身体測定
翌日。庭園内の広場に呼ばれた。そこはいわゆる運動場状態になっていた。
陽介がやって来たことに気づいたラルフが言う。
「どうも。昨日は良く眠れましたか?」
陽介はテレーゼの事を話すのは良くないと思い、隠して答える。
「実は、夜中に突然目が覚めてしまって…そのあとすぐに再び寝れたんですけど」
「それはそれは。体調に不具合があるようでしたら、こちらで薬を用意させますが…いかがでしょう?」
「いえ、問題ありません。始めましょう」
「わかりました。テレーゼ、説明しなさい」
「はいはーい!じゃあ最初は速度から!」
テレーゼは昨日の事など気にも止めずに話を始めた。
「まず通常状態でダッシュ。その次に、『起動』してダッシュ。計測は私がするよ!アリシアもやる?」
「私は見てるだけでいいや」
「はいはーい。あ、装備ははずしてね」
「了解しました」
準備をし、所定の位置で待機する。
「位置について、よーい…ドン!」
全力疾走してゴール。
タイムに関しては興味がなかった。かつて運動部に所属していた身にも関わらず、こういう風に思うようになってしまった自分に、陽介は少し悲しみを覚えた。
「…うわぁすごい。兄さんみてよこれ。素でこれだよ?」
「なるほど。兄貴と同じかそれ以上のポテンシャルだな。ヨースケさん、良くここまで積み上げましたね」
「まぁ…開拓者は色々大変なので」
「じゃあ次は『起動』してどうぞ!」
同じ様に走る。陽介本人にも理解できたが、明らかに先程より速かった。しかし、興味はなぜか湧かなかった。
「…このレベルは気持ち悪い」
「…よく計測出来たな」
「次にいこ…?」
陽介の視界に霞みがかかった。ノイズと言い換えられるかもしれない。目頭を押さえ、しばらく待機する。
少し落ち着いた所で前を見ると、視界がやや紫がかっていたうえ、それまで見えていなかった『謎の人影』が見えるようになっていた。『彼ら』は陽介を気にせずに前を過ぎ去っていく。誰も陽介を見ているのはいなかった。だが、辺りを見回したり、目を瞑ってから開いて見ても、『彼ら』は消えなかった。
ここはどこだ。おかしい。お前たちは誰だ。俺に何が起きている。
疑問は尽きない。そんな陽介を見かねて、アリシアが肩を揺さぶりながら尋ねる。
「大丈夫?休む?」
彼女に隠し事は良くないと思い、正直に答える。
「…視界がおかしい。薄く紫がかっている。ただ、一番の問題は『見えなかった誰か』が見える」
「今すぐ中止しましょう。あと、目を『停止』しなさい。それで止まれば、それは後遺症の可能性が高いわ」
目を『停止』すると、『彼ら』は消えた。視界はまだやや紫色だったが、徐々に落ち着いていった。
「『彼ら』は消えた。視界はそのうち元に戻るだろう」
「…やっぱり中止ね。流石にそれは不味いでしょ」
「いや、続けよう。後遺症がわかったのなら、それの対処もかねることができる」
「無理はしないでね?」
アリシアは念のため、ラルフとテレーゼに説明した。ラルフは少し考えてから話し出す。
「…家族でその後遺症を持つ人間はいない。やはり異質と言える力でしょう。中止しても私達は大丈夫ですが」
「続けてください」
「…わかりました。次にいきましょう」
「次は筋力。マリオネット作ったから、思いっきり破壊していいわ」
全力の一撃。木っ端微塵になった。
「フムフム。申し分なし!というか、かなり鍛えてるわね。レベルいくつ?」
「90です」
「ふーん…うん。それ相応の力ね。次に『起動』だけど…本当にやる?」
「頼みます」
次は当たった拳を手元に引き戻してから数秒後に木っ端微塵になった。
だが、問題はそこではなかった。マリオネットを殴ったとき、同時に『彼ら』の一人を殴ってしまった。するとどうだろうか?ソレが吹き飛ばされたのだ。『彼ら』は驚いた様子でソレに近づいて安否を確かめている。
陽介自身にソレを殴った感覚はなかった。それが最も彼を恐怖させた。まるで、ゲーム内のキャラクターを殺したように無感情かつ無感覚だった。
「ヨースケ。ヨースケ!!」
呆然としていた陽介をアリシアが揺さぶる。
「本当に大丈夫なの!?」
「…あぁ。まだ慣れていないからな。仕方ないっちゃ仕方ない」
彼女には見知らぬ者の殺人を言わない、言えるはずがなかった。これ以上アリシアを心配させるわけにはいかない。それが全てであった。
その後も、見た目上は問題なく進行していった。ラルフが計測データを評価している間、三人は昼食をとる。
連続して使用していたせいか、『停止』してても少しの間は見えるようになってしまった。陽介は表面上は平静を装って対応する。
テレーゼが話しかけてきた。
「ヨースケさんってさ、何があったの?」
「何って…何ですか?」
「そうなった経緯。単純に授かった、とかじゃなくてどういう状況でそうなったのかって」
陽介はイーリスとの旅を思い出しながら答える。
「…ある娘さんを父親に会わせるための護衛任務の時に、無茶を通すために」
「私がもう少し上手くやれていれば…」
「気にするなアリシア。俺がやりたくてやったことだ。後悔はしていない」
「でも!」
「いいんだ」
「…わかった」
テレーゼはニヤニヤしながらその状況を伺っていた。
「結論から述べよう。君の事は私にはわからない。やはり父に直接尋ねねばならない」
ラルフは端的に述べた。あまり長く話しても無駄と考えたのだ。
「そうですか…ありがとうございます。付き合っていただいて」
「力になれなくて申し訳ない。ただ、こちらとしても興味深いデータが取れた」
その日は、それで終了した。昨日の夜の様にテレーゼや誰かが襲ってくることもなかった。
深夜、ラルフの工房。
「ねえ、ラルフ。そのデータは誰の?」
ラルフが警戒しつつ振り向く。声の主は…。
「『カリーナ』姉さん!?今までどこに!?」
「質問に答えなさい。あなたが持っているデータは、『誰の』?」
「…家に来ている客人のです」
「見せなさい」
シュタインベルク家長女『カリーナ』はラルフから陽介のデータをむしりとるように貰い、眺める。
「…へぇ。テレーゼと兄さんの研究材料に最適じゃない。私と兄さんより単純なスペックは上だし。なんで確保しないの?」
「…彼は、アリシアが連れてきた人間だ」
「アリシア帰ってきたの!?アハハハハハハ!!あの子、良く帰って来ようと思ったわね!?」
カリーナはそういいながら十字に刻まれた頬の傷を撫でる。その傷は昔アリシアに付けられたものであったが、アリシアにその記憶はない。
ラルフは彼女を極力怒らせないように尋ねる。
「もう夜遅い。姉さんも速く寝た方がいい。父さんと兄貴が帰ってくるのは明日だろう?」
「あーそうだったわね。じゃあ寝るわ、ラルフも研究はほどほどにね?」
カリーナは踵を返して手を振りながら部屋を出ていく。
本当に見せるべきではない資料の無事を確認しながらラルフは呟く。
「これが姉さんにバレたら…もう大丈夫か」
「なーんて言って帰ると思ったのかしら?」




