subject : マルス
先人たちが残してきたもの。
時にそれは知識。
時にそれは建物。
時にそれは文献。
時にそれは人脈。
時にそれは記憶。
時にそれは魔術。
女が瀕死の男を腕に抱きながら、その存在ごと消えていく。
やめろ。やめろよ。なんでこんなに叫ぼうとしてるのに声が出ないんだ。のどが絞まって声が出ない。ただ少量の息が漏れる。だめだ、これじゃ、だめだ。息を吸って、のどを開けて、声を出せ。出せ!
「っやめろ!」
瞬間目覚めた。全身に汗をかいていた。
気持ち悪い。
起き上がっていた体から力を抜きパタンとベッドに倒れる。そうしてまた暗い沼に体を任せた。
「宙海。次、移動教室だぞ」
小学校からの仲である原大樹が俺を呼ぶ。
「うん」
教科書をもち、席を立つ。
「購買よってこうぜ」
「うん、僕おなかすいた」
なんて、平和なごく普通の高校生活。
受験が目前に迫った普通の高校三年生。
俺も今は普通の男子高校生。
俺は魔導士の一人だ。
俺の家系がずっとやっている、家業と言ってもいい。親から子へとその力は受け継がれてきた。
じいちゃんは俺によく言った。
「魔導士というのは、魔術を導くために存在しているのだ。その力をむやみやたらに見せびらかしてはならない。私たちの存在意義をしっかりと考えて使うんだ。いいか?魔術を導くために私たちは存在しているんだから」
俺は魔術を導く。そのための存在。
魔導士 マルス