愛国者〈2〉
豊かな髭を蓄え、豪華絢爛な衣装に身を包み、左右に騎士を従えている王。彼の前にゴードンはひざまずいてから話し出す。
「先程、私は南の異文化圏からやってきた者達と会話をしました。彼らの要求は、『異邦の軍隊が来た時、それらや周辺諸国と協力して北の国に攻め入れ。そうすれば我々と周辺国家の安全は約束する』」
僅かに動いた騎士を制止してから王は話し出す。
「私はそれを受け入れても構わない。だが、貴族達はどう思う?素性の知れない者達の言うことだ、提案を反故にするとも限らない。なにより、我々は1度『北』には敗北しているだろう?それこそ周辺国家と協力したにも関わらずだ。彼らの文化はともかく、我々の文化圏の支配者は『北』だ。それをお前はどう考える?」
王は鋭い口調でそう言った。年老いているとはいえ、その言葉と立ち振舞い、眼光には王たる覇気が宿っている。歴戦の勇士、絶対強者と言った言葉は彼に相応しいのかもしれない。
そんな王から出た『敗北』の二文字は、一重に北の国の強さを現していた。
流れ出る冷や汗を拭いながらゴードンは答える。
「北の国の強さの秘密を暴く手段を彼らは提示してきました」
「続けたまえ」
「『龍の力』です。空想の存在と思われていた龍が実在していたのです。北の国は、龍を封印して、国有の資源として利用しているのです。その力は...恐らく、伝承通りかそれ以上でしょう」
王は少し考えたあと、話す。
「ドラゴンの実在は信じよう。確かにあの時の『北』の強さは異様だった。なるほど、『龍の力』か」
「では!」
顔を明るくしたゴードンに釘を刺すように王は続けて言う。
「実在を証明する者がいるということは、その者から別なドラゴンの情報を手に入れれば我々が『龍の力』を入手できるのだな」
ゴードンは悩む。王は今、自分を試しているのだ。王の言っていることはもっともだ。
前提条件として、ゴードンはドラゴンが父親の少女の情報がある。当然ながら、年端もいかない少女を苦しい目に合わせるのは忍びない。
だが王は、それを知らないのだ。もっと言えば、ドラゴンの証明が写真か何かだと考えているかもしれない。
...少女の事を話すか?だが、最悪の場合は少女をドラゴンの代わりにするかもしれない。その場合、異邦人との全面戦争もありえる。
ゴードンは決断する。
「...王よ、その者は...ドラゴンの娘です。その娘は、父親に会うためにここまでやって来たのです」
「...ふむ。ドラゴンの娘ならば、彼らの意見にも信憑性がいくらか現れる。そして、私にも娘がいる。子供というのは、確かな愛を以て接していれば親を愛するものだ。それはドラゴンとて同じだろう。...ゴードン」
王が、自分の名前を呼んだ。ただの役所の人間でしかない、自分を名指しで呼んだ。
「はい」
震える声で返事をする。それを聞き、王は尋ねる。
「賭けをしよう。私は君の言うことを信じて行動する。貴族達も説得してみせよう。だが、彼らが君を裏切ったとしたら...君一人の命で軽すぎる。『君と君の一族、そして君の友人をその家族含め全て殺す』、これでどうかな?」
要するに、陽介達の意見にゴードンの全てを捧げる価値があるのかを王は尋ねている。
非常に難しい問いだ。ゴードン個人の捧げる覚悟は出来ている。しかしゴードンには妻子がいる。彼女らはそのような覚悟が出来ているとは思えない、古くからの友人達も同様だろう。そんな彼らを自らの都合で勝手に捧げていいものか?
しかし、国を守るための最善は間違いなく勝手に捧げること。事情を知れば納得してくれる人もいるかもしれないが、大きな貸しを作ってしまう事になる。それは一生払い続けても払いきれない貸しになるだろう。
「...承知...しました。捧げましょう、私の全て」
涙を流し、頭を垂れ、震える声でそう答える。
「...よかろう。周辺国家への連絡はどうする?私が直接赴いても構わんぞ?」
「それに関しては、彼らを特別大使として派遣することを考えています」
「わかった。その様に取り計らおう」
「王よ、本当によろしかったのですか?あの様な意見を取り入れて」
ゴードンが退出した後、側近の騎士が王に尋ねた。
「あぁ、よい。それに考えてみろ、異邦人は『南から』来るのだろう?我らの文化圏で最南端の国は『スヴィラホルム』だ。たとえ北の国に敗北したとしても、新たな文化圏との橋渡し役は確実に我々になる」
もう一人の騎士が王に質問をする。
「では、なぜあのような賭けをなさったのですか?利益が確約されているのなら、提案を簡単に受け入れる事も出来たはず」
「...あの者の覚悟が知りたかった。いやはや、彼は素晴らしい愛国者だ。彼はこの国と運命を共にすることを決断したのだから」
産まれた時から覚悟を決めている騎士達には、王の言う決断の重さが良くわからなかった。それが当たり前と感じているからだ。
しかし、王の表情から察するに普通の人には出来ない事である、というのは読み取れた。
ゴードンは家に帰宅する。相談もせず、勝手に命を捧げてしまったことを話さねばならない。離婚を迫られるかもしれない。そう思うと、自然に足取りは重くなっていた。
覚悟を決め、玄関を開ける。
「ただいま」
「パパ!おかえりなさい!」
先にやって来たのは息子の『ヨーラン』だった。彼の歳はまだ5歳。いつもなら嬉しい帰宅直後の抱擁も、今日に限って言えば胸が痛む。
少し遅れてやって来た妻の『カミラ』。いつもの様に笑みを浮かべながら鞄を預り、帰宅を歓迎してくれた。
「今日はね!友達の家に遊びにいったの!」
「そうか、そうか。それはよかったな」
息子と他愛ない話をしながら、ゴードンはどうやって話を切り出すか考える。
しかし、いざ話そうとすると緊張して思うように言葉が出ない。結局、ヨーランは寝てしまった。
悶々としているゴードンの前に、カミラはそっと茶を置く。驚いているゴードンにカミラは言う。
「何か話したいことがあるんじゃないんですか?それも、重要なお話が」
「...気づいていたのか」
「フフフ、バレバレですよ。それに、何年一緒にいると思っているんですか」
「...確かに、そうだな」
ゴードンは今日起きた事を全て打ち明ける、勝手に命を賭けた事も含め。
「...カミラ、すまない。君とヨーランには多大な迷惑をかけてしまった。私をどうしたって構わない、だがヨーランの事は」
「馬鹿な人、私がそんなに薄情者に見えますか?私はあなたの妻ですよ?あなたが覚悟を決めて行った事です。私もそれに従いましょう」
「...ありがとう」
陽介は、1人で文献の解読を行う。言語に関しては移動中に大方『学習』を終えたので問題はない。アリシアとイーリスは別な場所で話している。
調べていると、不思議な本が目につく。それの題名は『ドラゴンの来たところ』
内容は、児童向けの文学書といったものだったが、意外とこういった本の情報はアテになる。
『ドラゴンは、空にあるせかいからやってきました。ドラゴンは空のせかいからたからものをたくさんもってやってきました。
はじめてドラゴンに会ったひとはドラゴンを大きなヘビとかんちがいして、おこらせてしまい食べられてしまいました。それから、ドラゴンはにんげんのことばをりかいするようになりました。しかし、ドラゴンはにんげんがだいきらいです。なので、ドラゴンにあえるひとはおろかものかゆうしゃかおうさましか会うことができません。
もしドラゴンに会えたなら、そのひとはドラゴンからたからものをわけてもらえるといわれています。そうして、このくにははってんしていったのです』
空の世界…宇宙だろうか?それとも、単純に空を翔んできたということだろうか?どちらにせよ、ドラゴンはこの文化圏が発祥というわけではなさそうだった。そして宝物。イーリスの父親と無関係ではないだろう。
だが、封印に関しての情報はなかった。たしかに児童向けの本にそんなことを書くのは色々と問題があるのかもしれない。
その後も様々な文献を漁ったが、めぼしい情報は皆無だった。それこそ、封印の話など欠片もなかった。
陽介は諦めて、イーリスをどうしていくかを考えていくことにした。戦闘力の確認は侵入のためには絶対に必要である。場合によっては訓練も積む必要があるだろう。だが、それだけを教えても彼女が『終わった後』にはそれしか残らなくなってしまう。
出来ればイーリスには『力』を必要としない世界で生きてほしい。そのために、陽介が出来ることは…。
イーリスは、アリシアに人生相談をしている。イーリスはその特徴もあって、読み書きくらいしか出来ず、世界の事についてはほぼ何も知らないのだ。
「アリシアさんは私くらいの時、何をしていましたか?」
「んー、17だっけ?4年くらい前だから…ダンジョン行ったり魔物倒してたりしたね。私は元々冒険者だったんだ。特定のパーティーにずっといたんじゃなくて、日毎にパーティーを変えてやってたわ。おかげで色んな経験が身について。だから開拓者に転職したの。さらにその前は放浪しながら色々と。あ、変なことはしてないからね?」
「凄い人生ですね…」
「親が嫌いだったから、結構速い時期に家出したの。あなたの母親は?」
「私の母は、とても優しく皆に愛を振り撒く人でした。事情は知りませんが、母を慕っている方が多くその人達に助けていただいていました。母と彼らには私は頭があがりません」
「…勝手に飛び出してきたこと、辛い?」
「辛くないと言ったら、嘘になります。でも、母は私が行く前に言ったんです、『いってらっしゃい』って」
「じゃあ、『ただいま』って言わないとね。父親の思い出話と一緒にね」
「はい!」
それから3日後、陽介達には『スヴィラホルム特別大使』の資格を与えられた。約束よりも1日速い報告であったが、速いことに越したことはない。
陽介達は次なる国を目指して歩きだす。




