絆
階段にいた騎士を殲滅した陽介とアリシアは、遅れて広間に到着し、呆然とする。
それを見たクラウスは、3人に話しかける。
「あぁ、彼女が3人目か。丁度いい、昔話をしてやろう。もしかしたら、彼女はもう知っているかもしれないがな」
クラウスは本来、王位になる予定はなかった。彼女の姉『イルザ』が王位を継承し、クラウスは王族の特権で好きな将来を約束されていた。そう言い聞かされて産まれてから4年以上生きていた。
彼女の姉は、全てを愛し、全ての痛みを哀しみ、全ての喜びに喜んだ。民衆からの信頼も篤く、王宮の誰からも可愛がられていた。誰もが、彼女が次期の王に相応しいと言っていた。クラウスもまた、そんな姉を愛していた。
ところがある日、イルザが怪しい行動をしているのを見かけてしまう。恐る恐るあとをつけると、イルザは得体の知れない生き物と仲睦まじく話をしていた。
クラウスは、それが許せなかった。将来の王として、分け隔てなく配るべき愛を『独占している何かがいる』こと。分け隔てなく配られていると思っていた愛が『偽物であった』こと。
「そこからの彼女はとても面白かったよ。俺の予想通りだった。そんな姉が唯一見せなかった表情が...今この女がしている表情だ。そうそう、『竜の乙女の騎士』っているだろ?あれもガス抜きの一環だ。姉は公式上は、病死となっているからな。元々は『彼女の直属の護衛』の集まりだったが、すぐに形骸化した。所詮、姉はその程度の人間だったわけだ」
笑いながら踏みにじるクラウスに少しずつ近寄りながら陽介は尋ねる。
「いつから気づいていた?」
「一目見たときからなんとなくは感じていた。だが、確証を得たのはお前達の3人目が龍を調べている、というのを聞いてからだった。おい!摘出は?」
クラウスはドラゴンの傍に立つ騎士に聞く。
「終わりました。掌ほどの大きさですが、間違いありません。これは他のドラゴンにはありませんでした」
クラウスはイーリスを蹴り飛ばしてから、踵を返して龍の方へと歩いていく。
その後ろから陽介は襲いかかるが、振り向く様にして攻撃を弾かれてしまう。
「王と思い、侮ったな!笑わせてくれる!」
「...クソ野郎!アリシア!」
アリシアは『炉』の方へと走りだすが、騎士団がそれを守る。一目見てわかった、彼らの練度は階段で戦った者達の数倍はある。アリシア単体では勝ち目は皆無。アリシアは拘束され、彼女を人質に取られた陽介は武器を捨てる。
「それでいい。ここまで手こずらせた事を褒め称え、俺の新しい誕生の見届け人になることを許す!」
クラウスは膝まずいた騎士から『炉』を受けとる。
「フフフ...確かに俺は龍を嫌う。だが、その龍どもも結局『こんなもの』の為に生きていると考えると滑稽だ。さぁ、始めよう。新しい世界を...!」
クラウスは『炉』を心臓に押し当てる。すると、それは服や肉体を通り抜けクラウスの体内に吸収された。
イーリスは這いつくばったまま止めるように手を伸ばすが、力を使い果たしてしまった彼女はそのまま意識を失った。
「オアアアアアアア!!!!!!」
ドラゴンは慟哭する。一族の誇りを下劣な人間に奪われた怒りと哀しみだろうか。
否、そんな高潔なものではない。至極単純な理由、親としての責務を果たせなかったこと。...子を失った哀しみと怒りだった。
その場にいる全ての人の脳に声が響く。
『...人間が!!俺の愛する者をまだ奪い足りないというのか!!許さん!!殺してやる!!』
再びの慟哭。今度は見えない天への叫び。
それを終えると、ドラゴンは目を血走らせたまま息絶えた。
クラウスにのみ、慟哭の意味が理解できた。
『我が一族よ!誇りを取り戻せ!我が娘を後継者とする!』
クラウスは転がるように笑う。
「...ハハハ。ハハハハハハハ!!!ここまで来ると最高だ!!お前は最後まで俺に歯向かったのか!!ハハハハハハハ!!!...あ?」
クラウスの首に剣が刺さる。陽介がやったのだ。そのまま横に切り捨てた後、呆然としている騎士達に話しかける。
「...逃げたければ逃げろ、追わない」
騎士達は見合った後頷く。隊長らしき男が陽介の前に立ち、話しかける。
「クラウス様は我らの王。我らは王を守護するのが務め。しかし、それを果たす事は叶わなかった。されども、我らの最後の矜持は果たさせてもらう。汝に決闘を申し込む」
連合軍会議室。一人の伝令が入ってくる。
「どうした」
ゴードンが耳打ちで聞く。それを聞いたあと、紅茶に口をつけ、眼鏡を直してからその場にいる全ての人間に伝える。
「...全軍、撤退の指示を。北の国は、終わりです」
王都。反乱する民衆と抑える騎士団の戦い、それを不意に破ったのは空からの来訪者。
最初は西の果てからやって来た。空を黒く染めるほどの大量のドラゴン。彼らは王都に降り立つ事なく、街を焼き払っていく。
敵味方の識別などなし。この中には味方がいないことはわかっている。
次は真上から。陽介が見れば、それらが『隕石』ということがわかったのだろう。
しかし民衆と騎士団はわからない。突然の空からの落石に戸惑うしかない。その石は形を変え...巨大な龍へと変化した。
そして上空の龍と同じように街を焼き払っていった。
民衆、騎士団は狂乱状態になりあるはずもない逃げ場所を探して走りまわる。
陽介と隊長は互いに剣を打ち合わせ、鞘に納めて離れる。互いの距離は5メートル。合図をするのは騎士団員の一人。
勝負は一瞬。二人を阻むものは何もない。
「...始め!」
同時に踏み出す。鞘から剣を抜くタイミングも同時。唯一違うのは...生きようとする意志。
隊長は正確無慈悲な突きで陽介の頭を狙った。陽介は隊長の剣を鞘で受け流し、その隙に頭を貫いた。
「勝負あり!」
その言葉を聞いた陽介は、隊長の遺体に一礼してからクラウスの心臓部に手を突っ込み、『龍核』を取り出す。
「...王の遺体は好きにしろ。ただし、『炉』は彼女に返す」
「承知した」
騎士達は隊長と王の遺体を丁寧に運び出す。それを見届けてから、陽介はアリシアと共にイーリスを仰向けにして、意識を確認する。心臓の鼓動は停止していた。
「...これは、イーリスに渡す」
「そういう約束...だったもんね」
アリシアがイーリスの胸に『炉』を押し込む。『炉』は、彼女の体内へと消えていった。
「...イーリスは、ここに置いていこう。彼女は充分すぎるほど強く戦った」
「...えぇ、父親と一緒に寝かせてあげましょう」
イーリスを彼女の父親の横に寝かせてから、崩れ落ちていく地下を二人はゆっくり歩いていく。
『...ありがとうございました』
二人は地下を出る前に、振り向く。イーリスが、こちらに向かって深々と頭を下げている。
頭を上げた彼女の目には大粒の涙が溜まっていて、その笑顔は年相応に無邪気だった。陽介とアリシアは、精一杯彼女に向かって叫ぶ。
「「またな!!!」」
この一件により、既存文化圏の北部に別な文化圏があることが周知され、世界地図は大きな変化を遂げた。
全軍の被害は、王都への侵入がなかったため予想よりも少なく済んだが、王都付近まで攻めいった者の中には退役者が続出した。彼らはみな一様にこう言った。「地獄があるとすれば、あそこの様な場所を言うのだろう」と。
王『クラウス』とその側近部隊『第1竜騎士団』の遺体は発見されず、生存説も騒がれたが、真相は闇の中へと消えていった。
南の国『スヴィラホルム』は、南北文化圏の架け橋となり、その北部側の中心人物には全軍統轄を委任されていたゴードンが担当になった。
エドガーの村は、スヴィラホルム首都と南文化圏を繋ぐ要所として多大な発展をしていく。
旧北の国『ブルーランド』は、ドラゴン達が多数来訪したことにより地脈が乱れ、現行のあらゆる技術が全く通用しない『隔絶領域』となった。部隊を派遣したが片方の手で数えることが出来るほどの人間しか帰還せず、さらに彼らの精神は完全に崩壊していた。それ以降侵入した者の生死は不明、近寄る者も極僅かとなった。
陽介とアリシアは王都で龍の業火に焼かれることなく、龍達に案内されるようにして帰還に成功。北の文化圏の存在と多数の死傷者とドラゴン事件を世界にもたらしたことから、様々な通り名で呼ばれるようになり、その伝説が一人歩きしていった。
そして、龍と人間の子『イーリス』の存在は世界に公表されることなく、彼女を知る者の記憶にのみ留まることとなった。
たとえ、世界がイーリスの事を忘れ去っても、彼女は忘れずに待ち続ける。死ぬことも老いることも無くなった肉体のまま、待ち続ける。
『龍の乙女の騎士』が話した「わがままを遠慮なく言える相手、わがままを聞いてあげてもいい相手」を...。
幾星霜の後、『龍星の乙女』は永い眠りから覚醒する。長い夢を見ていた、父の夢、母の夢...そして、楽しかったあの時の夢。
王座に座る『龍星の乙女』の前に立つは一人の勇敢な男。どことなく、誰かと誰かに似ている。
『龍星の乙女』は静かに尋ねる。
「...あなたは、私のわがままを聞いてくれますか?」
「...ええ。『たとえあなたの周り全てが敵になったとしても、私はあなたの味方』ですから」




