好4 カレン編
好4
「能登君のこと?」
楓がその名を口にする。
もちろん、私の答えはこうだ。
「え、だれ?」
そりゃそうだ。
だって名前がわからなくて困ってるんだから、誰々のこと? って名指しで言われても分かりっこない。 そのことで悩んでるんだし。
「いや、ほらさっきぶつかった人のことだけど……?」
楓が知らないの? とでも言いたげな顔で言ってくる。
「その人だ!!」
「ひゃっ!」
昼食中だというのに大声を出してしまった。
そのおかげで美梨の肩がビクっと跳ね、今度こそは取られまいと弁当を反射的に隠しちゃったじゃないですか。
「あ、美梨ごめんね。 別に弁当は取らないから大丈夫だよ? 私たちはもう食べ終わってるし、ね?」
言うと美梨は心底安心したように弁当を再度食べ始めた。
「それでは……いざっ! 尋常に食す!」
未だに食べ続けていた美梨が弁当に向かい言い放つ。 春休み前と何ら変わらない光景だ。
「あ〜ん」
言いながら美梨は弁当に入っていた最後の卵焼きに箸を伸ばし、それを持ち上げる。
卵焼きの表面にうっすらとついた油が窓から差し込む太陽の光を浴び、キラキラと光り出す。 そしてその卵焼きに対して私の目は、確かな高揚を覚える。
宝石とまでは行かないが、それに準ずる何かのように卵焼きは煌びやかに、そして華やかに輝くそれは、自ら美梨に食べられることを望んでいるかのように一点の迷いもなく美梨の口へと運ばれていく。
あの卵焼きは美味い。
見ているだけで、生唾を飲み込んでしまうくらい視覚に訴えかけてくるのだから、必ず美味しいはず……。
美梨の口の中へ華麗に姿を消した卵焼きに思いを馳せながら、美梨の顔を見る。
「んん〜〜〜♡」
至高の表情だ。
なんて美味しそうにものを食べるんだこの子は……。
美梨の表情を見ているだけで、なんか幸せになれる。 あと、お腹が空く。
「ごちそうさまでした!」
美梨が至高の表情で食事を終える。
『ぴーんぽーんぱーんぽーん』
スピーカーから、アナウンスが流れ出す。
『えー、あと5分10分で昼休みが終わりまーす。 生徒の皆さんは各人教室に戻って下さーい。 高校生の本分は学業です、校庭でイチャつくのはどうかと思いまーす。 今度イチャついたらジュース1本なー。 キョロキョロしてんじゃないぞ中神! お前だよ! やっと気づいたか、じゃあこの辺でーーブツッーー』
どうやらもうそんな時間らしい。
「どうしてうちの学校って毎日昼放送が肉声なの? てか、なんで学園長がやってんのかな? しかも、毎度毎度カップルにイチャモンつけて終わるし………」
「きっと学園長が婚期を気にしているからだよ……」
楓と美梨が次々に口にする。
学園長が放送を担当するのはあるかもしれないが、肉声で放送が流れる学校はあまりないと思う。 実際にうちの学校以外でそういう話を聞いたことがないわけで………。
「まぁ、時間も時間だし、カレンの件は帰りまで保留ね……残念」
チーちゃんが心底寂しそうに言う。
私的には、もうここで終わって欲しかったんだけどな……。 そう上手くいくわけがないのか……。
こうして私たちは互いの教室に向かって行った。
〜放課後〜
「やっと終わったー、長かったなー」
美梨が伸びをしながら言う。
「まぁ、普通に授業だったからしょうがないでしょ」
「そんなの知るかってんだよー」
美梨が頬をぷくーっと膨らませる。
「じゃあ今日はケーキでも食べに行っちゃう?」
チーちゃんが美梨を元気付けようと言う。
「ここらでケーキがうまい店あったっけか?」
「ほら、新しく駅前にできたじゃないの。 まさか美梨ともあろう者がこの情報を知らないなんて……」
チーちゃんが小馬鹿にした言い方で言う。
「そりゃあたしだって知らないことくらいあるっての!」
美梨が敵対心剥き出しで迫っていく。
「なに、美梨。 やろうってんの?」
「あぁ、望むところだ……このデカ乳!」
言うと2人は猛ダッシュで駅方面へと向かっていく。
「あっ、ちょっとまっ……行っちゃったね……。 楓、歩いてく? それとも私達もダッシュで……」
「いや、歩いていく」
「ですよね〜」
こうして私と楓は、ゆっくり缶コーヒーを飲みながら、駅方面へ歩いて行った。