適性検査
数十分ほどたっただろうか、車掌と思われる人物のアナウンスが車内に響き渡る。
「次は『ビザンティス』、『ビザンティス』。右側のドアが開きます、ご注意ください」
ビザンティス?陽介はやや疑問に思った。似たような地名を聞いたことがあるからだ。『イスタンブール』の前の名前が『ビザンティウム』という名前だ。歴史的にも重要な場所である。
転生先は生前の世界とは似て非なる世界なのだろうか?様々な期待と不安を持ち、佐伯陽介は開いたドアの先の、新たな世界へ足を踏み出す。
「...ここは?」
辺りを見回す。どうやら港らしき場所だ。軽装の男達が船から荷物を下ろしていたり、市場などで会話をしていたりする。
次に服装を確認する。バイト先の制服ではなく、私服を適当に組み合わせたものになっていた。所持品を確認する。携帯や腕時計といった物はないが、中身の入っている財布はあった。所持金はおよそ3万円。幸いな事に、貨幣の数が多い。紙幣は端から見れば紙切れでしかない。
「おっとっと。おいそんなとこで突っ立てるとあぶねぇぞ」
両脇に荷物を抱えた青年とぶつかりそうになった。相手の話していることがわかる。日本語でないのは確実だったが、陽介は不思議と理解できた。同じ言語で陽介は話しかける。
「あ、すみません。少しお尋ねしてもよろしいでしょうか?」
「ああ、構わないが...なんだ?」
「地図の場所と中心街への道を教えていただけないでしょうか?」
「地図はそこの看板にあるぜ、といってもこの街のだけだがな。そこで中心街への道も確認するといい」
「ありがとうございます」
青年はそのまま小走りで人混みの中へと消えていった。
陽介は言われた看板で街の構造を確認する。概ね街は円形で、周囲は海と山に囲われている。日本で言うならば、鎌倉幕府が似ているだろう。数本ある大通りを真っ直ぐ進めば確実に中心街へたどり着けるようだ。
「とりあえず、仕事と宿泊施設の確保だな。路上で寝るのは危険そうだし」
大通りを進んでいるなかで大半の人に横目で見られた。他の人とは顔つきと服装が奇異であるせいだろう。大道芸人かなにかだと思われているのだろう。
やや恥ずかしさを覚えながら中心街にたどり着く。折角新しい世界に生まれ変わったのだ、この世界でしか出来ないようなことをしたい。そんな気持ちで中心街を散策しているとある建物の文字が目につく。
「なになに...『開拓者集会所』か。開拓者っていうとアメリカの西部開拓だが...なんだ?」
興味を引かれ、陽介は集会所の扉を開け、中に入る。
中には鎧を纏った騎士のような格好をした男やローブを着て、大きな杖を持ったゲームでしか見ないような格好をした人間など、様々な人間がいた。それでも流石に陽介のような現代の服装をした人間はいなかった。
受け付けらしき場所に行き、どういう場所かを聞く。
「すみません、ここに来てあまりなれていないもので...ここはどういった場所なんですか?」
受け付けの女性は笑顔を崩さずに答える。
「はい、ここは名前の通りに『未開の土地の開拓を目的とした人々が情報交換や仲間を集うために造られた場所』です。『ダンジョン探索者集会所』との相違点は『既存の土地にある場所には基本的に向かわないため、未知の状況に対応する力が求められる点』ですね。それで、今回はどういったご用件でしょうか?」
陽介は少し考える。既に元々いた世界との相違点がいくつか見られた。まず、この世界は『未開の土地が数多く存在する』。次に、『ファンタジー世界にあるようなダンジョンがある』。そして、『それらを攻略することを生業としている人々がいる』。これらはこの世界特有と言えるだろう。そして何より、陽介はファンタジー色のあるゲームを好んでいた。自分がその世界で生きられるのだとしたら少なからず興味がある。
陽介は受け付けの女性に話しかける。
「紹介などが出来るようでしたら、それの登録をお願いします」
「了解しました。開拓者証明書はお持ちでしょうか?」
知らない単語だが、なんとなく理解する。陽介は流れに任せて答える。
「いえ、どこで発行できますか?」
「あちらの部屋で適性検査を受け許可が降りればその横の部屋で登録が可能ですよ」
そういい、受け付けの女性は陽介の右側に手を向ける。扉があり、その上には『検査室』と書かれている。
陽介は軽く会釈した後に検査室へと向かう。
3回ノックした後、部屋に入る。
「失礼します」
「やあ、いらっしゃい。適性検査かな?それとも魔術検査かな?」
光の入らない薄暗い部屋には机を挟んで椅子が2つあり、そのうち1つにはローブを纏った老婆が座っていた。また、机の上にはナイフと杯の様なもの、そして文字のかかれた紙が置かれていた。
「適性検査をお願いします」
陽介がそう答えると老婆は薄気味の悪い笑みを浮かべながら椅子に座るように促してくる。
陽介が椅子に座ると、老婆は話始める。
「それじゃあ、そのナイフで切り傷をつけて杯の内側にある線まで血を注ぎなさい。怪我?心配なさんな、私が治してやるからねヒヒヒヒヒ」
「は、はぁ。わかりました」
少々うろたえ、死ぬ前の刺された痛みが一瞬フラッシュバックしたが、覚悟を決めて腕に切り傷をつけ、血を注ぎこむ。
線までたまったタイミングで老婆が呪文らしきものを唱え、腕の切り傷を治した。痛みはなく、痕も残っていない。
「すげぇ...魔術ってあるんだな」
「なにいってんだい、未開の地を探索したいなんて言ってるやつが魔術を知らないなんてお話にならないよ。まあいいわ、結果は...」
陽介は興味津々で老婆の言葉を待つ。だが、数分待っても老婆は顔を上げない。時間がかかるものだと思い、陽介はさらに数分待機する。
怪我が治ってから20分は経過しただろうか、陽介は流石に心配になり、老婆の肩を揺らしながら声をかける。
「すみません、結果を教えていただきたいのですが...」
老婆が突然顔を上げ、こちらをみる。そして逆にこちらの両肩を掴んで揺らしてきた。
「あんた何者だい!?よくこんな力を隠しておきながら生きていけたね!?」
「は?もしかして、結果が優れませんでしたか!?」
「逆だよ!その歳で身につけていい技量じゃないよ!ほら、見な!」
そういい、老婆は紙を見せてくる。赤い文字が追加されている。
どうやら、適性検査の結果が書いてあるらしい。まず目を引き付けたのは総合レベルだ。値は最大100(150)に対して90。括弧のレベルを見なければかなり高い。次は個人スキル。50個の空欄のうち、2個しかないが、ランクは最大値と思われるSランク。1つは『高速学習』。もう1つは『上限無視』。他の欄にも色々あったが、良くわからなかった。
陽介はおそるおそる聞く。
「あの、結果は...」
「合格だよ!速く登録して開拓者になりな!あんたなら英雄になれるよ!」
背中をバンバン叩かれながら部屋を追い出された。
次に登録部屋に向かう。先程貰った紙を渡し、事務的に印鑑を捺され、別な強度の高いカードらしきものを貰った。名前の欄が空白だ。万年筆で名前を書く。言語と一緒に文字も理解できているため、『佐伯陽介』と書いた。
再び受け付けにいく。先程言われた通りに証明書を渡し、確認作業を終え、返却された。
「お疲れ様でした。それで、早速ですがなにかご要望はありますか?」
「はい。金銭的に余裕があり、未経験者歓迎で、将来的な安定感のある協力者を探しています。できれば少数で、年齢差がないと好ましいです」
我ながら大分高望みした要望だが、なければないで構わなかった。
受け付けの女性は壁にあるボードを確認している。条件に見合った待機中の開拓者を探している。
「いらっしゃいますね、あそこのカウンター席に座っていらっしゃる女性です」
手を向けられた方を見る。やや軽装の金髪の女性が1人でカウンターで突っ伏しているのを確認したので、受け付けにお礼を言ってから女性の方へ向かった。
陽介が女性の横の席に座る。今気づいたが、この女性とても酒臭い。バーテンダーらしき男に聞く。
「彼女、どのくらいこうしてる?」
「そうだな...2時間くらいか?」
「...水を」
男はにこやかに水を差し出す。陽介はそれを受け取った後に女性を揺さぶって起こそうとする。
「お嬢さん。起きてください」
「うーん?なんだお前」
女性は目を擦りながらこちらを向く。綺麗な容姿をしているが、酒臭さと酔っぱらい特有の火照った顔で陽介はバイト先の酔っぱらい客を思いだす。
陽介はバイトのマニュアルを思い出し、会話を試みる。
「ほら、とりあえず水だ。まだ飲みたいならとりあえずこれで落ち着け」
「うるさい!私に口ごたえ...」
それは一瞬の出来事だった。女性が陽介の胸ぐらを掴み喧嘩腰になった瞬間、女性の顔が青ざめる。陽介が察した時には既に遅く、彼と女性の間には女性の吐瀉物が撒き散らされる。
これが、陽介とアリシアのファーストコンタクトであった。