祝!神ナリシ模倣者ト神門審判連載三周年記念!&あけおめスペシャル!
東条勇麻が目を覚ますとそこは何もない、だだっ広い白い光景が広がっていた。
「………………」
遠近感が狂うような、白一色に塗り固められた空間――否、かろうじて継ぎ目が見えるそれは、一つの部屋であった。
何故か申し訳程度に対に配置された門松、その中間に置かれたパイプ椅子に、どういう訳か東条勇麻は座っていた。
というより後ろ手にロープをかけられ、両足を椅子の脚にロープでくくりつけられた状態で座らされていた。
そういうプレイをする人みたいになっていた。
「……………!?!?」
拉致監禁なのだった。というか、猿轡まで噛まされて声一つあげられないのだった。
何故だ、何故こんな状態になったのか、東条勇麻はこれっぽっちも理解が追い付かない。
そもそも今は西暦何年の何月何日なのだ。
勇麻の記憶が正しければ、ほんの数瞬前まで自分は―――――
(――あれ? 俺、何をしてたんだっけ?)
マズイ。ついに直前の記憶どころかここ最近の記憶まで曖昧になってきたというか全く思い出せない。
なんだこれは新手の精神攻撃か!? またクライム=ロットハートの新たな策謀に懲りずに嵌まったのか自分はというかクライム=ロットハートって誰だっけ時系列的に今の自分はどこの自分なんだとかいう勇麻自身も訳の分からない脳内ツッコミが咲き乱れる最中―――ガチャリ、と。うっすらと覗く継ぎ目が音を立てて開いて、この部屋の扉だったその境目から、純白の少女が真っ白な部屋に舞い降りた。
うん。純白の少女と言えば我が家の居候アリシアさんだ。まず間違いない。
しかし今年の彼女は一味違う特別仕様なのだった!
なんと! いっつもいっつも飽きずに「キミ、それ何着着替え持ってるの?」ってツッコミたくなる程に真っ白なワンピース命なアリシアの白面積が減っていた!
それも、ただ白成分が減り代わりの衣服の色合いが代入されたと思ったら大間違いなのだ。
減った白成分はそのまま布面積の減少つまりは肌色成分の増加! つまりは、アリシアさん(見た目年齢十二歳)はせくしーであだるてぃーな大人の純白ビキニに身を包んで門松二つがぽつんとそそり立つシュールな部屋へとシュールに爆誕したのだった。
アリシアは相変わらず感情の読みにくい顔で(しかし僅かに羞恥に歪むのが勇麻にだけは分かるのだった! ここ重要!)腰をくねらせて上目遣い風に、
「うっふーん、変態どえむろりこん(?)な勇麻の為に……ええっと……よばい(?) にやってきたのだー(棒」
途方もない棒読み。右手には隠すつもりのないカンペ。
ばちこーんとかましたウィンクはただ両目をぎゅっと瞑るだけ。
完全無欠にヤラセだった。
というか、演技が下手くそ過ぎてリアクションに困るし何なら猿轡を噛まされてるせいで何のリアクションも取れない。
ボケもツッコミも無慈悲に殺す、まさに地獄のような拷問に、勇麻はただただ死んだ瞳で投げ掛ける。
……何をやってんだお前は、と。
そんな勇麻からのアイコンタクトを受け取ったアリシアは、あれ? と可愛らしく小首を傾げて、
「……むむむ、おかしいのだ。このカンペ通りにやれば勇麻は喜びのあまりロープを引きちぎり戌年にならって狼さんに変身すると言っていたのに、全然効果がないぞ。私の気付かない内に、どこかで何かを間違えたのか……?」
……全て間違ってるんですアリシアさんや、とは勇麻の心の声。
そして事の顛末を何となく予期する勇麻。
こういうくだらんイタズラに関わってるのはだいたいアイツらに決まってる。
泉修斗と高見秀人。どっちが発起人だが知らないがどうせこの馬鹿二人が関わってるに決まってる。
今すぐにでもこの胸の内に燻る怒りでもって勇気の拳の回転率をぶちあげロープを破り除け、この状況をどこかから眺めてくすくす笑って楽しんでいるであろう馬鹿二人をぶっ飛ばしてやると心に決めた勇麻が四肢に力を込めたその時!
ぱかり、と。うっすらと見える部屋の継ぎ目が再び音を立てて開いた。
しかし、音の出所はアリシアの出てきた扉からではない。
「あ、白いパンツ」
頭上を見上げたアリシアがポツリとこぼした。
そう、音は椅子に縛り付けられた勇麻の頭上から。開いた扉――というより、向こう側からしたら落とし穴でしかないであろうそこから――お尻が勇麻の脳天目掛けて降ってきた。
「――うわ、うわ!? な、なんだこれ落ち――ひゃあっ!?」
なんだこれ!? はこっちの台詞なのだった。
頭上より降り注ぐそれは、もはや単なる高所からヒト一人分の重量という凶器が落下してくるという罰ゲームもしくは単なる災厄に他ならない。
降り注いできたのは肩までかかる黒髪ショートの美少女だった。化粧の必要がないほどに整った目鼻立ち。気弱で、線の細い身体と相まって薄幸ヒロインめいた出で立ち。思わず守ってあげたくなるような儚さがあった。
お風呂上がりなのか元より色素が薄いであろう白磁の肌を桜色に上気させていて、首もとから覗く触れれば折れそうな鎖骨が妙に色っぽい。
しかし、そんな可愛い女の子の白いパンツとお尻であろうとも三メートルも頭上から降り注げば凶器は凶器。何よりお尻の真下にいる勇麻からは養生など確認しようがない。
そして次の瞬間――鈍痛、転倒、暗転。
椅子に固定され逃げ道のない勇麻は降り注ぐ美少女の尻に押し倒されてそのまま下敷きとなってしまう。
具体的には美少女のお尻と床にサンドイッチされ後頭部を強打する形だ。
鈍い音と共に猿轡から悲鳴が零れたまさにその瞬間、さらなる扉が音を立てて開いた。
――主人公の宿命、女難の相。ラッキースケベ。
しかして英雄なり得ない紛い物、東条勇麻に降り注ぐそれが単なるラッキーでスケベなイベントに終わるハズがなく――
「ちょっと梓ー? いきなりデー……ごほんっ、遊びの誘いをしてくれるのは構わないけど、集合時間くらいちゃんと守――って……え、アンタ……なに? それ……」
今度は普通に平面に設置された第三の扉より現れたのは、黒髪をサイドテールに纏めた勝ち気なつり目が特徴的な少女だった。
女っ気のない黒のスポーツ用タンクトップの上からジャケットを羽織り、腿の付け根かを眩しいホットパンツを穿いた小柄な女の子はセーラー服に身を包んだ美少女を梓と呼称し、梓手足を縛られた見知らぬ変態の顔面にお尻を押し付けている様に勝ち気なつり目を見開きわなわなと身体を震わせた。
「梓、アンタまさか…………前々から女々しいヤツとは思ってたけど、そういう趣味が……っ!」
「え、茜!? ま、まって。ぼ、僕にもこの状況は何がなんだか……ちょ、待って!? 身を掻き抱くようにして距離を取らないで!? これは違う、違うんだよ! 茜はなにか僕の為にもこの人の為にも茜の為にもならない、とてつもない誤解をしようとしてると思うんだ……! だから冷静になって、落ち着いて話を――」
不幸も絶望も意味不明のトラブルだって、そういうものは決まって連鎖するモノだ。畳み掛けるように開かれた第四の扉から男女の言い合いが鳴り響く、
「こんっっっのさいばかグレン!! 次覗いたら許さないって忠告した直後にどうしてこうも堂々と脱衣場に侵入してくるのかしらアナタっていう人はッ!?」
「ち、違うんだ瑠奈ちゃん……! 流石の僕も大切な人の裸をそう何度も軽率に覗こうとはしないさ! だからこれは悲しき誤解だ、不幸なすれ違いだ! 僕は瑠奈ちゃんに言い忘れてた用件を伝えようとしただけで、下心なんてこれっぽっちも……というかてっきりまだ湯船だと思ってたから僕としてもこれは想定外のラッキーというか心のシャッター五十連くらいしてる最中というか――」
「そもそもなんでアナタは当たり前のように女の子の前でパンツ一丁なのかしら!?」
「え、それはほら。僕も着替えの途中だったからに決まってるじゃん」
「……女の子が入浴中の脱衣場に、普通の人間は着替えの途中で入ってこない! というかアナタまたそれモッコリしてるのだけどッ!?」
「これは…………。うん、まああれだよね。瑠奈ちゃんがえっちなのがいけないと思うな僕は」
「ノックもせずに入ってきたアナタが悪いに決まってるでしょうがこの最馬鹿グレンッッ!!」
「ぶるへぼっちぃッッ!?」
怒号の直後、開かれた扉からも凄まじい勢いで水流が流れ込み椅子にくくりつけられたまま倒れる勇麻とその上にのし掛かる梓、さらに二人をボケッと眺めるアリシアを押し流す(茜は咄嗟に飛び上がって水流を躱し、のっぺらとした太刀を壁に突き刺して身体を支えていた)。
少女の怒りを表すが如き凄まじい水流に押し流され、白髪黒目の男が部屋のなかに飛び込んで来る。
飛び込んで来るなり、おきあがりこぼしの如くすくりと立ち上がった下着一丁の怪しい少年は、まるで何事もなかったかのような顔でやけにテンション高く言葉を捲し立て始めた。
「ヤッホー! あけましてこんばんはー! 今年もおめでとう!! そんな訳で大先輩の三周年記念パーティーを企画した僕な訳だけど、楽しんで貰えてる!? あ、僕プロデュースのアリシアちゃんは興奮した? それとも、女装梓たんのセーラー服のほうが良かった? 可憐な二人に心のタイツが思わずモッコリしちゃったかい? ねえねえどうだったのさ、こっそりでいいから僕だけに教えておくれよ東条勇麻くん!!」
「……、そうか。どこの誰だか知らんがありがとう、お前が色々とやってくれた張本人な訳か……」
「その通り! この僕、災葉愚憐が大先輩である東条勇麻くんを元気付けようと変身魔法でこそこそと暗躍して用意した三周年記念プレゼントさ! 気に入って貰えたかい?」
水流の勢いでロープが千切れ、自由になった勇麻がゆらりと幽鬼の足取りで愚憐に近寄っていく。
びしょ濡れとなって力なく垂れ下がった髪の毛が勇麻の表情を覆い隠す中、勇麻の問いかけに災葉愚憐がサムズアップ。
二人の間に男と男の熱い友情が芽生えるかに思えた次の瞬間、
「顔面に男の尻プレゼントされて気に入る訳ねーだろうがぁああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!」
魂の叫びが炸裂する。
――そう。勇麻に降り注いだお尻の持ち主の名は鴻上梓。どういう訳かセーラー服に身を包んでいるが、彼は正真正銘の男なのだった。
そして、顔面で感じたとある感触からこの尻の持ち主が男であると一瞬で分かってしまった東条勇麻がどのような想いで顔面を尻に踏み潰されていたことか。
怒りに燃える勇気の拳が災葉愚憐の顔面に深々とめり込み、少年の身体は砲弾となって白い部屋の壁にダーツの如く頭を埋めるように突き刺さったのだった。
☆ ☆ ☆ ☆
男女各三名、計六名の若者達が真っ白な空間で一つの炬燵を囲んでいた。
「いやー、最近ヴァーチャルチューバーにハマっちゃってさ。冒頭のあいさつ僕なりに考えてみたんだけど、どうだった? 決まってた?」
「うむ、お主はあいさつの仕方が間違ってると思うのだ。新年の挨拶ならば、『あけましておめでとうございます。今年もよろしくお願いします』と言うべきだ。ごっちゃになってしまうなんて、おっちょこちょいなのだな」
「うーん、間違えたとかじゃなくて、彼はわざとこういう挨拶をしたんだと思うよ?」
「む、そうなのか? でも、なんでわざわざ挨拶を間違えるのだ?」
「あはは、それはねアリシアちゃん。僕が実は未来からやったきたら未来人だからさ! 今から三千年後の世界では……なんと、新年の挨拶が変わっているんだぜ!」
「なんと……!? ほ、ほんとうか!」
「うーん、多分ほんとじゃないと思うけど……」
「……いや、なんだこれ。絶対におかしいだろ」
わいのわいのと炬燵を囲みながら楽しげにお喋りをする災葉愚憐、鴻上梓、アリシアの三人に東条勇麻はどんよりとした視線を向けていた。
「いやあの別にいいんだけどさ……なんなの、なんでお前ら当たり前のように和んでる訳? 俺達多分そこの白髪頭に拉致られたハズなんだけど。この意味不明な不思議空間に対応できない俺がおかしいの? ねえ? ねえ?」
「……甚だ不本意だけど、そこの変態と同感ね。そもそも、アタシ達は未だにここに連れてこられた理由も何も説明されていない。……アンタ、一体何が目的な訳?」
「へ、変態……」
勇麻の言葉に、梓の隣にちょこんと座る黒髪サイドテールの少女が同意を示す。
勇麻は女の子に変態呼ばわりされたことに地味にショックを受けていた。
というか、自分は明らかに被害者で、むしろ変態はオタクの連れの女装男子の方じゃないんですか!? と言ってやりたかったが、ちらりと顔を見ただけでギロリと睨めつけられた。怖い。
「む、勇麻は変態などではないのだ」
女の子の視線にビビって強く出れない情けない勇麻とは裏腹に、聞き捨てならないとばかりにアリシアが頬を膨らませる。
相変わらず表情の読みにくいお人形みたいに綺麗な顔に明確に怒りの感情を浮かべ、アリシアは自分の英雄を貶める発言は許さないとばかりに強気に食らいつく。
「アリシア……」
照れ臭いながらも、勇麻はそんなアリシアの信頼がやっぱり嬉しくて、
「勇麻は、いつだって私を守って助けてくれる私の英雄なのだ。この前だって、お風呂場でのぼせてお湯に沈んでいく私を水底から引っ張りあげて助けてくれたのだぞ……!」
「なんで変態疑惑をかけられている所にそのチョイスなんだよぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!?」
「……え、なにそれ。アンタ達一緒に暮らしてる訳? 兄妹……じゃないわよね、間違いなく……」
「む、今のはダメだったか? なら、勇麻は私に毎朝お味噌汁を作ってくれる……ううむ、これも何か違う気がするな。それなら、怖いテレビを見て眠れない私の為に勇麻が添い寝してくれた――」
「――もういいんだアリシアさんストップというかお願いやめて!! さっきから彼女の俺を見る目がどんどん犯罪者を見るような目になってるから!!」
「……ロリコン(ボソッ」
「結局そうなりますよね!? うん、知ってたよもう!」
「はふぇ……」
一方、白髪頭を水流で吹き飛ばした薄紫の美しい瞳を持った凛々しげな印象の銀髪少女は炬燵が初体験なのか雪見だいふくみたいに伸びていた。凛々しさが台無しだ。勇麻のロリコン騒動など眼中になしと言った感じで、なんだかほんわかしている。
「……俺のロリコン疑惑はもういいよ。どうせいつもの事だし……」
「い、いつもの事なんだね……」
どことなく投げやりというか若干拗ねてる勇麻に梓があははと苦笑する。その苦笑からは勇麻をおもんばかる気持ちが読み取れる。
どうやら女装男子くんがこの中で一番の常識人で良い人のようだ。この時点で勇麻の心のオアシスが決定した。
……女装してる時点で常識人なのそれ? とか言ってはいけない。趣味嗜好は人それぞれである。
「それで? 結局のところ俺達は何で連れてこられたんだ? つか、ここは何処でアンタらは誰なんだよ」
今度こそ確信に迫ろうとする勇麻の問いかけに、周囲の視線が白髪頭の少年へと集まって――
「…………え、なに? ごめん。もっかい言って。炬燵で溶けてる瑠奈ちゃんを無音シャッターで盗撮しまくってたから何も聞いてなかっぐへぁ僕のスマホがぁあああああ!!?」
拳を握り固めた勇麻の代わりに、顔を真っ赤に染めた銀髪少女の水流を纏った手刀が、少年のスマホを木っ端微塵に破壊した。
☆ ☆ ☆ ☆
銀髪少女のお説教が十五分ほど炸裂したのち。互いの自己紹介を挟む事になった。
しかし話を聞いている限り、どうやらこの三組はそれぞれ異なる世界からやって来たらしい事が発覚していく。
「えーと、そんじゃあ、言い出しっぺの法則的に僕からいこうかな。えー、こほんっ! 僕の名前は災葉愚憐! 歳は十六。出身は日輪。特技は変身魔法。チャームポイントはギョロリとしたつぶらな黒目とギザギザな歯! 好きなモノはー、もちろん瑠奈ちゃん! 現住所不定の無職というかちょっとした指名手配犯だったりするね! 神様の糞野郎が勝手に決めた役回りは『愚者なる道化』。だけど……まあ僕は僕でしかないから、そこんとこは深く気にせず気軽に接してくれると嬉しいかな! よろしくね~」
「……はぁ、それじゃあ次は私かしらね。私は瑠奈=ローリエ。年齢は十六。ご覧の通り、フランドルの血が混ざってるわ。出身は日輪。特技は……剣技、かしらね。心の底から不本意だけれど、そこのさいばかくんと同じで現在は住所不定無職よ。ただ、そこのお馬鹿と違って指名手配とかはされてないから。むしろ、災葉くんに誘拐されて行方不明扱いって所ね。好きなモノは……置いておいて、まあ嫌いなモノは災葉くんかしらね。役回りは『宵闇に浮かびし朧月』。忌み名みたいなモノだから、出来れば……その……普通に名前で呼んで貰えると嬉しいわ」
「……ったく、なんでアタシが自己紹介なんて。こんなの早く終わらせるに限るわ。……私は天羽茜。好きなモノはスルメだったけど……今はあんまり興味ないのよね、アレ。アンタ達の言ってる事はよく分からないけど、ぶっちゃけどうだって良いし興味もない。そもそもアタシは人間じゃない、陰陽のバランスを乱す影獣を討つ世界の浄化機構『徒影』と呼ばれる存在よ。アンタ達が誰だか知らないけど……『徒影』じゃなくて良かったわね。この狭い部屋で殺しあいをせずに済むわ。せいぜいよろしく」
「……僕の時もかなりアレだったけどさ、茜ってば初対面の人に対してキツイよね。そんなのだからいつまで経っても友達増えないんだよ? ……っとごめんごめん、自己紹介だったよね。僕は鴻上梓って言います。年齢は一五……でいいのかな? この前誕生日を過ぎたんだけど、身体の成長が止まってるからやっぱり一五かな。数ヶ月前までは普通の人間だったんだけど、今は茜の元で『徒影』をやってます。……って言っても、まだまだ成り立ての新人なんだけどね。――僕はこの数ヶ月間、天羽茜の弟子としてずっとこの子の隣にいた。茜は一見キツそうに見えるけど、人との関わり方がうまく分からない、不器用なだけで根はとっても優しい子なんだ。だから、皆もどうか誤解しないであげて欲しい……って、痛っ! ちょっ、せっかく僕がフォローしてあげたのに、いきなり叩かないで……いたっ、痛いって……ええっと、そんな訳で茜共々よろしくお願いします……!」
「む、じゃあ次は私だな。私はアリシア。年齢や出身地は……よく分からないのだ。と言うのも、数年前から以前の記憶がなくてな。気付いた時には研究施設にいた事は覚えているが……それだけだ。自由を求め、逃げ出した先で勇麻に助けられてからは勇麻の暮らす学生寮に住まわせて貰っている。一応、干渉レベルSオーバーの『神門審判』という力を宿してはいるが……人工的な神の力なので『神器』での補助が必要不可欠。あまり多用もできない。あ、好きなモノは皆で食べるカレーライスなのだ。勇麻の作るカレーは絶品なので、是非ここにいる皆にもいつか食べて貰いたい。よろしくなのだ」
「なんか、凄まじい自己紹介続きですっげえやりづらいんだけど……これ、俺やらなきゃダメ? あ、ダメ。……俺は東条勇麻。歳は十七。出身は日本、今は天界の箱庭北ブロック第五エリアにある学生寮に弟とアリシアの三人で暮らしてる。一応、勇気の拳って神の力があるっちゃあるけど……まあ、学校なんかじゃ落ちこぼれ扱いの力だ。好きなモノ……かは微妙だけど、皆が笑っていられるような平和な感じはいいと思うかな。なんで俺達がここに集められたかはよく分からないけど、まあせっかくだし仲良く出来たらいいなって思うよ。よろしくな」
全員分の自己紹介が終わると、ようやく災葉愚憐は勇麻たちの疑問に答えるべく話を始めた。
「さてさて、お互い自己紹介も済み、疑問が解消するどころか増えた所でそろそろ本題に入ろうか。えっとー、君たちを連れてきた目的だっけ? そんなの決まってるじゃん、新年兼三周年をお祝いする為――なぁんて理由じゃあないぜ? むしろ僕の動く理由は全くの逆と言っていい。僕はさ、本編のシリアスで散々君らを痛め付け苛めてるのを棚上げして、短編ギャグ時空なんかで自分の行いを有耶無耶にしてお茶を濁そうとする神様の思い通りになるのが我慢ならなかったんだ。だからお気楽ギャグ時空の三周年おめでとう短編をぶち壊してやろうと思ったのさ……!」
バーン! と、効果音の付きそうな調子で告げる愚憐に黒髪サイドテールの少女、天羽茜は胡散臭げに眉根を寄せて、
「三周年? 神様? ギャグ時空? アンタ、さっきから一体全体何を言ってるの? 全然話が見えて来ないんだけど? 専門用語並べ立てれば頭がよく見えるなんて思ったら大間違いよ? 巻き込んだ相手に対する説明責任くらい果たしたらどうなのよ」
「ま、まあまあ茜、落ち着いて。愚憐くんだって、まだ説明の途中なんだし……」
「茜ちゃん手厳しぃ~。勿論、君らを連れてきた理由もちゃんとあるぜ。それを今からこの僕が、懇切丁寧に説明してあげよう……!」
愚憐は、自信満々にまず勇麻とアリシアを指差して、
「東条勇麻くんとアリシアちゃん、まず今回の主役は君たちだ。本当は天風楓ちゃんも連れて来たかったんだけど……あまり干渉の範囲を広げるのもよくないからね。ひとまずはあの世界の主軸にあたる君たちを呼んだって訳。ついでに新年と三周年も祝おうって思ってね。だから東条勇麻くんを拉致って、泉修斗くんに化けてアリシアちゃんを唆したりして遊ん……ごほんっ、こうして話し合いと祝いの場をセッティングしたって訳。まあ、端的に言うと僕は君らと話がしたかった、それだけなんだけどね」
ついで鴻上梓と天羽茜を指差し、
「梓たんと茜ちゃんはね~。実は……梓たんのセーラー服を見たかったんだよね~、僕! だからこっそり梓たんの着替えをセーラー服に入れ換えて、梓たんに化けて茜ちゃんをデートに誘ったんだけど……その時の茜ちゃんの反応がもう想定外に可愛くて可愛くて……『ぶはっ、で、デート!? ふ、ふーん。そう、したいんだ……え、別に。最近そういうのなかったからちょった驚いただけで、嫌とかじゃないわ。……ま、まあ。デートかは知らないけど、一緒に出掛けてあげるくらい別にいつでもやってあげるわよ。なんてったってアタシはアンタのお師匠でもあるんだし、弟子の付き添いくらい何の問題もないわ! ええ、そう。これはただの付き添いだから――』って満面の笑顔で――」
「――今すぐその気味の悪い声真似をやめなさいなぶっ殺すわよ……ッッ!」
まるで地獄の底から這い上がって来た鬼のような形相で、赤鬼より真っ赤になった茜が神速の抜刀で抜き身の刃を愚憐の首もとに突き付ける。遅れて吹き荒れる風圧が髪を撫でつける程の本気の殺気に、流石の愚憐も顔をやや青白く染め上げ両手をあげて降参のポーズを取る。
「ま、まあ今のは冗談として……。ええっと、なんというか君らはー、うん! 面白そうだから呼んだ! 以上、終わり!」
面白そうだからという理由で乙女の純情を弄ばれた天羽茜はすっと、急に真顔になると。
「……よし、決めた。やっぱりコイツ『徒影』というか全ての女の敵ね。――真銘解放。起きろ、『猫剥ぎ』……!」
「茜!? ちょ、落ち着いてってば、人殺しは絶対ダメだよ!!」
慌てて背中から茜に飛び付き小さな身体を必死に羽交い締めにする梓。
梓に密着された茜は何だかまんざらでもなさそうな顔をしていたが、ここで指摘すればまず間違いなく殺されるなと思い勇麻は自重を選択。
しかし災葉愚憐は。
「あ、茜ちゃんってばまんざらでもなさそうな顔してる~かわいいかよ~~~」
「~~~~~#&&¥*$※%@$§っっっ!!!?!?」
「む、凄いぞ勇麻。爆発したのだ……!」
ボンっと、臨界に達した茜の顔面から煙が吹き出した。
勇麻は内心激しく戦慄した。
「……こいつ、自ら地雷原に突っ込んで行くだけじゃ飽きたらず、ブレイクダンスを始めた……だとっ!?」
涙目のまま呪文を唱え、なんだか両手両足に黒い靄のような猫科猛獣の四肢を纏い始めた天羽茜。
本気の殺気を振り撒く相棒の姿に梓も慌てて詠唱を開始、不思議な呪文に梓の影が同期するように梓に対して平行に浮き上がり、のっぺらとした厚みの無い漆黒の鏡へと変貌すると、中から漆黒のおどろおどろしい腕が一本飛び出した。
すると、災葉愚憐を八つ裂きにしようと飛び出したハズの茜がブラックホールに吸い寄せらるようにすっぽりと梓の腕の中に収まって。梓の腕に吸い付いて離れない茜はジタバタと犬歯を剥き出しに暴れ回ってはいるが、災葉愚憐の首が落ちるような事態にはならずに済んだようだ。
「いやぁー、色んな意味でヒヤヒヤしたよ! やっぱ君たち面白いね、僕ってばナイス采配。うん。呼んで大正解だ」
「はぁ。災葉くんアナタね……これじゃあ全くもって会話にならないじゃない……」
茜が愚憐へ飛びかかろうとした際にさりげなく腰の細剣を高速抜刀していた瑠奈が嘆息する。
その様を見て、勇麻はこっそり震えていた。
怖い。ここにいる女の子なんかめちゃめちゃ怖いよぉ……!
心の清涼剤を、癒しと救いを求めてアリシアを見るが、肝心の姫はどういう訳か一触即発の空気に目を輝かせてワクワクしていらっしゃった。
優雅な所作で流麗な細剣を振るう瑠奈に目が釘付けだった。
「……ウチのさいばかくんが愚か者過ぎて使えないので、私から説明を続けさせて貰うわ。その前に少し、前置きとして知っておいて貰いたいのだけど……さっき、自己紹介で役回りという単語が出てきたのを覚えているかしら?」
「あー、そういやなんか言ってたな。忌み名とかなんとかってアレか?」
「私達の世界では、全ての人々の生き方が神様によって決定され、支配されている。役回りというのは、私達が生まれた時に神様から与えられる生き方の説明書みたいなモノ。私達はそれに従って生きる事を強制される世界にいるの」
「……それって、自分の意思で生きる事を許されていないって事?」
「ええ、そういう事ね。誰かが決めた自分を演じて生きていかねばならない。そして、それに一切の疑問すら抱かない、私達がいるのはそんな世界よ」
「酷い……そんなの、あんまりじゃないか! そんな、自分の思いすら持てない人生なんて――」
「『――生きてるとは言えない』そう思うかい? 梓たん。でもさ、それは決して君たちに関しても他人事とは言えないかもなんだぜ? 残酷さで言えば、『徒影』なんて機構を組み上げたそちらの神様は中々のものだよ。だって思わない? 君たちの今の在り方は、『徒影』という役割に縛られている……って」
「ちょっと、待って。それって――」
「おっと、ネタバラシは出来ない仕様なんだ。ごめんね、茜ちゃん。それは君たち自身の手で掴むべき真実だ。僕みたいな無関係な――それこそ、〝作品違い〟が出張っちゃ興醒めでしょ」
「現在、私と災葉くんはそんな世界の仕組みに抗うとある組織として活動している。アナタ達をここに呼んだ理由も、それと無関係とは言えないわ」
「――大いなる存在への反逆。端的に言えば、これが僕らの目的だ。何者にも縛られず、何者にも従わない。運命やら神様やら知った顔した上から目線の決めつけを、僕は決して認めたくない。だから、そういうモノに抗う人達を見てるとね、応援したいと思っちゃうのさ。――例えそれが、いつかの自分と誰かの姿を重ねるような、傲慢で独り善がりな感傷だとしてもね」
「だから私達はアナタ達を此処へ呼んだの。東条勇麻くん、アリシアさん。アナタ達の世界も、私達の世界と根本的には同じ。上から目線の支配者気取りが、全ては自分の掌のうえだと我が物顔でふんぞりかえって、アナタ達を弄んでいる。きっとたくさんの敗北が、悲劇が、絶望が、……気の遠くなるような予定調和がアナタ達に襲いかかるでしょう。……ええ、それもきっと、上から目線のありがた迷惑なふざけた理由でね」
「これは、本来なら絶対にあり得ない邂逅なんだ。確かに同じ前提、基盤を持ちながら、決して交わる事のない三つの『世界』。僕は、その三つが交わる可能性を取り出す事に成功した。だけど、ここでの出会いは記録されない。記憶にも残らない。醒めれば忘れてしまう夢のような代物でしかない。それでも、伝えたい事があった。僕らのような若輩者が、君たちのような大先輩におこがましいかもしれないけど、それでも――
――どうか、上から目線の超越者達に屈することなく自らの信念を貫き通さんと抗い続けて欲しい。
僕は、いつだってアナタ達みたいな『主人公』から勇気を貰ったきた。僕らと同じ、神様に決めつけられた存在でありながら、その想像をその創造を凌駕して、いつだって虚構症候群の傍観者どもを驚愕させるような唯一無二の結末を掴み取ってきたアナタ達に、憧れた。ずっと、こんな風に生きたいって思ってたんだ。
……僕の願いは一度は叶った。僕は僕をこの手にちゃんと掴む事ができた。だから、この先どれだけ予定調和の敗北が悲劇が絶望が降りかかかろうとも、道半ばで諦めないで欲しい。幸福な結末を投げ出さないで欲しい。それが、僕らから三年目のアナタ達に贈る、贈り物だ」
そこまで言い切ると、不思議な静寂が白い部屋には満ちた。
可能性の海に溺れた、あり得ない可能性。
あってはならない邂逅。
何もかもが自分の思うままだと、そう嘯く傲岸不遜な超越者がいるのならば。この出会いこそが反撃の起点であると。
そう宣戦布告するかのように、災葉愚憐は真っ直ぐな瞳で東条勇麻を見つめていた。
「……正直、言ってる事の半分も意味は分かってないと思う。災葉の言ってる事は滅茶苦茶で、夢か何かを見てるんじゃないかって思った方がまだ納得できるような状況だ。けど、伝わったよ。お前の、お前達の想い」
勇麻を見据えるその瞳、そこに映る思いは、憧憬の輝きは、決して偽物なんかじゃない。
勇麻や梓たちを最初から知っていた理由も定かではないし、そもそも信用できる所を見つける方が難しそうな男だけれど。
それでも、東条勇麻はその瞳を信じようと思った。
「大丈夫、任せてくれよ。諦めの悪さになら、自信があるんだ。敗北も悲劇も絶望も、全部味わって乗り越えてここまで来た。いつ折れたっておかしくなかったのに、ここまで諦める事一つできなかった馬鹿が俺だ。そんな潔く途中で全部投げ出すなんて賢い事は、やりたくてもできねぇんだよ」
「うむ。なんて言っても勇麻は私の英雄なのだからな。今までも、これからも。私がどうなろうとも、それはきっと変わらないのだ。だからきっと大丈夫。例えこの先どんな絶望が訪れようとも、これまでの歩みが胸にある限り、東条勇麻は揺らいだりなんかしない」
「……なるほどね、やっぱり、会えて良かったよ。東条勇麻くん、アリシアちゃん。君たちがいれば、きっとそっちの世界も大丈夫だ。――そして鴻上梓たんと天羽茜ちゃん。君たちもいずれ、世界の真実と向き合う日が来るだろう。だから、どうか、魂の奥深くに刻み込み忘れないでほしい。君たちの歩みに希望を抱く者が確かに居たという事を。残酷な世界で、それでも誰かと共に歩む事を選んだ君たちの尊き選択に、勇気を貰った人がいたと言う事を」
「アンタに一々言われるまでもないわ。私はこの世界を梓と共に生きていく。立ち塞がるモノは、影獣だろうと徒影だろうと私の牙爪で切り裂いてやる」
「僕も答えは同じかな。もう、迷いはない。僕は茜みたいにカッコいい徒影になって、苦しむ影獣を救い続ける。例えどんな真実が現れようと、茜と二人なら乗り越えられると思えるから」
四人の答えに、災葉愚憐と瑠奈=ローリエは顔を見合わせ、それから少しだけ寂しげに笑った。
「……っと、そろそろ時間かな。名残惜しくはあるけど、それじゃあ、さようならだ。それぞれの世界の『主人公』達、君たちに会えて、とても楽しかったよ――」
そうして。どこからともなく生まれた光が、白い部屋を痛い程に白く白く染め上げていって――
――新たな時代の始まり。一月一日というこの特別な日に特別な縁を結べた僕らは、また会う時が来るだろう。
たがら、きっといつかまた。もう一度、〝初めまして〟をしよう。
それまでどうか、誰かの希望であり続けて欲しい。
世界の果てにて物語が交錯するその時まで――
『神ナリシ模倣者ト神門審判』Three anniversary――
――Go to the next stage
今日はまだ1月1日なんですよ実は……




