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再審の男  作者: 藤澤トオル
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記憶

骨が砕ける。肉が裂ける。自分がやったのだ。彼の痛みと怒りが伝わってくる。自分がやったのだ。思わず剣を引き抜く。彼は定まらない足取りでこちらにゆっくりと歩いてくる。

「助け...て。痛い...痛い...助けて...」

必死に振り払う。肉の裂ける感触がある。

「痛い...お願いだ...やめてくれ...」

彼の手が顔に近づいてくる。そして...



「うわあああああああああああ!!!!!」

陽介は目を醒ます。また同じ夢を見た、これで何度目だろうか。横を見る。アリシアはぐっすり寝ているようだ。陽介は少し離れ、近くにある川へと移動する。


陽介はあの日以来、同じ夢を見続けている。今になってあの殺した感触が甦ってきたのだ。自分の手を見つめる。見慣れたはずのその手は、何度洗い流しても以前より汚れて、まるで自分の物ではないように思えた。


翌日、アリシアは陽介の顔色を伺う。体調が悪化しているのが目に見えていた。2人チームなので、1人でも戦力が低下するのは大きな痛手だ。何より、アリシアは彼の出資者として管理義務がある。アリシアは陽介に声をかける。

「...今日はちょっと休もう」

陽介は驚いた後に即座に反論する。

「俺は大丈夫だ。速く進もう!な?」

「大丈夫じゃない。魔術で体の傷は治せても、精神の傷は治せない。時には休憩も必要よ。はい!キャンプ準備始め!」

陽介は渋々ながら準備を始める。


その日はいつもより長く感じた。陽介にとってはこの上なく気まずい。自分のせいで開拓を停滞させてしまっているからだ。

アリシアの方を伺う。普段着けている籠手とレガース、ハーネスを外して完全に休息を取るときの姿だ。そして、何やら火を起こして何かをしている。

「...何してるんだ?」

「紅茶いれてる。ミルクいる?」

「は!?高級品だろ!?いいのか!?」


陽介の元いた世界では嗜好品であったが、高級品という訳ではなかった。だが、この世界では未だ高級品の域である。ましてや、物資の限られている開拓者にとっての価値は計り知れない物である。


アリシアは笑顔を浮かべながら淹れる。

「いいのいいの!こういう時に呑まないでいつ呑むの!はい、どうぞ」

陽介はコップを受け取り、一口呑む。何の変哲もない、至って普通の紅茶だ。それでも、今はこの上なく安心感をもたらした。

「...普通だな。だが、それがいい」

「そうでしょ?それが意外と難しいのよ」


暫く沈黙が続いた後、アリシアが口を開く。

「...秘匿情報、1つ開示してあげるよ」

「...いいのか?」

「うん、秘匿情報って言っても、私の経験談だけどね」


アリシアは紅茶に一口着けてから話始めた。

「...私が初めて人を殺した時の話。今でも思い出せる、私が15の時だから...6年くらい前ね。凄い寒い日だったわ。私の産まれ育った土地からビザンティスまでの移動中のことよ。数人のグループで鉄道に乗って移動していたの。別に鉄道の移動はそれが最初じゃなかったから、その時も今までと同じ様になると思っていたわ。...アイツが現れるまで」

アリシアの顔色が少し変わる。少し手が震えていた。


深呼吸してから、アリシアは続ける。

「アイツは...その男は所謂猟奇連続殺人事件の犯人でね。たまたま車両には私達のグループと彼しかいなくってね、私達が標的にされた。最初に殺されたのは私達のリーダーだった男。最後に見たのはトイレに立って車両を移動した後ろ姿。首を一撃で斬られていたらしいわ。次に殺されたのはリーダーの息子。帰ってこないリーダーを不振に思って探していたところ、アイツに見つかって心臓を一刺し」


さらにアリシアの顔色が悪くなる。目も虚ろだ。陽介は止めに入る。

「...すまない、アリシア。もう」

「黙って聞いてなさい」

いつもとは違う、強い意思を持った口調だった。

アリシアは続ける。

「この時点で私を含めてグループは残り3人。2人を見つけるために3人で探して...戻ってきたらアイツが席に座っていたわ。アイツ、こっちみてなんて言ったと思う?『先程の2人のお友達だね?彼らの脳を抜き取るのを手伝ってくれないか』って言ったのよ?恐怖でその場に座りこんだわ。私は1番後ろだったから良くわからなかったけど、その直後に先頭にいた仲間は殺された」


アリシアは尚も続ける。

「そのあと真ん中にいた仲間は私を逃がそうと必死に抵抗してたわ。私は地面を這いつくばるようにして他の車両へ移動しようとした。他の車両への扉に手をかけた瞬間、アイツは仲間の切り落とした首を私の目の前に投げ捨て」

陽介はアリシアの様子を見てもう一度静止する。

「アリシア!もうい」

「黙って聞けって言ってるでしょ!」

アリシアの左目が赤黒く澱んでいた、あの目だ。


既に冷めた紅茶に口をつけてからアリシアは続ける。

「アイツはそのあと私の左足を折ってから遊び始めたわ。車両の真ん中に投げて、殴って、腹を踏みつけて...。そして、私は隙を見てアイツの首を絞めて...殺した。数ヶ月その感触は残ってたし、怯えもした。アイツが生き返って復讐するんじゃないか、神様が私に天罰を下すんじゃないかってね。でもある時気づいたの。『どちらも起こらない。あの時殺していなければ、殺されたのは私だった』。だからね...ヨースケ、大丈夫だよ」

そう言い、話を終えたアリシアは無理に笑っていたが、青ざめ、目には涙を浮かべ、手は震えていた。



陽介はそっとアリシアを抱き締める、アリシアに対して好意を見せたいという訳ではない。ただ、彼女を落ち着かせる為にこれくらいしか思い付かなかったのだ。

陽介はそっと声をかける。

「...最後まで話してくれてありがとう」

アリシアも抱き締め返す。その手はまるで雪の様に冷たく、柔らかかった。アリシアは陽介に語りかける。

「...私を置いていかないでね?」

「...勿論だ。大丈夫、俺はお前を置いていかない」

その日の夜から、陽介はあの悪夢を見ることはなくなった。


翌朝、陽介はアリシアに起こされる。

「起きろ!昨日の遅れを取り戻す!」

そのアリシアの顔はいつも以上に晴れやかであった。

「へいへい、今日も気の向くまま風の向くままって?」

「なにそれ」

「...知らないならいい」

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