転生者
社長は重々しく口を開く。
「君には、私達の失態を庇ってもらう。いくら欲しいかな?好きな額をいいなさい」
思いもよらなかった言葉に古木は驚愕し、思わず社長に尋ねる。
「ちょ、ちょっと待って下さい。失態とは!?何かなさったのですか?」
「君が知る必要はない」
副社長が口を挟む。それを社長は手をあげて制止する。
「構わない。実は、とある海外企業と経営提携を結んだのだがね。その企業が、反社会組織と関係を持っていたのだ。君にはそれの処理を頼みたい」
要するに、生け贄ということか。与えられる額というのは、報酬というよりも『逃走資金』と表すのが正しいだろう。
逆らえる立場にいないことはわかっている。古木は震えながら言う。
「100...億、でどうでしょうか?」
「良いだろう。では、2日後君の口座に振り込ませてもらう。関係資料はこれだ」
アタッシュケースが運ばれてくる。電子ロックを解除すると、中からは1つのパソコンと、上をホッチキスで留められた資料が出てくる。
「...頼んだぞ。我が社と君の命運は君の働きにかかっている」
声が出ない古木は頭を下げるしかなかった。
なぜ俺なんだ?俺が何をした?ミスは犯していない。では何故?
午後9時、そんな事をずっと考えながらおぼつかない足取りを進め、駅のホームに並ぶ。後ろが何やら騒がしい。だが今はそれどころではない、明日からどうすれば...
不意に後ろから背中を押された。ぶつけられた、という方が正しいだろう。なんにせよ、古木は電車が迫り来る線路に投げ出された。
真横に迫る電車、古木は呟く。
「なぜ俺なんだ...」
陽介は確信する。この男、理由はともかく『陽介と同じ世界にいた』。しかも日本でしか発行されていない漫画『fighters』を知っているということは、日本に在住していた可能性が高い。
しかし、日本在住の外国人にしては流暢すぎる日本語だ。そもそも、『fighters』は外国人が読むには少々難しい漫画だ。かといってハーフには見えない。日本生まれ日本育ちの外国人?だが、奴も転生者、陽介の知らない方法で顔を変えたのかもしれない。
「そういや、名前聞いてなかったな」
必死に思考を巡らせる陽介に対してリカルドは質問をする。陽介もまた、『日本語で』答える。
「『佐伯陽介』だ」
「俺はリカルド...リカルド・ファルキ。前の世界では...『古木雁人』」
陽介に衝撃が走る。陽介はその名前を知っている。
最初に見たのは死ぬ数ヶ月前のニュース。なんということない夕方のニュース。昨日の夜、駅のホームで暴動騒ぎが起き、それに巻き込まれて男性が死亡したというもの。その被害者の名前。
だが、本当に覚えているのはその事故から数週間後のニュース。某大手商社が、テロ組織と関係のある企業と提携を結んでいたことが判明。その一件の商社側責任者の名前が『古木雁人』。
責任者が事件発覚の数週間前に亡くなっているということで、陰謀論が唱えられたが、結局真相は闇の中へと消えていった。
その『死んだはずの男』が、今目の前に立っている。しかも、顔と名前を変えてだ。
陽介は思わず質問する。
「...なぜここにいる?」
雁人...リカルドは笑いながら答える。
「神様からの祝福だよ!俺の死に際をちゃんと神様は見ててくれたのさ!『君が望むなら、もう一度やり直させてみせよう。今度は天寿を迎える事が出来る様に』ってな!」
陽介とは違い、再審ではないから姿形の変更が認められた、ということか。今起きている事象のほとんどに納得がいく。
思い出してみれば、滑稽だった。リカルドが使っている拳銃とナイフを持つ構え、本当の軍人から協力を得て作られたゲームの構えと全く同じだった。
多分リカルドも陽介に対し同じ事を思っているのだろう。なにせ、陽介がリカルドから拳銃を奪った動き、あれも同じゲームのものだ。
「...なあ、この辺りでやめないか?」
リカルドが陽介に提案を持ちかけてくる。
「俺もお前も満身創痍だ。お前の知り合いを傷つけてしまった事は謝罪する。治療費も修復費もこちらで負担する。その代わり、そちらは2度と俺に絡まない。これでどうだ?お前も第2の人生を謳歌したいだろ?」
この提案は、リカルドにとって賭けである。今のところリカルド優勢であるが、このまま長引くと魔力量で敗北は必須。そうなれば、今まで築き上げてきた地位を失いかねない。それはリカルドにとって望まないことである。
陽介は返答する。
「断る」
これはリカルドにとって意外であった。条件としてはかなり悪くないはず。
「...なぜだ?」
「別にアリシアに謝罪してほしいわけじゃない。俺がお前を許せないだけだ。第2の人生を謳歌したい?笑わせるな、俺に第2の人生を謳歌させてくれないのは...お前だろ!!」
陽介が急速に接近する。反応が遅れたリカルドは攻撃を避けられない。顔面を掴まれながら足払いをくらい、後頭部が地面と激突する。
陽介はそこからチョップで首を狙う。辛うじてリカルドのガードが間に合う。
「簡単には終わらせない。終わらせるわけがないんだよ。わかったか『犯罪者』」
「そうかい、『大切な人を守れない男』」
その言葉に陽介は感情に任せて拳を振り下ろす。対するリカルドは冷静に受け流し、さらに胸ぐらを掴んで巴投げ。陽介は受け身を取る。
双方距離を取った状態で、リカルドが口を開く。
「お前のその左腕も神からの祝福か?ダークヒーローっぽいロールプレイに憧れたか?」
「違う。俺はお前のような奴とは、違う」
「それこそ違うね!少し見せてやるよ、俺が授かった力の一端を」
リカルドは2節呟いた直後、瞳孔が赤白く輝き体の輪郭がボヤけた。
「使うのは久しぶり...というか、3回目だな。光栄に思え」
「そりゃどうも、ぶっ殺してやる」
「出来たらな」
その言葉は、陽介の耳元で囁かれるように言われた。陽介の視界には瞳孔の軌跡が残っているのみで、リカルドの姿はない。
不意に背中を踏まれた。陽介は脱出を試みようとリカルドに蹴りを入れるが、身体を貫通する。
「流体化か!?」
「そんなクソみたいなこの世界産のモンじゃねえよ!ハハハハハハ!!頑張って考えな!学生なら勉強しろ!!」
陽介はすぐに『高速学習』を試みる。接触状態に加え、食らっている状況なら入手可能情報は多いはず。
しかし、脳に電流が走った。ジヤヴォールの時と同じか、それ以上。情報入手は...ない。
「チャンスをやる、離れてやるよ」
最悪、ともとれる慈悲を与えられた。殺せたのに、殺さなかった。距離をとってからリカルドは話し出す。
「ほら、好きなように殺しにかかってこい。」
その言葉を聞いて、陽介は急速接近して殴りかかる。
絶対にかわすことは出来ない速度、そのはずだったのにリカルドは難なく避け、さらに顔面に強打を叩き込む。その衝撃で、陽介は吹っ飛ばされた。
「誰が抵抗しないって言った?」
「...うるせぇ!」
やるしかない。不服ながら再び『ジヤヴォールの腕』で相手を消し飛ばすしかない。
陽介は再び同じコースで接近。ただし今回は右腕を生け贄にする。本命は、左手。
「同じ...ことだ!!」
リカルドは陽介の右手を避けずに胴体に貫通させる。そして、先程と同じようなカウンターパンチ。
「かかったな!!」
陽介は殴った右手の速度を殺さずにそのまま回転エネルギーに変え、回りながら蹴りと左手のチョップを繰り出す。
「...流石に、ビビったぜ」
陽介より技量が上のアリシアでさえも確実に死に至らしめたであろう攻撃。それをこの男は避けたうえ、チョップを受け止めた。
だが成果はあった。リカルドの状態は元に戻っていた。そして、ジヤヴォールの腕の霧も大分収まっている。
相殺出来たのだ。
リカルドは腹に蹴りを入れて、陽介を遠ざける。立ち上がりと治療に時間を取られた隙にリカルドは走り出す。
リカルドは大通りでの闘いに慣れていない。彼は、確実に仕留めることのできる場所を決めた。
それを陽介は追いかける。相手が神からの祝福を受けているのだとしたら、こちらは神すら殺す覚悟を持つだけのこと。
だが、彼の根底にあるのは至極単純な理由。




