問題なく協力してくれるはずです。これが家の鍵です。終了したら、妻に鍵を渡します。終了の合図は私が妻に電話を入れます。説明は以上です」


 佐伯は秘書から鍵を受け取りつつ尋ねる。

「娘さんはいくつでしょうか?教育機関に通っているようなら、そちらの許可も得なければならないので」

「21です。大学生ですが…あなた方なら問題ないと思われます」

「ほぼ同年代か…承りました。失礼ついでにもうひとつ、護衛対象は『娘さん』ですか?『ご家族』ですか?」

専務は多少驚いた顔をしてから答える。

「『家族』を護ってください」


 佐伯は少し笑みを浮かべて言う。

「そうですか、では最後の質問を。娘さんに兄妹などはいらっしゃいますか?」

「…一応います。ですが、数年前に一人立ちしてからは音信不通です」

「ありがとうございます。それでは、早速護衛任務に就かせていただきます」


 専務の家へと向かう途中、マリーは佐伯に尋ねる。

「わざと護衛対象を『家族』に広げさせましたね?」

「当たり前だろ。あの専務には危機感が無さすぎる。まるで、『娘が狙わなければいい』みたいなやり方だ。それだと奥さん可哀想だろ、愛されていないみたいじゃん」

「…本当のところは?」

「娘以外が狙われたら『俺が対象を広げてやったから護られたんだ。報酬額を上げろ』って交渉できる」

「最低ですね」

「でも、娘以外が狙われた場合もちゃんと考えてあるぜ?」

「そりゃそうですけど…」



 そんな話をしているうちに、専務の家に到着した。やはり、というか豪邸である。扉をノックすると、召し使いがやって来た。

「ご主人のご命令で参りました、護衛を任された者です」

「お待ちしておりました。お嬢様は中でお待ちです。どうぞお入りください」

促されて中に入ると、専務の妻らしき人物がやっきた。召し使いが紹介する。

「これはこれは…この度は、娘の護衛をしていただきありがとうございます。娘はふてくされて部屋に引きこもっていますので…すぐに呼んで」

「いえお構い無く。私達が直接赴いた方が説得力があると思いますし」

佐伯は妻の言葉を遮る。

「そうですか。わかりました、ではこちらです。あなたは下がっていいわよ、ありがとう」

「では、私はこれで失礼いたします。また何かご用がございましたら、気兼ねなくお声かけください」


 妻が娘の部屋をノックする。反応はない。今度は声をかける。

「『ペトラ』!お客様よ、挨拶なさい!」

返事はない。妻は頭を下げて言う。

「本当に申し訳ありません…不出来な娘で」

「いえいえ、歳もあまり変わらないのでなんとなく気持ちはわかりますし。しかし困りましたね…あまり強行手段はとりたくないのですが」

「でしたら、私が話して見ましょうか?冒険者の護衛、と聞いて厳つい男性を想像しているのかも」

マリーの提案に従うことにし、妻と佐伯は少し下がって様子を伺う。


 マリーは深呼吸してから話始める。

「はじめまして、えーと…ペトラさんですよね。この度護衛任務を請け負いました、『マリー・デュカス』と申します。それで申し訳ないのですが、引き籠られるのは構わないんですけど1度顔合わせしていただけないとその…こちらとしてもやりずらくて。どうでしょう?」


 少しの沈黙の後、返事がある。

「…あんたなんかに護られるほどヤワな人間じゃないわ。お父様には悪いけど、帰って」

「うーん、困りましたね…確かにペトラさんと歳は変わりませんが、人生経験はそれなりにあると思っていたのですが…」

「嘗めないで!大学内では特待生よ!あなたみたいな冒険者やるしかない人生の奴と一緒にしないで!……ごめんなさい、言い過ぎたわ」

「いえお構い無く。どちらにせよ、一旦顔合わせを」

「別にいいでしょ。ここに入れば襲われる心配はないんじゃないの?」


 マリーは扉の鍵の辺りに手を当てる。彼女は『解錠』をする気だ。無理矢理連れ出すつもりでないのは理解しているということは…。マリーはそちらに意識を向けられないように会話を続ける。

「ええ、確かにその通りです。ですが、窓から突然入られるかもしれませんよ?それとも、お母様のフリをするかもしれない。やりようはいくらでもあります」

マリーは小さな声で2節呟く。単純なタイプの鍵とはいえ、2節というのはやはり速い部類だ。


 ガチャンという音が鳴る。

「ひっ!」

という声が扉の先から聞こえてきた。マリーは語りかける。

「わかりましたか?『こういうこと』をしてくるんですよ、あなたを人質にせんとする人達は。確かにあなたは優秀なのでしょう。ですが、襲ってくる人はそれ以上に優秀です。さらに、何人来るかわかりません。…あなたは、そんな時に対処できますか?」

「…で、出来るわよ!」

威勢のいいその声は、震えていた。意地を張っているだけというのが見え見えだった。


 次にペトラがする行為がわかったので、佐伯は妻に尋ねる。

「少々荒っぽいことになってしまいますが…よろしいでしょうか?」

「ええ、どうぞ」

佐伯はマリーの耳元で囁く。

「交代だ。確実に『閉める』」

「了解です」

マリーはわざとやや大きめな声で言う。

「それは困りましたね…では、出ていただけるまで、我々はリビングでお話を伺っています」

マリーはこれまたわざとらしく足音を立てて遠ざかる。


 しばらくして、扉が少し開く。佐伯はすぐに片足を隙間に突っ込む。そして扉に手をかけ、わざと上から見下げるようにして言う。

「こういうことをしてくる輩もいらっしゃいますからね、ペトラお嬢様」

ペトラは恐怖のあまりその場で腰を抜かし、へたりこんだ。

「大丈夫ですか?」

「ひっ!いやっ!やめて!近づかないで!お父様にいいつけるわよ!」

ペトラは佐伯の出した手から遠ざかるようにして部屋の奥へと移動する。


 佐伯の後ろから妻が覗きこみつつ、ペトラに言う。

「あなたの負けよ、諦めてでてきなさい」

「え…でも!この人どう考えてもヤバい人よ!」

「こう見えてあなたと歳はほぼ変わりませんよ」

「嘘つきなさい!どう見ても…歳…し…た…?あなたいくつ?」

「20…2くらいです」

「うっそ私より歳上なのあなた?」

「とにかく、落ち着いてお話しましょう」

ペトラは立とうとするが、腰が抜けたせいで立てない。仕方なくマリーが起こす。

「先程ご紹介にあがりました、マリーです」

「…あなたは年下よね?」

「はい。といっても、ほとんど変わりませんが」



 リビング。召し使い達が淹れてくれた茶を飲みながら状況の説明を終える。当初は不服そうな顔をしていたペトラも納得した表情になった。

「…大体わかったわ。要するに、私は出歩かなければいいんでしょ?」

「まぁ、言ってしまえば…」

「じゃあいいわ。引き籠るのはやめるけど、私の部屋に勝手に入らないでね、いい?」

「可能な限り守らせていただきます」


 妻が手を合わせて話を切り出す。

「じゃあ、一段落したところで昼食にしましょう。それとも、もう召し上がっていましたか?」

「お心遣いありがとうございます。ですが、食事は時間を決めて交代で行うので大丈夫です」

「あら、残念…」

残念そうな母親に気を使ったのか、ペトラが口を開く。

「どっちかは食べなさい。雇い主の命令よ」

「いや、正確な雇い主はあなたのお父様」

「いいから!どっちかは食べなさい!」

じゃんけんの結果、マリーになった。佐伯はやや離れた位置に座り、『気配感知』を使用した。


 結局、その日は何事もなく終了した。






 地下遺跡。この辺りを根城にしていた巨大な『ワーム』を仕留め、周囲の『素材』を漁っていた初老の男に彼の部下が声をかける。

「報告します。予定通り、出されました」

男は何かを麻袋で覆いながら答える。

「ご苦労。この遺跡にゴブリンの形跡は?」

「ありませんでした。恐らく、そのワームが食い散らかしたものと判断されます」

「フム…俺の予測と同じだな。『素材』は?」

「1ダースしかなかったうえ、そちらも大半が『使い物』になりませんでした」


 男は少し考えたあとに命令する。

「報告ありがとう。では、摘出が終了したら速やかに撤退するように言っておけ。今回は大きめのワームだったから報酬は高いしな」

部下が尋ねる。

「処理方法はどうしましょう?」

「タグは全て持ち帰れ。餌はもう撒いたんだから、アレの必要はない」

「はっ!」

部下は去っていく。



 男は麻袋の心臓に手を当て、押し込みながら呟く。

「さてさてさて…あの男の参戦はいつごろか。速めに来てくれるとこちらとしてもやりやすいんだがなぁ…」

男は暗黒物質を袋に詰めた。




 審判の時はまだ遠い…

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