男の意地〈1〉
事の発端であり、諸悪の根源とも言える『ジヤヴォールの腕』だが、今回ばかりは感謝せざるをえない。ジヤヴォールが今の世界を全て否定するおかげで、『気配察知』を無効化でき、不意討ちに成功した。
リカルドが2階の地面を突き抜ける。接触してからその床が抜けるまでの僅かな時間であったが、リカルドは足を振り下ろして床を蹴り破り、姿勢を立て直すことに成功する。頭からの着地では回復できないと瞬時に判断したのだ。
しかし、陽介はリカルドが1階の地面に着くタイミングで腕を捻る。それにより、リカルドは着地が上手くいかず、地面に崩れる。
陽介は捻ったあとすぐにリカルドから手を放し、前宙をしながら蹴りを繰り出す。リカルドの首の後ろに直撃した。『痛覚遮断』を使用していても、激痛が走るはず。たとえそれで死んだとしても、陽介は気にしない。むしろ好都合というものだ。
陽介はジャンプをして、2階に上がる。
「アリシア!!すまない...俺がしっかりしていれば...」
陽介はアリシアの拘束を解きながらそう語りかける。
アリシアは疲労と苦痛からか、目が虚ろで焦点が定まっていない。アリシアの痛々しい姿に罪悪感を感じつつ陽介は言う。
「あれから沢山考えて、色んな人に相談してみても、結局最後に考えちまった。アリシアが今どうしているのかって」
「...2度と私の前に出てくるなって言ったでしょ」
アリシアは本当は泣きたいほど嬉しい。今すぐ彼に抱きついて弱音を吐きたい。しかし、彼の言葉を聞いて自身の言ったことが彼の心を深く傷つけてしまった事を実感する。アリシアにはもう彼と歩む資格はない。それゆえ、アリシアはあえて突き放すような事を言った。
陽介は気にせずに話す。
「たまには俺のわがままも聞いてくれ。俺がお前に逆らえないのはわかってる。だからこそ、俺はお前に謝りに来た。それと、頼みたいことがあるんだ」
「頼みたいこと...?後ろ!!」
陽介は振り向くよりも先に鋭くバックステップをした。結果として、またも不意を突かれたリカルドは鳩尾に頭突きを食らってしまう。拳を重ねて頭を叩き割ろうとしたのが裏目にでた。リカルドは悶えながら後退する。
「ぐおおおおお...!!!」
「ごめんなアリシア、もう少し待っててくれ」
陽介は立ち上がり、リカルドに向きなおり言う。
「あんた、『fighters』読んだことないのか?『誰かからの警告には振り向くよりも先に避けろ』って書いてあっただろ」
「ファイターズ...?何の本だ?」
リカルドは治療しながら尋ねる。
「いやこっちの話だ。俺の愛読書...ではないな。好きな漫画...本だよ。まあいいさ。なんでもいい、お前は許さない」
リカルドは表情には出さないが、内心とても陽介を警戒している。リカルドは先程たしかに『Sランク』の『気配察知』を使用した。
Sランクならば、どのランクやどんな魔術であろうと、たとえ場所はわからなくとも『気配系統』の使用には気づくことが出来るはず。使用の有無さえわかっていれば、避けられるどころかカウンターを与える自信がリカルドにはあった。
それなのに、目の前にいる男はそれに反応せずに不意討ちを仕掛けて見事成功させた。これには何かトリックがあるに違いない。歴戦のダンジョン探索者であるリカルドすら知らないアイテムだろうか、それとも寸前まで本当に離れていて、一瞬のうちに上空から急接近したのだろうか。
どちらにせよ、強敵であることは間違いないのだ。1度目だけでなく、2回目の咄嗟の判断で不意を突いてきたこともその証拠にもなろう。
リカルドはナイフと拳銃を構える。いつもならどちらかだけで事は済むが、今回は特別に両方使う。このスタイルは、彼がレベル相応のダンジョンに挑む時と同じだ。そのようなダンジョンも、もはや彼はやりがいを感じなくなってしまったが。
それに対し陽介は右手で剣を持って、左手を盾にするように構える。これもまた獣人の村救助の時と同じように、戦闘の基本から見れば邪道と言える構えだ。
しかしその時と違い、相手は動揺しない。不測の事態だらけのダンジョンを探索してきた経験と、悠然と前に出されている左腕には何かあるに違いないという直感に従って、リカルドは不用意に動こうとしないのだ。
その様子を見かねて、陽介が先に仕掛ける。構えを出来るだけ崩さないままリカルドに突進する。リカルドは冷静に急所と関節を狙って銃弾を放つ。剣で急所の攻撃は守り、関節への攻撃は突進をストップして命中を避ける。
その隙をリカルドは見逃さない。止まった瞬間には既に陽介はナイフの間合いに立たされる。リカルドは縦に切り裂くようにナイフを振り下ろす。陽介は左腕でガードする。『防御力強化』等の魔術が使えないとは言え、『ジヤヴォールの腕』。黒い霧がナイフの威力を減衰させた。
「それがその腕の正体か!」
「違うね!」
陽介は剣を横に凪ぎ払う。右腕の拳銃で剣を防御。互いに腕が塞がれる。
リカルドは武器を手放して素手に持ち込む事も考えたが、左腕のトリックがわからない以上、素手の接触は危険と判断。足払いで姿勢を崩そうとするが、陽介も同時に同じ事をする。
両者が宙に浮く。浮遊感に捕らわれていれば死ぬ。陽介は左手でリカルドのナイフを持つ右腕を握りしめ、リカルドは拳銃で陽介の剣を持つ右の肘に照準を合わせる。
リカルドの右腕が消し飛ぶと同時に陽介の右腕は使い物にならなくなる。そして、地面に着地する。
着地と同時に蹴りを放つ、これもまた同時。今度は体格差でリカルドの蹴りが僅かに速く届く。陽介は吹っ飛ばされて壁を突き抜け、大通りへと落下する。
しかし、リカルドはすぐには追わない。なぜなら、今まででは決着が着いた状況でも決着が着かなかったからだ。そして、これまでにないほどの接戦をできる者だから。
慎重になることに越したことはない。即座に治療を行うが、右腕だけ復活しない。リカルドはダンジョン探索時の不測の事態を考慮して用意していた籠手で失った右腕を補修する。さらに、銃をリロードして準備を完了させてから飛び降りる。
対する陽介。地面に衝突する前に左腕を地面に叩きつける。
「俺を...助けろ!」
瞬間的に周囲が凍り、衝突時にスリップして回る様に着地をする。そして、すぐに凍った地面は溶けた。
「...これが『ジヤヴォール』の力か」
不意に、黒い霧が右腕の傷口に流れ込む。傷が癒えるのと同時に、大切な何かを喪っている感覚がある。だが、気にしている余裕はない。蹴られた時に剣を手放してしまったが、向こうもナイフを失った。互角...いや、体格差の分ややリカルドが優勢か?
治療が終わるタイミングで、リカルドが飛び降りてくる。
「ラウンド...2!!」




