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世界征服の夢

作者: 早田将也


「お昼のニュースです。世界保健機関(WHO)は13日、中国国内で『新型H○N○型』のインフルエンザの感染者が新たに○○人確認され、うち、○○人が死亡したと発表しました。なお……」

「ウオーーーー!!!皆の者、喜ぶがよい。貴様たちはよくやった」

どこからともなく歓声が聞こえてきた。

いよいよクリスマスが地平線上に見え始め、若い男女の社員が心浮き出し立ち、変に期待したのち浮き上がったまま、周りの空気に流され、気付かぬうちに奈落の底に落ちているオフィスの中。


12時のお昼の休憩時間、食堂内。

部屋の一角に設置してあるテレビからは新型インフルエンザのニュースがトップに放送されていた。

食堂を見渡すと、暗く沈んだ顔をした若者が数人、青白い顔をしたヒトが数人、頬が紅潮した若者が数人いた。

クリスマスが近づいているというのに、暗い顔をした若者数人はきっと、“クリボッチ”というヒトに違いない。

流行語に疎い諸君のために注釈を加えるならば、“クリボッチ”とはクリスマスを1人で寂しく過ごすもののことを言う。

彼らは今年のクリスマスは、街中に飾り付けられたイルミネーションや仲良く歩くカップルを視界に入れないためにもなるべく下界に降臨せず、周囲からクリスマスソングという呪詛を聞かなくてもよいように、常にイヤホンを耳にはめ、心の奥底では羨ましながらリア充な仲間の恋人をありとあらゆる角度で馬鹿にする。

しまいには、自分は仏教徒だからと、使い古された言い訳まで用意している。普段、寺にお参りすることは皆無にもかかわらずなのに、である。

紅潮している者は、現在進行形で恋愛がうまくいっている人間。

そうでなければ、リンゴ病である。

もっとも私たちが注目したいのが、顔が青白いヒト。

今回、私たちのターゲットになったヒトである。

青白い顔には大きなマスク、扁桃腺が腫れ上がり、鼻づまり、鼻水、咳、だるそうに半分だけ開いた目、プルプルとチワワのように震える体。

要するに風邪をひいてしまったヒトである。

ちなみに今の歓声は、こいつの喉に寄生している同志である。

かぜをひく要因も様々な理由があるだろう。

ストレス。

睡眠不足。

過労。

冷え。

栄養失調。

失恋の悲しみで風邪ひいたり、冬の寒い日に夜の営みをがんばりすぎて風邪ひいた奴もいる。

しかし、そんなことは原因のほんの一握りだ。

何故かというと、私たちの努力によるところが大きからだ。

いや、そう思いたい。

私達はこの地球の生態系の頂点に立つヒトどもを駆逐するために作戦を考え、実行し、人類滅亡へといざなう。

そう、私たちの正体は、ウイルスだ。



作戦1

新型インフルエンザで殲滅作戦

ここは鳥の体の中のとある会議室。

つまり、鳥の体の細胞の中。

冬になると中国から日本へ渡る途中の渡り鳥の体内だ。

乗り心地は非常に悪い。

「さて、今回諸君に集まってもらったのは他でもない、この地球上で好き勝手に行動しているヒトを殲滅してもらうためだ」

私はウイルスの指揮官。

ウイルスにも細菌に寄生するウイルス、植物に寄生するウイルス、動物に寄生するウイルスがいるが、私は動物に寄生するウイルスの統率を行っている。

動物など、死んでしまえ。

特にヒト。

奴らは我ら祖先を死滅させたこともある憎き存在なのだ。

「私たちは先祖代々、鳥専門に寄生するウイルスなのです。何故、あんな二足歩行で地面を這いずり回っているヒトなんかに寄生しなきゃいけないのです?」

鳥に寄生しているウイルスは不服そうだ。

私は会議室(細胞)の中を見渡す。

部屋(細胞)の各所に、この鳥の中に寄生しているウイルスの肖像画が設置され、内装には飾りつけをしてある。だいぶ凝った趣向である。

設置には時間がかかったのだろう。

ウイルスは寄生している動植物の細胞の中の核を勝手に使って増殖する。

この部屋(細胞内)も使い勝手がいいように改良を重ねてきたのだろう。

確かにこの鳥の体内はこのウイルスたちにとっては、とても居心地がいい環境に違いない。

なのに、住み慣れないヒトの体にわざわざ移住して、暴れるなど、面倒なことは理解できる。

「先ほども言ったように、ヒトに寄生して、ヒトをこの地球上から滅ぼしてほしいのだ」

「いえ、そういうことではなく。何故私達なのでしょう?ヒトに寄生するウイルスはたくさんいるでしょうに……」

「ヒトに寄生するウイルスはもちろん今まで通り頑張ってもらっている。しかし、ウイルス界も進化が無ければあっという間に克服されてしまうのだ。諸君も知っているように天然痘ウイルスのような二の舞になりたくないだろう?」

会議室にいる一同は一瞬空気が凍ったように静まり返った。

天然痘ウイルスの悲劇。

天然痘ウイルスの悲劇はウイルス界でも有名な逸話として語り継がれている。


“あるところに、天然痘ウイルスという立派なウイルスがいました。

当時、天然痘ウイルスはヒト界を恐怖のどん底に落としました。

何故ならヒトにとって最も致死性の高い病原体だったからです。

20世紀だけでも2~5億人のヒトをあの世に送った、ウイルス界のエースでした。

しかし、この天然痘ウイルスには弱点ともいえる、ある特徴を持っていました。

天然痘ウイルスはヒトからヒトにしか伝播できないウイルスであり、ワクチンが非常にききやすいといった性質を持っていました。

憎きヒト界のエドワード・ジェンナーというヒトはワクチンを開発し、WHOという組織は我らがウイルス界のヒーロー、天然痘ウイルスの弱点を巧妙な手口で利用し、なんとヒトの感染者をなくしてしまったのです。

ヒトしか寄生できない天然痘ウイルスは、あえなくこの地球上から消えていきました。

今はどこかの国にある狭い場所に貯蔵されるのみになっています“


私は自宅から持ってきた絵本を読みおわり、本を閉じる。

一同は神妙な面持ちでそれに耳を傾けた。

「……君たちも、鳥の中に寄生し続ければ、いずれ駆逐されてしまうに違いない。そうならないためにも、違う動物にも寄生できるよう進化し続けなければならないのだ」

私はそう言い切ると、一同を見まわした。

ヒトのようにワクチンを接種しない鳥には、天然痘の例は適切ではなかったかもしれないが、みんな納得しているので、まあ良しとしよう。

「いい顔だ」

皆、決意が固まったようだ。

すると隣の部屋(細胞)が少し騒がしくなってきた。

「なんだ?この物音は?」

「大変です。B細胞のやろうがIgG抗体弾を撃ってきました。隣の部屋(細胞)を攻撃し始めてます。このままでは、この部屋(細胞)がやられるのも時間の問題です」

若いウイルスが報告しに来た。

B細胞とは体の免疫の一種をつかさどる細胞である。

体の中の細菌やウイルス感染細胞を殺すために存在している我らの天敵。

「うむ。では、私と一緒につい来い。血流にのって便に身を隠し、下界に出るぞ」

部屋の裏口を開けると、隣の細胞にこれでもかというほど、IgG弾が撃ち込まれ、部屋の原型をとどめていない。隣の部屋の中にいた同志は死んだに違いない。

私達は死者の冥福を祈りながら、細胞を飛び出した。

私たちは血流にのり、穴に着いた。後ろからは最強の敵、NK細胞が迫ってくる。

NK細胞に立ち向かったウイルスたちは次々になぎ倒されていく。

躊躇している暇はない。

私たちは鳥の肛門の細胞を刺激して、糞につかまり飛び出した。

鳥の糞と共に飛び出した私たちは、農村部に着地した。

ベチョ。

「なんだ??げッ!?鳥の糞かよ」

どうやら、幸運にもヒトに体の上に着地できたようだ。

言語からしたら、こいつは日本人。

最初のターゲットはこいつにしよう。

耳には無数のピアス。

髪は金色。

肌は青色や赤色、黒など様々な色に変色している。

……病人だろうか?いや刺青だ。


見るからにチャラチャラしていて、おおよそ地球の役にならないヒトのようだ。

この様なヒトは血祭りにあげてやる。

私たちはこの青年の指の爪の間に忍び込んだ。

後は、ヒトが何か食べ物を口にした瞬間、のどに飛び込むだけだ。

私と共についてきたウイルスは新型鳥インフルエンザ。

先日、中国で大流行した病原体だ。

ここ日本でも大流行させ、人類滅亡にまた一歩前進するというものだ。

この新型鳥インフルエンザは新種の為、まだワクチンは出来ているまい。

ひとたび流行り始めれば、大流行するだろう。

なぜならこのウイルス、鳥から人へのみでなく、人から人へ感染することが出来るように進化しているからだ。

さあ、青年よ。この薄汚れた手で食するがよい。

その手で何か食べたら最後。

貴様は高熱にうなされ、全身、筋肉痛のように痛み、食欲など消え失せるだろう。

貴様に本当の地獄を見せてやろう。

「ただいまー。さて……手洗いうがいしよう」

ジャバジャバ。(排水溝に水が流れる)

青年はのちにアルコール消毒を行い、私たちは殲滅された。

先日の中国での新型のウイルスの猛威のニュースが世界中に放送され、各国は非常に警戒していた。

国を挙げて手洗いうがいを推奨していたことをこの時ウイルスは知る由もない。



作戦2

ノロウイルスでケツからレーザービーム


……なんてやつらだ。

排水溝から奇跡の生還を果たした私は、また新たな作戦を練ることにした。

先日の作戦は日本では見事に失敗に終わってしまった。

中国ではうまくいったのに……

同志たちの報告によれば、どうやら、この国の民はきれい好きのようである。

国を挙げて、TVやインターネット上で、手洗い、うがい、アルコール消毒を四六時中、注意喚起していたらしい。

私たちにとって手洗い、うがいという行為に耐えるということは、ヒトでたとえるならば、ナイアガラの滝で滝行を行うぐらい厳しいものがある。

耐えることなど、無理だ。

インポッシブルだ。

こうなれば、食品からヒトの体内に移り住むしかあるまい……。

「諸君に集まってきてもらったのはほかでもない。ヒトを殲滅してほしいのだ」

ここは海の中。

正確に言うなら、海の中にいる牡蠣の細胞の中。

そう。今の季節、海のミルクともいえるその大きく育ったぷりぷりの牡蠣の白い細胞の中に成長するに比例してひしめき合いながらウヨウヨと増えていくノロウイルス。

こいつらは、ヒトが手洗いうがいをしようが、しまいが関係なく

生牡蠣からヒトの体内に入り込むことが出来る。

食品から直接、消化器系に感染してやる。

さらにこのウイルス、体の構造上、エンベロープという脂質の膜を持たない為、アルコール消毒すら効果がないのだ。

どうだ。参ったか、ヒトめ。

「しかし、なぜ私たちなんでしょう?私たちは見ての通り、この牡蠣の中で生きています。私たちはこの牡蠣がヒトに食われるまで、ヒトの体の中に入り込むことが出来ないのです。ヒトに食われない可能性だってあるでしょう」

「ふふ、心配はいらない。諸君はこの貝の外にほとんど出て行かないからわからないかもしれないが、この貝はヒトの手によって養殖されているのだ。つまりヒトが食べるためにこの貝を育てているといいってもよい」

「なるほど、いずれは必ずヒトに食べられてしまうということですね」

「そういうことだ。そこで諸君にはヒトの体内に入った時の暴れ方について教えようとはせ参じたのだ」

「これは心強い。私は以前もヒトの体内の中にいたのですが、暴れ方を知らないために普通に固形便として外の世界に出てきてしまったのです。その時の憤りたるや……」

なるほど。

ヒトに摂取されても嘔吐下痢を発症しない場合がある。

不顕性感染というやつだ。

「そうか。そうか。ヒトの体に対してダメージを与えることが出来ずに無念だっただろう」

「ええ、便として出てきた後は、海の中に流れつき、またいつかチャンスが巡ってくることをひそかにこの牡蠣の中で待っていたのです」

「さすがだ、同志よ。では私がとっておきの暴れ方を伝授しよう。まず、君たちはヒトに対して絶大なダメージを与えることが出来るということを忘れてはいけない……」

そうして私はこの牡蠣に住むノロウイルスだけでなく、この海一帯の牡蠣の中に住むノロウイルスにヒトの体での暴れ方を伝授して回った。

ヒトの腸のどこを攻撃すればよいか。

またヒトの中の免疫抗体との戦い方も伝授してやった。

私の持てるすべての知識をこのノロウイルスたちに教え込んだ。


その後、私は本部に戻り、あのノロウイルスたちがどのような成果を挙げてくるか楽しみに報告を待っていた。

あのノロウイルスたちがひとたび本気で暴れることがあれば、ヒトの腸は激しく炎症し、腸の中でものすごい量の腸液が噴出する。噴出した大量の腸液は出口を求め肛門へと押し寄せるだろう。

ヒトは何度もトイレにこもり、ケツからはレーザービームが炸裂するに違いない。

そしてヒトは体中の水分を失い、カラカラに乾燥したミイラのようになるだろう。

私は、もだえ苦しみ、人を押しのけ我先にトイレに駆け込む大勢のヒトの姿を思い浮かべ、悦に浸っていた。


しかし、数日たってもヒトの集団ノロウイルス感染の報告が入ってこない。

私は不審に思い、部下にあのノロウイルスたちがどうなったか調査するように命じた。

すると驚くべき事実が判明した。

確かにあの大量のノロウイルス入りの牡蠣は収穫され、食用として出回った。

ここまでは計画通り。

が、しかし、私の予想に反して全てカキフライにされてしまったのだ。

あの養殖された牡蠣は大手の弁当チェーン店のカキフライ用に養殖された牡蠣だったのだ。

牡蠣の中のノロウイルスは加熱されてしまうと感染力を失ってしまう。

ノロウイルスは熱に弱いのだ。

日本人は生ガキが好きではなかったのか?

日本人は何でも生が好きだろう。

刺身、生ビール、生レバー、生中継、生足。

私だって生足は大好きだ。

……話がそれた。話を戻そう。

フライにするなんて……

今回の作戦も失敗に終わってしまった。



作戦3

最終兵器、天然痘ウイルス


もう我慢できない。

私は本気になった。

今まではヒトを苦しめながら、徐々に殲滅させていこうと考えていたが、石橋をたたき壊して、新しい鋼鉄の橋を建設して渡るような迂遠な方法を行うことはやめた。

私は部下を呼びつけた。

「おい、天然痘ウイルスを用意しろ」

「え?無理ですよ。天然痘はヒトの手によってロシアとアメリカに厳重に保管させています。私たちが手を出せるような場所ではありません」

「ヒト天然痘ならそうかもしれない。私が言っているのはほかの天然痘だ」

「ほかの天然痘?」

「世の中にはサル天然痘があることを忘れたか?」

「サル天然痘ですって?」

「サル天然痘ならヒト天然痘と同じような症状だろ。私はこのウイルスにすべてをかけるつもりだ」

「しかし、うまくいきますかね?」

「なあに、ヒトもサルも同じ霊長類なんだ。致死率はヒト天然痘よりも劣るがそこは私たちの腕の見せ所、品種改良していけば必ずヒトどもを絶滅に追い込むことが出来るに違いない。さっそくサル天然痘に召集をかけろ」

後日。

「諸君に集まってきてもらったのはほかでもない。ヒトを殲滅してほしいのだ」

「なぜ、わたしたちなんですか?私たちはサルの天然痘なのですよ」

「サルもヒトも同じみたいなもんだろうが!!」

「そうカッカしないでください。理由が聞きたいだけです」

「いや、失礼。同じことばかり聞かれるから、つい……。私たちの願いはこの地球上にのさばっているヒトの絶滅だ。そのためにはヒト天然痘の親戚にあたる君たちの力が必要なんだ」

「なるほど、そういうことでしたか。ヒト天然痘は完全に隔離されていますもんね。私たちもずいぶん会ってない。おじさんに会いたいな~」

「おじさんを隔離したのはあの憎きヒトどもだ。ヒトどもを滅ぼせればおじさんにだってあえるさ」

「なるほど、わかりました。では私たちがヒトどもを必ずや殲滅します」

「うむ。その意気だ。その前に少し君たちの遺伝子をいじらせてもらうよ」

「ええ、しかしなぜ?」

「ヒトに対して感染率と致死率を上げるためさ。ついでに既存のワクチンも効果がないようにしておく」

「なるほど」

私はサル天然痘のDNA遺伝子の塩基配列を少しいじった。

「よし、これでオッケーだ。これなら、今まで存在している天然痘ワクチンも効かないぞ。ん、どうした?体調でもおかしいか」

私が遺伝子をいじった後、サル天然痘ウイルスはじっと動かなくなった。

私が心配そうに見つめていると、サル天然痘から急に高笑いが聞こえた。

「ははは、なんだか力がみなぎるようだ。ヒトだけでなくサルだって絶滅させてやりますよ」

「いい意気込みだが、どっちも絶滅させたら、住むところがない君たちも絶滅してしまうよ」

ウイルスは感染する生き物、生きた細胞がいなければ増えることはできない。

「それもそうですね。まあ、お望み通り人間だけでも絶滅させましょう」

「しばらくするとヒトはワクチンを開発してくるから時間との勝負だ。頼んだぞ。幸運を祈る」


こうして私はサル天然ウイルスを見送った。

サル天然痘の成果は目を見張るものがあった。

感染につぐ感染。

地上ではおびただしいほどの死者であふれかえった。

人間だけでなく、そのほかも動物たちも次々と感染し、命を落としていった。

そんな死者であふれかえる地上では、その不衛生な環境から、また新たな感染症が蔓延する。

もうこの連鎖は誰にも止められない。

「やったぞ。これでこの地球を荒らす動物たちがいなくなる」

私は興奮に震えた。

「報告します。この1年でヒトの死者65億人。その他の動物は800億もの命が消えました」

「うむ。諸君の見事なはたらきぶり、大きく評価しよう!」

「ただ……1つ問題があります……」

部下は言いにくそうに言葉を詰まらせた。

「そんな顔して、どうしたというのだ?この地球上にヒトが激減してよいことではないか」

「はい、確かにヒトやその他の動物はほとんど死に絶えました。それと同時に、寄生先を失った動物ウイルスたちも絶滅の一途をたどっています」

「なんだと!どうなっている?」

「サル天然痘ウイルスの暴走により、サル、ヒトの霊長類だけでなく、その他の哺乳類の感染も確認されています。また、生態系のバランスが崩れている模様です」

「そうなのか……よし、そろそろ潮時だな。サル天然痘ウイルスに撤退命令を下すのだ」

「それが……最近サル天然痘ウイルスが私たちのいうことを完全に無視し始めたのです」

「なんだと!?」

「やはり、遺伝子操作はまずかったのかもしれません。遺伝子をいじった後の奴らの様子はどこかおかしかったですから。さらに悪いことに、天然痘たちの獲物を横取りさせないために、ほかの種のウイルスが近づけないように守りをがっちり固めてます」

「奴らを止める方法はないのか?」

「一度あなたから、サル天然痘ウイルスに説得してみてください」

「うむ……わかった」

私は久しぶりに下界に下りてみた。

1年前に来た世界は劇的に変わっていた。

ヒトの田畑は荒れ果て、いたるところに動物たちの死骸が転がっている。

世界が薄気味悪いくらいに静寂に包まれていた。

私はサル天然痘の指揮官が集まる基地にたどり着いた。

私が基地に入るとサル天然痘ウイルスにたちは形式的に敬礼を行った。

一応、動物ウイルスの指揮官である私に敬意を払っているようだ。

「お勤めご苦労。諸君の活躍は実にすばらしい。私たちの動物ウイルス界の新たな伝説になったであろう」

「お褒めのお言葉、光栄です。わたくしたちとしても今以上に力をいれ、動物たちの全滅に取り組む所存であります」

「ああ、頑張ってくれたまえ。しかし、全滅させるのはヒトだけでいいのだが……」

「何をおっしゃいますか。サルだけではなくほかの哺乳類に感染できるように遺伝子を操作したのは、ほかの動物たちも殲滅させるためでしょう」

「私たちはこの地球上でのさばっているヒトを殲滅させるだけで良いのだ。他の動物を殺しまくると、他の動物ウイルスまで全滅してしまうからな。私の所に莫大な苦情が来ているのだ」

「お言葉ですが、その命令は承服できません。天然痘にかかった動物が死ねばその寄生している味方の天然痘ウイルスも死にます。私たちの勝利はその犠牲の上に成り立っているのです。奴らの死を無駄にしたくありません。あなたといえど、もし、私たちの邪魔をするなら……」

そういって、天然痘ウイルスたちは対ウイルス薬を私の前に掲げた。

ほかのウイルスに、獲物をとられまいと自分達で作り上げたのだろう。

そんなものを浴びたら、長年自然界を生き延びてきた私でもひとたまりもない。

「うむ……今日は帰るとしよう」

私はいったん基地に戻ることにした。

元はと言えば私が奴らの遺伝子をくみかえ、命令し、見守ってきたのだ。

しかし、このままでは取り返しがつかないことも考えられる。

「ええい、どうすればよいのだ。ヒトはどうでもいいが、そのほかの動物たちが死ぬのは困る。それにこのままでは、私の地位が危ない」

「……1つだけ解決策があります」

「な、なんだそれは!?」

「ヒトの助けを借りるのです」

「……ダメだ。殺したい相手の手を借りるなどできん!」

「もう、ずいぶんヒトの数は減ったではありませんか?それに、このままでは、あなたは動物ウイルスの指揮官の座を失いますよ?」

「う、うむ~」

私は迷った。確かにこのままでは指揮官の指導力不足の責任をかぶりかねない。

「参考までに聞くが……どうするつもりだ?」

「生き残っているヒトにワクチン、特効薬を作ってもらいます」

「今までのワクチンは効かないぞ。だからここまで成果を上げてこれたのだ」

「ええ、わかっております。なので、新しいワクチンと特効薬を作ってもらおうかと」

「間に合うのか?」

「特効薬は意外と簡単に作れることが判明しました。ヒトが使用している既知の薬の中にも似たような構造ものがありましたので」

「そうか。そうか。ならば”善は急げ”だ。さっそくヒトどもに作らせよう。ん、けど、どうやって?」

「そこが問題なのです。薬の構造は簡単なのですが、どうヒトに伝えていいものやら……

あ、いい案があります」

「それはなんだ!?」

私は身を乗り出し、部下の言葉に耳を傾けた。

「先程、私は特効薬について”既知の薬の中にも似たような構造ものがある”と言いましたよね?」

「ああ、言った。それがどうした?」

「だから、その既知の薬を飲んでいるヒトに天然痘を感染させればよいのです!」

「なるほど!それならその薬を飲んでいる人間だけが生き残り、自然と人間もその薬の効果に気付くというわけか!」

「それでは、天然痘の下っ端に指示を出しておきましょう。幹部ならいざ知らず、下っ端なら私たちの命令は素直に聞いてくれるでしょうから」


私たちの考えた作戦は見事に成功を収めた。

人々はある種の薬を飲んでいた人だけが助かっていることに気が付き、それを改良し、大量に生産した。

効果は絶大で、あっという間に天然痘の恐怖は消え去った。

再び天然痘は封じ込められ、表舞台に出てくることはないだろう。

 

「いや~それにしても今回はなかなかのところまでヒトを殲滅させることができたんじゃないか」

「ええそうですね。大手柄です。色々な動物が死滅してしまいましたがそれは仕方ありませんね」

「まあ多少の犠牲はつきものだよ。これで私も心置きなく動物ウイルスの指揮官として責務を続けられるというものだ。残るヒトも必ず根絶やしにしようではないか」

「……ところで、何故私たちはヒト殲滅などやっているのでしょうか?」

「何故だと?」

「ええ、寄生するものは寄生種を殺さないように、いわゆる共依存の関係、ウィンウィンの関係がベストだと思うのです」

「うむ。確かにそれも一理あるな。しかし、もっと長期的に見れば、私たちが生まれてきたのは、地球の浄化作用の1つとでもいうかな?増えすぎた動物に対する排除機能だと考えるね」

「地球が私たちを必要していたというわけですね」

「可能性の話さ。まあ、生まれた理由なんかどうでもいいじゃないか。私たちは私たちに与えられた役割をこなすだけさ」

「そうですね。ところで、ヒトはまだ絶滅していませんが、今度はどのような作戦を行いましょうか」

「そうだな。今度はあのウイルスに頼むとしよう」


私は今一度ヒトを絶滅に追い込むという目標を掲げ、ウキウキしながら準備を行った。

生きている理由なんてどうでもいい。

そんなもんハナから存在しないのかもしれない。

ただ一つ言えるのは、私はヒトを絶滅させることに生きがいを感じ、楽しく生きるだけだ。

明日からも人類滅亡に尽力するぞ!

必ずウイルスが勝利してみせる。


電気屋の一角に設置してあるテレビからニュースが流れている。

「みなさん、朗報です。世界を震撼させた先日の天然痘ウイルスを研究した結果、どのウイルスにも効果があるワクチンが開発されました。これまで治療不可と思われた、HIVや狂犬病も確実に治すことができるのです。これで人類はウイルスの脅威におびえなくて済みます。我々、人類の勝利です……」


嬉々として新たな計画を立てていたウイルスの指揮官には、そのテレビの声はきこえていなかった。


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