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再審の男  作者: 藤澤トオル
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バーミンガムのホラ吹き男

 洞窟。とある新米冒険者一行はゴブリンの群れに捕まり、悪逆の限りを尽くされていた。男は食料と実験、ストレスの発散に使われ、女は肉欲の捌け口となっていた。あまりに過酷な環境の中で息絶えた者もいたが、例外なく『喰われた』。時折、新たな冒険者達が救出も兼ねてやって来た。だが、彼らも同じようになった。そんなことが半年程続いている。そして、捕まり『道具』になった彼らは皆一様に心の中に思う。


「こんなはずじゃないのに」と。


 ある朝(もっとも、洞窟の中なので時間感覚もおかしくなっていたが、ゴブリンの生態から判断するに朝であろう)、入り口の方からランタンらしき光が近づいてくるのが見えた。新たな冒険者だろうか、それとも専門の駆除部隊か?どちらでも構わない。この状況から救い出してくれるのなら、誰でもいい。願わくば、彼らに神の御加護があらんことを…。


 救助隊は非常にシステマチックにゴブリンを倒していった。分担し、自らに与えられた役割を淡々とこなしていった。素人目にはわからないことだが、通常こういった狭く暗い洞窟の中では不慮の事故の発生率が高い。だがその可能性すら排除していた。急に後ろから襲撃されて隊列を乱されかけてもすぐさま別な陣形に変えたことがその証拠にもなるだろう。


 とどめはゴブリン達の卑劣な作戦、『生きた人間の盾』だ。非常に合理的であり、かつ心理的に有効であることを認めざるを得ない作戦である。ただ、ゴブリンに対して求めるのも『お門違い』であるが、人道的には最悪である。ほとんどの者が苦戦を強いられるこの作戦も、救助隊には無意味であった。あえて接近し、相手の攻撃に合わせてひたすらカウンターを打ち込むのだ。数で攻められても的確に対処し、ゴブリン達に為す術はなかった。最後の洞窟の外へ逃げようとするゴブリンは罠にかかり、溶けていなくなった。


 人心地のついた冒険者のリーダーが救助隊の隊長らしき人物に話しかける。

「助けていただき、ありがとうございます。もうみんな限界で…本当にありがとうございます。一生かかっても返せないご恩です」

隊長は顎を撫でながら、困った様な顔をする。

「あんちゃん、なんか勘違いしとりゃせんか?」

「え?あなた方は私達の救助にやって来たのでは?」

隊長はやや驚いた様な顔をしてから、大きな声で笑う。他の隊員もリーダーの会話を聞いていたのか、後ろでクスクスと笑っている。


 それを隊長が制止してから、困っているリーダーに笑顔で語りかける。

「いや悪かった。そうだよな、そう見えるよな。…でもな、俺らは違うのさ」

隊長がリーダーの顔に麻袋を被せる。リーダーは叫ぶように尋ねる。

「ちょっ!これはなんですか!?救助じゃないな、あなた方はなんで来たんですか!?」

隊長は紐で首の所を縛りながら、答える。その答えは、リーダーの想像を越えたものだった。



 彼らの身を、案じるべきではなかった。




 数日後、洞窟付近の街で捜索中だった冒険者数名の遺体が下水道から発見された。遺体の損傷具合からゴブリン達の仕業でないかと疑われたが、ゴブリン達がこのような事をした前例はなく、下水道に形跡はなかったため、この事件は今尚未解決事件となっている。


 近々、冒険者組合にも協力願いを出すことが警察上層部で決定した。






 ネオ・バーミンガム郊外、黒い霧を纏った男は、チャーチの尖塔の上に立ちオジギをする。

「ドーモ、はじめまして。ジヤヴォールです」

アンブッシュを受け、チャーチから出てきた男はアイサツを返す。

「ドーモ、ジヤヴォール=サン、ドラグプッシャーです」


 初めてこの光景を目にしたあなたは違和感を感じるかもしれない。当然この後始まるのは壮絶な殺し合いだ。しかし、アイサツは決しておろそかにできない。そして、アイサツをされたのならば、返さねばならない。古事記にもそう書いてある。


 アイサツ完了から僅か0コンマ3秒!!ドラグプッシャーはドスダカーを投擲する!ハヤイ!

「イヤーッ!」

だが、ジヤヴォールは柄を掴み逆に投げ返す!ワザマエ!ドラグプッシャーは反応できず肩口にドスダカーが突き刺さる!

「グワーッ!」


 ジヤヴォールはその隙を見逃さず電撃的速度で急接近!

「イヤーッ!」

「イヤーッ!」

ドラグプッシャーはジヤヴォールの拳をブリッジ回避しながらその姿勢のまま蹴りあげ!

「グワーッ!」

ジヤヴォールのつきだした右腕が破壊される!ドラグプッシャーはすかさず追い討ちをかけるようにチョップ突きを放つ!

「イヤーッ!」


 一瞬、ジヤヴォールの右目が稲妻めいて輝いたあとドラグプッシャーの前から姿が消える。

「何っ!?どこにいった!ジヤヴォール=サン!」

「ここだ。イヤーッ!」

「グワーッ!」

ドラグプッシャーの脇腹に強烈な衝撃が走り、チャーチの壁に叩きつけられる!


 ニンジャ動体視力をお持ちの方なら目に出来たはず。ドラグプッシャーのチョップ突きを避け背後へとまわり、蹴りを放つジヤヴォールの姿が!ゴウランガ!なんたる常識的物理法則を容易く越える高ランカーのイクサか!


 ジヤヴォールはゆっくりとドラグプッシャーに接近する。

「インタビューさせてもらう、ドラグプッシャー=サン」

「イヤーッ!」

「イヤーッ!」

ドラグプッシャーのカラテミサイル炸裂!しかしジヤヴォールはブリッジ回避!タツジン!


 起き上がったジヤヴォールは決断的拳を構えて突進!ドラグプッシャーはジュー・ジツの構えをとり、ジヤヴォールを待ち受ける!

「「イヤーッ!」」

「グワーッ!」

僅かにジヤヴォールの拳が先に届く!ドラグプッシャーは再び壁に叩きつけられる!


 ジヤヴォールはドラグプッシャーの顔面を蹴り、今度は地面に叩きつけてから踏みつける!

「ジョージという男を知っているか?」

ジヤヴォールは足から暗黒カラテを流し込み…






 受付嬢は奥ゆかしく尋ねる。

「なんですか、これ?」

ジヤヴォール…佐伯陽介はメンポに付着している自らの血を拭いながら答える。

「報告書です。なかなか良い文章でしょう?」

「書き直してくださいね」

受付嬢はハンコめいた笑顔でそう言った。



 佐伯はあらかじめ用意していた『正式な』報告書を受付嬢に差し出す。

「…問題ありませんね。まったく、あるなら最初から出してくださいよ?」

「すみません、つい茶目っ気で」

「次からはやめてくださいよ?」

「はい、申し訳ありませんでした」


 佐伯はマリーの横に座る。

「駄目でした。んー、リカルドが知ってたからいけると思ったんだけどなぁ…」

「あの人は色々と特別じゃないですか。大体、なんですか?『カラテ』や『ジュー・ジツ』って」

佐伯は紅茶に口を付けてから真面目な顔になって向きなおり、尋ねる。

「話すと長くなるぞ、それでもいいか?」

「…やめておきます」

マリーはこれ以上この話に関わりたくなかった。



 今回佐伯とマリーが達成した依頼は『ある麻薬密売組織のアジト特定、もしくはメンバーの逮捕』であった。これは警察から下ろされた依頼である。なぜ警察が冒険者にこの様な事をするのか?それは冒険者が信頼を売りにしているから、というだけではない。街には様々な犯罪が蔓延っている。当然ながら警察も撲滅を唱えているが、対処しきれない。そこで、冒険者に捜査協力を依頼することで出来るだけ犯罪の検挙率を上げようという警察側の思惑があるのだ。


 大きな案件だったため複数グループが受注したおかげで、警察の予想よりも速く片付いた。具体的には、街の情報通から手に入れた複数あるアジトの場所に、各グループが突撃した。うち、当たりは2ヵ所あったがボスは発見されなかった。だが、佐伯マリーペアが突撃した教会をアジトとしていた者達の用心棒がボスに近しい人間だった。インタビュー…佐伯が『他人の死亡イメージ』を黒い霧を通して流し込む拷問によってボスの居場所も特定、麻薬密売組織は急速に壊滅へと向かったのだ。


 ただ、こういう世間への貢献度が高い依頼は人気があり、残るということはほとんどあり得ない。それにも関わらず佐伯とマリーが受注した。佐伯の肉体が本調子ではないからである。今回の戦闘も時間制限を設けて行ったにも関わらず、肉体が多大なダメージを負った。ショックイメージを用いた、というのもあるがそれでも以前に比べれば異常である。



 しばらくすると受付嬢も交代の時間になったのか、佐伯の横に座った。

「あー…なにこれ」

「いつもお疲れ様です。何か飲みますか?」

「あ、じゃあアイスココアを。頭が沸騰しそうなので、クールダウンしないと…」

マリーがアイスココアを頼み、受付嬢の前に運ばれてくる。


 受付嬢はそれを飲んでから愚痴をこぼし始める。ほとんどの仕事を丸投げしてくる上やセクハラ紛いの事をしてくる者への怒りや、傷だらけで帰還したにも関わらず失敗の報告をする冒険者の顔から読み取れる悲しみ、死亡が確認された者達の遺族に連絡を入れる辛さなど様々であった。


 これは今に始まったことではないが、受付嬢の心の平穏を保つにはどうしても必要であった。前までは同僚と話していたが、決まって暗いテンションで終わってしまっていた。だが、佐伯とマリーが優しく聞いてくれるのでそれに甘えている。佐伯とマリーとしても、普段は知ることもないような自分達の『裏側』が知れるので興味深かった。ただ、いつも暗い話ばかりではない。成功した者達の嬉しそうな表情や、困った案件への適切な対処に感謝されることもある。そういった話もまた、3人のやる気に繋がっているのだ、


 いつの間にか、休憩時間は終わっていた。受付嬢はすっきりした顔に戻った。

「いつも愚痴ばっかり言ってしまい、ごめんなさいね。今度、3人でご飯でも行きましょう」

「あ、いいですね。私、いいところ知ってますよ」

「本当ですか?じゃあ、明日の夜にでも行きませんか?丁度休みですし」

「わかりました!予約しておきますね」

受付嬢は楽しそうな顔をして仕事に戻っていった。


 佐伯とマリーは、その日はもう依頼をこなす気もダンジョン探索をやる気もなかった。愚痴を聞いて疲れた、という訳ではなく、単純に『今日くらい休んでも問題ない』という気持ちが二人を支配していたのだ。ただ過ぎていく時間に耐えられなくなったマリーが尋ねる。

「サエキさん、今日はもう休みませんか?その…大変でしたし」

「…そうだな」



 冒険者集会所を出ようとしたら、マリーはある男とぶつかった。

「あ、申し訳ありません」

「いやいやこちらこそ。嬢ちゃんこそ怪我はないかい?」

「はい。問題ありません」

その男はいかにも初老といった風貌で、白髪は短く雑に切られており、顔には皺が見られ、無精髭を少し生やしていた。


 その男はグループのリーダーなのか、後ろに控えていたフルフェイスの男が耳打ちする。

「隊長、お早く。ここで立ち止まるのも迷惑ですし…」

「おお確かに。じゃあな、嬢ちゃんとあんちゃん」

初老の男は笑顔を浮かべて二人とすれ違う。




 瞬間、初老の男と佐伯に電撃が走る。互いに認識したのだ、『訳アリ』の存在ということを。コイツはいずれ敵になるということを。膨れ上がる殺意を他人にはわからないように抑え、出来る限りの平静を装い二人は離れていく。



 初老の男は佐伯が射程距離外になった事を認識してから取り巻きの男に尋ねる。

「…いやはや、面白い事もあったもんだな。そう思わないか?」

「は、はぁ…」

取り巻きは初老の男の話が理解できなかった。だが、初老の男も別に理解してほしくて言ったわけではなく、今胸の内にある感情を吐露したいだけだった。

「さて、いつあの男と殺し合えるかな?考えただけで興奮モノだ…っと、いけねぇいけねぇ。俺はしがない魔物狩りの男だったな。受付嬢さーん!魔物狩りの仕事ある?」



 佐伯もまた、初老の男が射程距離の外に出た事を認識してからマリーに尋ねる。

「…なぁ、どう思った?あのオッサン」

「どうって…人当たりの良さそうな方じゃないですか。それに、失礼ながら見たところ中年を過ぎてそれなりの歳であるにも関わらず、未だあの様に仲間を連れているというのは、珍しいと思います。普通なら後進の育成に回るはずですし」

「…見た目はな」

「え?」

「いや、確かにそう思っただけだよ」

マリーが気づいていないということなら、あの男の取り巻きも気づいていないのだろう。どちらにせよ、殺し合うことになったら『二人きり』でやるのが好ましい。そして、もしそうなったら…

「…最速で殺ってやる」





 翌朝、別な街で下水道の時と同じような遺体が路地裏で発見。今度はオークの仕業であると見当がつけられたが、やはり確たる証拠は見つからなかった。

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