subject : 緑目
「若造」
アーデルベルトもアドラーも帰ったのに、イグナーツはまだ酒を飲んでいる。馬鹿みたいに酒に強い爺だ。
「その目はどうした」
そう言ってグラスに残った酒を飲みほした。それを見たスアレフは新しい酒を注ぎ始める。俺はそれに対してどう返事をしたらいいものか迷った。イグナーツの雰囲気が普段のそれと違うきがした。
「学校じゃ何かと不便なんだ。別になんでもない」
そう言って俺は右目のカラーコンタクトを外した。生まれつき、俺の右目は緑色をしている。
「そうか」
イグナーツがこちらを見る。
数秒、俺を見つめ何かを言いたそうにしたが、結局口を閉ざした。スアレフから差し出されたグラスをあおる。
少し、しわが増えたな。無意識にそう思った。
「ワシにとっちゃ、7年なんてあっという間だった」
「そうか」
「久しぶりに会えてよかった」
馬鹿みたいに元気なのに、酒を飲むと昔を思いだしてしみったれる。イグナーツも普通の爺だ。そんなことを考えてしまう俺も年を取った。
ぐいっと、酒を飲み干すと、イグナーツはおもむろに立ち上がった。
「酒が回ったわい」
上へと登る階段に向かった。
「ちょいとだけ、上にいる。なに、すぐ帰る」
イグナーツは階段を登っていった。扉はその重さを示すかのようにゆっくりと閉じた。
何十年もこの世界で戦い、そのたびに生き残ってきた戦士の背中には、どうにも見えなかった。
二人になった部屋で、グラスを揺らした。ワインには自分の顔がゆらゆらと揺れていた。
「マルス」
目線を上げる。スアレフは少しだけ、悲しそうな顔をしていた。そして悲しそうに笑った。どうしてかは、わからなかった。
「夕ご飯にしよっか」