男の意地〈2〉
「古木君、ちょっといいかな?」
上司にそう呼ばれ、社長室まで行く。私は何か悪いことをしただろうか?心当たりは皆無。
ノックをして、社長室に入る。
「失礼します。どのような要件でしょうか?」
部屋には社長の他に常務や専務、副社長など重鎮がそろっている。社長は重々しい口を開く。
「...君には」
陽介は必死に走る。リカルドは一定の距離を保ち続ける。陽介の攻撃手段は素手と拳銃...だが、拳銃の弾丸は数発しかない。対してリカルドは右腕の謎の籠手と拳銃。しかも、軽く見た様子ではどちらも完全なオーダーメイド。
人混みの隙間を縫って撃たれる正確無慈悲な銃弾を陽介は避ける。建物の屋根を伝って接近も考えたが、逆に撃たれ放題になってしまう。
ビザンティスの大通り、人通りは未だ多い。それはどちらに良くも悪くも働いている。
陽介にとっては人に紛れて接近を容易にさせる代わりに、発砲のタイミングがつかめない。
リカルドにとっては不意に接近される可能性が常にある代わりに、こちらの仕込みを破られない。
総合的に見て、陽介が不利だった。
陽介は近くの家の外壁から鉄の棒を引き剥がし、武器にする。少し周囲が開ける。そのタイミングを逃さずにリカルドに接近する。
「フンッ!!!」
リカルドは陽介が振り上げた鉄の棒を右腕でガード。鉄の棒はひしゃげ、使い物にならなくなった。
「それでいい!!」
陽介はリカルドの拳銃を奪い取る。元の世界でプレイしていたゲームと全く同じ動作になったことに内心驚きながらも、リカルドの眉間に照準を合わせ、引き金を引く。ためらいなどない。
コースがバレバレだったせいでリカルドは再びガード。
「丁度良かった。それで残弾は0だろう」
リカルドの言葉を確かめるように陽介は引き金を再び引く。カチッという音が鳴るのみだった。拳銃を踏み壊す。
「拾われちゃたまったもんじゃないからこうさせてもらうぞ」
「構わない」
リカルドは動揺している。陽介の動きが彼が以前どこかで見たことのある動きだったからだ。それも少し見ただけではなく、脳裏に焼き付いている動きだった。
リカルドは必死に記憶の糸を辿るが、陽介の拳がそれを遮る。的確、かつ高速なパンチ。だが、それも自らの力で鍛えたものではなく、まるで誰かの動きを再現しようとしている風に見えた。それはリカルドにとっては幸運に働いている。所詮誰かの真似事では、実戦で鍛えたリカルドには及ばない。
「その技術は...猿真似だな!」
受け流しを駆使して、僅かに生まれた隙をリカルドは容赦なく攻め立てる。陽介の右ストレートを左手で自身の右側に反らしつつ、右手でアッパーを食らわせる。
骨が砕ける感触がリカルドに伝わった。いつもならじっくりそれを味わうところだが、生憎楽しめる余裕はなかった。
陽介は顎を砕かれながらもリカルドに金的を食らわせる。どちらかの睾丸が破裂しただろうか?陽介にはどうでも良い、目の前の男の戦闘力が低下すればそれでいい。
同時に後ずさる。陽介は左手で顎を押さえ、霧を流し込んで治療する。時間を必要とするが、それはリカルドも同じだ。リカルドは暫し股間を押さえ悶絶したあとに魔術で治療する。
リカルドは自身の魔力残存量を確認する。中々にまずい状況だった。致命傷を食らうとごっそり持っていかれる。調合薬で強制的に再補充も可能だったが、相手がそれを見逃してくれるほど優しさを持ち合わせているはずはない。
陽介は左腕の状態を確認する。左手自体の問題はないが、周囲の空間が冷え始めていた。始めて長く使い続けているので理解したが、『ジヤヴォール』はまだ生きている。速めに決着をつけなければ、これからの事態は予測がつかない。
両者は再び接近し、拳と蹴りの応酬が続く。いつの間にか周囲の人達は離れて見守ることしか出来なくなっている。野次を飛ばす者はいない、見いってしまっているのだ。
陽介の手刀をリカルドは手首を打って反らし、続けて膝蹴りを腹に向けて放つ。陽介はそれを左手でガード。片足になったリカルドに対して足払い。空中に浮くことになったリカルドは陽介の顔面を横から掴んで体勢を崩させる。
陽介はあえて押さえつけられた方向に回転し、リカルドの側頭部に回転蹴りをする。先に地面に衝突したのはリカルドだった。
リカルドは陽介が自分をクッションにすると咄嗟に判断し、横に転がる。
その予感は的中し、陽介の肘打ちは地面を貫くのみだった。
再び激しい打撃の繰り出しあい。次第にリカルドの動きを『学習』しはじめた陽介により、状況はリカルドの想像以上に拮抗する。しかし、リカルドは焦らずにそれを崩しにかかる。
リカルドが選択したのは組み技。ただの組み技というだけなら陽介も予想していたから対処出来た。
だが、リカルドが行った組み技は...『柔道』だった。咄嗟に背負い投げを食らい、理解出来なかった陽介は受け身を取れずに地面に叩きつけられる。意識はあるが、頭が混乱している。
陽介は必死に考える。
柔道は日本発祥の武道だ。開拓の過程で何度も見た『現時点での世界地図』...そこにまだ日本らしき場所は載っていない。
微かに記載されていた中国からの伝来?それなら日本の存在についてもほのめかされているはず。
だが、調べた限りでは東に島国があるという話は聞いていない。
...この男は、『いつ』『どこで』柔道を知った?
気が動転している陽介を余所目に、リカルドは柔道の寝技をかける。陽介が気づいた時には既に技は決まっていた。
意識を落としにかかっていた。意識を奪われたら負ける。陽介は中学と高校で教わった柔道の寝技の解き方を思い出し、繰り出す。
紙一重でリカルドの寝技を解くことができた。解除するのを防ぐことも可能だったはずなのに、あえて解かせたリカルドの動きはまるで陽介の行動を試しているようにも見え、不気味さを覚える。
陽介が一旦リカルドから離れる。リカルドはゆっくりと立ち上がったあと、『日本語で』話を始める。
「ククク...顔つきが『こっち側』じゃないから少し疑問に思っていたんだ...そうかそうか、『fighters』だったか?懐かしいな、俺も読んでいたよ。確かに書いてあったよ、不意討ちのこと。それは...2巻だったな。...3巻、覚えてるか?」
陽介はリカルドを見据えながら息を飲み、次の言葉を待つ。
「そこにはこうあったよな...『闘いはリズム、リズムに乗っている方が、勝つ』!!」




