008.FREAKS'SHOW
純白のローブに身を包み、ロザリオを握り締めた金髪の男が草原を闊歩していた。彼の背後には巨大な鬼や、茨のような角を生やした鹿、二股の首を持った蛇、様々な怪物が付き従う。どれもこれも、その脳天には十字架が突き刺さり、一対の白い羽が生えていた。
虚ろな目をした怪物らが歩いた跡は、毒々しい色に変わった草が萎れ、そのままどろどろに溶けていく。怯えて逃げ惑い、彼ら怪物の通った道を横切ろうとした羊達も次々に毒を受け、泡を吹いて死んでいく。
「う、うぬぬ……本当に大丈夫なのだろうな、お前!」
遠眼鏡を覗いて化け物が大地を侵していく様子を気が気でない調子で眺めながら、アイヒェ伯は隣に立っているサリッサに尋ねる。既に本人は飛び出した。アイヒェ伯には、かのバケモノのお供に当たり散らすくらいしかする事が無かったのである。
サリッサは怪物の群れへと向かって駆けて行くジュードの背中を見つめる。風を受けたようにコートの裾が揺れている。彼女からは見えない彼の顔は、狂喜に輝いているに違いなかった。
「大丈夫です。実際に戦ったところを見たのは今日が二回目ですが……間違いなくあの人は宣言通りにあの怪物達をぐちゃぐちゃに引き裂いて帰ってくると思います。むしろ、あんまりにもあんまりなので、その、御覚悟を……」
「何だと? む、村娘の分際で――」
「オーケン様! 彼が接敵します!」
「むう……」
いっぱしな口を利くサリッサに文句の一つも言おうとしたアイヒェ伯だったが、直ぐに兵士の叫びが飛んでくる。唇をゆるゆると結び、彼は再び戦場へと目を戻すしか無かった。
「よう。そこで止まれよ、クランズマン」
助走を付け切ったジュードは、先頭に立つ白装束の男に向かって拳を振り抜きにかかった。虚ろな目をした男はちらとそんな彼の姿を捉え、軽くロザリオを掲げる。
刹那、二つ首の蛇がスルリと飛び出し、ジュードの振り抜いた拳は蛇の首を二つとも軽々と刎ね飛ばした。頭を失った蛇は残った胴体でひちひちと穢血を飛び散らせながらのたうち回り、空高く舞い上がった首はジュードの拳で改めて打ち砕かれた。
「ははははは。はははははははっ! 私が判るか? 私が判るかクランズマン! 地獄にも居られぬ汚らしいだけの化け物を天使だと自分にペテンする気狂い共! 私が誰だか判るか!」
蛇の首の残骸を右手のひらで弄びながら哄笑するジュードを、男は冷め切った目で見つめた。形様々な化け物が、のろのろとジュードの周りを囲んでいく。男は腕組みをしながら深々と息を吸い込み、ソムリエのように空気を舌で転がす。
「……アレクサンダーの魂の、残り香がある。お前が、アレクサンダーを、殺したか」
「そうとも。焼き尽くした。ディーテの炎で。欠片も残さずにな」
嘆息交じりの男に向かって、ジュードは渾身の笑みを浮かべ挑発する。しかし細面の男は一向に動じず、目を閉じて胸にロザリオを押し当て、歌うように言葉を連ね始めた。
「否だ。残っている。彼の魂は、私の中に確かに残っている。共に神に代わりて、この世界に、千年王国をもたらす者として一つである以上、彼の志は私の中で生き、即ち彼は私の中で生きているのだ。……私は憶えている。お前は愚かな熱心党のユダ。神の為にと信じ込んで、神に背きしめくらの者。このベルドットが地獄へと送り返す。覚悟するがいい」
ベルドットは細長い腕をゆっくりと、ゆっくりと突き出し、ロザリオの先をジュードへと向ける。感情を映さない、冷たい瞳が真っ直ぐに彼を捉えていた。翼持ちの怪物達はベルドットの意志に従い、口からだらだらと物を腐らす唾液を垂らしながら、じりじりと間合いを詰めていく。ジュードは歯を剥き出しにしてベルドットの言葉を聞いていたが、汚れた怪物をちらりと見渡し、不意にその笑みを吹き消し男を睨んだ。
「私をあの男と一にするか。結構な事だ。光栄だ。地獄の底で永遠に苦しみを受け続けるその姿は、私の目にしかと焼き付いている」
ジュードは革手袋の紐を固く締め直し、ベルドットの冷たい顔を真っ直ぐに捉えた。
「ピンカートン探偵社所属、ジュード・ラプレイス。この命、取れるものなら取ってみるがいい」
「……ふん」
ベルドットが鼻を鳴らしてロザリオを天に掲げた瞬間、化け物が次々にジュードへと殺到した。その身体を、茨の角がずたずたに引き裂き、鬼の棍棒がぐちゃぐちゃに叩き潰し、火蜥蜴の炎が焼き尽くした。一瞬の出来事だ。瞬き一つも出来ないうちの出来事だった。
だが、かくして炎の中に揺らめく影となりながら、それでもジュードは死ななかった。炎がぐらぐらとちらつき、闇の中から声が響き渡る。
「ふふ。ふははは。それで終わりか? 終わったつもりか?」
「終わらない。一秒で葬送曲は終わらない」
脳天に十字架を突き刺された銀色の獅子が火の中へと突っ込み、その鋭い爪で炎の中の黒い影を引き裂く。竜のような頭を持った蛇が、生きとし生けるものを溶かす酸を、影に向かって吐き出す。巻き添えを食って溶けた草木が濛々と白煙を上げ、辺り一面霧で覆われたようになった。ベルドットはロザリオを握りしめ、ほんの僅かに、口の端を持ち上げる。
「天より遣わされた力は、まだまだ、この程度では済まない。お前が、死に切るまで、地獄に帰りたいと懇願するまで、私はお前に神を裏切った罰を、与え続けよう。それが、地獄に堕ちてなお死に損なったお前への救い――」
「もう十分だ。満腹だ。飽き飽きした。もういい」
ベルドットの言葉を不意にジュードが遮った。途端に立ち込める白煙は弾け飛び、辺りは一気に澄み切った。その中心には、いかにもつまらなそうな顔をして、拳銃を抜き放つジュードの姿があった。その身体のどこにも、傷などついていなかった。
「……なるほど。面白い」
「お前が面白かろうとどうだろうと知った事か。ただただ使い魔を叩きつけてくるだけとは、一分とかからず飽きたぞ。とっとと終わりにする」
そう言い放つと、不意にジュードは自分の右腕に拳銃の銃口を突き付けた。憎しみに駆られ、頬や眉間の歪んだ笑みを浮かべたジュードは、ゆっくりと拳銃の引き金に指を掛けていく。
「貴様らなど、腕一本で十分だ」
ピンカートンキャラ覚書
3.アレクサンダー
KKKに存在してないけど存在していたことにされているグループ「プロフェティア」に所属する男。燃え盛る剣を振り回して攻撃する。カメーリエ伯の所有する狩人の一員として村などを焼き討ちしていた。焼き討ちはKKKの日課だからお手の物。三度の飯よりモノを焼く。